アイル

アルファなエレンの発情期到来-3(R18)

 馬を三十分ほど走らせたところで、リヴァイとエレンは兵団で管理している山小屋に到着した。
「着いたぞ――……って、お前……大丈夫なのか。」
「はっ……ぁ、」
 この山小屋は訓練で怪我人などが出た際に使う小屋のため定期的に掃除や備品整理も行われており、怪我以外にも不測の事態が起こった際には割と使われている……という説明でもしようかとリヴァイが後ろを振り返るが、エレンは自分の身体の中で異様に高まっている熱を鎮めようとするのに精一杯で、リヴァイに話し掛けられたにも関わらず何も反応することが出来なかった。
 ちゃんと返事をしなければというのはエレンも重々承知しているが、ここに到着するまでの間リヴァイが先頭に立ってエレンを先導する形で馬を走らせていたのだ。
 ということはつまりエレンが風下側にいることになる訳で、つまりエレンは走っている間中ずっとリヴァイのあの良い匂いを嗅いでいたということになる。
 そしてエレンは、自分がこんな風になってしまっているのは、リヴァイがオメガで発情期特有のフェロモンを発しているからだと思いこんでいる。
(なんか……からだが、あつい)
 こんな風に自分でも制御しきれないほどの熱に振り回されるのなんて初めての経験で少しだけ怖い。
 しかも今は馬の歩みを止めてしまったので風も全く吹かず、匂いが身体にまとわりついているみたいだ。おかげで先ほどまでの比では無いくらいに熱が上がっていっているような気がする。
 そして馬から降りたリヴァイがエレンに近付くほどに、胸がドキドキと異様に高鳴って――やはりどう考えてもこれはオメガのフェロモンに当てられているとしか考えられないよなぁとエレンは思う。
「とりあえずさっさと馬から降りろ。」
「ちょっ……兵長はこっち来たら不味いと思うんですけど……!」
「ごちゃごちゃうるせぇな。一応ここら辺に他の人間はいないことになってるが……万が一見られたりしたら面倒だからとっとと小屋の中に入れ。」
「わっ!?」
 リヴァイは手綱を握っていたエレンの手を無理矢理つかまえると、馬上から半ば強引に引き摺り下ろして自身の肩の上にヒョイと乗せてしまう。そして馬の手綱を小屋の入口の木の柱に手早く結びつけて固定するとさっさと歩き出した。
 最初こそエレンも抗議をしようと口を開いたが、肩に担がれている格好のおかげリヴァイの胸辺りに自身のおよそ平常とは言い難い下腹部が当たっていて、リヴァイが少し動くたびにそこが擦れるので色々な意味で口を開けたら危ない。
 間違い無くリヴァイもそれに気が付いているはずだが、せめてもの救いはそれを指摘されないということくらいだろうか。
 しかしそんな気遣いは今のエレンにとってはほんの気休め程度にしかならない。何故なら今はリヴァイと密着状態で、ということはエレンの鼻腔は濃い香りに満たされているのだ。
 おかげで理性が今にも押し流されてしまいそうだが、リヴァイの前でそんな失態を犯すわけにはいかない。
 エレンは頭の片隅に追いやられてしまった理性をなんとか手繰り寄せようと、まぶたを固く閉じて意識を集中した。

「とりあえず、お前はしばらく寝てろ。後でエルドがオメガ用の緊急抑制剤を持って来る。」
「だから……おれ、オメガじゃないですってば、ぁ……」
「今の状態でそれ言うか?どっからどう見たってオメガのヒートだろうが。
 しかも……そんな匂いまき散らしながらオメガじゃないってどう言い訳するんだよ。」
「匂いだったら、兵長だっていい匂いじゃないですかっ」
「それはお前がオメガだからそう感じるんだろうな。俺はアルファだ。」
「……ぅぅ」
 リヴァイは愚図るエレンをベッドの上に下ろして靴を脱がせると、薄い敷布をバサリと身体にかけた。
 最後にかけた敷布はエレンの下半身に気を使ったにすぎないが、今のエレンはそこまで気が回らずにリヴァイのオメガ発言に中途半端に反論するだけだ。
 リヴァイにしてみればこんなフニャフニャ状態でオメガじゃないなんてよく言ったもんだという感じだが、相変わらずエレンは自分がアルファだと思い込んでいるのかまるで聞く耳を持たない。
