アイル

始まりは突然に。-3(R18)

「っ、ふ……んんっ!?」
 生暖かい粘膜同士が触れ合って、霞んでいた思考が一気に覚醒する。
(――な……!何で、こんなことに!?)
 兵長の顔が、ぼやけるくらい近くにある。
 驚いて身を引くが、身を引いた分だけ兵長の唇が追いかけてくるのでそれも叶わない。
 しかもこれ以上身体を引いたらソファの上にひっくり返りそうになので、もう身動きが取れない有様だ。
 予想外過ぎる事態に、アルコールで飛んでいた理性が急に戻って来ると同時に恥ずかしさがこみ上げてきてギュッと目を瞑る。
 ――たしか、オレは兵長に酒を勧められて……不味いなあと思いながらもチビチビと飲んでいたはずだ。
(それで、途中からだんだん気分が良くなってきて……二杯目を要求、したんだっけ。)
 そこら辺までは何とか覚えているが、たしかこの時点で自分は大分グダグダだった気がする。
 しかもそれ以降は丸きり覚えていない。
 酒は飲んでも飲まれるなと父が言っていた言葉が頭の中でグルグルと回っているが、今更後の祭りだ。
「……んっ……ふ!」
 頭の中で今の状況を理解しようと考えている間にも、兵長の舌が我が物顔で口内を蹂躙してくる。
 二人とも飲んでいるせいで、アルコールの独特な匂いが口内に広がって再び酔ってしまいそうだ。
 普通に考えて、男同士でキスなんて有り得ない。
 でも、オレは兵長のことが好きなのでこの状況が嬉しくないといったら嘘になる。
 オレが身を離そうとした時点で兵長はオレが正気を取り戻したのに気が付いているだろうが、それ以上抵抗をしないということは……察しの良さそうな兵長には、色々とバレているかもしれない。
(の割に、何も言って……来ないよな……)
 一体、兵長は何を考えているのだろう。
 自分に都合の良い考えが頭の隅に浮かびかけるが、それを打ち消すように少しだけ目を開けると、薄っすらと目を開けた状態の兵長の顔が目に入る。
 途端に、この有り得なさすぎる状況を再び認識して更に顔が赤くなってビクリと身じろぎしてしまう。
 おかげで兵長もそれに気が付いてバチリと視線が合う。
「っ……、ふぐっ……はっ、ん」
 視線が合った状態でわざとらしく舌の裏筋部分を刺激されると、無意識に腰が震えて鼻から息が抜けていく。
 ピチャリという唾液の絡み合う粘着質な音と布の擦れる音がして余計にいたたまれない。
 このままだと下半身的な意味で不味い……というか、正直なところ緩く反応している。
 この時ほど、団服がぴっちりとした窮屈なデザインであったことを呪ったことは無い。
 思わず快感に流されかけるが、さすがにこれ以上は不味いだろう。
「ん……――ひぁっ!……っ!?」
 兵長の肩に両手を置いてグイと引きはがすように身体を押しやると、わざとらしく舌全体を舐め上げるようにして唇を離された。
 その刺激が下肢に響いて、思わず甲高い変な声が出てしまう。
 まさか最後の最後にそんなことをされると思っていなかったので、完全に油断していた。
 恥ずかしさに慌てて片手で口元を抑えてギッと兵長の方を見ると、唇に付いた唾液を舐めとりながら面白そうな顔でこちらを見ている。
 兵長は普段余り感情を顔に出すタイプでは無いし、そもそもこんな表情を見るのは初めてなので思わずドキリとしてしまう。
(――じゃなくて!)
 この状況は、自分がからかって遊ばれていると取っていいだろう。
 完璧に確信犯だ。
「へ、兵長。ど、どういう状況なんですか、これって……!」
「どうもこうも、そもそも仕掛けてきたのはお前からだろうが。」
「へっ!?」
 ということは、だ。
 つまり、酒が入って酔っ払ったオレが……自分から兵長にこんなことを迫ったということだろうか。
 途端にさっきまでの勢いが萎んでいく。
 今まであれだけバレないようにバレないようにと隠していた気持ちが、こんな形で呆気なく露見してしまうとは思わなかった。
 穴があったら入りたい。
 いや、むしろ自発的に穴を掘りたい。
 そしてついでに兵長の記憶を抹消したい。
「しっ、失礼しました!あ、あの……忘れて下さい。」
 両手両足を揃えてソファに座り直すと下を向いて自分の膝元をジッと見つめる。
 とてもではないが、兵長の顔を正面からまともに見ることが出来ない。
「お前、俺のことが好きとか言っていたが本気なのか。」
「――っ!?」
 折角流そうとしたのに、世の中そうは上手くいかないらしい。
 しかもオレはそんなことまで言ったのかとますます気分が滅入る。
「……えーと……それは……」
 ……何と返答すれば良いのだろう。
 馬鹿正直に答えて引かれても大ダメージだし、かといって違うというのも先程までのキスの件があるので嘘だとバレそうな気がする。
 チラリと兵長の方を伺うと、ソファの背もたれに片肘を付いてこちらを眺めているので、嘘は……正直付けそうな雰囲気ではない。
(い、いや待て!だからって、素面の状態です、す、好きとか、そんなこと言えるか!?)
 ――いや、無理だ。
 とりあえず誤魔化せるところまで誤魔化して、あとは成り行きを見守るしかない。
「は、ははは……お酒で酔っ払っていて……いきなり変なことを言ってしまってすみませんでした。」
「……ほう?」
 兵長はオレの言葉にいつも通り必要最低限の返答だが、逆にそれが怖い。
 内心は冷や汗がダラダラものだ。
「なるほどなあ?つまりテメエは酔っ払うと誰彼構わず好き好き言ってキスを強請るわけか。」
「そ、そんなことはっ……!」
「そんなことは?」
「――っ」
 横に座っていた兵長が、心底愉快そうな顔をしながら距離を詰めてきた。
 おかげでソファの隅にだんだんと追い込まれて行く。
 駄目だ。
 これはオレの本心が完全に兵長にバレているに違いない。
 しかもそれが分かっていてオレをからかって遊んでいる……ような気がする。
「え、えーと……その……」
「クソガキの分際で大人をからかって遊んでんじゃねえよ。」
「そんなつもりは――いっ!?」
 両肩を掴まれると体重を掛けられて身体が後ろに倒れ込んだ次の瞬間、ガツとソファの肘かけの部分に後頭部を強かにぶつけて目の前に星が散る。
 それと同時に、再び唇を塞がれてしまった。


