アイル

調査兵団における恋愛事情-3(R15)

「あ~……食った食った。」
 最近のエレンは、昼飯を食べ終えた後に屋上に出て遠くをぼんやり眺めるのが日課になっている。
 階段を上るのが面倒なのか、いつもこの場所には人気がないので考え事をするにはうってつけの場所なのだ。
 屋上に行くとエレン一人きりになってしまうことが多いので最初はリヴァイもあまり良い顔はしなかったが、昼休みの少しの間だけという条件で今は一応目をつぶってくれているらしい。
「にしても……結局何だったんだろう、アレは。」
 早朝のあのちょっとした事件から数日経ったが、兵長との関係性は今も特に変わることなく以前と同じ上司と部下という間柄だ。
「まあ……変にギクシャクしなくて良かったけど。でも、あの時のこと思い出すと……今まで以上にヤバいんだよなあ……」
 兵長を意識しただけで、あの時の手の動きなどを思い出してドキドキとする。
「横に立たれたら絶対、顔ちょっと赤くなってる気がするし……大丈夫か?オレ。」
 とりあえず、今のところは本人や周りに指摘されていないので大丈夫だとは思う。ただ元々隠し事が上手い方ではないので、近いうちにバレそうな気がしてならない。
「ていうか……このドキドキって、やっぱり――」
 ――恋?
「はは……」
 思わず乾いた笑いが漏れる。
「……いや、待てよ。オレも兵長も男だぞ……。」
(兵長とキスなんて出来るわけ……)
「……。」
 少し想像をして全く嫌悪感が無いどころか、顔がますます赤くなっていくのが自分でも分かる。
「――ッ……おいおい、まさかとは思ってたけど……本気か?オレ、男が好きなタイプってことか?勘弁してくれよ……」
 このままだと収拾がつかなくなりそうだ。ひとまず深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
「ま、待て待て……これは、これからの人生に大きく関わるぞ。ひとまず冷静に考えないと……」 
 試しにジャンをキスの相手に想像してみたら……殴りたい衝動に駆られた。
「よ、よし……。だよな。オレはいたって正常だ。」
 ということは――
「兵長限定ってこと、だよな……」
 つまり、好きな人がたまたま男だったと……。
 そして、憧れが好きになるきっかけは――恐らくあの朝の出来事だろう。
「……クソッ。兵長がいきなりあんなことオレにするから……!」
 こんな気持ち、気付いてしまったら今まで以上に兵長の前で普通にいられるはずがない。
「こんなのに気付いたって……オレはどうしようも無いんだ、よッ!」
 憂さ晴らしに、床に落ちていた石の欠片を前方に思い切り投げつけると――
「おい、ガキンチョ!兵長が呼んで――イデッ!!」
「あ。」
 オレを呼びに屋上まで登って来たオルオさんの頭にクリーンヒットした。
 ……こっぴどく嫌味を言われたのは言うまでもない。


■ ■ ■


「来るの遅えぞ。」
「すみません。」
 ようやくオルオさんの説教が終わり兵長の部屋に顔を出すと、眉間のシワが普段の五割増しでイスに座っている兵長に出迎えられた。
「オルオが屋上まで呼びに行ったはずだが?」
「あ、はい、来ました。ただ……呼びに来たときに、オルオさんに過って石をぶつけてしまいまして……。」
「……。何してんだテメエ……厄介毎は増やすな。」
「はい!すみません!」
「……まあ、いい。訓練に行くぞ。」
「え?」
 もっと小言を言われると思っていたのに案外早く話しが終わって驚く。
 しかもこれから訓練を付けてくれるつもりらしい。
「へ!?今からですか!?」
「何だ、不服か。」
「い、いえ!ありがとうございます!」
 兵長は執務時間中に訓練をすることは滅多にない。
 不思議に思うが、よくよく考えてみたらあの日の朝に訓練が出来なかったのでその埋め合わせのつもりかもしれない。意外にそういうところは律儀らしい。
 ――正直なところ、ついさっき兵長への気持ちに気付いたばかりなのにいきなり二人きりで訓練をするのは少ししんどい。
(……でも、断るわけにいかないしなあ……。)
 階級社会の辛いところだ。


 ■ ■ ■


 兵長と連れ立って訓練場へ向かうと、途中でハンジさんが地面に座り込んで何かをしていた。
 兵長も間違いなく気付いているはずだが、厄介毎に巻き込まれたくないのか何も見なかったようにハンジさんの横を通り過ぎて行く。
 しかし、流石に新兵のオレは無視するわけにいかないので無難に挨拶をして通り過ぎる。通りぬきざまにハンジさんの手元をちらりと見ると、立体機動装置のワイヤーを引っ張り出して弄っているようだ。
「――ん?ああ、誰かと思ったらエレンにリヴァイか。
 ……って、もしかして二人ともこれから訓練するの!?」
「は、はい。」
 いきなりガバリと立ち上がったので、驚いて一瞬身を引いてしまう。ハンジさんには悪いが、嫌な予感しかしない。
「ねえねえ。それさ、ちょっと横で見ててもいいかな!?」
「……コイツを巨人にさせる予定は全くねえからな。」
「いや、そんなの分からないだろ!?リヴァイが故意にサクッとしたらもしかして――」
「えっ。」
 ハンジさんは、巨人のことが絡むとロクなことを言わないしやらない。この人とは絶対に訓練しないと、心の底で固く誓った。