 したがって、はっきり言って面倒臭い。
「……はぁ。」
 それならこれはどうだとため息を吐きながら指先でエレンの耳の後ろ辺りをすりすりと撫でて反応を伺ってみると、気持ち良いのか甘い声を漏らすのと同時に例の香りが一段と濃くなりだして。
 さすがのリヴァイも少々危ないと感じて慌てて手を引いた。
 リヴァイはアルファでも変わった体質なのかオメガのフェロモンを良い匂いだと感じることが無く、それ故にヒートのオメガが近くにいても他のアルファのように性欲に直結するようなことは無い。
 したがってヒート状態になりつつあるらしいエレンの面倒を見る役を進んで買ってでたわけだが、さすがに広いとは言い難い部屋に二人きりの状態でこれ以上フェロモンを発散されたら不味いだろうとエレンの耳元から手を離した。
 しかもエレンのフェロモンの香りは今まで嗅いだ中でも段違いに良い匂いだったので尚更にだ。
「……チッ。」
(なんでこんなクソガキのフェロモンごときに振り回されてんだよ。)
 そもそもリヴァイにとってオメガのフェロモンは、異様に甘ったるいだけでとっととその場から離れたいと思う類の物だったはずだ。
 それがエレンから離れがたいと思っているどころか、ため息を吐きながらもさり気なくちょっかいまで出してしまうとは。
 不本意な自分の行動の数々に思わず舌打ちをしてしまう。
 さらに追い打ちをかけるように『アルファとオメガにおいて、互いのフェロモンの香りが良いものだと感じる者同士は、つがいである確率が高いという研究結果が報告された。』なんてことが少し前の新聞に書いてあったのを思い出して、なんとも言えない複雑な気分に包まれるのであった。
 一般的に、アルファとオメガが『つがい』と呼ばれる相手と結ばれる確率は十パーセントいくかどうかというところだ。
 低く感じるかもしれないが、人間の生活圏だって壁の中だけとはいえそれなりの面積が有るので人口だって馬鹿にならない。その中でたった一人のつがいを見つけるとなると案外大変なので、まあこんな程度の数字なのだ。
 したがってもしエレンが本当ににリヴァイのつがいだとしたら、かなりラッキーだろう。
 リヴァイもそれなりにいい年齢であるし、自身のつがいを見つけることなんて遠い昔に放棄していたが――まさかのこの展開に、正直なところ心のどこかで期待しているのも事実だ。
 リヴァイはその高い戦闘力ゆえに昔からかなりもてはやされていた。そしてそのせいか色々なオメガがフェロモンをわざと垂れ流しながらリヴァイに暇さえあれば迫ってきていた。
 今まではそうやってオメガに迫られるのはかなり辟易としていたはずなのに。いざこうやって自分の方が振り回されるとなると戸惑いが大きい。
 しかも肝心なエレンは自身がオメガだというのを全く自覚していないので、少しばかりイライラするのかもしれないと考える。
 無論リヴァイがちょっかいを出せばエレンも思わせぶりな反応を見せるし下半身の方もはっきり兆しているのも知っているが、それはあくまで生理反応みたいなものだろう。
 そしてエレンは自身のそんな反応をあまり見せたくないのか、さきほどから甘い雰囲気に流されそうになってはハッとして、何でもないフリをして一生懸命愚図っている。しかし呂律がいまいち回っていないせいで全てが台無し状態だ。
 そしてそんなエレンの反応に気が付いてしまうと、リヴァイは何としてでも自分に振り向かせたいような――
 そんな動物的な本能が心の奥底でむくりと顔を出すのを感じた。
 そしてリヴァイのそんな考えを他所に、エレンはエレンでなけなしの理性を手放さないように必死だった。
 自分がアルファと信じて疑わず、リヴァイを他の誰にも取られたくないと積極的な気分だった少し前のエレンとは大違いだ。
 なにしろ今のエレンは何も会話をしないとリヴァイから漂ってくる香りに飲まれそうになるし、かといって先ほどのように直接触れられると下半身的な意味で我慢出来なくなってしまうのだ。
