アイル

この恋は叶わない-9(R18)

「それでは殿下、お寝みなさいませ」
「――あっ!ダリューン、少しだけいいだろうか?」
 内心はともかくとして、アルスラーンとダリューンの二人はいつもと変わらぬ様子で部屋まで到着すると、ダリューンは扉を開けて主君を中へと案内する。
 そして一礼した後に部屋を辞そうとしたところで、珍しく引き留められたのに不思議そうな表情をしながら顔を上げ、しかしすぐに扉を閉めるとアルスラーンの目の前に跪いた。
「何なりとお申し付けくださいませ」
「そんな畏まった用では無いのだが……その、私の番の話しをするときによくおぬしの名前が矢面に立たされているから、ずっと悪いと思っていたのだ。うっかり、私が首の後ろが熱いとかそんなことを口滑らせてしまったばかりに迷惑をかけてしまってすまない。おぬしは心優しいから……このことはちゃんと私の口から言っておかねばとずっと気になっていたのだ」
 そこまで一気に口にしたところで、アルスラーンは部屋の中に自分とダリューンの二人しかいないのだという状況を今さらのように思い出し、項がジワリと熱くなる感覚に襲われる。そしてそれを誤魔化すように、手の平を首にそえながら視線を左右に泳がせた。
 もともとアルスラーンはこの件に関して数日前から気になっていたので、いつか言おう言おうとずっとタイミングを伺っていたのだ。ただ内容が内容だけになかなか切り出すことが出来ず、そこで今日偶然ダリューンに特定の相手がいないのを聞いて、ダリューンには悪いが少しだけ気分が上向きになったその勢いで切り出したというわけだ。
 しかし本人に言ったら言ったで何やら気恥ずかしい気分になるのは、この発言に対するダリューンの返答次第で、少しだけ相手の心境を推し量ることが出来るからである。そして今のアルスラーンにとってダリューンは、少しばかり……いや、大いに気になる相手となっているので、それは非常に有意義な情報だ。
 したがって相変わらず目線だけは定まらなかったが、意識だけはダリューンにかなり集中した状態で固唾を飲んで様子を伺っていると、ダリューンは少し驚いたような素振りを見せた後に言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「……いえ。ナルサスも申しておりました通り、殿下の体調変化に関しましては出来るだけ我らも知りたいと思っておりますので、それに関してはどうぞお気になさらず。ただ私ごときが殿下の相手の名前として上げられていることに関しましては、大変申し訳なく思っております。今後は皆に発言内容に十分に気を付けるよう伝えておきますのでどうかご安心を」
「あ、いや、不快とか、そのようなことは全く無いから大丈夫だ。最近はついついおぬしのことを目で追ってしまっていたくらいだ……し………――あ」
 アルスラーンが考えていたよりもダリューンの返答が真面目一辺倒だったのに、慌てて胸の前で気にするなと手を振る。しかし勢い余って余計なことまで付け加えてしまったのは、二人きりという空間でアルスラーン自身でも気付かぬ間に、どこか気分が浮付いていたせいだろう。
 もちろん直後に何を言っているのだと慌てて自らの口を片手で塞ぐが、しかし時は既に遅しだ。
 ダリューンはアルスラーンの問題の発言を聞いた直後、目を見開くのと同時に口元を手でおずおずと覆い隠す。そしてその後、二人の間には奇妙な間が生まれた。

 ダリューンはもともとそんなに恋愛事に興味がある訳では無いが、それでもその立場と武勲と容姿のせいか言い寄られることはよくあった。したがって、堅物そうに見えるかもしれないが一応はそれなりの経験はしている。
 そしてその経験に基づいて現在の主君の発言を考えると、少なからず自分は期待しても良いのだろうかという考えに辿り着き……それに気が付いた途端に心の奥底を封じていた鍵が緩み、その隙間から自身の主君への想いが溢れ出すのを感じた。
「……アルスラーン、殿下」
 呟くようにダリューンが名を呼ぶと、アルスラーンは小さく身体を揺らしてしまう。そしてダリューンが普段とはどこか様子が異なるのに不安になり、それまで頑なに合わせようとしなかった目線を初めて合わせると、途端にその鋭さと奥に秘められた熱い想いに身体の芯を鷲掴みにされているかのような錯覚を覚え、項を中心に身体全体の熱が一気に上昇するのを感じた。
 さらに次の瞬間には身体の横に所在無げに垂らしていた手を掴まれると少しだけ引かれ、慌てて崩れた体勢を立て直そうと両手をダリューンの肩に付くと自然と互いの顔が近付き――まるで互いに引き寄せられるように唇を合わせた。

