アイル

兵長がお見合いをするらしい!-2

「それじゃーリヴァイが見合い話しを受けた前祝いってことでー……かんぱーい!!」
「ハンジてめぇ……そもそも結婚に興味が無い奴に、この件についてとやかく言われる筋合いはねぇんだよ。」
「ほんと、リヴァイって冗談通じなくてやだなー。そんなんだからいつまでたっても結婚出来ないんだよ。」
「人おちょくってる暇あったらさっさと本部に戻って仕事しろ。」
 ペトラさんからリヴァイ兵長が見合いをするという話しを聞いてから数日後のことだ。
 ハンジ分隊長が古城にやってきて珍しくその日は泊まるというのでどうしたのだろうかと思っていたら、どうやら兵長をからかうのが目的だったらしく、夕食を食べ終えると紅茶のカップを頭上に掲げていきなりとんでもないことを言い出した。
 恐る恐る上座の方に座っている兵長の顔を見ると眉間に思い切り皺を寄せていて。しかしその横に並んで座っている他のメンバー達は下を向いてやれやれと言った調子で溜息を吐いている。
 ということは、こういった状況はわりとよくある光景なのかもしれない。しかしながら自分は初めて目にする光景なのでハラハラものだ。
「そんな怒んなくたって良いじゃない。わざわざお祝い言ってるのにさ。」
「お前はただ単に面白がってるだけだろうが。」
「そんなことないよ、失礼な。祝福する気持ちと面白がってる気持ち半々くらい。」
「それを一般人は面白がってるって言うんだよ。」
 そう言うと兵長は盛大に舌打ちをしていて、直接怒られている訳では無いのに条件反射的に背筋を伸ばしてしまう辺り自分もまだまだなのだろう。
 そしてオレの真正面に座っていたハンジ分隊長がそれに気が付かないはずもなく、兵長に『エレンが怖がってるから舌打ち止めなよ』なんて言っていて……正直オレを巻き込むのは止めて欲しい。
 思わず救いを求めるようにハンジ分隊長の横に座っていたエルドさんとペトラさんに目線を向けるが、巻き込まれるのは御免なのか二人とも目線をあらぬ方向に向けていて、さすが自分よりもこの上官達とそれなりに長く付き合っているだけはあるなと感じた。
「――っていうのは前置きで。実はさ、この間街の飲み屋で面白いゲーム聞いたんだけど一緒にやらない?」
「ゲームですか?」
「はぁ……やんねーよ。ガキが興味持ちそうな言葉使ってエレンを釣ってんじゃねぇ。」
「えっ。」
 ハンジ分隊長のゲームという言葉に興味をそそられて思わず身を乗り出すようにして反応してしまったが、兵長の言葉にハッとなる。
 まさかという思いでハンジ分隊長の顔を見ると今回は普通のゲームだから何も仕込んでいないよと真顔で言っていて、大人って怖いんだと今更のように感じた。
「本当、失礼だよね。私が何か持ち出す度に怪しい物扱いしてさぁ。」
「大体合ってるだろ。」
「……うふ。
 まあまあその件はともかく、今回は本当にただのゲームだよ。ほら、これ。」
 ハンジ分隊長はニヤニヤと笑いながら兵長の言葉を流すと、上着のポケットからここにいる人数分の折り畳まれた紙切れを取り出した。
 興味津々にその紙切れを眺めていると中を見ても良いと言われたので不思議に思いながら開けてみると、一枚の紙にだけ王様と書かれており、その他の紙には一から六までの数字がそれぞれ書かれている。
「……?一枚だけ王様って書いてあるんですね。」
「そうそう、エレンも良い所に気が付くねぇ。その王様って紙が一番重要でさ、その紙を引いた人が、数字を指定して命令出すってゲーム。すごい単純なゲームでしょ?でも実際に飲み屋の客と一緒にやったらこれが案外面白くてさ。」
「あ。それ、私知ってます。王様ゲームっていう名前のゲームじゃないですか?」
「あ、それだよ。あれ?私全然知らなかったんだけど、これってもしかして結構有名なゲーム?」
「うーん、どうでしょう?私は子どもの頃に雨が降っていて外で遊べないときとかによくやりましたけど。」
 皆はどう?とペトラさんに聞かれたのでオレは首を横に振る。
 周りを見るとエルドさんは知っているようだったが他のメンバーは首を傾げていて、余り知られていないゲームのようだ。
 ちなみに兵長はどうなんだろうと様子を伺ってもティーカップに口を付けているだけで一切無反応だったのでよく分からなかった。