 だから何とか理性を失うまいと中途半端な会話を続けているわけだが、それが色んな意味でリヴァイを煽りまくっているのに当の本人は全く気が付いていない。
「なんか……さっきからみんなしてオレのことオメガだって言ってますけど……っ、アルファって判定された人間がいきなりオメガに変わることなんてあるんですか?」
「さあな。しかし俺以外にもペトラやエルドが反応してる時点で、お前がオメガなのはほぼ確定だろ。とりあえず落ち着いたら城に戻ってもう一回性別の検査だからな。」
「わ、かり……ました。」
 一応返事はするが、半分は頭の中に入っていないのは言うまでもない。
 それよりも今は身体の中で渦巻いている熱に飲み込まれないように必死に気を紛らわせるので精一杯だ。
 とは言ってもさすがに何度も否定された自分の性についての話題だけは頭にこびりついていて、それだけが頭の中でグルグルと回る。
 そして考えれば考えるほどに、どうにも腑に落ちないことがあるのだ。
「でも……兵長って、オレがオメガって言ってるわりにはこうやって一緒にいても全然平気そうですよね。アルファってオメガのフェロモンに刺激されるんじゃないでしたっけ?」
 同じ班の人間と別れる際には、みんな妙に赤い顔をしていたし、常よりもザワついていたような気がする。
 それはエレンがオメガで、ヒート特有のフェロモン発しているせいだということを……まあ、百歩譲って認めるとする。
 しかし、しかしだ。
 そうだとしたら、こんな至近距離にいるアルファであるはずのリヴァイがこうも平然としていられるのはおかしい。
「あんまりはっきり覚えていないですけど……たしか教官がアルファはオメガの発するフェロモンに抗えないって言ってた気がするんですけど……」
「ついでに、オメガもアルファの発するフェロモンに抗えない。つまり今のお前だな。」
「ぅ、ぐっ」
 不意打ちで逆の証明をされたのにたまらずエレンが顔をひきつらせると、リヴァイは口角を少し上げてベッドの枕元に腰掛ける。
 そんなところに座られたら、リヴァイとの距離が再び近付くことになるのでエレンとしてはたまったものではない。しかしリヴァイにとってはエレンに意識をさせるのが目的なので、そんなエレンの反応が愉快でたまらなかったりする。
「お前と俺は会ってから日が浅いから今も大して何も感じて無いように見えるかもしれねぇが、他の連中が今の俺の状態を見たらそれなりに驚くと思うがな。」
「え?」
「俺は元々オメガの発情してるときの臭いが大嫌いなんだよ。これは同じ班の他の連中もよく知ってることだし、だからこそあいつらはお前を俺に任せても妙なことにならないだろうと判断して二人きりの状態にした。つまり、いつもの俺ならお前をこの小屋に放り込んだところでとっとと外に出てエルドが来るのを外で待ってるところってわけだ。
 だが……何でか知らんがお前の匂いは悪くない。だから俺はそのままここに居座ってる。これの意味が分かるか?」
「う、ひゃっ!ちょっ……や、ぁっ」
 それってまさか――
 まるで自分が特別であるかのように言われているのがにわかには信じがたくて、エレンは思わずリヴァイの顔を見つめてしまう。
 しかしまさかそんなはずは無いともう一度ちゃんと考え直そうとしたところで身を乗り出してきたリヴァイがエレンの首筋に鼻先を埋め、途端にゾクゾクとした感覚が背中から脳天まで一気に這い登る。
 おかげでおかしな声が口から勝手に零れ落ちてしまうし、かといってリヴァイの身体を自身から引き剥がそうとしても何故だか力がうまく入らないので、結局は思わせぶりに肩口に手を添えるだけになってしまう。
 それはもちろんエレンにとってリヴァイは小さい頃から憧れの存在であるし、どうやら好意を抱かれているらしい今の状況は決して悪い物では無い。
 というか、歓迎すべきことだ。
 しかし周りの人たちの言う通り自分がオメガであるとするならば、それはつまり自分が女役であるというわけで……つまり、エッチのときはエレンが突っ込まれるということだ。
(――って、いやいやいやいや!ちょっと待て、オレ!)
