アイル

調査兵団における恋愛事情-6

「さっさとその書類を配って来い。」
「はい。」
 食堂でハンジさんにからかわれてから数日して、いつもように兵長の仕事を手伝っていると他の人へ配るようにと朝一番に書類を手渡された。
(……大分量が多いな。)
 この分だと、仕分けてから配り終わるのに昼頃までかかりそうだと若干気が滅入る。
「ああ……あと」
「?」
 とりあえずさっさと仕分けてしまおうと部屋の隅に置いてある自分の机へ向かうと、珍しく引き留められる。
「お前の同期の金髪頭が今日はここに来ている。それを配り終えたら今日は終わりで良い。」
「金髪頭……?」
 オレと同期の金髪頭で……さらに兵長が見知った人物というと、一人しか思い浮かばない。恐らく、アルミンのことだろう。
 しかも、この仕事を終えたら好きにして良いということは……どうやら、兵長なりに色々と気を使ってくれたらしい。朝一に渡された仕事量がいつもよりやけに多いと思ったら、そういうことだったのかと合点がいく。
「あ、ありがとうございます!」
 嬉しくて、思わずいつもより大声でお礼を言ったら鼻で笑われた。 


 朝に渡された仕事をいつもの数倍のスピードで終わらせて兵長に報告へ行くと、いつもその速度でやれと予想通りの小言を言われた。が、今はそれどころじゃない。
 右から左に兵長の言葉を聞き流すと、早速アルミンの居場所を尋ねる。
「詳しくは聞いていないが……恐らくハンジの部屋だろう。」
「えっ?ハンジさんの部屋ですか?またなんでそんなところに。」
「次の作戦を立てるのに話を聞くとか言っていたが。」
「そうなんですか。」
 それなら何となく話は分かる。アルミンは今までにも急とはいえ作戦の立案に加わり、それなりに成果を残しているからだ。大方、新たな作戦を立てるのに彼を呼び寄せたというところだろう。
 もしかしたらまだ話し合いの最中かもしれないが、そろそろ昼食の時間も近い。久しぶりにアルミンに会えるのが嬉しく、ジッと部屋で待っていることが出来そうもないので慌ただしく自分の机の上を片付けていると、兵長がそんな様子のオレを見て鼻で笑った。
「ハッ。テメエもまだまだガキだな。」
「ガキって……そりゃあ久しぶりに同期と会えるし嬉しいですよ。」
 思わずムッとして兵長に言い返すと、余り面白くなさそうな顔をしている。
「……フン。ああ、そうかよ。」
 返事も妙につっけんどんだ。
(ん……?ちょっと待てよ?)
 兵長の話し方が雑なのはいつものことだ。
 だが、今のように兵長の方から火種になりそうなこと言ってくるのはかなり珍しい。
(……オレが先に仕事終わらすのが面白く無いのか?)
