アイル

とある新兵が吸血鬼の餌食になりまして。-3(R15)

 オレと兵長は、現在旧調査兵団本部の古城ではなく古城から馬でしばらく走ったところにある街の宿にいた。もちろん遊びに来たのでは無く、上からの命令で一週間ほどこの街で諜報活動をするようにと言われたからだ。
 ちなみに団長がわざわざ旧調査兵団本部までやって来て今回の件を伝えてくれた訳だが、諜報活動とは名ばかりで、実際のところは久しぶりに街で息抜きしろと気を回してくれたらしい。
(……っていうのは兵長の話しだけど。)
 正直、巨人との戦闘が終わってからずっとバタバタしていたので、休みを貰えたのは有り難いと言えば有り難い。しかし休暇中もずっと兵長と一緒なので、休んだ気がしないんだろうなあともこっそり思ってもいる。
 兵長は自分の監視役だし仕方ないのは分かっているが、何しろ宿の部屋まで同室なので息が詰まる。もちろん嫌とかそういうのではなく、常に気が抜け無いからというのが主な理由だ。
(あとは……兵長のことが今までと違った意味で気になるっていうか……どうも落ち着かないんだよなぁ。)
 今までは兵長に対して憧れだとか尊敬の念が主だった。
 しかしこの間指を舐められてからの自分の思考回路はどうも変で……自分でも持て余し気味な今日この頃なのだ。
(……気が付いたらいつも兵長のことを目で追っちゃっているっていうか。)
 一応兵長には今のところ何も言われていないので気が付かれてはいないとは思うが、この人は妙に勘が良いのでそろそろ何とかしないととは思っている。ただ、如何せん無意識な行動なので自分でも何とも対処のしようが無くて困っている。
「はぁ。」
 一言で言えばエレンはリヴァイに恋をしている訳だが、エレンは恋をするなんて初めての経験なので自覚が一切無い。
(まあそれはともかくとして……いくら休みみたいなものとはいえ、兵長飲み過ぎだよな。)
 夕方頃にこの宿に到着したので部屋に荷物を置いてからすぐに階下の食堂スペースに夕食を食べに来た訳だが、さっきから兵長はワインしか飲んでいない。
「あの……。兵長、飲み過ぎじゃないですか?」
「うるせぇな。だからガキは部屋で大人しくしてろって言ったんだよ。」
「……。」
 最初にワイン瓶一本を丸ごと注文していたので薄々嫌な予感はしていたが……案の定これだ。兵長だって自分より一回り以上上の年齢なのでオレみたいなガキにゴチャゴチャ言われるまでも無いとは思うのだが、何も口にせずにさっきからずっとこの調子なので心配になるのも当然だろう。今まで兵長がこうやって酒を大量に飲んでいるところ見たことが無いので余計にだ。
 それとも兵長も久しぶりの休暇でハメを外しているのだろうか。一応諜報活動という名目なので二人とも調査兵団の服ではなく私服を着ているが、私服のせいか自分も普段よりは開放された気分になっているのは確かだ。
(うーん……?)
 自分の夕食にと頼んだスープをグルグルとかき混ぜながらチラリと兵長の様子を伺ってみる。しかし、何しろこの人は内面を表に一切出さないのでさっぱりだ。
 ただ一つ分かるのは、ワイン瓶も半分ほど空けた今でも顔色一つ変えること無く飲んでいるので、どうやら酒には強いらしいということくらいだろうか。
 この時はその程度にしか考えていなかったが、直後に無理矢理にでも止めれば良かったと思ったのは、言うまでもない。
 兵長も、酔いに関しては人並みだったということだ。


■ ■ ■


「兵長……しっかりして下さいよ。寝るんだったらベッドの方が良くないですか?」
「……ああ。」
 結局兵長は何も食べずに一人でワイン一本を空けた。そして二人揃って部屋に戻って来た訳だが……オレが寝間着に着替え終えて後ろを振り向くと、兵長は窓際に置かれているイスに腕を組んで座り、思い切り船を漕いでいた。
 話しかけたら一応返答はするが、こちらを見もしないところをみると恐らく今更アルコールが回ってきて眠いのだろう。
「……せめてベッドに行きましょうよ。」
 さすがにそのまま放置して自分だけベッドで寝るわけにはいかない。仕方なく兵長の手首を掴んで引っ張ると案外呆気なく立ち上がってくれてホッとする。
 本当は着替えさせた方が良いのだろうが、自分には上官の荷物を漁る勇気も、着替えさせる勇気も生憎持ち合わせていない。
(ていうか、き、着替えさせるとか。有り得ない、よな。)
 同じ班なので訓練の後の水浴びなどで散々兵長の裸は見ているわけだが、それとこれとは話が別だ。
 男同士だし意識することも無いと思えば思うほど、何故か勝手に顔が赤くなってしまう。
(な……なんでだ!?オ、オレ……これじゃあまるで……)
 ――兵長のことが、好き、みたいだ。
「……。」
 相手は男なのに。そして自分も男のなのに。
 こんなの、有り得ない。
 そんなの分かっているのに、でもどこか納得している自分がいるのも確かで。
 兵長の手首を握っている自分の腕が熱を持っているみたいに熱くて、呼吸が急激に浅くなっていく。
 唯一の救いは、兵長が酔っ払って半分寝ているということだった。そうでなければ、こんなにおかしな様子の自分に、兵長が気が付かないはずがない。
「兵長、ベッドですよ――ッ!?」
 ベッドまで何とか兵長を引っ張って行き、必死にポーカーフェイスを作って後ろを振り向くと、酔っ払って半分寝た状態のはずの兵長にいきなり肩を掴んで足を払われるとベッドの上に押し倒された。
「なっ……!?」
 驚いたのは言うまでも無い。慌てて起き上がろうとするが、身体の両脇に手を付く形で上半身にのしかかられているのでそれすらも叶わない。
 兵長のことを好きだと何となく自覚したとはいえ、こんなこと、予想外すぎて自分の許容範囲を大きく超えている。ただただ固まって、訳の分からないこの状況を何とか理解しようと必死に頭を動かす。
「……へ、いちょう?」
 兵長の表情は、生憎前髪が影になってよく見えない。しかしジッとオレの顔付近のどこか一点を眺めているらしいのはその様子から分かる。
 それが、まるでオレが何かを隠そうとしているのを見透かそうとしているみたいで少しだけ怖い。


