アイル

訓練兵エレンと兵士長リヴァイ-1

「半年後に諸君らは訓練兵を卒業し、憲兵団、駐屯兵団、そして調査兵団のいずれかに配属されることになる。それに伴い二週間後に兵科の見学を二日間行わせてもらうことになったので、これから配布する用紙に見学を希望する兵科を第二希望まで記入すること。なおこれは配属兵科の事前希望調査もかねているが、本調査の際に第一希望を変更しても構わない。」
(希望兵科の……見学!)
 いつもと同じ代わり映えしない訓練で一日が終わり、エレンは教官の言葉を子守唄のように聞きながら教室の窓からオレンジ色の空を眺めていたときのことだ。
 教官の『希望兵科の見学』という言葉に意識が一気に覚醒し、他の生徒も同様なのか教室内が一気にざわめきだす。
「――静粛に!……ただし、憲兵団のみ二十人という人数制限付きだ。したがって憲兵団に関しては、希望者の中から成績の上位の者が優先で選ばれる。駐屯兵団と調査兵団に関しては特に人数制限は無いので第二希望は未記入でも構わない。希望用紙の提出期限は明日の朝なので忘れないように。」
 前から回されてきた用紙を一枚手にすると、後ろの席に回す。
 手に取った用紙には名前記入欄と見学を希望する兵科を記入する欄があるだけで、それ以外は何も書いていないペラペラのわら半紙だ。
 人の人生を左右する物なのに、相変わらず素っ気無い。
(オレは……調査兵団、っと。)
 自分の希望する兵科なんて考えるまでも無い。
 机の上に放り投げていた座学の教科書を束ねたブックバンドの間から鉛筆を引っ張り出すと、教官の説明なんてそっちのけで第一希望欄に調査兵団と記入する。
「……よし。」
 これで完璧だ。
 自分の名前と調査兵団と書いてあるその紙は、見ているだけで物凄くドキドキした。

■ ■ ■

 結局百四期生で調査兵団の見学を希望したのは、エレンとミカサとアルミンだけだった。
 調査兵団の希望を出す人は少ないだろうとは思っていたが、まさかここまで少ないとは思わなかったので壁に張られている見学兵科の最終結果を見ながら三人が唖然としたのは言うまでもない。
 そしてそうこうしている間に見学日の当日になり、憲兵団と訓練兵団の見学希望者は馬車で、調査兵団の見学希望者は人数が少ないのでそれぞれ馬に乗って各兵団の本部へ向かうことになった。


 三人は教官から受け取った地図を頼りに馬を進め、調査兵団本部にたどり着いたのは朝の十時頃だった。
 調査兵団の本部に実際に行くのは初めてなので迷いやしないかと心配だったが、アルミンが案内役を買って出てくれたおかげで約束の時間ピッタリに到着することが出来てホッと一安心だ。さすがアルミンというところだろうか。
「あ!君たち調査兵団の見学で来たんだよね?馬はこっちだから連れてきて。」
「はっ、はい!」
 本部の正面玄関と思われる場所で馬から下りて物珍し気に建物を見上げていると、建物の脇からメガネをかけた人がひょいと顔を出して手招きをされたので馬の手綱を引いて建物の裏側に回り込む。このまま建物の中に入って良いのか迷っていたので助かった。
「君たち、今日から調査兵団の見学に来るっていう訓練兵の子たちだよね。」
「は、はい!二日間よろしくお願いします。自分はエレン、右側がミカサ、左側がアルミンと言います。」
「ミカサです。よろしくお願いします。」
「アルミンといいます。よろしくお願いします。」
 建物の裏側には馬舎があり、その前に調査兵団の紋章を付けた三人の大人が立っていた。
 馬を引いて近くまで行くと、敬礼の姿勢を取ってそれぞれ自己紹介をする。
 いま目の前にいるのは――あの憧れの、調査兵団の人たちだ。
 こうやって直接話せるなんて、憧れの人たちに少しだけ近づけたみたいで嬉しくてたまらない。駐屯兵団ならともかく、調査兵団の人たちとはこういう機会でも無ければこうやって話すことなんて絶対に無いので尚更にだ。現に自分も調査兵団の人と直接言葉を交わしたのはこれが初めてだ。
「ふんふん。エレン、ミカサ、アルミンね。こちらこそよろしく頼むよ。
 じゃあこっちも自己紹介しようか……えーっと、私はハンジね。一応分隊長やってる。それで金髪頭の方が私と同じ分隊長のミケ。あと黒髪の方は兵士長のリヴァイ。」
(――リヴァイ?)
 その名前は、一方的にだがよく知っている。
 小さい頃にある人から一個旅団並みの戦力を持っているリヴァイという名前の調査兵団の兵士がいるのだと聞かされたのがこの人のことを知ったきっかけだったように思う。
 正直言うと、最初のうちはそんな馬鹿みたいに強い人間がいるなんて嘘に違いないと思っていたのも事実だ。しかし色んな人に聞けば聞くほどリヴァイという人に関する凄い話が沢山出て来て……気がついたら、リヴァイ兵長は自分の中で憧れの存在になっていた。
 そしていつの間にか、オレは壁外調査の行きと帰りの隊列は毎回欠かさず見に行ってこの人の姿を一番に探すようになっていた。
(今日は遠目に少しくらい見られたら良いなって思ってはいたけど……まさか訓練兵ごときのために時間を割いてくれるなんて。)
 あのリヴァイ兵長が、今目の前にいるなんて夢みたいだ。ハンジ分隊長が目の前で自己紹介もかねた軽い話しをしてくれているが、全てが右から左に流れていってまるで頭の中に入ってこない。自分の憧れの存在に、目が釘付けだ。
 リヴァイ兵長の身長はそんなに高くないと聞いてはいたが、こうやって目の前で見てみると自分よりも少し低いくらいだろうか。
 首元にはアスコットタイが綺麗に巻かれていて、シャツもズボンも上着もピシリと綺麗に整っている。大人の雰囲気が漂っているせいか立っているだけで絵になっていて、すごくすごくカッコいい。
「――二日間もあるし、見学っていうかちょっとした訓練とついでに野営の方も近くの森で体験してもらう予定だからそのつもりでいてね。馬は自分たちのを使ってもらって、立体機動装置とかの装備類はこっちで用意するから。指導するのは私たち三人だからマンツーマンだね。」
 ハンジ分隊長のマンツーマンという言葉に一気に意識が現実に引き戻される。
 それはつまり、運が良ければあのリヴァイ兵長に直接指導をしてもらえるかもしれないということだろうか。
「班分けはー……まずミカサは女の子だから一応私との方がいいよね。ミケとリヴァイはまぁどっちでも良いんだけど……訓練兵君たちは、希望とかある?」
「!」
 これはもしかしなくても千載一遇の大チャンスだ。
 アルミンはどうなんだろうと横に居る彼をバッと勢いよく見ると、ニコリを笑って頷かれる。
「では……僕はミケ分隊長、エレンはリヴァイ兵士長でお願いします。」
「分かった、じゃあそういうことで。三人共、二日間よろしく。」
「はっ!」
 アルミンは良い奴だ。彼はオレがリヴァイ兵長に憧れているのを知っているので、先回りしてオレの良いように話を進めてくれたのだろう。本当に頭が上がらない。
 そしてその時のオレ自身はというと、あの夢にまで見た憧れの人と組めるのだという緊張と興奮で半ば固まって口をパクパクさせていた。

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