 兵長の顔を横目で見ながら考えるが、真偽のほどはよく分からないが、機嫌の悪い人の近くにわざわざいつまでも居ることはない。
 テキパキと片付けを終わらすとさっさと部屋を辞すことにした。


「……チッ」
 バタンと閉められた部屋の扉を見て思わず舌打ちをする。
 エレンのやつはオレが機嫌が悪い理由がイマイチ分からないのか、何度もこちらを気にしていた。
 実は、友人のアルミンとかいう金髪頭に会いに行くエレンがやけに嬉しそうなのが面白く無いだけなのだが、そんなの口が裂けても本人に言えるはずがない。
 この間、ハンジにオレがエレンに好意を持っていると指摘されてからずっと考えていたが……不本意なことに、どうやらそれは本当らしかった。
 ハンジに言われて気付いたのが少し気に食わないが……まあ、今更細かいことは気にしない。
 正直、調査兵団という場に所属している限り恋愛感情なんて物は無駄だと思っていた。だから、自分でもこういう感情は持たないようにしていたが、この手の人間の感情は理性でどうこう出来るような物でもないらしい。
 ハンジに指摘されてから今までの行動を振り返ってみると、上からの命令だと理由を付けてエレンをよく追っ掛け回していたのも確かだし、よくよく考えてみれば自分にしては珍しく進んでエレンに余計な世話も焼いてやっていた。
 オレは自分から進んで他人に干渉することはほとんど無いので、普段のオレの行動パターンを知っている人間からしてみれば驚きの行動だっただろうと今更ながら思う。
 自分でも迂闊だったとは思うが……済んでしまったものは仕方ない。
 そんなこんなで――今では虎視眈眈とどうやってエレンのヤツを懐柔してやろうかと考えているところだ。
 幸い今までのエレンの様子から察するに、自分に対する感情はそう悪い物では無いと考えている。
 そこへ、エレンと同期だとかいうあの金髪頭がここに来ると聞いて、早速いつものように仕事を前倒ししたりして色々と気をまわしてやったのが――いざエレンが仕事を終わらせてあの金髪頭のところへ行くと言い出した途端に面白くない気分になる。
 前もって自分の仕事を早く済ませてしまうのは大して苦では無い。というか、性格的に仕事を前倒しで済ませるのはむしろ楽しくもあった。それに、これでエレンのやつも喜ぶだろうと思うと仕事もはかどったものだ。
 そんな調子で、こっちは疎いエレンのヤツに気を使って外堀から埋める作戦で色々とやってやっているのに、当の本人は金髪頭に会えるとかいうだけでニコニコしやがっていい気なもんだ。
 オレにはいつも挙動不審な態度ばかりしているから尚更に、だ。全くもって面白く無いことこの上ない。
 まあ端的に言うと、オレは金髪頭に嫉妬しているわけだが、この仮は必ずそのうち返すつもりだ。
(……覚えてろよ。)
 ジッとエレンが出て行った扉を睨みつけていると、ボタリとペン先からインクが落ちて書類の上に広がった。
「……。」
 今日は何から何まで最悪だ。


 ■ ■ ■


(アルミンに会うのかなり久しぶりだな。)
 気分が高揚しているせいか自然と足取りも軽い。
(――にてしも……時間早すぎたか?随分人が少ないな。)
 昼食の時間にはまだ少し早いせいか、廊下には人がほとんどいない。流石に早すぎたかと少し心配なってきたが、かといって今更兵長のいる執務室に戻る気にもなれない。
(とりあえず一回ハンジさんの部屋を覗いてみて……まだ話しあってたら自室に戻るか。)
 昼間から自分自室である薄暗い地下室に戻るのも気が引けるが、勝手に外に行くわけにもいかないしこの際仕方ないだろう。
 そんなことをつらつらと考えながらハンジさんの部屋に向かうべく階段を下りていくと、下の階の踊り場に金髪頭がチラリと見えた。
「……ん?」
 調査兵団内には意外に金髪頭が少ない。しかもボブ頭となると尚更だ。
(あの頭は……もしかして……)
 まさかという思いで階段を駆け下りると、足音に気付いたのか金髪頭がクルリとこちらを向く。
「――アルミン!」
「?……エレンっ!?まさかこんなに早く会えると思わなかったよ!」
「ああ、今日は兵長が早く解放してくれたからな。ちょうどこれからお前に会いに行こうと思ってたところだ。」