 少しだけその時の想像をして、なけなしの理性が全力で危険信号を出しているのが分かる。
 何しろエレンはまだそういう経験は一切無いし、それにそもそもリヴァイに対して元々抱いていた感情は、恋愛というよりもちょっと行き過ぎた尊敬とかそういう類の物なのだ。
 それが急にこんな展開とは。
 寝耳に水もいいところだ。
(な……なんでこんなことに!)
 今さっき上げてしまった鼻から抜けるような珍妙な声だけでもちょっとアレなのに、それを女役になってあんあん言うとなる結構ダメージが大きいと思うのは、男なら誰でも頷くはずだ。
 そしてそもそもそんなことを考えている時点で自分がオメガだと半ば認めていることに気が付かないくらいにはパニックなエレンであった。
「ちょっ……ちょっと待って、くださ……ひ、ぐっ!も、首ばっかり……や、ぁっ……!
 じゃ、なくて……今のは、その、そうじゃ、なくて……っ!」
「お前も大概……馬鹿な奴だな。」
「う、っ……だから、首、やめくださいって……は、ぅっ」
 もちろんリヴァイはリヴァイでエレンが現実に起きていることを理解しきれずに固まっているこの絶好な機会を逃すはずも無い。
 口調の方は相変わらずぶっきらぼうだが、フェロモンの発生場所の一つであるうなじ付近に鼻を寄せてその匂いを堪能しながらさっさとエレンが折れないかと考えたりと、それはもうやりたい放題だ。
 本当に嫌なら実力行使に訴えて手なり足なり出せば良い。
 そしてエレンが本当に嫌に感じているなら、相手が上官であろうとそういうことを遠慮なくする性格であろうことはまだ短い付き合いのリヴァイも薄々ではあるが感じている。
 それにもかかわらず、エレンは先ほどから口で嫌だと言うだけなのだ。
 しかもその口調が普段のエレンの姿からは想像出来ないような甘ったるい物にだんだんとなってきていて。さらに駄目押しとでもいうように顔を左右にゆるゆると振っているので、リヴァイは思わずエレンの首筋をくすぐっていた鼻先の動きと止めて、スッと目を細めてしまう。
 ――正直、悪くない。
 そしてそんな反応を示しているエレンが実際にどんな表情をしているのか見たくなったので、今回のところはおとなしく首筋から顔を上げてやることにした。
「――喘ぐか喋るかどっちかにしろ。」
「そ、んな……へいちょうの、せいじゃないですか……っ」
 リヴァイがゆっくりと顔を上げてエレンの顔を覗き込むと、エレンは頬を真っ赤に染め上げており、さらに目元に薄っすらと水の膜を張らせていた。
 そんな状態で文句を言われたところで全く迫力が無いどころかただ煽っているようにしか見えないわけだが、当の本人はちっともそのつもりは無いところがそそる。
「なるほど?随分と好き放題言うじゃねぇか。ならこっちも好きにさせて――」
「オ、オレのせいです!」
「……チッ。
 ……で、何だよ。お前はオメガで俺はアルファ。しかも俺もお前の匂いは嫌いじゃないし、お前もその調子だとそうだろ。なら少しくらい構わないだろうが。俺にしてみれば何をそんなに不服なんだって感じなんだが?」
「い、いや……その、えーっと……自分のそういう声とか聞くのは……いやだな、と……思いまして……ですね。あの、男だったら……普通、誰だってそうですよね?」
「聞くだけ時間の無駄だったな。」
「なっ!?」
 自分の喘ぎ声がイヤだと言っているが、恐らく初めての経験に戸惑っているだけだろう。
 そういうあたりはまだまだ十代のガキだ。そんなところもなかなか新鮮で面白いものだとろくでもないことをリヴァイは考えているわけだが、もちろんそんなことを馬鹿正直に顔に出すようなヘマはしないので表面上はわずかに片眉を上げたにすぎない。
