アイル

十五才兵長-1

「――たっ、大変だっ……!!リヴァイが……リヴァイが…………小さくなっちゃった!」
 新リヴァイ班が結成され、人里離れた場所に建てられた民家へ移動してきてから数日経ったある日のことだ。
 エレン、ミカサ、サシャ、アルミンの四人で食堂がわりに使っている大部屋で昼食の準備をしていると、部屋の扉がバタンと大きな音を立てて開かれ、慌てた様子のハンジが部屋の中に飛び込んできた。
「リヴァイ兵長が小さく……とは一体?」
「いや、説明するまでもなくそのままの意味なんだけど……。うん、原因は半分くらい私に有る、かな?……いやっ!でもさ、あれは事故だったんだ!」
 とりあえずエレンは部屋の中央に置かれている大きなテーブルのイスをハンジにすすめながら状況を理解しようと問いかけると、ハンジは頭をバリバリとかきむしりながらイスに座り、まるで懺悔でもしているかのような様子で事の顛末をポツポツと説明し始めた。
「――今日は朝から今後のことについてリヴァイと話し合っていたんだけどさ、一応重要な話しも一通り終わったから、少し前から雑談をしてたんだよ。それで話の流れでリヴァイにこの間小さくなる薬を開発したんだって自慢していたんだけど……まあ、案の定全然興味示さなくて。それどころか、彼どうしたと思う!?もうお昼だから食堂に行くって部屋から出て行こうとしたんだよ!ほんと、失礼な話しだよね!
 ……だから引き留めようと思ってリヴァイの肩掴んだんだけど、ヒートアップしすぎていたせいで力入れすぎちゃって。そしたらリヴァイがバランス崩して……で、誤って彼の口の中に薬が零れちゃったってっていうのが大まかな流れ。」
「えーっと……それで、兵長が小さくなってしまったということですか。」
「……?あの人は元からチビ――」
「おい、ミカサっ!」
「まあ、うん。それもそうなんだけどさ。今よりもうちょっと小さくなっちゃってると思う。」
 なるほどとハンジの話しにエレンが相づちを打っていると、いつの間にか横に立っていたミカサがとんでもないことを言い出して慌てて口を塞ぐがハンジにはばっちり聞こえていたらしい。
 しかしハンジも今の状況を受け入れるだけで精一杯なのか特に注意されることも無かった。
 それはそれでひとまず良かったと安心するが、それだけ事態は深刻なのだろうかとエレンは思わずゴクリと唾を飲み込む。
「――それで、リヴァイ兵長は今どこにいらっしゃるんですか?」
「あ、そうだ。気が動転しちゃって、部屋の床に倒れたまま放置してきちゃった。」
「……。」
 アルミンが冷静にリヴァイの居場所を尋ねると、まさかのハンジの回答にその場に居る全員が心の中でそりゃ無いだろうと全力で突っ込む。
 しかし一応相手は上官なので、誰もそれを口にするだけの勇気は無かった。

■ ■ ■

 小さくなったまま倒れているというリヴァイをそのまま床の上に放置しておく訳にはいかない。
 そこでひとまず部屋まで様子を見に行こうという話しがまとまったところで、食堂の扉が再び開かれて扉の影から見覚えのある人間が現れた。
「えっ?へ、いちょう……?」
 エレンは扉の開く音につられてそちらの方を見ると、そこに立っていたのはちょうど今話題に上っていたリヴァイだった。
 たしかハンジの言っていた話しだと小さくなったはずだ。それなのに今目の前にいるリヴァイの姿は普段と変わりない。
 同じことをハンジも思ったのか、あれ?と不思議そうな声を上げているのが聞こえる。
「……おい、お前らは誰だ。それとここはどこだ。」
「え?リヴァイどうしたの?さっき倒れたときに頭の打ちどころ悪かったとか?」
「あ?なに意味不明なこと言ってんだお前は。それよりお前らは誰だって聞いてんだろうが。」
 部屋に入ってきたリヴァイは、一見すると普段と変わらないように見えた。しかしハンジとの会話の内容はちぐはぐで、どうにも要領を得ない答えばかりだ。
「ん?あぁ……もしかして、そういうことか。
 えっと、私達は調査兵団の兵士だよ。で、ここはとある民家の中。じゃあ次はこっちから質問ね。君は今何歳?」
「……十五だが。」
「……――ッ!一瞬私の薬が効かなかったのかと思ったけどそんなこと無かった!リヴァイが……小さい。小さくなってる!実験は大成功だっ!!」
「は?」
 ハンジのさきほどまでの凹み具合はどこへやら。
 握り拳を突き上げてテンション高く喜びの雄たけびを上げると、自分の作った薬の効果が立証されたのを素直に喜びだした。そして状況がよく分かっていないらしいリヴァイは、話に付いていけず訝しい顔をしながらその様子を眺めていて。
 その光景だけ切り取ってみれば普段とまるで変わらないので、リヴァイがどうやら若返ったらしいという事実がエレンにとってはいまいち現実味が無い。
(小さくなったって言われても見た目あんま変わってないからなぁ……。身長だって前と同じくらいだし。)
 あえて変化を上げるなら、身体の肉付きが自分の知っているリヴァイより若干薄いような気がしなくもないという程度のことだ。
 恐らく筋肉量の差とかそんなものだろう。
(あとの問題は……記憶か。)
 先ほどリヴァイがこの部屋に入って来て最初に発した言葉は『お前らは誰』だ。
 そこから導き出される答えは一つしかないが、まさかそんな夢みたいな話があるはず無いという思いも少なからずある。
「あ、あの……兵長は、オレ達のことも全く覚えていないんですか?」
「……あ?何だお前は。会ったこともねぇ奴らのことなんて覚えてる訳無いだろうが。そもそも『兵長』って何だ。」
「――ッ、そ、れは……えっと……」
 恐る恐る目の前に立っているリヴァイに話し掛けると、鋭い視線で睨め付けられるのと同時に他人行儀に話されて。自分の知らないリヴァイの姿に身体が勝手に竦む。
(……やっぱり、忘れちゃってんのか。)
 薄々そうだろうと気が付いてはいたが、こうやって本人に直接言われるとダメージが中々に大きくてエレンはまともに返答も出来ない。
(オレと兵長……付き合ってたんだけど、な。)
 しかし、この様子だとそんなことまるで覚えていないのだろう。
 もしかして付き合っていた自分なら覚えているかもしれないとほんの少し期待したりもしたのだが、人生そう上手くいくものでは無いらしい。
 とてもではないが、エレンはリヴァイにそれ以上話しかけることは出来なかった。