「そうだったんだ。」
 しばらく会っていなかったので心配していたが、相変わらず元気そうで安心する。
「お前、ハンジさんと話してたんだよな。そっちの用事は終わったのか?」
「うん。ちょうど今終わった。それで、これから食堂に行こうと思ってたところ。」
 ということはあと少しタイミングがずれていたら、すれ違いになるところだったかもしれない。
「なら、オレも昼飯まだだし一緒に行こうぜ。」
「うん。」
 ここには新兵が自分一人しかいないので、久しぶりにこうやって気軽に話せる相手がいるのが嬉しくてたまらない。
 廊下でずっと立ち話をするのも味気ないので早速食堂に移動することにした。


「へえ……ここの食堂ってこんな感じなんだ。さすが、元々古城だったってだけあるね。趣がある。」
「そうか?」
 頭の良いヤツは、やっぱりこういうのが楽しいのだろうか。アルミンは席に座ると、興味深そうにさっきから部屋の中を見回している。
 今があまり人のいない時間帯で良かったと思う。これがお昼時間まっただ中だったら、こうやってゆっくり見ることも出来なかっただろう。
「そういえば、調子はどう?ここで上手くやっていけそう?」
 ぼんやりとアルミンの様子を眺めていると、いきなりこちらを向いて話しかけてきた。どうやら食堂観察は終わったらしい。
「うーん……。まあ、ようやく馴染んで来たってところだな。まあ、まだまだ色々問題もあるけど。」
 ……なんて、今ある問題は九割方兵長のことだが、そんなことアルミンに言えるわけもないので適当にお茶を濁す。
「問題?」
「えっ?あ、いや、大したことじゃないけどな。まあほら、ここって新兵はオレ一人だしさ。色々あるんだよ。そんなに気にするなって。」
 さらりと流したつもりが、予想外にアルミンが食いついて来たので焦る。アハハと笑って誤魔化すと、少し怪訝な顔をされたが、無理矢理別の話題を振ると怪訝な顔をしながらも一応乗ってきたのでほっとする。
(……危ない危ない。)
 アルミンは頭が切れるのでヘタな話は出来ない。


 昼食を食べ終えた後もしばらくの間は食堂で他愛のない話をしていたが、さすがにお昼時になると人が大きくなってきたので場所を変えることにした。
 食べた直後に自分の部屋がある地下部屋に行くのも何となく気分が良くないと思ったので、とりあえずいつも自分が立ち寄る屋上へアルミンを案内する。
「ここは……屋上?」
「ああ。昼飯食べた後はよくここに来るんだ。」
「そうなんだ。」
 アルミンは物珍しいのか、キョロキョロと辺りを見回している。
「ここにはあまり人来ないの?」
「来ないな。屋上だし、いちいち階段上るの面倒なんだろ。ここの居る人たち、みんなオレより大分年上の人が多いし。」
「ええ?何気にそれ失礼なこと言ってない?」
 オレの発言を注意するが、かくいうアルミンもクスクスと笑っているので説得力がまるでない。こういう風に並んで壁にもたれかかって笑いながら話しをしていると、何となく昔に戻ったような気分になる。
「――でさ、さっきの話だけど」
「さっき?」
 二人でぼんやりと空を眺めていると、アルミンが急に話しを切り出してきた。何の話しか分からず横目でアルミンの方を向くと、ニコリと目だけで笑われる。
「……。」
 ……何となく嫌な予感がする。
 アルミンが目だけで笑っているときは……大抵ろくなことを考えていない時だ。
「……お、おい。それより時間、大丈夫なのか?」
「時間ならまだまだ平気。エレンは全く心配しなくていいから。」
 話をそらすが、ニコリと笑うだけで話に全く乗って来ないところをみるとオレを逃がす気は無いらしい。
「さっき食堂で言ってた件だけど……ここに来て何か問題でもあったの?僕、気になるなあ……」
「い、いや、だからさっきも言っただろ、何も無い――」
「あったよね?」
 思い切り話途中で言葉を切られた。反論は許されない雰囲気に、思わずゴクリと唾をのみこむ。
 優しそうな外見にうっかり騙されそうになるが、アルミンは意外に自分の意見は曲げないタイプだ。この調子だと、オレから話を聞き出すまでは動かないだろう。
