アイル

調査兵団における恋愛事情-13

「エレン……いい加減に起きろ。」
 身体をゆさゆさと揺すぶられて、だんだん意識が浮上してくる。折角人が気持ちよく寝ているのにうるさいなあと思う。
「おい……水を飲まないと明日辛いぞ。」
「んん……」
 耳元でこうも色々と話しかけられたらたまらない。起きるつもりは無いのだと意思表示をするために、反対側を向いて丸まる。
 でもなんか……いつもより大分窮屈だ。全身が締め付けられているような感じがする。
 おかげで大分寝苦しい。このままでいたら、ろくに寝ていられない気がする。
「うう……くるしい……」
「当たり前だろうが。緊急時でもないのに、装備付けたまま寝る馬鹿がいるか。」
(……そう、び?)
 ――装備を付けたまま、寝る?
(ああ……)
 そういえば……自分は、さっき自分の部屋の前の廊下で寝なかっただろうか。ここの建物の廊下は石畳だし、もう少しゴツゴツしていても良いはずなのに……今自分が寝ている場所は、まるでベッドみたいに柔らかい。試しに手で触ってみると、布の手触りがする。
「……?」
 流石に不思議に思って目を薄らと開けると、思った通り何故かベッドに寝ていた。
 相変わらずぼんやりとした頭で辺りを見回すと、どうやら自分の部屋のベッドで寝ているらしいことにようやく気が付く。
「ええと…………あれ?」
 何故こんなことになっているのかいまいち状況が飲み込めない。試しに目をこすってみたが現状は変わらない。
「やっと起きたか。とりあえず座れ。」
 声がした方を見ると、兵長が呆れた顔をしてベッドに軽く腰かけていた。
(……へ、兵長だ!)
 まさか、兵長がここにいると思わなかった。ぼんやりしていた頭が幾分はっきりしてくる。
「す、すみません。」
 もたもたと身体に巻き付いている掛け布団をはがすとベッドの上に起き上がる。もちろん膝を揃えてきっちりと座ったのは言うまでもない。
(ええと……ここに兵長がいるということは……)
 ――もしかして……オレをここまで運んでき来てくれた?
 恐る恐る兵長の方を見ると、目が合った瞬間にズイとコップを目の前に突き出された。
「え、え?」
「水を飲んでおけ。明日二日酔いで酷い目に合うぞ。」
「は、はい。分かりました。」
 よく分からないが、兵長がそう言うなら飲んでおいた方が良いだろう。
 コップの水を全て飲み干すと、早々にコップを兵長に回収されベッド脇のテーブルに置いてくれた。さっきから、オレがボーッとしている間に色々と面倒を見させてしまって申し訳ない。
(駄目だ……オレ、まだ寝ぼけてるのか?いい加減、しゃんとしないと……!)
 普通に考えて、上官にこんな子どもの面倒を見させるようなことをさせていいはずがない。水を飲んで頭がすっきりしてきたら、猛烈な後悔が襲ってくる。
(――そういえば、面倒と言えば……)
「ここに運んでくれたのって、兵長……ですよね?何だかさっきから色々とすみませんでした。あと、ありがとうございます。」
「今回は最初だから構わない……が、次からは酒の量に気を付けろ。次は廊下に放っておくからな。」
「わ、分かりました。」
 てっきりいつものようにこっぴどく怒られると思ったら、一言の注意で済んだので少し意外だ。初回だったので甘く見てくれたのだろうか。
 兵長のこういう態度は慣れないので逆に猛烈に申し訳ない気分になる。
「で……その様子だと、少しは酔いが冷めて来たか?」
「えっ、は、はい。さっきよりは大分……」
 身体の方はまだ動いていないので分からないが、頭の方は少なくとも先ほどまでの自分の行動を反省するようになったので、それなりにマシになってきたと思う。
「なら、酒を飲んでからどこまで覚えている?」
「え?覚えてること……ですか?」
 ハンジさんに酒を渡されたときまでのこと……は、問題なく思い出せる。でも……お酒を少しずつ飲み始めて……さらに巨人話に付き合わされはじめたとき辺りから記憶が曖昧だ。
 特に、酒を一気飲みした後からの記憶がほとんど抜けている気がする。
「えっと……ハンジさんから逃げだす直前までなら何とか。でも、その後お酒を一気飲みしてそれからは余り……。たしか……オレが廊下で寝てしまって、兵長が起こしてくれた……っていうのは何となく覚えているんですけど……」
「お前なあ、人が見てない間に何してるんだ全く……。一応最初に言っておくが、死にたくなければ酒は一気飲みするな。いいな?」
「は、はい。」
 ジュースのような飲み口だったのでうっかりしていたが、酒の一気飲みは駄目だと親父も昔口を酸っぱくして言っていたのを思い出す。
 ……あの酒は危険だ。
「ってことは、その調子だと……お前がオレにキスしてこようとしたことは綺麗サッパリ忘れていやがるみたいだな?」
「はあ…………ええっ!?」
(――お、オレから、兵長に……き、き、キスぅ!?)
 驚いて真横に座っている兵長を見ると、足を組んで……手を組んで……顔……は、とてもじゃないが恐ろしくて見られない。
(お、お、オレ、酔っ払って何やってんだよ――!?)
 ……もう二度と酒なんて飲むものか。
 ハンジさん、酷い、酷過ぎる。何て飲み物をオレに渡してくれたんだ……
(いや、しかし……あ、一応……今までも何回か兵長にキスされてるし、今更って感じはちょっとある……これだけが救いか?)
 ――でも!
 やっぱり、自分からしたとなるとまた話は別だ。
「すみません……あの、大変失礼致しました。」
 オレの酔っ払っていたいた時の行動をどこまで兵長が本気にしているのかは分からないが、せっかく今まで苦労して隠してきた自分の気持ちがこんな形で表に出て来てしまうとは……。
 今までずっと抑えつけて来た反動なのだろうか。
「そんな程度のことでビクビクするな、鬱陶しい。別に気にしてねえよ。減る物でもなし。」
「あ、ありがとうございます……?」
 ――ということは、一応セーフだったのだろうか?
 恐る恐る兵長の顔を見ると、不機嫌という訳では無さそうで少し安心する。が、兵長もオレのことをちょうど見ていたらしくバチリと視線が合ってしまった。
 心の中を何もかも見透かされてしまいそうで焦るが、どうしても自分から視線をそらすことが出来ない。
 こんなに見つめられたら……オレは……
「お前――」
 唐突に兵長に話しかけられてビクリと身体を揺らしてしまう。
 兵長が体の前で組んでいた腕を解いて、オレに片手を差し出して来た。
 もし、この手に捕まったらオレはきっとまた……逃げられなくなる。アルミンにこのままじゃ駄目だって言われたのに、昨日に引き続いていて今日も駄目なのだろうか。 
「……ッ」
 兵長の指が、オレの唇に触れた。
 もう……逃げられない。
「お前は……何故、いつもオレを受け入れる?」
「――それは……」
 ああ……ついに聞かれたと思う。
(……何故受け入れているのかって……そんなの好きだからに決まってる。
 ……って軽く言えたら、今頃こんなに苦労してないよなあ……)
 ああ……今更、好きとか嫌いとかそんな感情一つに振り回されている自分が馬鹿馬鹿しい。冷静に考えたら、キスだって身体だって触れられているのに。でもやっぱり、自己保身の気持ちが捨てきれなくて。
 真実が全て明るみに出たとき、それが自分にとって受け入れ難い事実だったらと思うと、いつまでもぬるま湯みたいな中途半端な今の現実をただただ受け入れていたい。
 ――それでまた
(今日もいつも通りなあなあに受け入れてしまうんだろうか?)
 オレからキスをしようとしたって話しを聞く前だったら、逃げられたかもしれない。
 でも――……兵長は、オレにキスをされてもいつも通りだ。
 ということはつまり、ほんの少しくらいは……オレのことを気にしてくれているのだろうか。
「ん……」
 兵長の指が唇の輪郭をゆっくりと辿ったので、思わず緩く口を開いてしまう。まるで答えを促されているみたいだ。
 ――ああ、こんなことまで兵長に誘導されるなんて。
 オレは、こんなにも……
「……兵長が…………好きなんです」
 張りつめた空気に耐え切れずに思わず目をつぶったら……唇を辿っていた兵長の親指が、少しだけ口の中に差し込まれた。


