アイル

調査兵団における恋愛事情-5

 兵長にこれ以上心臓に悪い行為をされないためにも、キスをされたその日から兵長と距離を置くべく色々と画策をしながら数日が経過した。
 ちなみにまず一個目に実行したことは、今まで休憩時間中に兵長にお茶を淹れて色々と話していたが、これを止めて食堂で同じリヴァイ班の人たちと雑談をするようにした。
 最初、兵長に休憩中に席を外すと言ったときは渋い顔をされたが、同じ班の他の人達とも戦闘時の連携を取りやすくするためにも、もっとコミュニケーションを取りたいと言ったら、渋々ながら了承してくれた。
 次に実行したことは、いつの間にか兵長と一緒に食べることになっていた食事を今まで通り他の人と食べるようにしたことだ。
 ただし、これは現在進行形で少し面倒なことになっている。
 最初の数回の内は、他の人と食事を食べていても兵長は何も言ってこなかった。
 しかし、昨日の夕食時に無理矢理兵長に食堂へ連行されたのを皮切りに、今日の朝食と昼食も兵長に強制連行されて一緒に食事を食べるハメに陥っている。
 この調子だと……今日の夕食も強制連行コースなのは間違いない。
 正直、昨日の夕食時に無理矢理連食堂へ連行された時には食事くらい兵長と一緒でも良いかとも思った。ただ食事中に偶然兵長が口の中にパンを放り込もうと口を開いた瞬間を目にしてしまい……その考えを改めた。
 自分で言うのも恥ずかしいが、兵長の唇が唾液で光っている様子や口の中の赤色の舌を見たら、もう一度あの唇に触れたいと思ってしまったのだ。
 ……ちなみに、この日の夜に初めて兵長に教えてもらったオナニーとやらをしてしまったのは秘密だ。
(ひ、ひとまず、兵長に捕まる前に逃げないとな。)
 今日はこれから夕食だが、幸い兵長のいる執務室へ戻るような用事は無い。このまま誰かと食事をする約束を取り付けてしまえば、兵長も無理矢理オレを連行するようなことはしないだろう。
(リヴァイ班の誰かだと、兵長と何かあったときに速攻で売られそうだしな……)
 残るはエルヴィン団長かハンジさんしかいないが、団長はたまにしかこの城に来ないのでまず有り得ない。
(となると……ハンジさんか。)
 たしか今日もこちらに用事があって来ていたはずだ。
 ハンジさんも上官であるのは間違いないし、こちらから誘うのはかなり気が引けるが背に腹は代えられない。
(オレから誘うのは失礼かもしれないけど……ダメ元で聞いてみよう。まあ、ハンジさんは普段から色々と話しかけてくれるし……話しやすいのが救いといえば救いか。)
 自室に戻ろうとしていた足を反転させると、急いでハンジさんの執務室へ向かうことにした。


■ ■ ■


「ん?ああ、いきなり誰かと思ったらエレンか。」
 ハンジさんの部屋へノックをしてから入ると、机の上に所狭しと並べられている怪しげな実験器具の影からハンジさんがひょこりと顔を出した。
「君の方から来るなんて珍しいね。どうかした?」
「あ、あの!一緒に夕食いかがですか!?」
「ん?ああ……そういえばもうそんな時間か。私は別に構わないけど。」
 ハンジさんはチラリと壁にかけてある時計を見ると、快く了承してくれた。
「ありがとうございます……!」
「ちょっと待っててね。手洗ったら行くから。」
「はい。」
 ハンジさんは座っていたイスから立ち上がると、机の隅に後から取り付けたらしい洗い場で手を洗いだした。
 手押しポンプの取り付けが甘いのか、ハンドルを押して勢いよく水を出すとポンプ全体がガタガタと揺れている。
「それにしてもいきなりどうしたの?ここ最近はリヴァイと一緒に食べてなかったっけ。」
「えっ?知ってたんですか?」
 まさかハンジさんがそこまで知っていると思わなかったので少し驚く。
「そりゃあねえ、二人とも目立つし。なんてったって、人類最強と巨人だからさ。」
「あ、ああ……」
 ハンジさんに言われて、そういえば自分も巨人化するせいで注目されている存在だったことを思い出す。今まで確かに常に見られている感じはしていたが、兵長の監視の視線にばかり気がいっていて正直余り気にしたことがなかった。
「えーと……兵長だけじゃなくて、他の人とも話した方がいいかなと……これから巨人との戦闘で連携を取ることが有ると思いますし……」
 咄嗟にハンジさんにも兵長に以前話した言い訳を言うと、ふーんとさして興味が無さそうな返事をされた。
「ま、エレンもいっつもリヴァイに追っ掛け回されて大変そうだったしね。たまにはこうやって息抜きするのも良いんじゃない?個人的にはこういう普通のお付き合いだけじゃなくて、実験とかさせてもらえたらさらに嬉しいんだけどね。」
 ハンジさんは物騒な言葉をアハハ!と楽しそうに笑いながら口にすると、手をふいていたタオルをポイと机の上へ投げる。
「お待たせ!じゃあ食堂へ行こうか。」
「は、はい。」
 誘う人を少しだけ間違えたような気がした。