「……――寝る。」
 どのくらいそのままの格好でいただろう。恐らく実際のところはほんの数分だろうが、自分にはもっとずっと長く感じられた数分間だ。
 兵長は唐突に一言だけ寝ると告げるとオレを抱え込むようにしてベッドの中に引っ張り込み、そのまま寝息を立て始めた。
「……。」
(な……何だ?)
 びっくりするようなことが立て続けに起こり過ぎて、逃げようとかそんな考えすら思いつかない。ただ、兵長になされるがままだ。
 それにしても、兵長は一体どうしたというのだろうか。
(酔っ払って……誰かと間違えてる?)
 思い当たるとすれば、そのくらいだろう。そうでもなければ、監視対象である男の自分なんかと一緒に寝ようとする理由が思いつかない。
(……だから飲み過ぎだって言ったのに。)
 いくら好きな人とこうやって同衾出来ているとはいえ、これはあくまで自分の一方的な気持ちであり、しかも兵長は自分を他の誰かと勘違いしているとなるとなんとも複雑な気分だ。
(ていうか……なんか、くすぐったい。)
 どうにも出来ずにジッと固まっていると、首筋にふわりと風が当たってむずむずする。今の後ろから抱え込まれているという体勢から察するに、恐らく兵長の息が当たってくすぐったいのだろう。
 むずがゆいのに耐えかねて身じろぎして逃げようとするが、それを許さないというように腰に腕を回されると身体を固定される。それどころか、首筋の辺りにさらに顔を近づけられ……首筋にぬるりとした物を押し付けられた。
「……っ、ん!」
 初めての感触にビクリと全身が震える。まさかという思いで顔を恐る恐る横に傾けてみると、兵長の髪の毛が頬に当たってさらと流れていく。
(――なっ!?……なんで、)
 兵長の唇が、自分の首筋に押し付けられているのだろうか。
 やっぱり、自分を誰かと間違えているのだろう。まるで自分の知らない誰かとの関係を見せつけられているみたいで……面白くない。
「へ、いちょう、いい加減に起きてくださいって……ぅ、あ!?」
 勘違いされているのが嫌で、酔っぱらって訳が分からなくなっているらしい兵長を起こそうと後ろにいる兵長を肘で引きはがそうとするが、それに反して拘束の力はますます強くなるばかりだ。
 しかも首筋に歯を立てるようにして力をこめられればこめられるほど、何故か抵抗する力が自然と抜けていってしまう。
 頭の中ではこんなの駄目だって分かっているのに、身体に力が入らない。
「……ぁ、」
(な、んで……?)
 腰を掴んでいた手がスルスルと喉仏に這わせられると、ゾクリとした感覚が背筋に走って口から勝手に変な声が漏れてしまう。ヘタしたら後ろにいる兵長を起こしてしまうかもしれないと慌てて両手で自分の口をふさぐ。
(――こんな兵長、知らない。)
 これが大人の色気とかいうやつだろうか。
 自分には何もかも初めてのことで全く頭がついていかない。もともと自分はこういうことには余り興味が無いので、余計にだ。
 普段は物凄く厳しいのに、こういうときはこんなに優しい手つきになるのだと思うと勝手に身体が熱くなる。そして兵長が少し身動きする度に石鹸だか香水だか良く分からないがとても甘ったるい香りがして、すごく生々しい。
「はっ……ぁ……ん、ぅ」
 オレの身体から力が抜けたのを察したのか、歯にこめられていた力を抜かれると今度は宥めるようにその場所を舌で舐めたり甘噛みをされて、その度にピチャリと唾液の音がする。
 ただ舐められているだけなのに、なぜ……なぜ、こんなにも身体が熱くなってくるのだろう。
 はっはっと息遣いがだんだんと荒くなってくるのが自分でも分かる。
 グイと肩を掴まれて仰向けにされると、先ほどと同じように身体の上に伸し掛かられ、再びゆっくりと兵長の唇が首筋に近付いてきた。
 全てがスローモーションのようにはっきりと見える。しかし、まるで他人事のようにその様子を眺めている自分がいて不思議な気分だ。
 前髪の隙間から見える兵長の瞳は、はっきりとオレの首筋を見ている。恐らくさっきもそこをずっと見ていたのだろう。何となく、そんな予感がする。
 そして兵長の瞳は――
(――紅い、)
 紅くて、綺麗な瞳だ。
 まるで、人の物ではないかのような……いや、そもそも兵長の瞳は紅かっただろうか。
 疑問が次々と脳裏を横切っていくが、考えがまとまらない。
「――ぁ、」
 兵長と瞳が合った次の瞬間、オレの意識は何故かそこでぱったりと途絶えた。

戻る