アイル

調査兵団における恋愛事情-4

(ったく……オレとしたことが、調子狂いまくりじゃねぇか……)
 この間に続いて、今日までもエレンに手を出してしまったのに自分でも呆れる。さすがに今日は思い切りキスをしてしまったので、前回のような上手い言い訳が思いつかない。
(……大体、普段は生意気なくせに時々妙に色気のある顔をしやがるのが悪いんだよ。……――って、このオレがあんなガキにほだされたってのか?勘弁してくれよ……)
 扉の前からチラリとエレンを見ると、若干ぼんやりしているが遠目にはそう普段と変わりはない。
 これなら人を入れても大丈夫だろうと判断して部屋のドアを開けると、先ほどオレに面と向かって思い切り失礼なことを言ってきたクソメガネが片手を上げて扉の間から顔をヒョイと出してきた。
「やあ。」
「……。」
 そのまま扉を閉めようとしたら、隙間に靴を挟んで阻止される。
「ちょっとちょっと!リヴァイのせいで体中こんなに傷だらけになったのにどういうこと!?少しくらい医務室使わせてくれたってバチは当たらないと思うんだけどな!?」
 ほら見ろとばかりに壁にぶつかった際に出来たらしい腕の擦り傷を目の前に差し出してくる。
「……チッ」
「舌打ちは無いでしょ!?」
 仕方なく扉を開けると、ハンジはズカズカと部屋の中に入ってきて薬品棚の方へ向かって行った。
(……傷だらけとかいいながらピンピンしてやがるじゃねーか……)
 相変わらず油断も隙も無いヤツだ。
「ああ、エレンも頭治療してたんだ。切ったところ大丈夫そう?ていうか自然治癒してないの?」
「あ、ああ、ハンジさん。」
「ん?どうかした?」
「い、いえ!すみません、少しボーッとしてしまって……。頭は全然痛くもないので大丈夫です。多分、そのうち治ると思います。」
「……そう?」
 エレンの様子が普段と違うのを敏感に察したのか、ハンジの眼がいつもより鋭くなっている。
(ったく……完全に観察モードじゃねぇか。面倒くせぇな……)
「ハンジ、自分の怪我の治療をするならさっさと――」
 さっきエレンに後ろめたいことをやってしまった手前、助け船を出そうと会話に口を挟むがハンジはまるで聞き耳を持とうとしない。
 それどころか、オレが口を挟んだことで何か確信を得たのかさらにエレンに近付く。
「ねえねえ、私にも傷口見せてくれないかな?」
「え?それは構いませんけど……」
 ハンジはグイとエレンの顔を持ち上げるとしげしげとエレンの顔を眺めている。
「えーっと……傷口を見るんじゃないんですか?」
 エレンは、傷口を見たいと言いながら肝心の頭を見ずに顔を熱心に見ているハンジを不思議に思っているらしい。
「おいハンジ。」
「ん?ふふ……やだなあ、そんな怖い顔して見なくたっていいじゃないか。はいはい分かりました……もういいよ、エレン。」
「はあ……?」
 ハンジはニヤニヤした顔をしながらこちらを見ると、エレンから離れた。エレンは訳が分からないのか、オレとハンジの顔を交互に見ている。
「――んじゃ、邪魔者は退散するとしますか。」
「え?治療はしないんですか?手の傷から血が出てますけど……」
「ああ、いいよ。よくよく考えたら、私の部屋の方が良い薬一杯あるし。じゃあね。」
 ひらりと手をふると、ハンジはさっさと出て行ってしまった。


「えっ?」
 エレンはハンジが何故出て行ってしまったのかいまいち分からない様子で、呆気に取られた顔をしながら扉を見つめている。
「……。」
 あのハンジの様子だと、オレとエレンがここで何をしていたのか薄々気付いているだろう。
(ったく……面倒なことになりそうだな。だからオレは察しの良すぎるヤツは好かねえんだ。)
 ハンジは他人にベラベラとプライベートに関することを言うタイプではないのが救いといえば救いだが、二人きりのときは何かと弄られるのは間違いないだろう。
「はあ……」
 先が思いやられるとため息を吐くと、それを聞いたエレンがハッと顔を強張らせる。
(――ったく……。コイツはコイツで分かりやすいというか、馬鹿正直というか……。)
 大方、自分とまた二人きりになったのを思い出して、また何かされるんじゃないかと焦っているのだろう。
(それはともかく……さっきのキスの件、エレンのヤツに何て言い訳したもんか。)
 顔は下を向いているが、こちらの気配を伺っているのがバレバレなエレンを眺めながら少し考える。……しかしながら、良さそうな理由が思い浮かばないのでだんだん考えるのが面倒になってくるのも事実で。
(まあ……変に言い訳するより、何事も無かったように接するのが良いか。) 
「……おい。」
「――っ!」
 とりあえず、他にケガしたところが無いか確認しようと声を掛けると、ビクリと全身を揺らして思い切りオレを警戒しているのが丸分かりだ。
「あ、あの!オレ、もう大丈夫なので……失礼します!」
「は?あ、おい!」
 エレンは座っていた診療ベッドから慌ただしく立ち上がると、そのままオレの横をすり抜けて足早に外へ出て行ってしまった。
「おいおい……アイツ、ビビりすぎだろ。」
 たかが一度キスした位で何だと思う。
「ああ……でもアイツ、この間までオナニーすら知らないようなヤツだったか。そういえば。」
 ハタと重要なことを思い出して、今更ながら少し反省した。


■ ■ ■


(お、思わず適当に理由付けて出てきちゃったけど……さっきのオレの態度、むちゃくちゃ怪しかったよな。ていうか……上官に向かってあの態度はやっぱり不味かったか!?兵長ってそういうの煩いタイプだし……)
 廊下を歩きながらどうしようとグルグル考えるがさっぱり考えがまとまらない。
(いや、でも……そもそもは兵長がいきなりキ……キスしたから悪いんだ!男相手に普通するか!?――しかもいきなり!!)
 大体この間も人の下半身にいきなり触れてくるし、兵長はそこら辺の観念が自分よりゆるゆるらしい。
(待てよ……?ということは――)
 自分にとってキスは恋人同士とするものという概念だが、兵長に取っては……そんなに重要な物ではないということだろうか。
(オレ……初めてだったのに……)
 兵長のことは好きだ。だから初めて好きな人とキス出来たのは嬉しい。でも……何となく心の中がモヤモヤとしているのは何故だろう。
(……兵長はオレのいかにも初心者っぽい反応が面白いのか?)
 遊びでやっているのなら、こちらに妙な期待をさせるような行動は正直止めてほしい。
「……はあ。」
 自分の気持ちを落ち着けるためにも、しばらく兵長とは距離を置いた方が良いような気がする。このまま兵長に色々とちょっかいを出されていたら、いつか本当に勘違いしてしまいそうだ。
(兵長って、口は悪いけど決まり事とかちゃんと守るタイプだしなあ……)
 だから、男同士の恋愛なんてもっての他だろう。
 もし自分の好意が兵長にバレてしまったら、軽蔑の眼差しで見られそうだ。
 もしそんなことになったら、ショックで立ち直れそうにない。自分の想像ながら、考えただけで思わず背筋がゾッとする。
「……部屋に戻ろう。」
 だんだんと気分が沈んで来るのを振り払うようにして顔を上げると自室に向かって歩きだした。

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