 この局面を切り抜けるには……支障が無い範囲で兵長とのことを話すしかなさそうだ。
 どんよりとした気分になるがこの際仕方ない。
「はあ……分かったよ。話すって。」
「本当?ありがとう!」
 オレの言葉を聞くと、アルミンはニコリと嬉しそう笑っている。自分が窮地に立たされているのは間違いないのだが、こうやって笑われるとなんというか悪い気はしない。
 ……アルミンもオレの反応を分かっていて、この顔をやっているような気もするが。
「まあ、別にそんな大騒ぎするほどじゃ無いんだけどさ……兵長と余り上手くいってないっていうか……。」
「兵長って……リヴァイ兵士長?」
「あ、ああ。」
 自分は兵長に好意があるわけだし、兵長にキスやら何やらやられるのが嫌というわけではないのだが……というか、本心ではちょっぴり嬉しくもある。だから上手くいってないというと少し語弊があったかもしれない。
(……でも、こういうことをアルミンに話す訳にもいかないしな。)
 アルミンに隠し事をしているのが気まずくて、目を合わせることが出来ずに思わずフイと横を向いてしまう。
「そう……。で、どんな風に上手くいってないの?」
「……。」
 普段と様子が違うオレの態度に。アルミンも攻勢を緩める気はないらしい。遠慮なくズケズケと質問をしてくる。
「ど、どうって、そりゃ……」
 思わず脳裏に兵長に下肢を弄られときや、キスされたときのことを思い出して顔が赤くなってしまう。
(ま、不味い……!こ、こんなときに何てこと思い出してんだ、オレっ……!)
 頭の中から雑念を追い出そうとふるふると頭をふるが、若さ故か……なかなか顔の火照りが取れない。
「……怪しいなあ。何でそんなに顔が真っ赤なの?さっき、兵長と上手くいってないって言ってたのに……。」
 アルミンの声が思いの外近くに聞こえたのでハッと顔を上げると、目の前に思い切り訝しい顔をしたアルミンの顔があった。
 アハハと誤魔化し笑いをするが、そんなもので到底誤魔化しきれるはずもなく、結果的にアルミンの眉間にシワを一本増やしただけだった。
 ……もしかしなくても、これは絶体絶命のピンチじゃないだろうか。
「まさか……とは思うんだけど……もしかして兵長に手でも出されたとか?」
「は?」
 いきなり際どい質問がアルミンの口から飛び出て来たので思わず口をポカンと開けて間抜けな反応をしてしまう。
(手を出すってことは、つまりそういう……ことか?)
「だから……例えばキスとかされたの?ってことだよ。」
「なっ!え!?……なっ、何で知って……――ッ!?」
 アルミンがまさか兵長とのキスの件を知っているはずがないのは分かっているが、いきなり言い当てられたのでさすがにビックリする。いやしかし、冷静に考えたらそんなはず無いのだ。
 口に出した後に自分の失言に気付いて慌てて口を手で塞ぐが、後の祭りだったのは言うまでもない。
 恐る恐るアルミンの顔を見ると、案の定目を白黒させている。
「何でって……ま、まさかと思って言っただけなのに……本当にそうなの!?」
 なんというか、自分の馬鹿さ加減にいい加減辟易する。
 思わず頭を抱えるが、そんなことで先ほどの失言を消せるはずもない。
「……ぜ、絶対他の人に言うなよ……特にミカサとか。」
「それはもちろん、言うわけないよ。……っていうか、そんなネタおいそれと他人に言えるわけないし。ミカサになんか言ったら……うん。」
 審議所でオレがボコボコされた時に今にも殺しそうな目で兵長を見ていたし、今回のキス事件の件が彼女に知られたら色んな意味で終わりだと思う。
 二人が殺り合っているシーンが思わず脳裏に浮かんでぶるりと震える。
 ……想像しただけで恐ろしい。
「それより、兵長とキスしたって……まさか、実は二人とも付き合ってるの?」
「いや、全然そんなんじゃないけど……」
 アルミンの言葉に、頭の中でずっと黒い染みのようになっていた部分が刺激されるが、無理矢理平然とした顔を作って答える。
「え?ということは、つまり……付き合ってないのにキスしたってこと?」
「ま、まあ……平たく言うとそうなるけど……」
 オレの言葉を聞いた途端、アルミンは難しい顔になった。