 しかしこれ以上エレンの話しを聞いたところでどうせ下らない理由でごねるだけであろうことは容易に想像が出来る。そしてそれに一々付き合っていられるほどの余裕を、今のリヴァイは生憎持ち合わせていないというのが本音だ。
 それなら――
 エレンの意識をドロドロにさせて、考えるだけの余裕を無くしてしまうに限る。
 そんな大人独特のずるい考えに至ると、リヴァイは先ほど触れた際に気持ち良さそうにしていたエレンの首筋に再び指先を這わせた。
「ちょっ、首、だからいやだって……っ、ひ!」
「イヤ、じゃねぇだろ。」
「や、です……っ!そこ、なんか……ヘンだからっ、ぁ」
「変じゃなくて気持ち良いの間違いだと思うが。」
 オメガの首筋にはフェロモンを生成する器官があり、そこは非常に敏感な箇所の一つであるというのはかなり有名な話だが、この調子だと例にもれずエレンもそうなのだろう。
 親指で耳の後ろ辺りを弄って気をそらせながら、さり気なさを装ってうなじの部分に指先を這わせて数本の指の腹でそこを撫でたり揉んだりしてやると、途端にぎゅっと目つぶってもじもじと膝を擦り合わせたりして明らかに感じているのがよく分かる。
 こんなにあっさりと他人にうなじに触れさせるような抜けた奴が、よく今まで他のアルファに襲われなかったなとリヴァイがつくづく思ったのは言うまでもない。
 そしてそんな風にして他の人間に取られるくらいなら、今この場で噛み付いて自分のモノにしてしまいたいという衝動が腹の底から湧き上がってきたのに思わず眉をしかめる。
 オメガはアルファとの行為の最中にうなじを噛み付かれるとそのアルファとつがいになり、フェロモンを発することが無くなる。
 だからここでリヴァイがエレンのうなじに噛み付けばリヴァイとエレンはつがいになり、他の誰かに取られる心配が無くなるのだ。
「……チッ」
 まさかこんな馬鹿なことまで考えてしまうとは。
 リヴァイはあっという間に深みにはまっていく慣れない感覚に思わず舌打ちをするが、膨らみだした感情はもう止まらない。
 せいぜい今のリヴァイが出来ることといえば、この状況でいきなり噛みつくのは不味いと理性で感情的な衝動を食い止めることくらいだ。
 ただこのまま大人しく引き下がるのも癪にさわるので、その時のことを連想させるように首筋に唇をヌルリと這わせ――脈動している首と肩の境界線あたりに、ガブリと思い切り噛み付いた。
「ひゃっ、ぅ……まっ、て、でちゃ――っっ!!」
 エレンもリヴァイが再び首の辺りに顔を埋めてきた時点で何となく嫌な予感がするとは思っていた。
 だから相手に気付かれないようにさり気なく身体を逃がそうと後ろに手を付いて距離をとってみたりもしていたのだが、リヴァイはエレンのそんな涙ぐましい努力も無かったかのように一瞬で互いの距離を縮めて。そして不味いと思った時にはもう遅い。
 首筋に鈍い痛みが走ったと思った次の瞬間にはそこから今まで経験したことが無いような甘い痺れが走り、下肢から熱の奔流がドロリと溢れ出してしまった。
「はっ、ぁ……」
 エレンも年頃の男子なので自慰もそれなりにするが、その時とは比べ物にならない快感に頭の中が真っ白だ。
 ついでに言うと残念ながらまだ童貞なので他者との性行為の経験は皆無なわけだが、まさか他人に触れられるのがこんなに気持ち良いものだとは思わなかった。
 おかげで考えがこれっぽっちもまとまらないどころか、目の前にいる相手が憧れの存在のリヴァイで、現在のエレンの上官であることなんて完全に頭の中からすっ飛んでしまって。後ろの壁にただただぐったりともたれかかることしか出来ない。
 しかもリヴァイはリヴァイで一度噛みついただけでは満足せずにエレンが正気に戻るのを阻むように何度も首筋に甘噛みを繰り返すので、その度に快感に不慣れなエレンの身体は大げさなくらいにビクついてしまう。
(も……、またでる……っ!)
