アイル

訓練兵エレンと兵士長リヴァイ-5

「……?」
 リヴァイは夜中にふと意識が浮上して辺りを見渡すが、テントの中は真っ暗で夜明けにはまだ程遠い時間らしいと気がつく。
 ズボンのポケットから懐中時計を取り出して時間を確認すると時計の針は午前一時を指していて、就寝してからまだ二時間ほどしか経過していない。
(――まだ夜か。)
 たまにこうやって唐突に目覚めることがあるが、恐らく動物あたりの気配で目が覚めたのだろう。勘が良いのは戦闘においては便利なものだが、こういうときには困りものだと軽くため息を吐く。
 寝なおそうと再び目を閉じるが、隣からスースーと寝息が聞こえてきて、一度気になるとなかなか寝付けない。
普段の訓練や壁外調査の時には、階級の関係で一人でテントを使うことがほとんどなので、こうやって他人と寝床を一緒にしているのが久しぶりなせいもあるだろう。
(たしか……エレンとかいう名前だったか。)
 事前に渡された調査書には訓練兵団の成績も上位だと書かれていたので少なからず期待していたのだが、初っ端からいきなり立体機動装置の操作ミスで死にかけていたのには肝を冷やした。
 しかしまあ、似たような出来事は過去に何度もあるのでそれほど気にするほどでも無いだろうとは思っている。
 自分のような緊張とは無縁な人間にはよく分からないが、ハンジ曰く緊張で判断ミスをするというのは訓練生にはつきものらしい。実際にミケが教えていた訓練生も似たようなことをしていたと昼飯のときに話していたし、そんな物なのだろう。
 一番重要なのは、実際に巨人と対面したときにそうならないことだ。だから今の内にその問題に気付けたのなら、それを自分の力でこれからどうにか改善していけば良い。それより――調査兵団にこうやって見学に来たこと自体に価値があるのだ。
 たしか資料によると今回やって来た三人はあのトロスト区の出身で、このエレンとかいうクソガキは目の前で親を巨人に食われたと書いてあった。
 そういうことを身近で体験したヤツは、憲兵団か駐屯兵を志願するのが普通だ。意外に思うかもしれないが、何ら珍しいことではない。何故なら普通の人間にとって、巨人への恐怖は復讐心を簡単に上回るからだ。
(だが、コイツはそうじゃなかった。)
 今までの経験上、こういうヤツは伸びる。口に出しては言わないが、そういった意味でも今度の入団者はそれなりに期待出来そうだと自分は思っているのだ。
(ただ……こいつの場合は馬鹿なのが、玉にキズだな。)
 あのクソメガネに渡されたとかいう妙な液体を飲むあたり、最高にどうしようもない。
 俺に蹴られて転んだ拍子に偶然飲んでしまったんだとか言っていたが、問題はそこじゃない。あんなもの後生大事に持ち歩いていないで、そこら辺に適当に捨てておけば良かったのだ。
「へ、いちょ……なぐんないで、くださ……いたい、ですよぉ」
 クソガキが隣で寝言をむにゃむにゃと言っているのが聞こえたので聞き耳を立てると、思い切り失礼なことを言っていて一瞬イラッとする。寝言をニヤついた顔で言っているのもイライラさせる一因かもしれない。
「……チッ。」
 さっきちょっと期待しているような発言をしたのも全部取り消しだ。上体をゆっくりと起こすと、ニヤけた顔をしているクソガキの頬をぎゅむと摘んでやる。
 別に本気で起こっている訳では無いが、ちょっとした意趣返しみたいな物だ。
「……ぅ、うう……いひゃい、です」
 グニグニと摘んだ肉を引っ張ってやると、首を左右に緩く振って嫌がっている。こうやって寝ている間の反応は、年相応で不覚にも少し楽しい。
 そもそも自分はガキを相手にするのは苦手なので、こうやって弄って遊ぶのを面白いと思っていること自体珍しいのだが、それが何故なのかは自分でも分からない。しかしそんなの考えた所でどうせ分からないし、とりあえず今が楽しければ良いだろう。
 そんな調子でしばらく頬を引っ張って遊んでいたが、クソガキが本格的にむずがり出してこれ以上は目が覚めそうだったので頬から手を離してやることにした。
 ただ何となくそのまま手を離すのが惜しくて、無意識に耳のあたりに手を滑らせて髪の毛を緩く撫でつけるようにしながら首筋まで手を這わせたときのことだ。
「もっ……や、ぁっ――ふ、ぁっ!」
「っ、」
 クソガキの口から嬌声ような声が漏れ出て、思わず動きが止まってしまう。
 俺がコイツの耳から首元まで手を這わせたのはほぼ無意識で、別に深い意味は無い。そのはずなのに、嬌声を聞いた瞬間に体温が一瞬上昇して、目の前の肢体に釘付けになってしまって目が離せなくなる。
 こんなガキ、いつもの自分なら歯牙にもかけない存在だ。だからこのまま何も気づかなかったフリをして目線を外してしまえば、何事も無く終わる。
 ――なのに……
 俺は何故、未だに首筋に手を這わせたままなのだろう。しかも身体を移動させて、今はクソガキの身体の両脇に手を付いて見下ろすような格好になっているのだ。
 理性ではこんなガキ相手に正気か?とか早く止めないと不味いとか考えているのに、身体がまるで動かない。
(……欲求不満か?)
 思い当たる理由なんてそのくらいしか無い。
 そういえば最近は次の壁外調査の準備で忙しくてそっちの方はご無沙汰だったとか、そういう言い訳がましい後付けの理由が頭の中でぐるぐると回る。
 しかしどんな言い訳を考えたところで、クソガキに這わせている手の動きは相変わらず止められず、それどころかだんだんと大胆になっているのだ。
 自分は一体、どうしてしまったというのだろう。
「はっ……は、ぅっ……!」
 どうもコイツは耳元から首筋にかけてが弱いらしい。触れるか触れない程度の力加減で撫でるようにすると、吐息を零しながら首を振って俺の指先から逃げようとしている。
 もっとその声を聞きたくて首筋に口を寄せてそこを舌でぺろりと舐め上げると、身体を震わせるようにしながら再び嬌声を上げて、俺は思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。
 ――ああ。もう言い訳は無しだ。
 自分でもトチ狂ったとしか思えないが、どうやら自分はこのクソガキの思わぬ色気に当てられてしまったらしい。
 そうでもなければ、この自分が寝ぼけて喘いでいるクソガキごときに興奮するなんて有り得ない。

戻る