「俺が住んでいた地域でも子どもの頃はその王様ゲームってよくやってましたよ。宴会芸みたいな感じで結構盛り上がるんですよね。何か懐かしいなぁ……。
 せっかく分隊長がクジの紙まで用意してくれたんですし、一回くらいどうです?兵長。」
「……。」
「えーっと、ま、ほら、エレンの入団祝いもかねてってことで。」
「…………はぁ。一回だけだからな。」
 エルドさんはオレに気を使ってくれたのか兵長に半ばごり押しするように頼み込んでくれたが、まさかあのリヴァイ兵長がゲームをやるなんて言うはずないだろうと思っていたら――意外にもすんなりと頷いてくれたのでビックリだ。
 予想外の展開に驚いて思わず兵長の顔を凝視するとひょいと片眉を上げられて。
「――っ!」
 よく分からないが、いきなり心臓がバクバクと鳴りだして止まらない。
 慌てて目を兵長から引き剥がし、テーブルの木目を意味もなく数えて変に高ぶった感情を鎮めようと努めていると、タイミングよくハンジさんがゲームを始める掛け声をかけてくれた。
「ん~残念、私は数字だなぁ。王様の紙引いたの誰?」
「俺だ。」
 皆それぞれテーブルの中央に置かれていた紙を手に取りこのゲームの言い出しっぺであるハンジさんが誰が王様を引いたのか問うと、一番目に引き当てたのは意外にも兵長だった。
 始める前までは渋っていたくせに、いざゲームが始まって王様を引いた途端に様子が一変として生き生きとした様子になっているのが実に兵長らしいというか……何となく怖くて、思わずテーブルの上に伏せていたクジの紙切れの上にさらに手の平を乗せて覆い隠してしまう。
(……いや、まあ当てられたら当てられたで嬉しいような気もするけど。)
 しかし脳裏に審議所で思い切り蹴りを入れられたときの痛みを思い出して慌ててそんな考えを打ち消す。
 あの時は治癒能力が向上していたおかげで事無きを得たが、そうでも無ければ自分は今頃歯が一本無くなっていたのだ。
 そして兵長のことだから今回の命令もどうせろくでも無い物に違いないだろう。
 残念ながら、自分はマゾな気質では無いのでそれは遠慮願いたい。
「で、王様の命令は?」
「そうだな、それじゃあ……一番が腹筋百回、って感じでいいのか?」
「オッケーオッケー。ほんと、文句言ってたくせにこう言う時だけはリヴァイって楽しそうだよね。エレンもまだ新兵なのにさ、大変な上司持っちゃったね。」
「い、いえっ!そんなことないです!兵長のことは尊敬しています!」
 いきなり腹筋百回って一体どういうことだと目を剥いていると突然ハンジ分隊長に話を振られたので馬鹿正直に答えてしまって一瞬肝を冷やすが、余計なことをは一切言っていないはずだ。
 自分の恋愛感情を抜きにしても、兵長が憧れの存在であることは変わりが無くて良かったと心底思う。
「へ~ぇ、カワイイこと言うじゃない。いい部下持ったね、リヴァイ。」
「てめぇと違って部下を実験道具にはしねぇからな。」
「うわ、やだやだ。」
 カワイイと言われたのが恥ずかしくて思わず顔が赤くなるが、再びハンジ分隊長とリヴァイ兵長とで話しを始めてしまったので突っ込む暇も無い。
 幸い他の人たちも二人の漫才のような会話に気を取られているので赤面顔を見られなくて済んだが、そんな風に普通に兵長と話せるハンジ分隊長が少しだけ羨ましいと思ってしまったりもして内心複雑だ。
(……今まではこんなこと無かったんだけどな。)
 こうやって同じ班のメンバーとして近くに居られるだけで十分満足なはずだったのに。
 予想外にこんなにもリヴァイ兵長に近づけたことでだんだんと欲張りになっているのかもしれない。あと思いつくことと言えば……お見合いの話しのせいだろうか。
 特にお見合いの件に関しては全くの寝耳に水な話しだったので自分で思っていたよりも動揺してしまったのは確かだ。
(このままじゃ……不味いよなぁ。)
 そもそも自分は現在の上官と部下という関係に十分に満足しているし、していなければならない。
 だって兵長と自分は――
 男同士なのだから。
「じゃあ次のゲームね。」
「あっ!は、はい。」
 ぼんやりと取り留めのないことを考えていると、ハンジ分隊長に手の平で押さえていたクジ用の紙切れを突然抜き取られたので意識を現実に引き戻される。
(えーっと……?)