 訓練場代わりに使っている裏庭に到着すると、兵長はいきなり構えろと言ってきた。
「え?訓練って……対人格闘術、ですか?」
「そうだ。」
 今までの早朝訓練では立体機動装置を用いた訓練がほとんどだったので、てっきりそちらの訓練をすると思っていた。
(……って言っても、まだ数える程しか兵長と訓練したこと無いけど。)
「普通の兵士ならともかく、エレンは巨人になって戦闘することもこれから沢山ありそうだからねえ。だからじゃない?」
 少し遠くに座ってちゃっかり訓練を見学しているハンジさんが横から口を出してきてなるほどと思う。
「……そういうことだ。」
「そう、ですか。」
 たしかに言われてみればそうだ。
 でもなんでまたこんなタイミングで格闘術なんかをと思う。
(格闘術って、思いっきりくっ付くじゃないか……!まだ気持ちの整理が付いてないのに……勘弁してくれよ、ほんと……)
「おい、早く構えろ。」
「え?」
 心の中で悶々と考えていると、いつの間にか兵長が少し距離をおいて構えていてビクリとする。
「顔面に蹴りをくらいたいなら話は別だが、な!」
(――ま、不味いッ!!)
「――ッ!」
 兵長はオレの心の乱れを見透かすように、いきなり攻撃を仕掛けてきた。
 最初の一撃でオレの体勢を崩し、立て続けに近距離から攻撃を仕掛けてくるので、なかなか反撃に移ることが出来ない。それだけでなく、兵長が射抜くようにオレを視ているのを意識すると思わず逃げ腰になってしまう。
「――気が散漫だぞ!お前の力はこんな物か?格闘術の成績は良いと聞いていたが――大したこと無いなッ!」
「――グッ!」
(――バカにしやがってッ……!!)
 軽い挑発に思わずカッとなり、顔をガードしていた手を兵長に向かって振りかざす。兵長はオレの動きを予想していたのか、余裕でかわすと頭に向かって足を振り下ろしてきた。
 頭とは、狙うところがえげつない。
「――ッ!!」
(見えるけど……避けきれない!!)
「リヴァイいいぞー!その調子だ!!」
 オレが巨人化するのをまだ諦めていないのか、ハンジが兵長に声援を送っているのが聞こえる。
(――ク、ソッ!!)
 バキッ!
「ガハ、ッ――!?」
 頭に兵長の蹴りがクリーンヒットして頭の中で火花が散る。ある程度予想はしていたが、それ以上の物凄い衝撃だ。
 腕でガードも出来なかったので、脳震盪を起こしたのか意識がだんだんと暗くなっていくのを感じる。
「訓練中に余計なことを考えているからオレの軽い挑発にも冷静に対処出来ずにそうなる。
 実践だったら死んでいるな……エレンよ。」 
 暗くなっていく視界の中で、冷静な指摘をする兵長の声が聞こえた。


 ■ ■ ■


――人の声がする。
(オレは……何で今寝ているんだ?たしか……兵長と格闘術の訓練をしていて……)
 意識が浮上してくると、今までの状況をゆっくりと思い出す。
(それで……兵長に思い切り蹴りをくらったんだ!) 
「――っ!」
 ガバリと身を起こすと、いきなり動いた反動でグラリと視界が揺らぐ。しかも、誰かの肩に担がれているのか常に不安定な状態で身体全体が揺れていてビックリする。
「うわっ!?」
「目が覚めたか。グズめ。」
「へ、兵長!?」
(――お、オレ、兵長に担がれてる!?)
 思い切り油断していたので、間違いなく顔が赤くなっているに違いない。
「こ、この状況は一体!?え!?」
「おい、動くな。落とすぞ。」
 わざとなのかオレの身体をゆすりあげてきたので、思わず目の前にあった腰にしがみついてしまう。
「へぁっ!?」
(へ、兵長の腰!!思わず掴んでしまった……!)
(…………意外に筋肉ついてるな……って、いやいや!オレは何を考えているんだ!!)
「兵長、あ――歩けます!もう大丈夫ですから!」
「まあまあ。どうせあとちょっとで医務室に着くし。そのまま担がれてなよ。」
 思考が危ない方向に行く前に下ろしてもらおうと兵長に声をかけると、横からひょこりとハンジさんが顔をのぞきこんできた。
「あれ?エレン、顔真っ赤だけどどうしたの?頭に血でも上った?」
「!?」
 ハンジさんに見られたのが恥ずかしくてさらに顔が赤くなり、そんな様子のオレをハンジさんは面白そうに観察していてますます焦る。とんだ悪循環だ。
「……はは~ん……分かった!さてはリヴァイに担がれてるのが恥ずかしいんだね!?……でも仕方ない。リヴァイの方が力が有るから彼が運ぶしか無かったんだよ!
 まあ……身長は私の方が高いんだけどね!」
「……ハンジ。歯ァ食いしばれ。」
「え?やだなぁ、リヴァイ。冗談だっ――グボッ!!」
 兵長の見事な蹴りがハンジさんの腹に決まった。