「――っ、ぁ……はぁっ……」
 唇をようやく離されて、荒い息を吐く。
 散々口内を嬲られたせいで、口から飲みきれなかった唾液がダラリと零れていくのを感じる。
 ――キスがこんなに気持ち良い物なんて知らなかった。
(……って、オレはまた流されかけてないか!?)
 たしかにオレは兵長のことが好きだ。
 だからこの状況が嬉しくないわけがない……それにしても、あまりの急展開すぎる。
「な、んでこんなっ……!」
「さあな。俺も酒に酔っているのかもな。それにたまには趣向を変えるのも悪くねえ。幸い、お前のそういう顔も悪くないしな。」
 肘掛けのところに頭を乗せた状態で頬を緩く撫でられてカッと顔が赤くなるのを感じる。
 ただのリップサービスかもしれないが、いかんせん自分はこういう事に免疫が全く無いのですぐに顔に出てしまう。
 自分ばかり意識しているのが恥ずかしくて何とか兵長の下から抜け出そうとするが、のしかかられている体勢なのでそれも叶わない。
 首元に顔を埋められると耳たぶをベロリと舐め上げられてビクリと身体が震える。
 くすぐったいようなゾワッとした感覚が背中を這い登ってきて腰の辺りに熱がたまる。
「そ、れ、やめっ……!」
 理性では兵長を力づくでも押しのけた方が良いというのは分かっているが、もう一方で今を逃したら一生機会が無いのではないだろうかという感情もある。
 どうしようと考えている間にも、ズボンからシャツを引き抜かれて胸元を露わにされてしまう。
「何だかんだ言って、お前もヤる気満々じゃねえか。」
「そ、こはっ……ぁ!」
 首元に顔を埋められていたのでつい油断していたが、下肢を兵長の手で触れられてはっきりと兆しているのがバレてしまった。
 しかも引かれるかと思いきや、ズボンの上から陰茎全体を手の平で擦るように動かされて一気に上り詰めてしまう。
 もう――ここまで来たら、後には引けない。
 なけなしので理性で兵長の肩に置いていた両手をギュッと握りしめて観念したように目を瞑ると、兵長がクスリと笑ったような気配がした。
 何度かズボンの上から陰茎を弄られて完全に勃起したところで、ズボンと下着を一気に引きずり下ろされた。
 冷やりとした空気が下肢に触れて、兵長の眼前に陰部が晒されたのを感じる。
 恥ずかしさに、とてもではないが目を開けることが出来ない。
「お前、こういうのを人にやられるのは初めてか。」
「……は、い。」
「初めてが男とはお前も難儀なもんだな。」
 フンと愉快そうな声音で言われたので反論したくなるが、ゆるゆると上下に皮部分をしごかれて息が詰まる。
 これ以上口を開いたら、またあの変な声が出てしまいそうだ。
 別にそんなにたまっている訳では無いのだが、兵長に触られているせいなのかいつもより自身の反応が早くて恥ずかしい。
「じゃあ……これも初めてってわけか。」
「え?――ひッ、ぁああっ!?」
 兵長がゴソゴソと下肢の方に身体をずらした気配を感じたので薄っすらと目を開けた次の瞬間、陰茎を生暖かい何かで覆われる気配がして目の前が真っ白になる。
 グニグニと亀頭部分を柔らかい物で押しつぶされるようにされるともう駄目だ。