 最初は様子を伺うように軽く触れるだけの優しい口付けを。
 しかしどちらともなく自然と顔を緩く傾けると、互いの唇の表面をスリと擦り合わせる。そしてアルスラーンの頬に遠慮がちに軽くそえられていたダリューンの手が、さらに繋がりを深くするのを促すように項にそえられ、加えて閉じた唇の境目を舌先で殊更にゆっくりとなぞられると、アルスラーンは眩暈のような感覚に襲われて思わず口を緩く開けてしまった。
 ダリューンの熱い舌が口内へと侵入して互いの舌が触れ合うと、その熱量に驚いたアルスラーンは一気に自身のそれを喉奥まで引っ込める。しかし次の瞬間には上顎をくすぐるように舐め上げられ、そこから下肢にかけて甘い痺れが走ったのにたまらず足腰から力が抜けると床へとへたり込んでしまう。
 とはいえ現在目の前にいる相手はあのダリューンだ。ちゃっかりとアルスラーンの腰に手をそえて身体を支えていたので大惨事になることはない。それどころか両手を床に付きながら肩で息をしているアルスラーンの顎に指先を添えて上を向かせると、一度離れてしまった唇を再び合わせる手際の良さと押しの強さだ。
 そして今度はすでに少し開かれていた隙間から一気に口内へと自身の舌を挿入すると、先ほど良い反応を示した上顎を無遠慮にベロリと舐め上げ、さらに首筋にそえた指先でオメガの急所でもある項をゆっくりと思わせぶりになぞり上げると――そもそも口付け自体が初めてのアルスラーンが音を上げるのなんてあっという間だ。
「っ、んん!」
 初めて他者の手によって二か所から同時に与えられる快感に一気に身体の熱が高まるのを感じたアルスラーンは、喉を小さく鳴らしながら無意識に両足を擦り合わせてしまう。もちろんそれに気配で気付いたダリューンは、ぴったりと閉じられていたアルスラーンの両足を膝頭でこじ開け、さらに自身の身体をちゃっかりとその間に滑りこませて再び閉じられないようにすると、今度はその中心に膝頭を押し当てて陰茎全体を押し潰すようにゆっくりと力を加えながら刺激を加え始めた。
 そしてそもそも自慰ですら衣服を汚さないためにと義務的にしかこなさないアルスラーンが、他者から与えられる快感のツボを心得た刺激に耐えられるはずも無い。
 したがってダリューンの刺激にあっという間に陥落すると、陰茎全体に加えられる圧迫感と下着が擦れる焦れったい感覚に陰茎を完全に勃起させてしまう。さらにいまだに口内を探っている熱い舌が、アルスラーンの舌をまるで陰茎を扱くときのように根元から先端まで一気に舐め上げ、再び口蓋を舌先でグニグニと刺激を加えたりなんかしたらもう駄目だ。
「もっ、出ちゃっ――ぁ、ああっ」
 アルスラーンは目の前で火花が散ったかのように視界が白と黒に明滅するの感じると、直後、下肢をブルリと震わせながら身体の奥底から熱い液体が溢れ出る感覚に身を任せた。
 しかしダリューンの刺激はそれだけで終わらず、アルスラーンの下着の中にさり気なく手を滑りこませると射精している陰茎を捕まえて先端の皮をペロリと剥いて敏感な粘膜を露出させると、手の平でそこを覆って勢いよく扱きだす。
 おかげで射精も途切れ途切れがちになってしまうし、放出した精液がダリューンの手に付いて潤滑液の代わりになっているのか、手が動く度に下着の中でグチュグチュと粘着質な音を立てるのだ。
 おかげで快感の熱が落ち着くどころかさらに上がってしまい、再度身体の奥底から湧き上がってくる熱の感覚にアルスラーンはたまらずダリューンの胸元をギュッと掴むと、再びその衝動に身を任せた。
「また、イっちゃっ――ぁ、ん!んんんっ!」
 下腹部がカッと熱くなると、その熱が一気に体内から解放される感覚に無意識にアルスラーンは喉を鳴らす。
 しかし達した余韻に浸かっていられたのも束の間。最初のように陰茎からだけではなく、何故か尻の孔の方からもドロリと液体のようなものが溢れ出す感覚に反射的に膝を閉じ、しかしながら間にダリューンの身体が有るのでむしろ彼を逃がすまいと挟み込むような格好になってしまったのに一瞬パニック状態に陥る。
 しかもアルスラーンが無理矢理身体を動かしたせいで、陰茎を弄っていたダリューンの手が運悪く尻の方までズルリと滑ってしまい、そこでダリューンが不思議そうな声を出したのにアルスラーンは目を白黒とさせた。
「こ、れは?」
「う、あっ」
 アルスラーンはダリューンの手に支えられる格好でややのけ反る格好をしていたので、先ほど放った液体は尻の方ではなくて腹の方に飛び散っている。それにも関わらず尻の孔にぬめりがあるのがおかしいと思うのは当然だろう。
 そしてアルスラーンは普段と明らかに異なる自身の身体の反応と、尻の孔から奇妙な液体が分泌されているのがダリューンにバレてしまったのに一杯一杯になると思わず目に涙を浮かべる。するとそれに気が付いたダリューンは、次の瞬間まるで弾かれたかのように尻の孔に添えていた手を勢いよく引き、その身体を離した。
「――出過ぎた真似を……申し訳御座いません」
「はっ……ぅ」
 あまりの素早さに唐突にぽっかりと空虚感が生まれたような感覚を覚えてアルスラーンが目を瞬かせると、ダリューンは気まずそうな表情をしながら顔を下に向けた。
 直前まで与えられていた熱が引ききっていないせいで、アルスラーンはいまいち自分の置かれている状況が分かっていない。そのせいでダリューンの発言への返答もどこか舌ったらずで要領を得ず、その表情もどこかぼんやりとしている。
 その様子は普段のアルスラーンの姿からはかけ離れているせいか、酷く庇護欲をかきたてられるもので……ダリューンは再び口付けをしたい衝動に駆られるが、これ以上主君に触れてしまったが最後。絶対に後戻り出来ない予感しかしない。
 したがってそんな思いを振り切るように再び頭を下げて半ば強制的に思考を断ち切ると、アルスラーンの様子を気にする素振りを見せながらも部屋の外へと退出するしかなかった。
 そして扉が閉じる音を聞いたところで正気に戻ったアルスラーンは、そこでようやくダリューンと口付けどころかさらにとんでもないことをしてしまったのに気が付いて顔を真っ赤に染めながら唇を指先で辿り、それとほぼ同時に扉の外の廊下に立っていたダリューンも普段よりもやや赤い顔で口元を覆っていた。
 もし一連の二人の様子をギーヴが見ていたとしたら「何故そこまでやって最後までいかぬのだ!」と突っ込みを入れていたのは、ほぼ間違いないであろう。