 結局兵長に担がれたまま医務室に到着すると、薬品棚の前に設置されている診療ベッドの上に放り出された。
「えーっと……ハンジさん、あんなところに放置してきて大丈夫だったんですか?」
「知らん。」
「……。」
 兵長に蹴られた反動で壁に激突し、えらい目に合っていたハンジさんの姿を思い出して気の毒な気分になる。
 しかし、若干殺気立っている兵長にこれ以上口答えする勇気は今はない。
(兵長に身長関連の話しはタブーだな……)
 オレは心に固く誓った。
「こちらを向け。」
 特にやることも無いのでぼんやり窓の外を眺めていると、薬品棚を漁っていた兵長が包帯と消毒液類を手にして歩み寄ってきた。しかも顎を掴んで無理矢理自分の方に向けるのでたまったものじゃない。
「!?」
 驚いて目を見開くが、兵長は特に気にした風もなくテキパキと自分が蹴りを思い切り入れた頭の耳の上辺りを消毒し始めた。
 消毒ガーゼに血が滲んでいるところをみるとどうやら少し切れたらしい。どうりで蹴られたところがヒリヒリするはずだ。
「へ、いちょ、自分で出来ますから!」
「見えもしないくせに、どうやって手当てをするつもりだ。」
 不機嫌そうな顔で、消毒液の染みた綿をグイと傷口に押しつけられる。
「――った!」
「この位我慢しろ。」
(うう……)
 全く聞き入れてくれそうな気配がないので、仕方なくギュッと目をつぶる。ガサガサと布の擦れるような音が耳の上から聞こえてきて、何だか気分が落ち着かない。
 もしかしたら……他人からこんなに優しくされるのが、久しぶりというせいも有るかもしれない。
「包帯を巻くから少し横を向け。」
「は、はい。」
 しばらくそのまま目をつぶっていると、横を向くように声をかけられた。言われた通り右側に顔を向け、閉じていた目を薄らと開くと頭にグルグルと包帯を巻かれる。
(あともう少しの辛抱だ。若干顔が赤くなってる気がするけど、この際仕方ない……!)
 兵長の顔を直視せずに済んだのに安心して少しだけ気を抜いて一息つくと、包帯を巻くのに邪魔だったのか耳の裏側を兵長の手に触れられて――
「……――ッぁ!」
(――や、ばっ!?)
 兵長に触れられたところから、ゾクリと覚えのある感覚が全身に走り、変な声が出てしまったのにびっくりする。
 反射的に声を押さえようと口元に手をやるが、既に出てしまったものはどうしようもない。しかし気持ちを落ち着けようと息をついていると、動きを止めていた兵長の手が再度動きだして再び変な声が勝手に上がってしまう。
「ッひ、ぁ……」
 今度は意図的に耳の裏側をまるで快感を引き出すように撫であげてくる。ねっとりとした手の動きに、我慢できずに声が上がってしまうが止められない。
「ちょ、へ、いちょ――……やめッ!」
 たまらず身を引いて兵長の手から逃れると、顎をグイと掴まれて無理矢理正面を向かされた。
「え?な――んんッ!」
 兵長のいきなりの行動に訳が分からず抗議の声を上げようと口を開くと、そのまま深く口づけられ、ぬるりとしたものが口の中に入ってくる。
(なっ……に……!?)
 この熱い物は……恐らく兵長の舌だろう。びっくりして兵長の手から逃れようとするが、頭の後ろに手を添えられて固定されているせいで身動きが取れない。
 それどころか、歯の裏側から口蓋部分を舌でゆっくりとさすられるとだんだんと身体の力が抜けてくるのを感じる。 
「っん……ふっ……」
(だ、めだ……気持ちい……)
 こんなに深いキスをするのは初めてだ。
 キスがこんなに気持ち良い物なんて、知らなかった。
 コンコン――
 兵長とのキスでグズグズになっていると、医務室のドアがノックされた。
「――っあ……はぁ……」
 さすがに無視するわけにはいかないのか、兵長はオレの舌を一度強く吸い上げてから唇を離す。互いの間を銀糸がツッ――と糸を引きプツリと切れて、急激に現実に引き戻されたみたいだ。
「……人が来たな。入れるぞ。」
「は、い。」
 兵長は余韻でボーッとしているオレの身支度を手早く済ませると足早に扉へ向かっていく。
(な、んだよ、兵長……何で、いきなりこんなこと……)
 兵長の考えていることがさっぱり分からない。思わず口元に手をやると、ぬるりとどちらの物とも分からない唾液が指先に付いた。
 この間のコトは友達同士ならすると兵長は言っていた。
 ――ならキスは?
 ……親愛の証?
 家族でもないにそんなハズは無い。
(し、しかも……舌突っ込まれたし。あ、あんなのオレ初めてだぞ!?)
 もう頭の中がグチャグチャだ。

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