 たしか先ほどのリヴァイ兵長とエルドさんとの会話ではゲームをするのは一回だけと言っていたような気がする。しかしこの調子だと、どうやらハンジ分隊長はまだまだやる気満々らしい。
「もう一回するんですか?」
「うん。だってさぁ、そこのオルオ見てみなよ。」
「オルオさん?」
 ハンジ分隊長がオレの後ろ辺りを指さしているのて目を向けてみると、まるで訓練の時のように真剣な顔でオルオさんが腹筋をしていて呆気に取られる。
 一瞬何でそんなことをしているのか訳が分からなかったが、そういえば兵長が王様として『一番に腹筋百回』と言っていたのを今更のように思い出す。
 つまり、運悪く一番を引いてしまったのはオルオさんだったのだろう。
「オルオって、リヴァイの言う事なら喜んでなんでも聞いちゃうからさ。やっぱりこういうゲームって、恥ずかしがりながらやるところを見るのが盛り上がるってもんじゃない?」
「は、はぁ。なるほど。」
 言っていることは分からなくも無いが、恥ずかしいとはどういうことだという感じだ。
 非常に嫌な予感がするが余り深く考えない方が良い気がする。
(それより兵長は……)
 ゲームを始める前は一回だけだと言っていたのに、ノリノリでもう一度ゲームを始めようとしているハンジ分隊長を止めないのは何故だろうと様子を伺うと、足を組んでイスの背もたれにもたれかかっていて。さらに兵長にしては珍しく口角を上げていて非常に楽しそうだ。
 その様子はどことなくサドっ気に溢れるオーラを醸し出していて少し怖いような気もするがどこか淫靡で思わずドキリとしてしまう。
 初めて見る表情だったが違和感は全くなくて、むしろ兵長にぴったりだと思った。
「それじゃあ皆次のクジ引いてね。」
「へ、あっ!?お、俺はまだ腹筋が終わっておりませんがっ!?」
「オルオは腹筋終わるまで休み。」
「……クッ!」
 オルオさんが置いてけぼりで少し気の毒だが、そこら辺は結構シビアな社会らしい。周りの人たちも腹筋頑張れよーなんてオルオさんに声を掛けながら、ハンジ分隊長に言われた通りに各々クジを引いているので自分もそれにならう。
(えーっと……オレは六番か。)
 またもや引いたのは数字だったのでホッと一息吐く。
 安堵した理由は言うまでもない、ここで一番の下っ端は自分だからだ。
 これが同期とのゲームだったら何が何でも王様を引いて思う存分ゲームを楽しみたいところだが、一応こう見えても上官相手に無茶振り出来るほど図太い神経は持ち合わせてはいない。
「ふふ……ふふふっ……。よぉぉぉおおおっし!!王様、私!私だよっ!!」
「夜中にうるせーな。」
 相変わらず兵長の突っ込みは切れ切れだ。
 しかしハンジ分隊長は王様を引いた余裕からか兵長の言葉を軽くスルーすると、ビシッと効果音が出そうな勢いで人差し指を前方に突き出していつもにましてハイテンションで少しばかり気味が悪い。
(さっき人が恥ずかしがってるところを見たいって言ってたからなぁ……)
 だから余計に嫌な予感がするのだろう。
 心なしか、兵長以外の人の表情も強張っているような気がしなくもない。
「じゃあ命令いくよ!?私からの命令は――『六番が一番にキスをして告白する』これでっ!」
 ろくばん……六番って――
(おっ、オレじゃん!!)