 ■ ■ ■


「ハンジさんどうぞ。」
「あ、悪いね。ありがとう。いやー、気が利くねえ。」
「い、いえ。」
 ハンジさんの分の食事のトレーを渡すと、ニコニコとした顔でお礼を言われた。
 兵長相手だとここまでオープンにお礼を言われることはまずないので、少し気恥ずかしくなる。顔が赤くなっているのを誤魔化すのに下を向いて、ハンジさんの目の前の席へゆっくりと座った。
「そういえば、ハンジさん怪我は大丈夫なんですか?」
「え?怪我?」
「この間、兵長に蹴られて……医務室に来たのに治療しないで出て行っちゃったじゃないですか。」
 数日前、ハンジさんが兵長へ背が小さい発言をしたせいで蹴りを入れられていた件を話す。
「ああ、あれか。いやー久しぶりに痛かった!まあでも、手加減されてたし大したことはないよ。青痣になっちゃったけどね。」
「あ、ああ……そうですか。兵長の蹴り、痛いですよね……オレ、二度とやられたくないです……」
 審議所で兵長に蹴られたときの痛みを思い出すと、今でもゾッとする。嫌な事を思い出したと、夕食に出されたスープをグルグルとスプーンでかきまぜているとハンジがああと声をあげた。
「ああ、噂をすれば……リヴァイのお出ましかな。」
「え!?」
 驚いて扉の方を振り向くが、兵長の姿は全く見当たらない。
 一体どういうことだとハンジさんを見るとバターンと大きな音を立てながら食堂の扉が開かれる。音に驚いて再度後ろを振り向くと、兵長が扉の前に立っていた。
「へ、へいちょ……」
 明らかに機嫌が悪い。
「ほら、あそこの奥の席ってリヴァイのお気に入りの席だったよね?今さっき入って来た人が、そこの席に座っていた人に何か耳打ちしたんだよ。そうしたらその人、食事途中にも関わらず席を変えたからさ。ピーンと来たわけ。」
 ハンジさんは、兵長が来るのが分かった理由を楽しそうに話しているが、正直こちらはそれどころじゃない。ビクビクしながら入口付近に仁王立ちしている兵長を見ていると、次の瞬間バチリと目が合う。
 思わず目を見開くと逆に兵長の目がすがめられ、ついでに見つけたぞと兵長の口が動いたのが分かった。
「!?」
 気分はまさしく蛇に睨まれた蛙だ。
(ま、不味いな……そんなに兵長以外の人と飯を食べたのが不味かったのか!?)
 しかし兵長と一緒に食事をする約束をした覚えもないので、ここまで機嫌を悪くされる覚えもない。
 それとも他に何か不味いことをやっただろうかと考えるが、怒られる理由ナンバーワンの掃除も今日は特に問題無かったはずだ。
「やあリヴァイ!一緒にご飯食べる?」
 こちらの事情を知らないハンジさんは、機嫌が明らかに悪い兵長に全く動じた様子もなくいつものように軽い調子で同席するよう勧めていて内心かなり焦る。
「え、ちょっ、ちょっとハンジさん!?兵長、すっごい機嫌悪いんですけど大丈夫なんですか!?」
「ああ、うん。だから面白そうだし、その理由聞こうかなって。」
「えっ!?」
 思わず小声でハンジさんに詰め寄ると、予想の斜め上の答えを返された。
 ……この人は怖い物知らずだ。
「おいテメエ……なに勝手に飯食いに来てやがる。」
「す、すみません。」
 兵長は大股でオレ達が座っている席に近付いてくるとドカリとオレの隣りの席に座った。ちなみに下から睨みつけられるオプション付きだ。
 いきなり横に座られたのでドキドキするが、今はそれどころじゃない。ひとまず姿勢を正して座り直して反射的に謝るが、兵長の機嫌は良くなりそうもない。
「え?もしかしてエレンと一緒に食べる約束してたの?」
 ハンジさんは紅茶の入ったカップを片手にあれ?という顔をしながら兵長に問いかけていて……相変わらずマイペースだ。
「……それは、してねぇが。」
「え?してないの?なんだ。じゃあエレンを私に横取りされちゃって怒ったの?あはは!」
「てめぇ……削ぐぞ。」
 歯に衣着せぬ台詞に、兵長の機嫌がさらに急降下していくのが丸分かりだ。この二人の会話を聞いていると、兵長がいつ怒り出すかと気が気じゃない。
 これは不味いと思わず兵長の方を見ると、案の定組んでいた足を解くのが見えて冷や汗が垂れる。
「やだなー冗談だって。
 あ、エレン。悪いけどリヴァイに夕食持ってきてくれないかな。」
「えっ?」
 兵長の蹴りがいつ炸裂するのかとハラハラしながら机の下を注視していると、ハンジさんから唐突に声を掛けられた。
 果たして二人きりにして大丈夫なんだろうかと二人の様子を交互に見ていると、兵長に早く行けと追い出される。
 少し気になったが、上官二人に言われたら逆らうことは出来ない。
(早く、戻ろう。)
 後ろ髪を引かれる思いでその場を離れることにした。