(まあ、そうだよなあ……)
 アルミンの反応は至極当然だと思う。
 オレは兵長への好意もあってそこまで悪い方に捉えなかったが、普通はそんなことされて嬉しいわけがない。
 ……しかも相手が同性の男となれば尚更だ。
 オレも、相手がもし兵長じゃなければ黙っちゃいない。
「まさか……こういうことは余り言いたくないけど……。
 もしかして、遊ばれてるとかじゃないの?エレン、本当に大丈夫なの?」
 アルミンにはっきりと兵長に遊ばれているのではないかと言われて内心ドキリとする。それはたしかに自分も以前から少なからず感じていたことだ。
 事実、兵長に遊びのような感覚でちょっかいを出されることでオレの本当の気持ちを相手に知られのを恐れ……ついこの間まで兵長と距離を置いていたくらいだ。
 でも、それでも彼のことを好きなのに変わりはない。
 だから……どうしても兵長を悪く言うことは出来ない。
 せっかくオレのことを親身になって心配してくれているアルミンには本当に申し訳なく思うが、こればかりは自分でもどうしようもない。
「遊びっていうか……まあたしかにオレの反応を面白がっているようなところはあるけど……でもキスの一つや二つ、減るもんでもないし。」
「はあ……駄目だよエレン。嫌なら嫌ってちゃんと言わないと。いくら上官だからってやって良いことといけないことがあるだろ。僕はそういうの許せないよ。」
「あ、ああ。」
「それに!キスの一つや二つってどういうこと?そんな何回もされてるの!?」
「うっ!」
 正直参ったなあと思う。まさかここまでこのネタに食いつかれるとは思わなかった。
 思わず審議所で色々と尋問されたときのことを思い出してしまう。今のアルミンはあの時のニック司祭みたいだ。
(いや、まあ今のアルミンの方が冷静だけど。)
「い、いや、キスは一回だから。」
「キス、は?ってことは他にも?」
「……。」
 またもや墓穴を自分で掘ってしまったらしい。
 頭が良いヤツを敵に回すと恐ろしいという事実を、身をもって今体験している気分だ。
「そ、それは……」
「それは?」
 アルミンはオレの変化を見逃すまいと、ジッとオレの顔を見ている。先ほどと同じく……言い訳は通じなそうだ。
(って……ちょっと待て?)
 たしか、兵長に自分のナニを触られたとき……友人同士でもこういうことをするとか言っていなかっただろうか。
(……それなら、アルミンに言っても大丈夫か?)
 アルミンも自分と同じくこういうネタには興味が無い部類の人間だ。
 だから少し言い辛い部分もあるが……ここまで来たら、キスの話しも触られた話しもそう大して変わらないような気がする。
「いや!その件は大したことじゃなくて……」
「……ふーん。」
 全くもって信頼していないという表情に何となく気分が焦る。
「何だよその顔。た、ただちょっと触られただけだって!男同士だと良くある話しだっていうし……そんなに気にすることでもないだろ。」
「触られたって……まさか。」
 アルミンの視線が下の方に下がる。
「まあ……うん。ナニを触られたっていうか……でも、男同士でも触ったりすることあるって聞いたぞ?」
 慌てて弁解したが、アルミンが人の下肢を見たまま無言で固まっているので少し不安になる。
 またオレは不味いことを言ったのだろうか。
「えーっと……アルミン?」
「……あのさ、僕今ちょっと思いついちゃったことがあるんだけど……」
 心配になって声を掛けると、真剣な顔をしてこちらを見てきたので思わず身構えてしまう。
「な、なんだよ、急に改まって。」
「エレンってさ……実は兵長のこと好きなんじゃないの?」
「は、はあっ!?い、いきなり何言いだすんだよ!?」
「普段のエレンだったら、こういうの絶対許さないと思うんだけど。たとえ相手が上官だったとしても。いや、もし僕の思い違いだったら悪いんだけどさ……」
「……!」
 コイツは……嫌味なくらい勘が良い。
 アルミンの考えが、本当に思い違いだったらどんなに良かっただろう。
「……。」
 まさか誰もいないよな、と出入口の方に目をやるときちんとドアが閉まっているので安心する。
(もう……腹をくくるしかないのか?)