 思わず手に持っていたクジの紙切れをグシャリと握り潰してしまうが、それを不味いと思うだけの余裕は今のオレには一切無い。
 そして慌てて一番が誰だろうと目線を彷徨わせると、兵長が手に持っていたティーカップを片手の握力で破壊する音が鳴り響いた。
 ああ、これは――
 考えるまでもない。自分にとっては最悪の結果に違いないだろう。
「……えーっと…………まさか、兵長が一番ですか?」
「……なるほど。お前が六番か。」
 この瞬間ほど、生きた心地がしなかったことは無い。
 目の前では王様であるハンジ分隊長が腹をかかえながら爆笑していたが、オレは固まって顔面蒼白になっていた。
「あのぉ……ハンジ分隊長……それ、本気なんですか?」
「うん。」
「……。」
 流石に上官相手に嫌ですとは言えず、遠回しに嫌だというアピールをしてみるが一言で切り捨てられて少しショックだ。
 それならと最後の砦でもある兵長に目線を向けるが、兵長は兵長で律儀に割ったカップの片付けをしていてこれが大人の余裕なんだろうかと訳の分からないことまで考えるくらいにはオレは内心焦っている。
「……――おいエレン。お前も一々ビクビクすんじゃねぇよ。ハンジが余計に面白がってんだろうが。」
「は、はいっ!」
「キスと告白だったか?さっさとしろ。」
「う、ぐっ、」
 兵長が嫌がって何とか有耶無耶に済ませられないかと期待を抱いていたが、兵長はカップの片付けをさっさと終えると汚れた手をハンカチで拭い、早くしろとでも言うように手招きをしてくる。
「……はぁ。」
 この様子だと逃げられそうな気配は無い。
 オレはため息を吐きながら渋々イスから立ち上がると、兵長の座っているところまで無駄にゆっくりと歩いていくしかなかった。
 気分はまさしくヘビに睨まれたカエルだ。
(なんでこんなことに……)
 これが兵長以外の相手なら笑いを取る勢いで挑めたのかもしれないが、相手が兵長となるとそうはいかない。
 キスと告白なんてしてしまったら――
 ただでさえ兵長の見合い騒ぎで緩んでしまった心のフタがそのまま吹っ飛んでしまいそうで、怖い。
「兵長は、男にキスとか告白されても大丈夫なんですか?」
「あ?そんな訳ねぇに決まってんだろ。だが、さっき俺もオルオに腹筋やらせたからな。」
「そうですか。」
 つまり、自分が王様として命令を下してしまった手前兵長も後に引けないのだろう。
(兵長もこんな調子じゃあなぁ……)
 どう自分が粘ったところで、この罰ゲームから逃れるのは難しそうだ。
「えーっと、では……し、失礼します。」
「前置きはいいからさっさとしろ。」
 こうなったらもう後は事故とでも思ってやりきるしかない。
 そう言えば、対人格闘訓練で男同士で誤ってキスしてる奴とかいたよな、なんてどうでもいいことを考えて気分を紛らわしながらイスに座ったままの兵長の両肩に恐る恐る手をそえる。
 何となくソワソワとしてしまう辺り自分でもいかにも童貞臭い反応だと思うが、本当に童貞なのでこれ以上はどうしようもないので勘弁して欲しい。
(あとは兵長の唇に……)
 自分のソレをくっ付けて、好きと機械的に言えば良いだけだ。
 兵長への恋心がバレないように、極力平常心で、普通に――
 遠くからハンジ分隊長が冷かしている声がぼんやりと聞こえて、そして目の端にエルドさんが苦笑しているのが見える。
 緊張しているせいだろうか。
 目に映る世界はいつもより妙にスローモーションだ。
「……――ん、っ……」
 唇が合わさっていた時間は、恐らくほんの一瞬だろう。
(あとは――)
 たった一言、『好き』と言えば良いだけだ。
 だからくっ付けていただけの唇をすぐに離そうとしたのに。
 何故か顎と後頭部を手で固定されて、固く閉じていた唇を無理矢理に舌で割り開かれると口内に兵長の舌が侵入してきて。奥で縮こまっているオレの舌を探り当てると、まるでからかうように舌先でつつかれる。
「ん、ぅっ」
 兵長が何を考えてこんなことをしているのかさっぱり訳が分からない。
 そんな風にされたら、心の奥にしまい込んでいた熱い気持ちが溢れ出してしまいそうで。
 オレはたまらず両手をそえていた兵長の肩をグイと押すと半ば強引に口付けを解く。
「――な、ッ!?」
 無意識に閉じてしまっていた目を見開くと、オレと兵長の唇の間に繋がっている細い銀糸が見える。
 それが妙にリアルで、今更のように事態を把握して顔をカッと赤く染めると、それを見た兵長の唇の端が持ち上がりさらに目がスッと細められて。