■ ■ ■


「で?兵士長様ともあろうものが、なにそんなにイライラしながらエレンのこと追っ掛けまわしてるのさ。そんなにお気に入り?」
「うるせぇな。」
 こんな人が集まるところで余計なことを言うなと睨みつけると、怖い怖いと大げさにリアクションされる。わざとだろうが一々イラつくヤツだ。
「そんな神経質にならなくたって大丈夫だって。周り見てみなよ。私らの半径十メートルに誰も近付いてないだろ?リヴァイが怒ってるからみんなとばっちりくらいたくないんだろうね。兵士長様は怒らすと怖いからなあ……あ、でもいつもちょっと不機嫌そうだよね。」
 ハンジに指摘されてチラリと周りを見てみると、たしかに自分たちのまわりには一切人がいなかった。夕食時で一番混む時間帯にも関わらずだ。
 「まあ、冗談はさておき……彼だってまだたったの十五才なんだからさあ、ほどほどにね。そんな怖い顔して追っ掛けまわしてたら逃げちゃうよ。」
「……。」
 エレンのやつを半ば無理矢理に離席させたので何か話があるのかと思えば、案の定だ。
 やはりエレンにキスをした直後にハンジを医務室に入れたのは間違いだったと思う。
(それより――)
 自分はの好意などの感情を表に出すタイプではない。
 だから他人の目から見てもエレンがオレのお気に入りに見えるという事実に少し不愉快な気分になる。
(このオレが、年が十以上も離れているあのクソガキを追い回しているだって?)
 しかし確かに今の状況を考え直すと、ハンジの指摘した通りだ。言い返すことが出来ないのが余計にシャクに障って仕方がない。
 しかも今のハンジの口振りだと、まるでオレがエレンに好意を持っていて追い回しているように聞こえるから始末が悪い。
(……むしろオレとしては珍獣を見ているような気分だが。)
 ――そう、好意というより興味に近い感情だ。そうでなければ、困る。
 愛だの恋だのという感情は、自分の身を亡ぼすだけだ。
 調査兵団の壁外調査でも恋人をかばって死んでいく者の姿を嫌というほど見た。やつらは、大体無謀に巨人に突っ込んで行って死んでいく。
 オレの静止の声も聞かずに、一時の感情に身を任せて、実に呆気なく。
(チッ……ハンジのヤツがいきなり妙なこと言いやがるからシケた気分になってきたな。)
「ほどほどもクソもねぇ。そもそもオレは上からアイツの監視をするように言われている。」
「やだなあ、そういうことじゃないって。話しすりかえちゃってさ。分かってるんだろう?」
 ハンジは手に持っていたカップを机の上に置くと、行儀悪く肘の上に顔を乗せるとこちらをニヤリとした顔で見る。
 これだから察しがいいやつは嫌いだ。
「悪いが、そういう話のことを言っているなら見当違いだからな。」
「え?またまたそんなこと言っちゃって。今だってモテモテで選びたい放題なくせに。」
「なにがモテモテだ。大体、オレはお前のこんな下らない話しに付き合うためにここに来たんじゃねえ。食い終わったならさっさと帰れ。」
「何言ってるのさ。ほら、まだ紅茶残ってるし。」
「……。」
 ズイと目の前に飲みかけの紅茶のカップを突き出される。
 思わずハアとため息を吐くが、素知らぬ顔で紅茶をすすっているあたり、確信犯なのは間違いないだろう。
 本当にコイツの屁理屈には付き合いきれない。
 早くエレンが帰って来ないかと配膳台の方を見ると、列に並んで順番が来るのをまだ待っている。あの調子だともうしばらくかかりそうだ。
「まあさ、リヴァイがそう言うならそれで構わないけど。色恋沙汰を嫌がるのも分からなくもないしさ。……人ってさあ、案外呆気なく死んじゃうし。調査兵団なら尚更に。」
 珍しく真面目な声音に思わずハンジの顔を見ると、ぼんやりした顔で中空を眺めていた。
「でもさ、私は守るものが出来た方が人はもっと強くなれると思うんだ……だから別にそういうのが悪いとは思わない。ま、これはただの独り言みたいなもんだし、人に押し付けるつもりなんて毛頭ないけど。」
「そうか。オレはそう考えたことはないが。」
「はは。だろうね。……リヴァイは現実主義っぽいもんなあ。」
 ハンジの言う通りだ。感情論なんかでどうにかなるのなら、今頃巨人なんてとっくのとうにどうにかなっているだろう。
「まあ何はともあれ……少なくとも、私から見た限りでは上の命令云々を抜きにしても君は十分エレンのこと気に入っているし、そう(・・)じゃないか思うんだけどな。余り自分の感情に嘘を吐きすぎるのも、精神衛生上良くないと思うよ。」
「チッ……余計な世話だ。」
 こうもハッキリと言われると、さすがに自分でも気が付いていない核心を突かれたような気がして心がざわめく。
 ……いや違う。本当は、自分だって気が付いているのだ。
 そうでなければ、エレンに何度もあんなちょっかいなんて出さない。
(ったく……面倒臭え。)
 ただ、それを認めるのが……怖いだけなのだ。