 チラリと横に居るアルミンを見ると、この話に全く関係の無いはずの彼も思い詰めたような顔をしていた。
 ……良いヤツだよなあと心底思う。
 最初は自分のプライドとか、そういうのがあって色々隠し事をしてしまっていたが……こんなに親身になって自分のことを考えてくれているのに色々と隠し事をしている自分が恥ずかしくなってくる。
 自分が同性の兵長に好意を持っていると打ち明けたら、ヘタしたらアルミンに嫌われてしまうかもしれない。でも、いい加減自分一人でうだうだと抱え込んでいるのもしんどくなってきているのも事実だ。
 本当のことを話して彼と今まで築いてきた友情が壊れてしまったら残念だが……でも、今自分が持っている兵長への好意を消すことは無理だ。
(それに、もう……ほとんどアルミンにはバレてるしな。)
 今更否定したところで、意味が無いと思う。
 恐らくアルミンは、ある程度の確証を持っていなければこんなことを口にしないだろう。
(……腹をくくるか。)
 ゴクリと唾を飲み込み、ゆっくりと口を開く。
「……はあ。そうだよ。アルミンの言う通り。
 悪いな、色々隠し事してて。その……男同士ってやっぱり言い辛くてさ。」
「そう、だったんだ。やっぱり……」
「ああ。男同士って気持ち悪いだろ?いきなり変な話し聞かせて悪かったな。」
 言い出すまでは勇気がいったが、何だかすっきりした気分だ。
 やっぱり秘密ごとをするのは自分の性に合わないと思う。
「い、いや!謝らないでよ。僕も無神経に色々突っ込んで聞いちゃって……ごめん!
 でも、教えてくれて嬉しかったよ。有難う。」
 まさか礼を言われると思わなかったのでポカンとした顔でアルミンを見るとクスリと笑われた。
「そりゃあさ、実際に兵長のことが好きなんだって聞いたら驚いたよ。でも、エレンだって色々悩んだりしたでしょ?それを当事者でもない僕がとやかく言うのは違うと思うんだよね。
 それに、エレンは昔からそういう話題に縁が無かったみたいだからなあ……なんかちょっと安心したっていうか。」
「はっ!?それを言うならお前もだろ!!」
 思わずムキになって言い返したら、笑って誤魔化された。
 でも、兵長への気持ちを打ち明けても今までと同じ風に接してくれて本当に嬉しかった。
「ところで、リヴァイ兵士長にエレンの気持ちを伝えるつもりはないの?その調子だと言ってないよね?」
「おいおい……何言ってんだよ。言えるはず無いだろ。だってあの兵長だぞ?」
 普通、男が男に告白されて嬉しいヤツがいるもんか。
 ……そうだ。相手はあの兵長だ。
 口は悪いが意外に規律とかに口煩いところから察するに、男性同士の恋愛とか……そういうちょっと普通では考えられないことは、生理的に受け入れないだろう。
「冗談じゃねえ……アルミンも審議所でオレがボコボコにされてたの見てただろ。ヘタしたら、オレはまたああなるぞ……」
 あの時の痛みを思い出して冷や汗がたれる。
 巨人の力で普通より早く傷が癒えたとしても、痛みがあるのに変わりはない。
「……うーん。僕としては、今のエレンの話しを聞いた印象だと、そう望みは薄くないと思うんだけどなあ……」
「おいおい……。他人事だと思って適当なこと言うなよ。被害こうむるのはオレなんだぞ……」
 アルミンは実際の兵長を知らないから、そんな無責任なことを言えるんだと思う。
 勇気付けてくれているつもりなのかもしれないが、アルミンの言う通り兵長に告白をしたとして、結果ボコボコにされた挙句にふられでもしたらオレはもう二度と立ち直れない気がする。
