アイル

調査兵団における恋愛事情-8

 翌朝、昨日の今日で顔を合わせ辛いなあと恐る恐る食堂へ向かうと、いつも定位置に座っている兵長が見当たらなかった。
 少しホッとするが、兵長が断りも無く約束……ではなく、監視をすっぽかすのは初めてのことだ。
 心配になって、同じリヴァイ班の誰かに聞いてみようと食堂の中を見回すが、来るタイミングが悪かったのか誰もいない。
 どうしたものかと食堂の入口に立ち尽くしていると、バタンと扉が開き後頭部に思い切りぶつかった。
「――~ったた……」
「あ、すまね……ってガキンチョかよ!入口にボーッと突っ立ってんじゃねえ。オレの邪魔だ。」
 思わず扉のぶつかった後頭部を押さえながら座り込むと、上から聞き覚えのある声がした。
 この声は――
「オ……オルオさん!すみません!」
 彼は悪い人では無いのだが、若干口煩いので面倒臭い。
 しかも、この間屋上で思い切り石をぶつけてしまったのをまだ根に持っているフシがある。厄介な人に朝から絡まれてしまった。
 慌てて謝りながら扉の前から退くと、今度はオルオさんが扉の前に仁王立ちし、案の定ガミガミとオレにお小言を零しだした。
「あ、あのお……オルオさん、そこ立ってると危ないんじゃ……」
 ゴスッ
「イデッ!!」
「あっ……。」
 オレの忠告もむなしく、オルオさんの頭に扉がクリーンヒットし、いつものように思い切り舌を噛んだ。
 二重の惨劇に少し気の毒な気持ちになる。
 ……ちなみに、オルオさんの頭に扉をぶつけたのは同じリヴァイ班のペトラさんだった。


