アイル

調査兵団における恋愛事情-1

 トロスト区奪還作戦時、オレが巨人化から目覚めてから最初に見た物は――
 オレ達に迫って来る巨人を、目にも止まらぬ速さで切り付けるリヴァイ兵長の後ろ姿だった。
 あのとき兵長の背中に見た自由の翼という名の希望を、オレはきっと一生忘れないだろう。
 そして……
 この出来事がきっかけで、オレの中で兵長が特別な存在になったのは間違いない。



ACT1


 旧調査兵団本部に移動してから数日が経過した。
 相変わらずオレは兵長の監視下に置かれており、その関係で兵長の元で色々な雑用をこなしている。

 ――そして今日も。
 いつもように頼まれた書類を兵長の部屋へ運びにいく。
「おい、エレン。お前の仕事はそれで最後か。」
「えっ?」
 ハンジさんから兵長に渡すようにと頼まれた怪しげな実験の報告書を兵長の執務机の上に置くと、いつもは無視するくせに珍しく顔を上げてこちらを向かれたので驚いて間抜けな答えをしてしまう。こんなこと今まで一度も無かったのに、いきなりどうしたというのだろう。思わず思考回路が停止し間抜けな返答をしてしまう。
「お前は上司の言葉にまともに聞けないのか。仕事はそれで最後かと聞いているんだ。」
「あ、はい!し、失礼しました。これ以降の仕事は特に頼まれていません。」
「そうか。なら夕飯に行くぞ。」
「は?」
「何だ、他に約束でもあるのか。」
「い、いえ!是非、同行させて下さい。」
「……ふん。」
 今日は一体何だというのだろう。
 いきなり声を掛けられた挙句に、食事に誘われるなんて。訳が分からない。
 思わず問い返したら不機嫌そうな顔で睨みつけられたので勢いで食事の同行を願い出てしまったが、兵長と二人きりで食事をしても会話を続けられる自信なんてまるでない。
(まあ……全然嬉しく無いって言ったら嘘になるけど……)
 何だかんだ言っても、自分にとって兵長は憧れの存在であることに違いは無く、そんな人に食事誘われたらそれは嬉しい。
 緊張と困惑で頭の中をグルグルとさせながら兵長の方をチラリと見ると、オレの返事に満足したのか早速机の上を片付けだしていて。しかも兵長は元々綺麗好きなのもあり、机の上には一切余計な物が無いのであっという間に机の上から物が無くなる。最後にイスを元の位置に戻すと、一緒に来るように手招きをされたので慌てて後ろを付いて行く。
 余りの早業に、まるでお前は余計なことを考えるなと態度で示されているみたいだ。


 ■ ■ ■


(それにしても……何でまた今日に限ってオレなんかと食事をしようとか言い出したんだ?たしかに兵長はオレの監視役だし、分からなくはないけど……でも監視が目的なら初日からそう言ってくるはずだよなあ……。)
 食堂に向かう廊下を歩きながらチラリと数歩先にいる兵長の様子を伺うが、後ろからでは肝心な表情が見えないので何を考えているのか全く分からない。
(まあ……表情が見えたところでいつも通り、ちょっと不機嫌そうな顔をしているだけなんだろうけど。兵長、滅多に感情とか見せないし。)
 兵長が『人類最強の戦士』であると知った瞬間から、オレにとって彼が憧れの存在になったのは言うまでもない。
 兵長を目標に力を磨き、いずれ彼のようになりたいと小さい頃から常に思っていた。
 そして、兵長に助けられたあの瞬間……兵長は憧れの存在から特別な存在になった。
 まさか男のことが好きになってしまったのかと焦ったこともあるが、そういうのは今まで経験したことが無いので結局今でもよく分かっていない。ただ、こうして兵長と直接話したり仕事を出来るのが夢のようで、今でもドキドキしているのは確かだ。
 でも自分は男だし、それなりにプライドだってある。
 だから兵長には絶対に自分のこんな感情を知られたくない。
 そんなわけで、自分の気持ちを心の奥底へ隠そうとするあまり兵長に対して思わずツンケンとした態度を取ってしまうこともしばしばある。
 そのせいで生意気に思われているような節もあるが、オレの本心を知られるのに比べたらそんなのどうってこと無い。
 ただこの気持ちを、いつまでこの兵長相手に隠し通せるのか……それだけが少しだけ不安だ。


 食堂の中へ入ると、夕食を食べるにはまだ少し早い時間帯せいか人はまばらにしかいない。
 上官が部屋の中に入って来たために全体的に空気が引き締まった気配がしたが、兵長は慣れているのか特に気にした風もなくずんずんと部屋の中を進み、一番奥の席へドカリと腰を下ろした。
 オレは兵長が座った席の位置を確認すると、二人分の食事を持ってくるために早足に配膳台へと向かった。
「どうぞ。」
「ああ、悪いな。」
 持って来た皿の片方を兵長に差し出すとチラリとこちらに目線をやり、イスの背もたれにかけていた手を差し出してきた。
「!」
(――へ、兵長が礼を言った!?)
 まさかあの兵長に礼を言われると思っていなかったので、驚いて顔を凝視してしまう。
「あ?何だ、そのマヌケ面は。」
 勢いよく兵長の方を見たので、流石に妙に思ったのか兵長がスプーンを片手にこちらを向いたので焦る。
「い、いえ……まさか兵長に礼を言われると思わなくて……。」
「お前はオレを何だと思っている。礼を言うくらい人として当然だろうが。」
「そ、そうですよね。はは……」
 まさか、これが初めて兵長に言われた礼の言葉とは、とても言い出せる雰囲気ではなかった。

「それにしても……何でまたオレなんかと食事を?」
 食事中、予想通り会話が全く無いのにたまりかねてひとまず先ほどから疑問に思っていたことを問いかける。
 ちなみに兵長はまるでオレの質問に興味が無いのか、話しかけてもこちらを見もしない。
「お前のタイミングに合わせて一々食堂に移動するのが面倒になっただけだ。」
「はあ……そうですか。」
 この様子だと、オレが知らないだけで実は今まで食事の時もばっちり監視されていたらしい。先ほどまでは兵長から食事に誘われて嬉しかったが、実際は監視のためだと本人の口から言われると高揚していた気持ちが少しだけしぼむ。
 兵長が傍にいるのは、ただの監視の延長上であるという現実を改めて突き付けられたような気がした。
(まあ……何となくそんなところだろうとは思っていたけど……)
 パンを乱雑にちぎり口の中に放り込むと、水分が吸い取られて喉が渇く。
(……でも、兵長の言っていることも当然なことだよな。)
 兵長は調査兵団の一員で、上からの命令でオレみたいなクソガキをただ監視しているのにすぎないのだ。
 そこに感情は一切無いなんて、最初から分かっていたことなのに。
「……。」
 こんな下らないことで一喜一憂しているなんて兵長に知られたら幻滅される。
 オレは自分のたるんだ考えを引き締めるように水をごくり飲み干した。

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