(ああ……)
 恐らく兵長は、面白がってこんなことをやらせようとしたハンジさんへの当てつけをしているのだろうと瞬間的に察する。
 それならば――自分がここでするべきことはただ一つだ。
「兵長、あのっ…………すきです、結婚してください!」
「ほぉ……面白ぇ冗談だ、なっ!」
「――ガッ!!」
 馬鹿正直に『好き』とだけ言ったら思いが溢れてしまいそうで。
 だからその場の思い付きで結婚の文言を追加したら兵長に下から思い切りアッパーカットを仕掛けられて、避けきれなかったオレは顎に衝撃を感じるのと同時に目の前に無数の星が散って床の上に見事にひっくり返ってしまった。
「う、うう……」
 好きな人にキスをして告白をしたら殴られるとは。今日は散々としか言いようが無い。
 気分的には恋に打ち破れたセンチメンタルな青少年だ。
 しかしながら今の兵長の豪快なアッパーカットのおかげでその場の空気が変なことにならなかったような気がしなくもないので、そこだけが唯一の救いだろうか。
 顎を擦りながらのそのそと立ち上がると同じ班の人たちが心配しながら声をかけてくれたのでホッとする。
 これで自分の気持ちを誤魔化せたのなら、こんな痛みくらいなんてことない。
「あーあ、リヴァイもエレンみたいにちょっとくらい恥ずかしがればいいのにさあ。ほんと冗談通じないよね。しかもいきなり舌突っ込んでるしさあ。エレン凄い嫌がってたじゃないか。
 ところで……もしかしてさぁ、エレンって今のがファーストキッスだったり?」
「うっ……そ、そうです……けど……」
「わお!リヴァイ、エレンの初めて奪っちゃったんだ。ヒューヒュー!」
「かっ、からかわないで下さいよ!」
 こんな大人数に余計なことまでバレてしまって最悪だ。この調子だとしばらくこのネタで弄られそうな予感しかしない。
 思わず助けを求めるように目の前に座っている兵長を見るが、先ほどまでの勢いはどこへやら。相手をするだけ時間の無駄だとでもいった様子でいつものように腕を組んで宙を睨み付けていて、助け舟を出してくれそうな気配は無い。
 少しだけハンジ分隊長の生贄にされた気分だ。
「そっかー、エレンはファーストキスだったのか。ま、新兵の通過儀礼ってことで勘弁してよ。それにリヴァイとキス出来るなんて中々レアだよ?」
「それは、まあ……オレが女性だったら嬉しいのかもしれませんけど。オレ、男ですよ。」
「なーに固いこと言ってんの!兵団なんて男同士で付き合ってる人たち結構いるのにさあ。あは。これで上官と新兵の間に禁断の恋が生まれちゃったりなんかして!リヴァイ、今度良い香油売ってる店教えてあげよっか?」
「おい、ハンジてめぇ……いい加減に黙れ。」
 香油の下りの話の流れがよく分からず、上手い切り返しが出来ずに首を傾げていると今まで知らん顔を決め込んでいた兵長が口を挟んできたので少しびっくりだ。
(えーっと……?)
「何故、そこで香油が?」
「おいっ、お前……」
「え?」
「あ、エレンもしかして興味ある~?知りたい?大人の階段上っちゃう??」
 横からオルオさんに軽く肘鉄されて不味いことを聞いてしまったのだろうかと気がついたときにはもう遅い。
 ハンジ分隊長はニヤニヤとした顔をしながら身を乗り出してきて、それを見た兵長はあからさまに大きなため息を吐いた。
「ハンジお前な、ケツの青いガキつかまえてなに変なこと吹き込もうとしてんだよ。」
「そうは言ってもさ、エレンだってもう十五でしょ?知っておいて損は無いんじゃない?ていうか、こういうことって直属の上官のリヴァイが教えてあげるべきことじゃない?」
「お前は馬鹿か?そんなこと上官が教えるなんて話し聞いたことねぇよ。」
 ハンジ分隊長の大人の階段発言からのこの会話だ。こういった話に疎い自分でも流石にハンジ分隊長が何を言わんとしているのかは分かる。
(これは……あれだな、たぶん下ネタだ。)
 基本的に自分は今までずっと巨人と兵長に一直線だったが、それでも一応年頃の男なのでそういった方面の話しに全く興味が無かった訳では無い。だから訓練兵時代にはたまに男数人が集まって猥談をしていた輪の中に入ったことも数回くらいならある。
 今の雰囲気はまさにあの時の雰囲気とそっくりだ。
 ただ一つ違うのは、今は女性陣がその輪に中に入っているということで――
「あの、兵長。割れたカップの替えを持ってきますね。」
