アイル

調査兵団における恋愛事情-11

 夕食兼歓迎会だと言って連れて行かれたのは、食堂……ではなく、食堂と同じ階にある会議室代わりに使っている部屋だった。わざわざこのために大きなテーブルをどこからか見つけて準備してくれたらしい。そんな気遣いが素直に嬉しい。
 会議室の中に入ると、同じリヴァイ班のメンバーの人たちと他数人の顔見知りの人が出迎えてくれた。
 ペトラさんはオレが驚くだろうとワクワクしていたようだが、平然としていたのでかなりガックリしていて少し申し訳なく思う。
 折角オルオをスープに突っ込んでまでエレンにバレるのを阻止したのに!とブツブツ呟いていたところを見ると、どうやら朝のアレは力加減を間違えたのではなくわざとだったらしい。
 女性には気を付けようと改めて心に誓った。
「それじゃあ、新しく入団してくれたエレンに……かんぱい!」
 兵長が嫌がったので結局ハンジさんが始まりの乾杯の音頭を取り、歓迎会という名のささやかな夕食会がはじまった。
 立食形式なので、皆思い思いに中央に設置してあるテーブルから好きな物を取って食べている。
「……あ。」
(肉だ。)
 とりあえず何から食べようとテーブルの前をフラフラと歩いていると、珍しく食卓の上に野菜を巻いたハムが乗っていた。
 こんな高級食材は、こんな時でもないと食べられないので真っ先に皿の中に取り分ける。
 他にも適当に腹にたまりそうな物をいくつか取ると、部屋に隅に設置されているイスに座って早速食べることにした。
 イスに座って一息つくと、無意識に兵長の姿を探す。
(――あ、居た。)
 こういった賑やかな場が苦手そうなので自分と同じく部屋の隅にでもいるのかと思ったら、食事の置いてあるテーブルの前でオルオさんに捕まっていた。
 相変わらず面倒臭そうな顔をしていたが、きちんと応対しているし基本的には部下の面倒見は良いよなと思う。
「ちょっとちょっと、主役がいきなりこんな隅に座ってご飯食べてるなんて寂しいじゃないか。」
「へ?」
 兵長をぼんやり眺めながら肉を貪っていると、ドカリと隣りにハンジさんが座ってきた。
 どうやらオレが一人でいたので気を使ってくれたらしいが、早速酒が入っていると思われるグラスを両手に持っていて嫌な予感しかしない。
「い、いや、お腹がすいていて。……ハンジさんはもう飲んでるんですか?」
「そりゃあね!こんな時でもないと飲めないしさあ。……で、エレンにこれ持ってきたんだよ。」
「?」
 両手に持っていたグラスのうち、片方はどうやら自分のために持ってきてくれた物らしい。ズイと目の前に差し出されたので反射的に受け取ってしまう。
「えっと……これは?」
「お酒だよ。でもこれならクセ無いし飲みやすいからどうかと思って。」
「そうなんですか?」
 余り飲みたくないなあとは思うのだが、せっかく持って来てくれた物を断るのも申し訳ないのでとりあえず渋々と一口飲んでみる。
「……あれ?」
「ね?結構飲みやすいでしょ?」
「はい。」
 ハンジさんはお酒と言っていたが、オレンジ味のジュースとほとんど変わらない。
 思わずゴクゴクと飲んでしまう。
「こんなお酒もあるんですね。」
「この手の物はお酒が苦手な人とか、あと女の人とか結構好んで飲むんだよ。ジュースとほとんど変わらないから飲みやすいから。」
 なるほどと思う。お酒独特の匂いや苦みが少ないので、酒嫌いの自分でも何杯でもいけそうだ。
 それからは、見事にハンジさんの巨人話の餌食になった。
 周りの人たちも途中から気の毒そうにこちらをチラチラと見てくれてはいたのだが、みんな巻き込まれたくないのか誰も助けてくれない。
 途中でオルオさんとの会話を終えたらしい兵長がオレを見つけて近付いてきてくれたのでやっと解放される!と思ったが、横にハンジさんが居るのに気付いた途端に踵を返された。
 ……酷い。
「ちょっと……皿、おいてきます……」
 巨人の話しをしながら食事をするのは正直しんどかったが、何とか皿の上にあった物を全て胃の中におさめ、コップの中の酒を一気に飲み干してようやくハンジさんから逃げ出すことに成功した。
 酒を飲んだせいで酔ってしまったのか、イスから立ち上がるときに微妙にフラフラとする。さらに頭の中がぼんやりとして思考が定まらなかったが、今はそれどころじゃない。そのままその場所に突っ立っていたら、またハンジさんの巨人話に付き合わなければならなくなる。
 オレは覚束ない足取りで、何とか中央に設置されているテーブルまで逃げ出した。