(……言ってしまった。)
 言葉にしてしまえば、随分と呆気ない。
 ここ最近、ずっと悩んでいたことはほんの数秒で言い終わる程度の事だった。でも、自分の心臓はドキドキと今までで一番の早鐘を打っている。
(オレは兵長から嫌われるのか?それとも……少しは期待してもいいのか?)
 時間が経てば経つほど、答えを聞くのが怖くて逃げだしたい気分になる。しかし、口元に触れている兵長の指のせいで身動きが取れない。
「ああ……そうか。やっぱりそうだったのか。」
 兵長の返答は、いつも通り実に完結で……しかし意味が分からなかった。
 真意を測りかねて、恐る恐る目を開けて兵長の顔見ると薄っすらと口元が笑っている。
「……?へ、いちょう?」
「それなら、これで心置きなく出来るな。」
「……は?」
 ええと……?
 それは……つまり……?
「なんだそのアホ面は。喜べ、どうやらこのオレもお前のことが好きらしい。俗っぽく言うと両想いってヤツだな。」
「え……?」
 両想い?
(このオレが…………兵長と!?)
「~~ッ!」
 言葉の意味を理解した途端、顔が真っ赤に染まっていくのが自分でも分かる。
 こう、面と向かって言われると恥ずかしい。
 しかも、あの兵長が、だ。
 赤い顔を見られるのが恥ずかしくて、手で隠そうとしたらパシリと空いている方の手で払われた。
「う、あ、」
「顔を隠すな。つまらねぇだろが。」
 そんな無茶なと思う。
 こっちだって、いきなりの展開で一杯一杯だ。
 というか……
(――い、いつの間に兵長はオレの上に乗っかって来たんだ!?)
 こちらがいきなりの展開に呆気に取られている間に、兵長はあれよあれよという間にベッドに乗り上げ、さらにオレを押し倒して上に乗っかっていた。
 完璧にマウントポジションを取られている。
 年の功だろうか……ここまで相手に気取られぬように自然にこの体勢に持って行く辺り、手馴れている感がすごい。

戻る