アイル

この恋は叶わない-1

 アルスラーン一向がシンドゥラよりパルスのペシャワール城塞へ戻ってから数日経ったある日、アルスラーンは一人で城壁に寄りかかって夜空をぼんやりと眺めながら自身の出生について考えていた。
 いや、出生についてはシンドゥラのグジャラート城塞にてダリューンに心強い言葉をかけらたのもあって、ある程度は吹っ切れている。したがって、正確に言うと出生に伴う自身の性別について思いを巡らせていたというのが正しいだろう。

 アルスラーンは言うまでもなく見た目上は男性である。しかしこの世には男性と女性という二つの性別の他に、第二の性としてベータ性、アルファ性、そしてオメガ性と呼ばれる三つの性別が別に存在する。
 ベータ性は特にこれと言った特性は無いが、アルファ性は生まれ持ってのカリスマ性により重要な地位につく者が多く、オメガ性は発情期と呼ばれる特殊な繁殖期間を持っており男女問わず子どもを産むことが出来る稀有な存在である。さらにアルファ性とオメガ性についてはその存在の割合が非常に低いことから、希少種として社会全体から尊敬と畏怖の対象となっているのだ。
 ということは、王族の者はかなりの確率でアルファ性の者が多く、特に国王ともなると絶対的にアルファ性である。
「しかし……私は父のような王者の風格も、母のような美しさも……何も無い」
 恐らくは、アルスラーン自身はベータ性でほぼ間違いないだろうと考えている。そしてそれはアルファ性であるアドラゴラス王とオメガ性であるタハミーネ王妃の実子ではないのだと改めて突きつけられているようで、それを考えると憂鬱な気分になるのにアルスラーンは小さく息を吐いた。
 無論、アルファ性やオメガ性の親を持つからと言って必ずそのどちらかの性の子が生まれる訳では無い。しかし、やはり確率的にはそうであることが多いのも事実なのだ。
 ちなみにアルスラーンが何故いきなりこんなことを考えているのかというと、夕食の席でたまたま誕生月の話しになり、自身の十五歳の誕生日まであと半年を切っているということを思い出したからである。
 通常、第二の性別に分化するのはおよそ十五歳前後からと言われている。そして、アルスラーンはまだ性の分化を迎えていない。
 十五歳の誕生日を迎えたら何かしら変化起こるのか――いや、ベータ性であれば何も起こらないのだが、その指標である年齢に自分がいつの間にかすぐそこまで近付いており、事実を目の前に突き付けられるのを恐ろしく感じたアルスラーンは、考え事をすると称して夜空の下で気をまぎらわしていたのだ。

「少し……頭が痛いな。夜風に当たり過ぎただろうか」
 何だかんだと三十分ほど外でぼんやりとしていただろうか。
 ズキリと後頭部の下方から首筋のあたりが鈍く痛むのに眉間に皺を寄せつつ城壁から身体を起こすと、そこで城に続く扉が開いて黒い影が現れる。誰かと思ったら、それはアルスラーンの忠臣の一人であるダリューンであった。
「殿下、あまり長く夜風にあたられてはお風邪をひかれてしまいます。そろそろお部屋でお休みになられてはいかがでしょうか」
「……ああ。そうだな」
 素直に頷くと、ダリューンがホッとしたような顔をする。この場で「頭が痛い」なんてことを言ったら大変そうだ。
 そう考えたアルスラーンは、しばらく身体の様子を見てみて、それでも治らないようなら以前に医者から貰った痛みに効くという粉薬を飲んでみようかと考えながら城へと続く扉へと向かってゆっくりと歩きだした。

 まさかこの症状が性分化の予兆であるとは、夢にも思っていないアルスラーンであった。

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