 まだ首にしか刺激を与えられていないのに。
 一度放出したせいでベタついた下着の中で再び下肢がはっきりと勃起するのを感じる。この調子だと、二度目の射精も時間の問題だろう。
 しかしこのまま上手いこと自分のペースに持ち込もうというリヴァイの目論見を嘲笑うかのように、唐突にドンドンと扉を叩く音と聞き覚えのある声が部屋の中に響き渡った。
『すいませーん、エルドです。言われた物持ってきました。』
 エルドのこの一声のおかげで部屋の中に漂っていた甘い空気が一気に霧散し、リヴァイが顔を思いきりしかめたのは言うまでもない。
 そしてエレンもエルドの呼びかけのおかげで快感の波に溺れかかっていた意識がゆっくりと浮上し、今自分がどういう状況になっているのか少しずつ理解する。
「……っ、ぁ?な、に……」
(たしか……オレは訓練で森に来て――)
 匂うと散々言われた挙句にオメガ扱いをされて、山小屋に放り込まれたのだ。
 それが何故か、今は射精した後の気怠い倦怠感に全身が包まれていて――
「う、あっ!?」
 あと少しで全てを理解するところだったのに。
 状況を理解しようとぼんやりしている間に肩と腰に手を添えられて、壁に寄りかかっていた身体をベッドの上にあっという間に引き倒されてしまう。
 もちろん引き倒した相手は目の前にいるリヴァイだ。
 リヴァイももう少し冷静な状態であればこのタイミングで大人しく身体を離したかもしれないが、生憎と気になっている相手が達した余韻でぼんやりと壁に寄りかかっているのをそのまま見逃せないくらいには余裕が無い。
 そんな訳で目をぱちくりさせているエレンを横目に、リヴァイはエレンの身体の上に覆いかぶさっていかにもな体勢に持ち込むと、達したせいで最初よりも明らかに濃い香りを漂わせているその首筋に再び顔を埋め込んだ。
「あ、れ?へ、いちょ――えっ、あ……っあああ!?」
 エレンもリヴァイもギリギリの状態で、扉一枚を隔てた向こう側にはエルドがいる。
 エレンが普通の状態であればこの状況にかなり狼狽するのだろうが、当の本人は全く理解していないのか先ほどよりもうなじに近い首筋をあぐあぐと甘噛みしても大きな喘ぎ声を上げて悶えるだけだ。
「……はっ……」
 ――自分とは一回り以上も違うガキのくせに。
 リヴァイがエレンの香りを吸い込み、脳がそれを知覚した途端に胸の奥底から熱いなにかがせり上がってくる。恐らくオメガのフェロモンに誘発されたアルファの性衝動だろう。
 その衝動を発散するようにエレンの首筋へと再び噛みつくと、エレンの全身が痙攣するように震えて再び達したらしいのが分かる。
 そんなエレンの反応は、リヴァイに満足感を少なからずもたらしたのは確かだが、すぐにそれを飲み込むように大きな衝動が次から次へと湧き上がってくるのできりがない。
「今は……このくらいにしておくか。」
「……ん、ぅ」
 あえて口に出して言ったのは、自分自身に言い聞かせるための意図もある。
 今の状態のエレンは、言うまでもなくフェロモン全開だ。元々オメガのフェロモンが効きにくい体質であるリヴァイであっても、このままだと危ないだろうなと本能的に感じる。
 リヴァイは外に出る際には必ず抑制剤を飲む習慣を付けていたが、今ほどそうしておいて良かったと思ったことは無い。
 少し調子に乗り過ぎただろうかと思いつつエレンに覆いかぶさっていた身体をゆっくりと起こすと、いつの間にか静かになったエルドから抑制剤を受け取るべくベッドから立ち上がった。

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