 一気に下腹部が熱くなり、次の瞬間ビュルビュルと陰茎の先端から精液が放出してしまうのを感じる。
「っ、ふ……はぁっ……ん、」
 この生暖かい物は――恐らく、兵長の口だ。
 射精を終えてだんだんと頭の中が鮮明になってきて、何てことをしてしまったのだと焦り出す。
 しかも相手はあの潔癖症の兵長だ。
 まさか、あの兵長がそんなことをするはずが無いと思っていたので完全に不意打ちだった。
 目の前が真っ白になる一瞬前に、目の端に黒い物が下腹部に埋まっているのが見えたが……あれは兵長の頭だったのだろう。
 恐る恐る目を開くと、案の定下腹部に兵長の頭がある。
「へ、へいちょ……ッ、ぁああっ!」
 しかも、オレが声を掛ると陰茎を銜えたままの状態で目線だけをこちらに寄越し――ジュルリと陰茎内の残滓を吸い上げるようにされたせいで再びビクビクと身体が跳ねてしまう。
 全てを出しきると、今まで経験したことがない快感のせいで完全に放心状態だ。
 人からされるのがまさかこんなに気持ち良いものだとは知らなかった。
 これから先、一人でするのだけで満足出来るのだろうかと少しだけ心配になる。
 そして兵長はというと……相変わらず陰茎を口に含んだまま亀頭部分を食んでいるせいで再び自身が兆してきてしまいそうだ。
 刺激されているせいだとはいえ、流石にこうもすぐに反応してしまうと恥ずかしい。
 とりあえず自分だけこんな状態なのがいたたまれず、頭を離してもらおうと上半身を少しだけ起き上がらせると、グニと有り得ない箇所を指で押された。
「……――ッ、ひぁッ!?」
 思いもよらぬ場所への刺激に、快感で霞んでいた頭が一気に覚醒する。
 そこは……尻の穴だ。
「あ、ちょっ、ちょっと、兵長!?え!?ええっ!?」
「うるせえな……何だ。」
 いきなりの事態に慌てて下肢を銜えたままの兵長の頭をグイグイと押すと、不機嫌そうな顔でこちらに顔を向けられる。
 邪魔をされたのが気に食わないのか眉間に思い切り皺が寄っていて怖いが、ここで負けたら自分の肛門が危ない。
「お、オレがするんじゃ…………ないんですか?」
「……お前は、馬鹿か?」
 心底呆れた顔で言われて、ガラガラと音を立ててオレの中の何かが崩れていくのを感じた。
 兵長の言うことは……オレの中で絶対だ。

 一応、オレも男同士の時にどうするのかということは知っている。
 訓練兵時代に、兵団のような男ばかりの場所だとそういうのも結構有る話しだとライナーから聞いて、興味本位で男同士の場合に使う場所を教えてもらったのだ。
 だから基本の知識はあると思っていたのだが――
「大体、テメエのことだから男同士はケツの穴に突っ込む位しか知識がねえんだろうが。」
「……。」
 兵長のこの様子だとその知識だけでは駄目なのだろうか。
 少し興味はあるが、いざ自分がその立場になりそうになると恐ろしくて聞けない。
 身長的に自分が上かなと思っていたのに、とんだ誤算だ。
 ……もちろん、そんなことは死んでも兵長には言えないが。

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