「あぁ~~困った、困ったよ。この重要な時期に!でも……大丈夫。大体二、三日で元に戻るからさ。」
「……チッ。よく分からねぇが、お前らが俺のこと知ってるのも事実みたいだしな。とりあえず数日は世話になる。」
 リヴァイを食堂のイスに座らせハンジが事のあらましを伝えると、全てを納得した訳では無さそうだがとりあえずリヴァイはこの場に留まるということになった。
 そしてエレンはそんなリヴァイの様子を見て、心の中で少しだけホッとしていた。
 何故なら、以前ペトラからリヴァイは元々ゴロツキだったと聞いていたので、知らない人間のいるこんな場所なんて気持ち悪いと早々に立ち去る可能性も無きにしも非ずかもしれないと内心焦っていたのだ。
(この感じだと、とりあえず居なくなるって心配は無さそうだな。あとは、兵長が元に戻ってからちゃんと記憶が戻るかか……)
 しかしこればかりはいくらエレンが思い悩んだところでどうにかなる問題では無い。
「えーっと……そうだなぁ。とりあえず今のリヴァイはまだ何も分からない状態だし、世話係の人間決めた方がいいか。
 ――ってまあ、考えるまでもなくエレンが一番適役だと思うけど。どう?エレン。」
「――ッ、はっ、はい!」
 エレンは先ほどリヴァイに邪険に扱われて凹みはしたものの、それでもリヴァイのことが気になってたまらなくて。しかし直接ジロジロと見たら嫌がられそうなので目線だけハンジに向け、他の全神経をリヴァイに集中させていたところで、いきなりハンジに話しを振られたので思わず飛び上がりかける。
「え、えっと……オレがリヴァイ兵長の世話を、ですか!?それは勿論構わないで――」
「は?こいつが俺の世話?ガキじゃあるまいしそんなモンいらねぇよ。大体そいつだって俺と大して年齢変わらないだろうが。何で俺がそんな奴に面倒見られるんだよ。」
 エレンにとってリヴァイは好きな相手なので、世話係と称して始終一緒に居られるのに文句なんて有るはずも無い。それに一日中一緒に居られたら、もしかして自分について思い出してもらえるかも、なんて下心もある。
 しかし当のリヴァイ本人はというと……足と腕を組みながら偉そうな態度で思い切り顔をひそめていて、それを見たエレンは結構なショックを受けた。
 こんなに嫌な顔をされたのは、もしかして初めてかもしれない。
「あ~はいはい。リヴァイもそんなこと言わないでさ。さっきの説明だけで今の状況に完全に納得してる訳じゃないでしょ?それにここの家のこととかも全然分からないだろうし。
 ま、世話係っていうと大げさだけど、とりあえず分からないことあったら彼に聞くって感じでよろしく。あ、エレンは後でリヴァイの部屋に自分の荷物を運んでおいてね。」
「へっ!?あっ、はい。分かりました。」
「……、チッ。」
 何だかんだ言って付き合いが長いらしいハンジは上手いこと言ってリヴァイを言いくるめると、じゃあ決定なんて言って半ば無理矢理その場をおさめた。ハンジは普段は妙な実験ばかりしているので周りからは珍妙な目で見られがちだが、こんなところはやはり分隊長だ。
 そしてリヴァイはというと、眉をひそめて物言いたげな顔をしていたが、世話になる手前あまり強くは出られないのか口を真一文字に引き結んで難しい顔をして黙り込んでいる。
「えっと、エレン・イェーガーです。よろしくお願いします。」
「……ああ。」
 とりあえず世話係は自分に決まったらしいのでリヴァイに自己紹介もかねて簡単に挨拶をすると、思い切り目線をそらされたのは言うまでもない。
 予想の範囲内の反応だが、それでもやはりズキリと胸の辺りが痛む。
 エレンの胸の中には、リヴァイの世話係になれて嬉しいような嬉しくないような、正反対の感情が複雑に入り混じっていた。

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