 兵長がいない件を聞きたいのも有り、オルオさんとペトラさんに一緒に食事をしないかと誘うと、ペトラさんは快くオルオさんは渋々といった様子で承諾してくれた。
「イテテ……」
「ごめんってば。」
 配膳台から自分の分の食事を取って席に戻ると、ペトラさんがオルオさんに先ほどの件を謝っていた。オルオさんはよっぽど痛むのか、頭……ではなくて口を押えている。
「えっと……大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけ無いだろ、これから飯だぞ。一体どうしてくれるんだ……なあ、ペトラよ。」
「だから謝ってるじゃない……あとその話し方止めてって前から言ってるでしょ。」
 少し気の毒になって声をかけたが、いつもより言葉数は少ないものの相変わらず兵長の話し方を真似しているので……まあ大丈夫だろう。
(兵長と言えば……)
「お二人とも、兵長見かけませんでしたか?」
「兵長?」
 何故か少しビックリとした顔でペトラさんに聞き返されたので、少し不安になる。
「え?いや、食事は監視の関係で兵長と食べることが多いので……でも珍しく今朝は居なかったのでどうかしたのかと思って。何かあったんですか?」
「あ、ああ。そういうこと!いやいや、兵長なら昨日の夜に緊急で会議があった関係で忙しいみたいだけど。」
 ペトラさんも余り詳しくは知らないのか早口で返された。
 ただ、何となく、何かを誤魔化されたような気がする。
「……?」
(昨日の夜の会議ってことは……ハンジさんが呼びに来た時か。そういえばエルヴィン団長がどうとか言ってたっけ。)
 これからの作戦のことだろうか?
(でも……)
 兵長は作戦立案には基本関わらないと以前言っていたし、少し違うような気もする。
「おい……お前、兵長といつも一緒に飯を食ってるのか?」
 ぐるぐると頭の中で考えていると、目の前に座っているオルオさんが話しかけて来た。
 オレが兵長と一緒に食べているというのが気に食わないのか、スープの中に入っている芋の塊をグサグサとフォークで刺している。バラバラに崩れてスープの中に浮いている芋がなんだか怖い。
「は……はい。でも、監視とかそういった意味でですけど……」
「お前……気に食わねぇな……大体今日の件だって兵長が色々準備して――ブッ!!」
「や、やだなー!何言ってるのよ、オルオ!」
「えっ?」
 オルオさんが何か口にしようとした途端、横に座っていたペトラさんがオルオさんの頭を後ろから思い切り叩きつけて黙らせた。
 ちなみに、叩く力が強すぎたのかオルオさんはスープ皿の中に顔を突っ込でいる。
「……。」
 さすがに気の毒になり、ポケットの中に入れていたハンカチをそっと差し出すと、ゆっくりとスープの皿からオルオさんが顔を上げた。シュールすぎる光景に言葉も出ない。
「おいペトラよ……お前はオレに恨みでもあるのか……」
「今のはちょっとやりすぎたと私も思うわ……ごめんなさい。でもあなた……いつも一言多いのよ。……あと、さっきから言ってるけどその口調止めてくれない?」
 オルオさんはオレが渡したハンカチで汚れた顔をざっとぬぐうと、悪いなと言いながら返してきた。
「……。」
 出来れば洗って返して欲しかったが、今日は色々と気の毒なのでとりあえず黙って受け取る。
(それにしても、今のは一体何だったんだ……?)
 ペトラさんは一体何を隠そうとしたのだろうか。
(今日の件だって兵長が色々準備……だっけ。)
「……今日って何かあるんですか?」
 相変わらず目の前でぼそぼそと言い合っている二人に声を掛けると、途端に口ごもって互いに顔を見合わせる。
「あの……?」
「ゴホン!あ~……これは機密事項だから、お前のような新兵にむやみやたらに話す訳にはいかない!つまり、そういうことだ。」
「そ、そうそう!ちょっと、ね!まあ、そのうちエレンにも話しが行くと思うから。」
「はあ……そうですか。」
 明らかに挙動不審だ。
 二人ともオレと視線を合わせようとしないところを見ると機密事項というのも眉唾物だなと思うが、さすがにそう言われてしまっては突っ込んで聞くことも出来ない。
「えっと……兵長は今日一日忙しいんですか?」
「兵長はいつも忙しい。だからお前もいい加減一人で飯を――」
「ちょっとオルオ!話をややこしくしないでよ!……兵長なら、多分夕方くらいまで忙しいと思うわよ。」
「……そうですか。」
 ということは、ひとまず食事中は顔を突き合わせることは無さそうだ。
 ホッとする反面、少しだけ残念な気分になる。
「あれ?ということは……オレって今日の仕事はどうなるんですか?」
「ああ……そういえばエレンって兵長の手伝いしてるんだっけ。オルオは何か聞いてない?」
「チッ……気に食わねえ……」
 どうやらペトラさんもオルオさんも特に何も聞いていないらしい。
「えーっと……私たちは特に何も聞いてないけど……。そうね、でも私たちはあなたをどうこう出来る権限は無いし……とりあえず一回兵長の執務室を覗いてみたら?伝言とかあるかもしれないし。特にそういうのが無かったら、ハンジ分隊長もまたこっちに顔出してるから聞いてみるとか……」
「……分かりました。ありがとうございます。」
(ハンジさんか……)
 昨日の件で顔を合わせ辛いのもあるが、何しろ巨人の実験とやらで色々とオレにちょっかいを出してくるので、出来ればハンジさんの仕事はあまり手伝いたくない。
(はあ……でもまあ、兵長もいないし仕方ないか。)
 新兵の辛いところだ。
「……じゃあ、私たちは急いでいるからこれで!オルオ、行きましょ。」
 ペトラさんは底に残っていたスープを慌てた様子で飲み干すと、パンをかじっていたオルオさんを肘でせっつく。
「おい……お前のせいでオレはほとんど飯食えて無いんだぞ……どうしてくれる。」
「そんなの後で食べれば良いじゃない。」
「ペトラ……お前は将来結婚したら旦那を尻に敷きそうなタイプだな。」
「……止めてよ。何でそんな話になるの?」
 なんというか、会話の内容に付いていけない。
 黙って二人を見守っていると、オルオさんが食べかけのパンを上着のポケットねじ込んで立ち上がった。
 何だかんだ言いつつ彼の方が折れたらしい。
「それじゃあね、エレン!また後で。」
「フン。」
「あ、はい。」
 結局、二人とも中途半端に食事を残したまま食堂を後にしてしまった。今は食糧事情も良くないので、残すなんて行為をする人は本当に珍しい。
(やっぱり、さっきのオルオさんのさっきの発言のせいか?)
 あれからあからさまに二人の様子がおかしかった気がする。いまいち釈然としないが、詳細が分からない以上考えようがない。
(……とりあえず、さっさと朝食をすませて兵長の部屋に行くか。)
 朝食の残りを口に流し込むと、オレもイスから立ち上がった。

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