「お待たせしました。これ、ハンジさんと兵長の分の夕食です。」
 イスの背もたれに寄りかかりぼんやりとしていると、目の前にずいと夕食の乗ったトレーを差し出された。
 どうやらエレンがようやく夕食を持ってきてくれたらしい。
「……ああ。」
 エレンが真横に立っていたのに全く気付かなかったので少し驚く。エレンもそんな様子の俺が珍しいのか、不思議そうな顔をしながら人の顔を眺めていた。
 ……こんなときだけ人の顔をジロジロ見やがって現金なものだ。
 医務室でエレンにキスをした日から、あからさまに距離を置かれるようになったのには薄々気が付いてはいた。
 ただ、自分でもさすがに色々やりすぎたかと思うところもあったので、ある程度は自分と距離を置く件に関して譲歩していたのだ。
 しかし、いつの間にか仕事で呼び出したとき以外はさっぱりエレンの姿を見なくなったので、ここ最近は面白くないことこの上なくて。それに一応、上からエレンを監視するようにも言われていたので、名目上的にもこの状況は良くない。
 そんな風に訳の分からない自分の感情を納得させて、ひとまず飯のときくらいは一緒に食った方が良いだろうと昨日からエレンを捕まえていたが、結果は見ての通り逃げられてこの有様だ。
 エレンには勝手に一人でフラフラするなと言う必要が有るだろう。決してオレ自身の願望があるわけでは無い……はずだと思っていた。
(……まあ、今日のところは過去の自分の妄想に甘えるか。)
 エレンが一人でフラフラするのが良くないというのは一応事実だ。