「たしか……リヴァイ兵士長ってさ、潔癖症……なんだっけ?」
「え?ああ、うん。」
 この建物に来た時も隅から隅まで兵長が率先して掃除をしていた。
 一人だけ律儀に三角巾を頭にかぶり、かなり本気モードで掃除をしていたのでよく覚えている。
「ペトラさん……ああ、この人は同じリヴァイ班の人なんだけど……が、兵長は巨人との戦闘中でも手とかに血が付いたらハンカチで絶対拭くって言ってたし、かなり潔癖症だと思う。」
「かなり、かあ……」
 何やら思案気な顔でアルミンが考え込みだしたので今度は何だとビクビクする。
「僕が思うに……そんなに潔癖症の人が、自分からキスとか、ましてや触ってきたりすると思う?」
「――っ!」
 油断していたところにいきなり先ほどの際どいネタをふってきたので返答に困る。
「お、おい、アルミン……いきなり何だよ。」
「いや、ちょっと冷静に考えてみなよ。戦闘中でも巨人の血とか拭いてるくらいの人なんでしょ?それをさ……自発的にエレンに触れてきたって……ちょっと普通じゃ考えられないと思うんだけど。」
 友人とこんなネタを真剣に論議する日がまさか来るとは思わなかった。
 なんというか……羞恥心で死にそうだ。
 当のアルミンは、考察するのに精一杯なのかそれどころじゃないらしいが。
「あ、ああ……そうか……?」
「そうか?じゃないって!絶対そうだよ!よく考えてみなよ。触れてくるってことは、自分から体液とかを付けにいくってことじゃないか。それってあり得ないだろ?
 ということはさ……少なからず、兵長はエレンに気があると思うんだけど。」
 アルミンは自信あり気に自論を展開しているが、内容がアレなだけに当事者の自分はいたたまれないことこの上ない。
「あ、ああ……ありがとう……アルミン。お前は良いヤツだな……」
「いや、礼を言われるほどのことじゃないよ。今までの事実から検証してみるとこれは自然に導き出される……って、え?エレン?」
 オレが精神攻撃にやられて真っ白に燃え尽きた後に、ようやくアルミンがオレの惨状に気が付いてくれた。
 今日、この後に仕事が無くて良かったと心底思う……。


 アルミンの言うことをよくよく考えてみると、たしかに彼の言うことも一理ある気がする。それでもオレはそんなリスクのある行動を行おうなんて気分には全くなれない。
 何より、これ以上何かを望んでいる訳でもないから現状で満足しているんだとアルミンに伝えると、僕は当事者じゃないし、これ以上口を挟むことをしないよと言って笑ってくれた。
 さらにいつ誰に兵長とのことがバレるか分からないし、このままずっとなあなあでいくのは良くないと思うけど、と忠告も忘れないあたり流石だ。
 アルミンの言う通り、オレもこのままじゃいけないというのは何となく感じている。
 でも最後にキスされてからはそっち関係のことは全くご無沙汰だし、このままずっと何もない状態が続いたら……そうしたらそのうち、自分の気持ちも好きという状態から憧れという気持ちへまた元に戻る日が来る……かもしれない。
 何となくしんみりとした雰囲気になってしまったので、それを吹き飛ばすようにアルミンに彼女出来たら教えろよと言ったら笑って流された。
 人の事はズケズケ聞いてくるくせに、意外に自分のガードは固いヤツだ。


「じゃあ、また今度。」
「うん。元気でね!」
 それからしばらく屋上で話し、外が暗く前にアルミンは他の一緒に来た人達と馬に乗って帰って行った。

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