アイル

媚薬兵長-1(R15)

(中略)
 トイレの扉を静かに開けると、使用人の人が言っていた通り扉の目の前にある手洗い場に兵長が立っていて安心する。
(……あれ?でもなんか……やっぱり、変?)
 部屋の中に人が入って来たのに気が付いているはずなのに、こちらを全く見ようとせず手洗い用の台の上に両手を付いてずっと下を向いたままだ。
 さらによく見ると肩で息をしている。
 訓練の時でさえ肩を上下させているところを滅多に見たことが無いので、ますます様子がおかしい。
「――兵長?」
「ああ……、エレンか。」
 兵長の横に立って顔を覗き込むようにして声をかけるとようやくこちらに顔を向けてくれた。
 やはりいつもより顔が赤いし、動くのもかなり億劫そうに見える。
「体調悪いんですか?」
「いや、そういうんじゃねえ。心配しなくても俺もすぐに戻るからお前も便所ならさっさと済ませて戻れ。」
 見るからにいつもと様子の違う人に大丈夫と言われてもなあという感じだ。
 兵長に直接言ったら殺されるだろうが、やせ我慢をしているようにしか見えない。
「いえ、オレは兵長が心配で……その、ちょっと様子を見に来ただけなので。別にトイレに行きたいとか、そういうのじゃ無いんです。」
「だから体調は悪くねえって言ってるだろうが。」
「えっと……場所がちょっとアレですけど、少し休んだらどうですか?オレもその間付き合いますから。」
「……ほう?お前、上官の話しを無視するとは良い根性じゃねえか。いつからテメエはそんなに偉くなりやがった?あ?」
「ウッ。」
 兵長の言うことを思い切って無視したら、壁に追い詰められた挙句に思い切り凄まれた。
 眉間の皺の本数が普段の五割増しでかなり怖い。
「――で、でも!兵長、顔も赤いし、息も荒いし……見るからに体調悪そうですよ!?オレ、心配で……!」
 このまま一人になんて絶対に出来ないと思う。
「……チッ。しつこい。ガキが一丁前に分かったような口聞いてんじゃねえよ。」
「う、わっ!……――んぐ、ッ!?」
 兵長にグイと首元のスカーフを引っ張られて思わず前のめりになると、何故かそのまま噛みつくようにキスをされた。
(――な、何でいきなり!?)
 今は全くそういう雰囲気では無かったはずだ。
 しかもここはトイレだ。貴族の城なので大分綺麗ではあるが、それでも用を足す場所には違いない。
 少なくとも潔癖症の兵長が、こういう場所でキスをしてくるなんてちょっと考えられない。
「ッ、ふ……ん……」
 ……とは言うものの、唇の隙間から入り込んできた兵長の舌に自身の舌を絡めとられると、そんな細かいことはどうでも良くなってきてしまう。
 舌を吸い出すように刺激され、さらにざらざらとしている口の裏側をゆっくりと撫で上げられると思わず膝の力が抜ける。後ろに壁がなければ確実にトイレの床に座り込むはめに陥っていただろう。
 クチュリと粘液質な音と衣擦れの音だけが部屋の中に響いている。
(……あ、つい。)
 兵長がこんな風に所構わず求めて来るのは珍しくて全身の体温が一気に上がってしまう。
 目の前にある兵長の肩にしがみついて何とか座り込んでしまわないように堪えるが、もう時間の問題かもしれない。
「ん、ぅ……はぁっ……――ッ、んん!」
 じわじわと腰に熱が溜まって来るのを感じて思わず膝をすり合わせるようにすると、兵長もそれに気が付いたのか足の間に膝を割り込ませて股間を押し上げるようにして緩く押し付けてくる。
 ――これ以上は、流石に不味い。敏感に感じる場所をそんな風に直接刺激されたら我慢出来なくなってしまう。
 いきなりの直接的な刺激にハッと目を見開くと、正面にある鏡が目に入ってドキリとする。
 さすが貴族の城の鏡と言うべきか。
 今まで見た中で一番大きくて表面も綺麗に磨かれているので兵長の後ろ姿と自分の顔がよく見える。
 鏡に写っている自分の顔は頬が赤らんでいる上に目が潤んでいて、自分で言うのもどうかと思うが今他の人がこの部屋に入って来たら、色々な意味で誤魔化しが効かなそうだ。
(早く、何とかしないと……っ)
 本格的に下半身が反応してしまったら元の部屋にも戻れなくなってしまうし、そもそもここは他人の城だ。
 トイレは一見すると密室風なので勘違いしてしまいがちだが、誰でも自由に入って来られる場所なのでいつものようにうっかり流されたらとんでもない事になってしまう。
「ぅ、ん……だ、めです。へ、いちょっ………ふぁっ!」
 ぐずぐずに溶けていた理性を何とか手繰り寄せると、自分の身体を支えるために兵長の肩に置いていた手を伸ばして兵長の顔を引きはがす。
 しかし兵長の舌が口内深くに入り込んで舌に纏わり付いていたので、無理矢理唇を離した拍子に舌の表面をジュブリと強く舐められて思わず腰が大きく震えてしまう。
 さらに二人の間を銀糸が繋がり、それを兵長が舐めとる様子が物凄く色っぽい。
 普段と違うキッチリとした格好なのも相まって、余計に目を奪われる。
(……――じゃなくて!)
「い、いきなりどうしたんですか!?兵長、さっきから少しおかしいですよ?」
「……。」
「へ、へ、へいちょうっ!?聞いてますか!?」
 必要以上に感じてしまったのが気まずくて、エレンは口元を手で隠しながら抗議するが肝心なリヴァイ本人はどこ吹く風といった様子だ。
 それどころかエレンの両手を片手で掴むと頭の上に固定し、空いている方の手で顎を掴まれて再び顔を近づけてくる。
「――ッ!?」
 エレンも必死に壁に仰け反るようにして避けるが、力は間違い無くリヴァイの方が上なので恐らく時間の問題だろう。
(――嫌って訳じゃないけど……!)
 さっきから時間が経つにつれて兵長の言葉数がいつも以上に少なくなってきているし、普段に比べると余りに性急すぎて逆に心配だ。
 体調が悪くて頭のネジが一本外れてしまったのだろうかと本気で心配になってくる。