■ ■ ■


「おい、いつまでボーッと突っ立ってんだ。話があるからさっさと座れ。」
 兵長に夕食も渡したし、どうやってこの場から逃げようかと考えていると、逃げるより先に兵長に座れと言われてしまった。
 思わずハンジさんを見るが、ニコニコとしているだけで特に何も言うつもりは無いらしい。
(……というか、ハンジさんはオレと兵長の間に有ったこととか何も知らないし、この場は自分でなんとかするしかないのか……)
 憂鬱な気分になるが、兵長相手に嫌だと言う訳にもいかないので渋々と言われた通り席へ座る。
「えーと……何か……?」
「何、じゃねぇ。」
 自分が席を外している間に、兵長の眉間のシワの本数が多少減っていたので上手い具合に誤魔化せないかと思ったが、そういうわけにはいかなそうだ。
「前々から耳にタコが出来るほど言っていると思うが、俺はお前の監視役だ。それがここ最近はどうだ?俺からチョロチョロ逃げまわりやがって……」
「は、はい……」
 やはり、兵長を意図的に避けていたのに気付いていたらしい。
 ……というか、ハンジさんが居る前でこんなことを思い切り言われたせいで、さっきハンジさんに言った食事に誘った理由が嘘だったとバレたに違いない。恐る恐るハンジさんの方を見ると、オレの視線に気付いたのかニコリと笑いかけられた。
 一応怒ってはいないようだが、頭を下げて謝罪すると片手を上げられた。
「……まあさ、リヴァイの言うことにも一理あるし……エレンもご飯くらいは一緒に食べてあげたら?」
 何だか予想以上に色々と面倒なことになってしまったのでどうしたものかと黙りこくって兵長のお小言を聞いていると、途中でハンジが助け舟を出してくれてホッとする。
「……分かりました。」
 色々と言いたいことはあるものの、いつ自分が巨人化するか分からないような状況で今回の行動は軽率だったのは確かだ。
 渋々と頷くと、兵長もひとまず満足したのか夕食に口をつけてだしので今日のところはこれで済みそうだ。
(……とりあえず、余り意識しないようにやり過ごそう。)
 もうこうなったらそれしかない。


「ところでさあ、エレン」
「はい?」
 手元の飲みかけのコップを弄っていると、ハンジさんが身を乗り出して話しかけて来た。
 小声なところをみると、周りには聞かれたくないらしいので何だろうとこちらも身を乗り出す。
「君さ、なんでリヴァイから逃げまくってたの?」
「えっ。何でって……それは――」
 思わず兵長とのあれやこれやを思い出してカッと顔が赤くなってしまう。
「え、えっと……それは……」
「それは?」
 赤くなった顔を隠すのに口元に手をやるが、ハンジさんがニヤニヤとした顔でさらに問い質してきたので逆効果だったような気がする。
「おいハンジ……テメェ、余計な口出すな。」
 ハンジさんは一体どこまで気付いているのかと不安になってきたところで、見かねたのか兵長が止めに入ってくれた。
「え?だって気になるしさ。この間さあ、医務室で――」
「――ッ!?」
 医務室という単語が出て来たので、脳裏にあの時の兵長とのキスが生々しく蘇って……おかげで、先ほどよりさらに顔が赤くなったのが自分でも分かる。
「し、失礼します!」
 さすがにこれ以上この場にいるのは耐えられない。
 挨拶もそこそこに走ってその場を離れると、後ろからハンジさんの笑い声と冗談だって!という声が聞こえてきた。


「うう……」
 うっかりその場を放棄して廊下に飛び出して来てしまったが、ハンジさんは本当のところはどこまで気付いているのだろうか。
 医務室の件は実際に現場を見られた訳ではないので、絶対に知られているはずが無いと思うのだが、反応を見ていると何もかもお見通しそうで恐ろしい。
 大方オレの反応を面白がって遊んでいるだけだと思うのだが、ハンジさんもいまいち本心が見えない人だから困る。兵長とはまた違った意味で怖い人だ。


■ ■ ■


「あーあ、行っちゃった。残念。」
「お前が妙な話を振るからだろうが。」 
「まあね。でも、やっぱりあの時のことが切っ掛けか。」
 薄々気が付いていやがったくせに、本人に確認を取る辺り白々しいヤツだ。
「アイツには余りちょっかいを出すな。大体見てればその手の話しに免疫ないくらい分かるだろうが。」
「過保護だなあ……まあでも良かったね。もしかしてリヴァイに酷いことされてショックで逃げ回ってる可能性もあるかと思ってたけど、あの感じだとそんなこと無さそうだし。ていうか、ただ単に恥ずかしがってるだけみたいだね。」
「……おい。なにさり気なく人のこと変態扱いしてやがんだテメエは。」
 聞き捨てならぬと夕食を食べていた手を止めて言い返すと、笑って誤魔化された。
「ま、あとは自分で頑張ってよ。あとはリヴァイ次第な気がするけどなあ。」
 他人事だと思って簡単に言いやがって、つくづく調子が良いやつだ。

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