アイル

調査兵団における恋愛事情-10

 昼食を済ませるとさっさと部屋に戻り、先ほどやり残した箇所の荷物整理を再開する。
 この人の部屋は異様に荷物が多いので片付けるのが結構大変だ。兵長が見たらブチ切れるに違いない。
「――そろそろ夕食の時間だね。」
「え?」
 二人で黙々と作業をしていたので全く気が付かなかったが、窓の外を見るといつの間にか真っ暗になっていた。
「食堂、行きますか?」
「そうだねえ……」
「……。」
 ハンジさんは返事をすると手に持っていた紙の束をポイと机の上に投げ捨てた。さっきそこ整理したばかりなのに、と思うがすでに机の上に紙が散乱していて後の祭りだ。この調子だと、またすぐに部屋が汚くなるだろう。
 げんなりした顔でまた散らかった机の上を見ていると、今日初めて部屋の扉をノックされた。
「はーい、どうぞー。」
 ガチャリと扉が開かれると、外に立っていたのは朝から姿を全く見なかった兵長だった。
「……汚い。なんだこの豚小屋みたいな……豚小屋は。」
「ひ、ひどっ!ねえねえ、それいくらなんでもひどくない!?これでも大分片付いたんだけどなあ!?」
 兵長は整理途中で多少乱雑になっている部屋の中を見た途端、上着のポケットからハンカチを取り出して口に当てだした。
 潔癖症な兵長なら、この空間は埃っぽくて耐えられないだろう。まあ予想の範囲内の行動だ。
 何となく昨日の件もあって声をかけ辛いのもあり、遠巻きに兵長を眺めているとハンカチを口に当てたままオレの目の前まで歩いてきた。
「へ、兵長……?」
「夕飯に行くぞ。」
「え!?」
 腕を掴まれると、口答えをする暇もなく半ば引きずられる形で食堂へ向かうことになった。


「――で、何でテメェまで一緒に付いて来てるんだ。」
「え?だって私もお腹減ったし。」
「チッ……」
 昨日に引き続き、今日も兵長は不機嫌が継続中らしい。
 そこへハンジさんが兵長の神経を逆なでするようなことを平気で言っているので、こっちはたまったもんじゃない。
「そ、そういえば……今日、兵長は街に行ってたんでしたっけ?」
 何とか話題を変えようと苦し紛れに先ほどハンジさんから聞いた話を振ると、オレの前をハンジさんと並んで歩いていた兵長は、グルリとこちらを向いてああそうだと答えた。
 振り向いた兵長の眉間には、今日一番のシワが寄っている。
(え?オレ……何か不味いこと聞いた……?)
 意味が分からない。
 しかも、そんな様子の兵長を見てハンジさんが大爆笑している。どうやらオレの発言は、火に油を注いだだけのようだ。
「えっ……お、オレ、なんか、すみません。」
「そんな、エレンが謝ることはないって!大体、今回リヴァイが街に行くことになったのは自業自得だし。」
「は?」
 ハンジさんが笑いながら兵長が機嫌の悪い理由を説明してくれたが、いまいち的を得ていないので分からない。
「えーと……仕事じゃなかったんですか?」
「まあ、さっきはまだ時間帯も早かったから念のためそう言ったけどさ……もう言っていいよね、リヴァイ?」
「……。」
 兵長は、ハンジさんがさっきから笑っているが気に食わないのか無視を決め込んで前をスタスタと歩いている。
「……まあいいや。実はさあ、今日これから新兵の歓迎会をするんだよ。ビックリさせようと思ってエレンにはギリギリまで黙ってたんだけど。」
「新兵の歓迎会?新兵って――まさか!?」
 今ここにいる新兵は、自分しかいないはずだ。
「うんそう。いやさ、昨日エルヴィンが来たときに本部ではそういうのやったって言ってて。エレンだけそういうのやらないのも、ねえ?で、ノリで提案したら案外すんなり通って。」
 どうやらオレに気を使ってくれたらしい。
「チッ……下らねえ。」
「それでさ、まあやっぱり歓迎の席って言ったら酒じゃない!でも、普段ここには酒のストックなんか無いからさ。それをリヴァイが街まで買いに行ったってわけ。ジャンケンに負けてね!」
「えっ、ジャンケン?」
 会議という場でいい年をした大人が揃ってジャンケンをしたということだろうか。想像しようとしたが、余りのシュールさにその光景が思い浮かばない。
「ああ、もちろんエルヴィンはジャンケン大会に参加してないよ。」
「あ、はい……。」
 少しだけホッとした。
「参加したのは会議にいた分隊長とかね。全部で三回勝負!いやー良い勝負だった!何より、リヴァイが負けたのが最高に傑作だったね。ほら、まず肉弾戦なんかで彼に勝てる訳ないしさあ。久しぶりに気分爽快だった。」
「……。」
 前方から物凄い不機嫌オーラが漂ってきてとても怖い。
「……そ、それでわざわざ兵長が?下士兵でも良かったのでは……」
 ただのお使いごときでわざわざ兵長を行かせるなんて、ちょっと申し訳ないように感じる。
「あー……。まあさ、普通の食糧とかならいいんだけど。酒は嗜好品だからねえ。色々厄介なんだよ。」
「そう、なんですか?」
 自分は酒を嗜まないのでそこら辺の事情には疎いが、何やら色々と取り決めがあるらしい。
「エレンはお酒飲んだことないの?」
「……昔に一度だけなら。でも、あまり好きじゃないです。」
「へえ、そっか。小さい時に親の盗み飲みしたとか?まあでも、まだ十五歳だもんねえ。その年で酒好きでも先が思いやられるか。」
 そう言ってアハハと笑うと人の背中をバシバシと叩いて来た。
 ちなみにハンジさんは勝手に勘違いしてくれたが、実は酒を初めて飲んだのは訓練兵時代ことだ。
 もう時効かもしれないが、訓練兵時代は飲酒を禁止されていたしバレたら不味いような気がしたので念のために黙っておいたのだ。
 飲酒を禁止されているはずの訓練兵時代に何故酒を飲めたのかというと、もちろん食糧窃盗のプロ、サシャのおかげだ。
 あれはたしか訓練兵になってしばらくたってからだったと思う。サシャがいつものように食糧庫に忍び込み、何故か酒を持って来たのだ。
 一緒に飲んでみないかと誘われたので興味本位で数人と回し飲みをしたのだが、苦くて不味かったという記憶しかない。
 それからというもの、酒を自分から進んで飲みたいと思ったことは一切無い。
「兵長とハンジさんは結構お酒飲まれるんですか?」
「私もリヴァイも飲むよ。しかも、リヴァイはあれでかなり強いんだよね。私より飲むんじゃない?」
 ハンジさんは意外だと言ったが、兵長がかなり飲めるというのは何となく納得する。というか、ただ単に兵長が酔っている姿を想像出来ないと言う方が正しいかもしれないが。
「……お前は飲むと周りが迷惑するから飲むな。」
 オレたちの会話を無視して前を歩いていた兵長が、わざわざ振り返って指摘したところを見ると、どうやらハンジさんは相当酒癖が悪いらしい。
「そんなにですか?」
「他人を捕まえて巨人の話しを永遠とする。拒否権は、無い。」
「ああ……。」
 ――ある意味予想通りだった。

戻る