アイル

二人の臣下は我慢出来ない-1

「ギーヴ。一つ提案があるのだが、閨事は休み前の週末だけとしないか」
「はあ?」
 アルスラーンとその臣下であるダリューンとギーヴが付き合うようになり、一年ほど経った夏のある日の夜のこと。
 ギーヴは珍しくダリューンに酒を飲まないかと誘われたので彼の邸宅に向かったのだが、開口一番予想外のことを言われたのに口をポカンと開けた。
(いきなり呼び出して、何用かと思えば)
 もともとギーヴとダリューンは、一緒に酒を飲み交わすような間柄では無い。にも関わらず声をかけてきたということは、十中八九アルスラーン絡みのことで何かあるのだろうと思って渋々やって来たのだが。
 しかしこんな下らない用ならば来なければ良かったなと思いながら、ギーヴは手に持っていた杯の中身をあおった。
「何を言い出すのかと思えば。そんなことまで口出しされる覚えは無いのだが」
 そもそもギーヴは、ダリューンにアルスラーンを触れられるのだって本音ではかなり面白く無い。そこを現状でも百歩譲って妥協しているのだ。
 だからこれ以上譲る気は無いと首を振ると、それに対してダリューンは予想外にも、俺だってそうだと同意してきた。
「そんなのおぬしに言われるまでもない。俺だって陛下を心からお慕いしているのだから、出来れば毎日だって陛下の元へ向かいたいくらいだ。
 だがよく考えてみろ。そもそも陛下は本来受け身の身体では無いのだぞ。にも関わらず我ら二人のことを週に何度も受け入れていらっしゃるのだから、そのご負担を考えなければなるまい。現に陛下はここ最近酷くお疲れのご様子。だから休日前の週末だけにしないかと提案しているわけだ」
「ああ……なるほど」
 生憎とギーヴは用が無い限り昼間の王宮へ近寄ることは無いので、日中のアルスラーンの様子はほとんど知らない。一方のダリューンはといえば、相変わらず暇さえあればアルスラーンに付き従っているので、主君の様子の変化にいち早く気が付いたのだろう。
「……ふむ」
 ダリューンの方が先に変化に気が付いたのは、正直言って面白く無い。だがそれよりも今はアルスラーンの体調について考える方が先決だろうと、胸の中に生じたわだかまりには気付かないふりをする。
 そして確かに彼の言うことに一理あるなと思ったので素直に分かったと頷くと、ダリューンは安堵したのか一つ息を吐いて良かったと呟いた。
「これで陛下の御負担が少しでも減れば良いのだが……それとあともう一点。これは俺からの提案なのだが、今後は出来れば二人では無く一人ずつ陛下の元へ向かうのはどうだ」
「それに関しては俺も同意だ」
 一人ずつとなると、少々間が空いてしまうのが難点である。しかしダリューンが一緒だとやりたいことが自由に出来ないのに、最近少々ストレスを感じていたので異論は無い。よって即座に頷き、交渉は成立した。

 ――というのが、ちょうど一週間前の出来事である。
 そしてギーヴにしては珍しくダリューンとの約束を未だにきちんと守っていたが、彼もまだまだ若いのでそろそろ色々とたまって来る頃合いだ。
 だからそれを発散するべく妓館に来たはずなのだが。
 気が付いた時には、男ばかりのむさ苦しい酒場で酒を飲んでいたのに、思わず呻くような呟きを漏らしながら項垂れた。
「まさか……この俺が、こんなことになるとは」
 ギーヴは基本来る者を拒まないので、物心ついた時から女性に不便をしたことが無い。さらには暇さえあれば美女を口説いて回り、夜には毎夜のように妓館に通っていた。だからこんな風に欲求不満を抱えたことなど、今までほとんど無いのである。
 それが今の状況はどうだ。
 暇さえあればアルスラーンの姿を脳裏に思い描き、妄想の中で犯している。今もそんな調子なので、顔も恐らくは多少緩んでいるだろう。これで見目が良くなければ、ただの変質者である。
(あー……クソ。寝るのは週一なんて約束さえしなければ)
 そうすれば、こんな風に時折腑抜けた顔を晒しながらヤケ酒をするハメにも陥らなかった。
 加えて今週アルスラーンと寝る順番なのは、ダリューンだ。そしてギーヴは数週間後には、巡検使としての任を全うするために旅立たねばならない。
 となるとそれから数か月もの間、アルスラーンとは出来ないのである。
(どう考えても……ダリューンに比べて、俺の方が圧倒的に条件が悪すぎであろう)
 そこまで目の前のテーブルの木目を凝視しながら考えたところで、ギーヴは前髪をかき上げながらゆっくりと顔を上げる。それから一言、有り得ないなと地を這うような声で口にした。
 その時のギーヴの目は完全に座っており、心の中でこの後早速アルスラーンのところへ夜這いをしかけようとしょうもないことを考えていたのは言うまでもない。
 ただし念の為に付け加えておくが、先のダリューンとの約束事がアルスラーンとのものであれば、もちろんこんな風に軽々しく破るような真似はしなかっただろう。それとアルスラーンの体調を損ねるのは本意では無いという点に関しては、ダリューンと同意見だ。
 だが平日の間に一度するくらいならば、恐らく大丈夫だろうと考えたのである。


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