アイル

アルファなエレンの発情期到来-1

 この世には男性と女性という性別の他に、アルファ性、ベータ性、そしてオメガ性と呼ばれる性別がある。つまりこれら全てを合わせて六種類の性別が存在するというわけだ。
 ちなみに全人口に占める割合が一番高いのはベータ性であり、ベータ性には特性らしい特性はとくに無い。それに反してアルファ性とオメガ性は全人口に占める割合が数パーセントと非常に低く、特筆すべき点が多いのが特徴である。
 まずアルファ性の一番の特徴は、社会的に重要な地位につく割合が非常に高いという点だろう。例えば貴族などの上流階級の人間などはほぼアルファ性であり、その他にもエレンの所属している兵団の上層部の人間もアルファ性がほとんどだ。
 しかしながら、これとは反対にオメガ性の男性と女性の就ける仕事は非常に限られてくる。これはオメガ性にはヒートと呼ばれる発情期が三か月に一度訪れ、その期間中にはアルファ性やベータ性をところ構わず誘惑する特殊なフェロモンを発するために家にこもらなければならないためである。
 ――というのが、この世界における性事情だ。
 そしてオメガ性がヒート中に発するフェロモンは兵団の活動に支障をきたしかねないという理由から、彼らは兵団への所属を認められていない。

ACT1
 ――トロスト区奪還戦後。
 エレンは調査兵団へ入団することが決定し、特別作戦班としてリヴァイの編成した数人のメンバーと一緒に行動することになった。
 しかし特別作戦班が本格的に活動を開始する前に、訓練兵団の兵舎で自分の荷物をまとめる許可を与えられたため、エレンは訓練兵団の兵舎に行くことになった。
 エレンの現在の立場は非常に微妙だ。
 したがって荷物をまとめる最中も調査兵団の見張りの人間つきなのは言うまでもない。
 そして見張られながら作業をするというのは非常に気まずいもので、とりあえずさっさと終わらせようと袋の中に手早く荷物をまとめていると、もう必要ないだろうとベッドの上に放り投げた座学の教科書の間から薄い紙切れが床の上にペラリと落ちた。
「……ん?」
 何の紙切れだろうと拾い上げて中身を確認すると、訓練兵団に入団する際に受けた自身の性別の判定結果通知だ。
 そこには『アルファ男性、兵団所属適正有』と書かれており、さらにその下の備考欄には『幹部候補』なんて仰々しい単語が書かれている。
(幹部候補、なぁ……。)
 それが今ではトイレに行くときまで監視付きの身分になってしまうとは……。人生、どうなるか分からないものだ。
 アルファ性の者は、その生まれ持っての特性ゆえに兵団に所属した際には自動的に幹部候補になる。
 そしてエレン自身も将来的にはそういう地位になっていくのだろうと何となく思っていたが、巨人化する能力を持ってしまったばかりにこれからは他のアルファ性の者とは異なる道を歩んでいくことになるのだろう。
 それを思うと、全く不安はないと言ったらそれはもちろんウソになる。
 しかしもともと地位とか名誉欲を目当てに兵団に入ったのでは無く、ただ単純に巨人を駆逐したいという思いで入団したので、それほど悲観しているという訳でも無い。
(――それに、巨人化する特殊な体質でもなければリヴァイ兵長と同じ班になることも無かっただろうしな。)
 エレンにとって、圧倒的な戦闘力を持ち数々の戦果を挙げているリヴァイはヒーローみたいな存在だった。したがって物心ついたときからそこら辺のミーハーな町娘に混ざってリヴァイの追っ掛けのようなことをしてはミカサに眉をひそめられていたものだが、今では良い思い出だ。
 そして訓練兵の時もことあるごとにリヴァイの名前を出していたせいで、ジャンに『お前、リヴァイ兵長のオメガみたいだな』なんて言われて思い切り馬鹿にされていた始末だ。しかもそう言われても満更でもなかったあたり相当だろう。
 つまりエレンにとっては、アルファの特権とかそんな物よりも巨人を駆逐出来ること、そしてリヴァイと一緒に行動出来ることの方がよっぽど重要であるという訳だ。
 そしてその憧れの存在と、まさか今回同じ班に配属されるとは。
 それまでの経緯を考えると素直に喜べないところもあるが、やっぱり嬉しいものは嬉しいよなぁ――なんてことを考えながらぼんやりと自身の性別の判定結果が書かれた紙切れを眺めていると、部屋の入口に立っていた見張りの人間にわざとらしく咳払いをしたのに意識を現実に引き戻された。
 物思いにふけっている暇があったらさっさと片付けろということだろう。
 エレンは紙切れを丸めてゴミ箱に放り投げると、再び必要な荷物を選り分けることに専念することにした。
 ジャンが訓練兵時代に言った『リヴァイ兵長のオメガみたいだ』という言葉は、これからエレンの身に起こる有り得ない出来事を予言していたのかもしれないが、今のエレンがそれに気が付けるはずもない。
 そしてエレンが特別作戦班の面々と旧調査兵団本部として使われていた古城に移動してしばらく経ったある日のこと――
 エレンの身に『それ』は突然起こった。

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