(……なんか、つかれた。)
 オレの精神は、巨人の話しをしながら肉を食べられるほど強靭じゃなかったらしい。まるで高級食材を食べた気がしなかった。
(久しぶりの肉だったのに。)
 無駄にへこむ。
「ここに来る前にハンジの酔い方は酷いと言っただろうが。お前は人の話しを聞いてねえのか。」
 景色がグルグルとするので、中央に設置されているテーブルに両手を付き何とか持ち直そうとしていると、聞き覚えのある声に声を掛けられた。この声は兵長だ。
 向かいの壁に座っていたはずだが、わざわざこっちに来てくれたらしい。
「へい、ちょお」
 嬉しくて思わず声を掛けるが、酒のせいか上手く呂律がまわらない。
 オレの呂律が回ってないのを妙に思ったのか、兵長にジッと顔を観察される。気にせずそのまま見返していたら、思い切り怪訝な顔をされた。
「お前……酔ってるな?」
「酔ってる?ああ……おれ、他の人から見ても分かるくらい酔ってます?」
 自分ではよく分からないが、兵長がそう言うということはかなり酔っているのかもしれない。にへらと笑うと、呆れた顔をされた。
「顔が赤いし、呂律が回ってないだろうが。……飲んだのはこれか?」
 兵長はハアとため息をつくと、オレがさっきテーブルの上に置いたコップを手に取って中身を確認しだした。
「はい、そうです。それ、おいしいですね。ハンジさんがさっきくれたんですよ。」
「ハンジか。アイツ……」
 兵長は何が気に食わないのか、巨人を殺すときのような目つきでハンジさんを睨んでいる。しかし当の本人は、新たな餌食を捕まえて絶賛巨人トーク中なので兵長の目線に気付きそうもない。
「あはは!ハンジさん楽しそうですね。うーん……おいしかったし、もう一杯飲もうかなあ……」
「やめとけ、酔っ払い。ひっくり返るぞ。」
 同じ飲み物を探すべく、今いる場所から離れようとしたら兵長に上着の襟首を掴まれて捕獲された。
「う、あ!」
 急に掴まれたので、足元が覚束ないオレは踏ん張りが効かずにのけぞって仰向けに転びそうになる。
 気を利かしてくれたのか、咄嗟に兵長が後ろから脇に手を差し込んで支えてくれたので事なきを得たが、そうでなければ思い切り背中からひっくり返って大惨事になっていたかもしれない。
「何やってんだお前。」
「す、すみませ……」
 見上げると思ったより近くに兵長の顔がある。
「――っ」
 昨日この唇とキスをしたのだ。
(……また触れたい)
 これからは、兵長とこういうことにならないようにしようとつい昨日誓ったのにすぐこれだ。自分の優柔不断さにつくづく辟易する。
(――でも、やっぱり好きなんだよなあ……だからやっぱり、止められない。)
「……この酔っ払いが。周りにどんだけ人がいると思ってんだ。」
「う、あ」
 手を伸ばして兵長の顔に触れようとしたところで、フイと顔を上げられてしまった。
(……せっかくあと少しだったのに。)
 仕方ないので、手持無沙汰になった手で兵長の腕をぎゅっと掴んだ。
「おいハンジ。こいつにどの位飲ませた。」
「ん?そのコップ一杯だけだよ。そんな大した量じゃないって。」
「度数考えてから言え。クソメガネ。」
 兵長がハンジさんと会話している声が聞こえてくるが、余り頭に入って来ない。
 身体の力も段々抜けてきて、兵長に掴まれてはいるものの床に膝をつく格好になってしまう。
「おい、コラ。力抜くな、エレン。」
「そんなことないです、へいちょ……」
「そんなことあるから言ってるんだろうが。起きろ。」
 顔を上げたら額をベシリと叩かれた。地味に痛い。
「はあ……。とりあえず部屋に戻るぞ。」
「えー……」
「えー、じゃない。立て。立たないと担ぐぞ。」
 頭が上手く回らない。
 出来ればこのまま寝てしまいたい衝動に駆られるが、兵長が正面にまわり無理矢理オレの腕を引っ張ってきたので渋々立ち上がる。
「……ねむいです」
「ねむいなら歩け。」
 寝ながら歩けと言うということだろうか。
 意味が分からない。意味が分からないが、腕を引っ張られるので仕方なくされるがままに歩く。
「いやあ、美しきかな……師弟愛!」
「……削ぐぞ。」
 ハンジさんに茶々を入れられているのが聞こえたが言い返す気力が無い。
 廊下のに出る前にチラリと顔だけハンジさんの方を見るとニコニコと笑いながら手をふられた。

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