アイル

国王陛下の夜の手習い-2

「ん……ぅ」
 アルスラーンは瞼の向こう側に朝陽と思われる柔らかな光が当たっているのを感じると、手の甲でゴシゴシと目元を擦る。そしてもう朝かと小さく欠伸を漏らしながら意識を夢の世界から完全に浮上させると、閉じていた瞼をゆっくりと開いて辺りを見渡した。
「エラムは……まだか」
 もともと寝起きはそんなに良い方では無い。したがっていつもはエラムに起こされるまで寝ているのだが、今日は珍しくその前に目が覚めたらしいと考えながらぼんやりと窓の外へ視線を向ける。
(昨晩はそんなに早く寝ただろうか……?)
 というか、そもそも寝床に入った記憶が一切無い。
 ということを思い出したアルスラーンは、首を傾げながらとりあえず上体を起こす。そしてそこで腰に甘い鈍痛が走ったのに、小さくうめき声を上げながら寝台の上に突っ伏した。
「――っ!こ……これは、」
 この筋肉痛のような鈍痛には、非常に心当たりがある。たしかダリューンに初めて尻の孔を弄られた時の翌朝も今と似たような感じだった。
 そしてその痛みをきっかけに昨夜の自身の痴態の数々が脳裏に浮かんだのに、アルスラーンは顔を真っ赤に染める。そして最後には耐え切れなくなって自身の両膝の間に顔を埋め込んだ。
「う、うあああ……そういえば、そうであった!」
 ここ最近はすっかり無縁となっていたこの鈍痛だが、昨晩はいつもよりも大分それらしい行為をしたのを思い出す。
 しかも仕掛けたのは自分からなのだ。
「私はなんてはしたない真似を……っ!」
 ここのところはずっと焦れていたので欲求不満がたまっているとは思っていたが、まさかこんな形で暴発してしまうとはという感じだ。挙句に自分は最後の方は意識を飛ばしてしまったので、ダリューンはその間に身体を清め、こうやって寝台まで運んでくれたのだろう。
 なんというか、非常にいたたまれない。
 気恥ずかしさがいまだに抜けないのであまり好きでは無いのだが、こんなことなら定期的に自慰でもして欲求不満を発散していれば良かったと思う。
 とはいえ、その一方でようやく関係が少し進展したのに喜んでいる自分がいるのも、またなんとも気恥ずかしい。
「しかし……よくよく考えてみると、今回も全部は――」
 入っていなかったのだよなという台詞は、いくら独り言とはいえさすがに気恥ずかしかったのでボソボソと口の中で呟く。つまり何を言いたいのかというと、今回もダリューンの陰茎を全て受け入れることが出来なかったということだ。
 それはまあ、これまでずっと挿入した直後に陰茎を引き抜かれる状況だったのが、挿入して中を擦られるまでになったので大進歩だとは思うのだが。それでも挿入されている際に良い思いをしているのは、自分ばかりなような気がするのでダリューンに申し訳ない。
 そこまで考えたところで、アルスラーンは小さくため息を吐いた。
 ともかくだ。今回ははからずもアルスラーンの方からダリューンにけしかけてしまった訳だが、とんでもない羞恥心と引き換えとはいえ、数か月に渡って停滞していた状況を進めることが出来たのだと思い直す。
 それならばこれからはもっと自分から積極的にいけば、今までの倍速で関係が進展するかもしれない。なんてことを頬を赤らめて考えながら、拳を握りしめて頷いたときのことだ。
 少し離れたところから、聞き覚えのある声にいきなり話しかけられたのにアルスラーンは寝台の上で飛び上がった。
「おはようございます陛下。今日はお早いお目覚めですね」
「うわっ!?」
 慌てて声のする方へ顔を向けると、エラムが部屋の扉の前で律儀に一礼をしている。
 彼のことだ、扉を開ける前に必ず入室する旨を確認しているのは間違い無い。ということは、アルスラーンの方が考え事に没頭していたせいで彼の声に気付かなかったのだろう。
 考えていた内容が内容だけに、なんともいたたまれない気分であわあわとしてしまうが、そこはさすがエラムというべきか。
 彼はアルスラーンの様子が常と異なるのにすぐに気が付いたが、何も気付いていない素振りで部屋の窓へ歩み寄って寝室の窓を大きく開く。そして朝のすがすがしい空気が部屋の中へ入ってきたところで、まるで何事も無かったかのようにお着替えされますか?と話題転換の言葉をかけた。
 アルスラーンはその言葉に対して、助かったと胸を撫で下ろしながら大げさなほどに何度も頷いた。

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