 そう言ってハンジ分隊長の横に座っていたペトラさんは立ち上がると、ごく自然に部屋から退室して行ってしまった。
 非常に申し訳ない気分になったのはオレだけでは無いだろう。
「えーっと?それでエレンは香油について知りたいんだっけ。あれはさぁ、男同士でやるときに必要なんだよ。」
「はっ!?あ、えっ!?」
「あれ?これだと良く分からないかな。男同士でやる時ってお尻の孔使うんだけど、普通に考えてお尻の孔なんて濡れないでしょ?だから代わりに香油使って滑り良くするんだって。割と有名な話しだよ。
 まあ聞いた話しによると軟膏なんかでもいいらしいけど、やっぱり滑りが一番いいのは香油なんだってさ。」
「は、はあ……そうなんですか。」
 ペトラさんがいなくなってただでさえ気まずい気分だったのに、さらにとんでもネタを間髪入れずにぶち込まれたので咄嗟に上手い具合に流すことが出来ずにどもり気味でいかにも挙動不審になってしまったのは許して欲しい。
 調査兵団って女性が少ないから新兵の若い男の子とか狙われやすいから気を付けてね~なんてハンジ分隊長は笑っているが、問題はそこではない。
「あー、でも確かにエレンって何か狙われそうな雰囲気が有りますよね。顔も小奇麗な感じだし。あと目とかでかいし。」
「ほらエレン。早速エルドが狙ってるよ。」
「えっ!?ちょ、ちょっとハンジ分隊長勘弁して下さいよ。俺は至ってノーマルですから!そういう趣味ないですよ。エレン、客観論だからな。俺、違うからな!」
 ハンジ分隊長にからかわれてエルドさんが焦っているのがちょっと面白い。笑って大丈夫ですよというとあからさまにホッと胸をなで下ろしているので尚更にだ。
(――まあオレの場合は狙われるっていうか……むしろオレの方が兵長のことを好きなんだけどな。)
 しかしその想いも、兵長についさっき思い切り殴られたので打ち砕かれたのと同義な訳で。
 そんなわけで、兵長が同性愛者だったらオレも対象になるのかな、なんて馬鹿な妄想で現実逃避をしたいくらいには傷心だ。
「でもなんか……尻の孔って凄い痛そうですよね。」
「あは!エレンそっちの方に興味あるの?」
「興味あるっていうか、普通に考えて尻の孔なんて出る場所で入る場所じゃないじゃないですか。だから単純に痛そうだなって。」
 若さとは怖いもので、フられた今ならその場の勢いで何でも聞ける気がする。
 今の気分を一言で言い表すなら、『どうにでもなれ』だろう。
 どうせ兵長と付き合うなんて一生無理だし、ここぞとばかりに訓練兵団時代には得られなかった男同士の世界の知識を得ようとハンジ分隊長の話しに食いつくと兵長が顔をしかめているのが横目に見える。
 さすがに尻の孔から出る場所発言は表現が汚かったかと思うが、よくよく考えてみると兵長だって普段からクソクソ言っているわけで。
 それを思えば一応オブラートに包んだ自分はまだマシだろうと思い直す。
「なんか、男ってお尻の孔の中に凄いイイ場所があるらしいよ。たしか中指の第二関節辺りだったかな?そこにしこりみたいな物があってそこを弄ると凄く感じるんだってさ。まあ、私も実際に体験したわけじゃないから人の受け売りだけどね。」
「はあ、そうなんですか。」
 男なんて陰茎を擦れば誰だって感じる物だろうに、わざわざ尻の孔に指を突っ込むのを実際に行動してしまう人がいたというのが凄いというか。
 ここだけの話し自分も兵長をネタに抜いたことはある。そして訓練兵時代に同期が話していた女性とのあれやこれやの体験を小耳に挟んで、ズリネタとして突っ込むとか突っ込まれるとかいう想像に挑戦しようと思ったことも無きにしも非ずだ。しかし全くそういう経験の無い自分には、残念ながらこのネタは使えなかったのを今更のように思い出す。
「分隊長……詳しすぎです。」
 グンタさんの言葉に現実に戻されて辺りを見渡すと、ハンジ分隊長とリヴァイ兵長と自分と以外の男性陣は青白い顔をしていた。
「あれ?兵長はこういう話し大丈夫なんですか?」
「昔腐るほど聞いたからな。」
(そういえば、ペトラさんが兵長って都の地下街でゴロツキしてたって言ってたっけ。)
 もしかしたら、その時に聞いたことがあるのだろうか。
 かなり潔癖なところもあるようなのでこういう話しは駄目かもしれないと思っていたが、意外にも大丈夫らしい。
 兵長の意外な一面を見た気がしたオレであった。

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