「ああ、声がすると思ったら、二人ともやっぱりここに居たのか。中々戻らないから心配していた――
 ……うん?取り込み中だったかな。すまないね、後で出直そう。」
「だ、団長っ!!ちょっと待って下さい!!誤解です!!違うんです!!」
 真横にある出入口の扉が開く音がしたので何とか目線だけそちらに向けると、団長が苦笑しながら開いた扉を再び閉めようとしていた。
 どうやらオレ達二人の帰りが遅いので探しに来てくれたらしいが、タイミングが最悪すぎる。
 兵長に手を拘束されるどころか顎まで掴まれ、挙句の果てには両足の間に膝が深く差し込まれていて誰がどう見ても……かなり怪しい雰囲気だろう。
「エレン、誤解じゃねえだろ。そういう訳だ、エルヴィン。」
「そうなのか。」
「ちょ、ちょっと兵長!?団長も納得しないで下さい!!」
 何をさり気なく大暴露しているのだという感じだ。
 団長も兵長の言った意味に間違いなく気が付いているだろうが、しらばっくれている辺り性質が悪いというか助かるというか……。
(……何でこんなことに。)
 突然の展開すぎて、まるで頭が付いていかない。
 しかし団長が現れてからは、兵長の雰囲気がいつものように余裕のある感じに多少戻った気がするので良かった。
 先程までの兵長は……ほんの少しだけ怖かった。

「――で、その様子だと、リヴァイがどうかしたのかい?」
「何だか……体調が悪いみたいで、さっきからちょっと様子がおかしくて。」
「体調は悪くねえって言ってるだろうが。」
 横から兵長が口を出して来るが、団長も兵長の様子が普段と違うのに気が付いてくれたようでホッとする。
 自分一人では心もとないが、団長がいれば最悪早く帰る手配も出来るだろうし一安心だ。
「……体調は悪くないというと?」
「だから………………あの貴族野郎に一服を盛られたんだろうな。恐らく。」
「なるほど。それで、この惨状という訳か。」
「チッ。煩え。」
(さすが団長だな……)
 自分では兵長の口からそこまで引き出せなかったので、少し悔しい。
(いや、それより一服盛られたって――)
 いまいちよく分からないが……つまり、先ほどの食事に何か薬の類を入れられたということだろうか。
 それなら体調が悪いよりもっと性質が悪い。
「あ、あの、兵長大丈夫なんですか!?変な薬とか飲まされたってことですよね。まさか死――」
「死ぬ訳ねえだろうが。そういう人の生死に関わる物じゃねえよ。」
 オレが口を挟むと話が進まないから少し黙れと言われて軽く頭を小突かれる。
 じゃあ一体どんな薬を飲まされたのかと気が気ではないが、黙っていろと言われた手前さすがに聞き辛い。
「――で、どうする?その様子じゃこのままあの席に戻るのも辛いだろう。」
「このままばっくれるさ。向こうから仕掛けて来た訳だし問題ねえだろ。」
「ふむ……まあ確かにそうだが……。
 ――仕方ない、分かった。私から話しておこう。」
「悪いな。」
「いや。」
(……ん?この話しの流れだと、兵長は帰るのか?)
 恐らくそれで間違い無いだろう。
 折角兵長と外に出られたのに……残念だ。
 しかし、かといってここで自分の我儘言うわけにもいかない。
「あとこのまま兵舎に戻る訳にもいかねえから、近くの空き宿で一晩泊まっていく。それとエレンも一緒に連れていくからな。」
「はあ……全く。分かったよ。」
「――へ?」
 てっきり兵長だけが先に帰ってしまうのだろうと思っていたので完璧な不意打ちだ。
 よく分からないまま、何故か自分も成り行きで兵長と一緒に宿に泊まることになった。

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