「……このままだと、まずい、な」
 そのまましばらくの間ぼんやりとしていたアルスラーンであったが、直前の出来事を思い出すように唇をなぞるとその時のことを勝手に身体が思い出すのか熱が少しずつ上昇するのを感じる。
 もしこの場にダリューンがいたら、衝動を止めることはもう出来なかっただろう。しかし今は一人きりだ。
 アルスラーンは深く深く息を吐いて、そこら辺に散らばっていた理性を何とかかき集めて立ち上がる。そして衣服の懐に手を入れて万が一の時のためにと医者から渡されていた薬――発情の抑制剤を取り出して口に含むと、部屋の隅に置かれていた杯に水を注ぎ、それを一気に飲み干した。
「あとは……まずは着替えなければ」
 冷たい水が身体の中を流れていくと、衣服が素肌にベタリとへばりついている感覚が少しだけ和らぐような気がするのに小さく頭を振り、羽織っていた上着を脱いだ。
 まだ思考回路が完全に回復している訳では無いが、やるべきことを口に出すと「そうしなければならない」という思いが強くなって緩慢ながらも身体も何とか動く。
 エクバターナからここに来るまでの間、アルスラーンは身の回りのことはなるべく自分でするように努めてきたが、今ほどそうしておいて良かったと感じたことは無い。そうでなければ今ごろ何も出来ずに右往左往するしか無かっただろう。
 そしてひとまず寝間着のゆったりとした服に着替え終えて脱いだ上着を畳もうと手に取ったところで、そこに点々と散っている白い液体にピタリと動きを止めた。
「……水で洗えば、落ちるのだろうか」
 洗濯に関しては何度かエラムがしているのを手伝ったことがあるが、散々渋られたのでほんの数回程度しか経験が無い。しかも干し物をする時だけだ。
 アルスラーンは目の前に汚れた服をかざした格好のまましばし固まり、散々考えた末に汚れた箇所だけ応急処置として水で軽く洗うという答えを導き出すと小さく頷いた。
 そんな調子で、アルスラーンはダリューンとのあれこれを偽装工作するのに精を出していたので、いつの間にか事後の余韻に浸るどころの騒ぎでは無くなっていた。はっきり言って情緒も何もあったものでは無いが、この手のことに免疫の一切無いアルスラーンにとってはある意味良かったのかもしれない。

 ――そして翌朝。アルスラーンを起こしに来たのはエラムであった。
 エラムはアルスラーンを起こすために寝室の外から声をかけたものの、その日はよく寝ているのか中から反応が無かった。しかしそんな時は部屋の中に入っても良いと言われていたので静かに扉を開け、そこで壁際に置いてある机に昨日アルスラーンが着ていた上着が半渇きの状態でかけられていたのを目にすると、無言でそれを手に取って一度部屋から退室した。
 エラムは、ナルサスがダリューンをアルスラーンにけしかけているのを何度も目にしている。そして昨日アルスラーンを部屋まで送ったのはダリューンで、さらにこの半渇きの衣服だ。
 ここまで状況証拠が揃えば、鋭いエラムが大体のところを察するのはたやすいことだろう。しかし一連の動作の中に一切の感情は無く、それは彼が出来た侍童(レータク)であることを示していた。
 ちなみに、それからしばらくの間アルスラーンはエラムに何か突っ込まれるのではないかと戦々恐々としていたが、その心配が杞憂であったのは言うまでも無い。

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