アイル

アルファなエレンの発情期到来-4

「――エルド、待たせたな。」
「ん?あ、兵長。一応言われた通りオメガ用の抑制剤と、あと替えの団服一式を持ってきましたけど……もういいんですか?取り込み中なら後でも全然構わないですけど。」
「いや、大丈夫だ。」
 エルドは小屋から少し離れた地面に直接座り込んで本を読んでいたが、扉が開いたのに気が付いて立ち上がると荷物の入った一抱えほどある荷物をリヴァイに差し出した。
 エレンは盛大に喘ぎ声を上げていたので色々とエルドにはバレるだろうなとはリヴァイも思っていたが、案の定なエルドの物言いに眉をひょいと上げつつ荷物を受け取る。
 もしこのことをエレンが知ったらかなり嫌がるのは間違い無いだろうが、リヴァイ的にはエルドにエレンが自分の物だと主張出来る一石二鳥の機会でもあったのでそこら辺は全く問題無い。
「エレンはもう落ち着いたんですか?」
「……落ち着いては、いないだろうな。」
 開けたままの扉から室内のベッドの方に顔を向けて確認すると、エレンはベッドの上に寝転がったままの格好だ。
 しかし先ほどまで仰向けだったはずの身体をいつの間にか壁の方に向けて、さらに芋虫のようにシーツを巻きつけているところから察するに、ようやく現状を理解してパニックになっているところなのだろうと察する。
 直前に思い切り射精させたリヴァイは部屋の中を確認する必要など無かったのだが、おかげでエレンの面白い反応を見られたのでなかなかに愉快だと内心思う。
「ああ、エレン寝てるんですか……
 ――って!この部屋すっごいフェロモンじゃないですか!俺も一応、抑制剤飲んできて良かったですよ……。」
 外にいたエルドもリヴァイにつられるように身を乗り出して室内を覗き込むが、次の瞬間に慌てて手の平を鼻にそえて外に逃げ出しながら危ない危ないと呟いている。
 リヴァイはずっと部屋の中にいたので麻痺していたが、外からだとかなりのフェロモンが室内に充満していたらしい。リヴァイ自身も後半はかなり危うい感じだったが、密閉された室内だったのだからそれもそのはずだとエルドの反応を見て今更のように納得する。
「一応言っておくが、アレは俺のだからな。」
「はは……いや、今のは条件反射っていうかアルファなら誰でもそう言いますって。それに、そもそも兵団にオメガっていないんであまりフェロモンの匂いに慣れてないっていうのもありますし。
 ……あれ?ていうか、兵長がそう言うのってかなり珍しくないですか?オメガには全然興味無いですよね。」
「エレン以外は、な。」
「え?……ああ……なるほど。そういうことですか。」
 含みを持たせて言うと色々と察したらしいエルドは少し驚いた顔をしながら羨ましいと口にし、徐々にその顔がニヤついていく。
 特に口止めもしていないのでこの調子だと同じ班の人間に今回の件が伝わるのも時間の問題だろうが、他の特別作戦班のメンバーもアルファ性なので牽制の意味もこめての今の宣言だ。
 それにそういうことにしておけばエレンの身も安泰だろうなんて自分勝手なことを考える。
 最初はエレンの面倒を見るハメに陥って面倒だと思っていただけだったはずなのに、いつの間にかこの状況を楽しんでいるリヴァイであった。
 そしてそんな調子でリヴァイとエルドが話している途中で、エレンは二人の話し声につられるようにして意識が浮上するのを感じた。
「……ん、ぅ……――ッ!?」
 最初は何がなんだか分からなかったが、身体を少し動かした拍子に下肢に走るベタついた感覚のおかげで今の自分が置かれている恥ずかしすぎる状況に一気に意識が覚醒する。
 咄嗟に部屋の中を見回して今の慌てまくった恥ずかしい自身の姿をリヴァイに見られていないか確認するが、幸いなことに姿は見当たらない。
 どうしたのだろうと一瞬戸惑うが、部屋の扉が開いていて外から話し声が聞こえるということは、エルドがやって来て外で話しているのだろうと察した。
(……ぅ、ぅう……)
 本当は挨拶した方が良いのかもしれないが、今更こんな状況で二人の前に姿を見せても気まずいことこの上ない。
 それなら残る道はあと一つ。シーツにくるまって寝たフリをしながら心の中でのたうちまわるしかない。
 どこまでもリヴァイの予想通りに行動してしまう分かりやすい少年、それがエレンである。
「……な……なんでこんなことに……」
 シーツの中で頭を抱えながらエレンは小声でボソリと呟くが、返答してくれる相手は誰もいないのでシーツの中の生暖かい空気の中に虚しく溶け込んでいくだけだ。
 途中で誰かがやって来たのには自分も気が付いていたのに。
 リヴァイから漂ってきた香りのせいか、あるいはうっかりリヴァイの手管に流されてしまったせいか。
 最後なんて、外にエルドがいる状態にも関わらず達してしまったのを今更のように思い出して羞恥心で顔が真っ赤になる。
(――って!いやいや、別にエルドさんの前でイっちゃったのが不味いってわけじゃなくて……いや、不味いけど。それより、そもそも兵長とそういう……アレ……っぽいことをしてしまったのが有り得ないというか……恥ずかしいといか……)
 幸い今はリヴァイがエレンから離れた位置にいるのでアルファの香りに流されずに一応ちゃんと考えることが出来る状態だが、そのせいで余計にあの時のシーンを思い出してしまってダメージ倍増だ。
 しかしそんなことをうんうんと唸りながら考えていたのが不味かったのだろう。頭上から聞き覚えのある声がしたのに、エレンはその場でピタリと思考を停止した。
「――おいエレン。寝たフリしてる暇があったらさっさと起きろ。城に一度戻る。」
「――ぅ、っ!?」
 いっそこのまま気を失ってしまえればと今ほど思ったことは無い。一応エレン的には寝ている風を装っていたのだが、世の中そうは甘くないらしい。
 少しは空気も読んで欲しいとエレンは心の中で激しく突っ込みを入れるが、それでこの危機的状況が好転するはずも無く。そのまま諦めてくれないだろうかと身体を固まらせていると、頭からかぶっていたシーツを思いきり引っぺがされた。
「……う、うぅ……兵長……」
「帰るって言ってんだろうが。一丁前に上官の言葉を無視してんじゃねぇよ。いい加減にしないとケツに抑制剤ぶち込むぞ。」
「ケ、ケ、ケツっ!?いえ、あのっ、すみませんでしたっ!!」
 普段ならそんな冗談をと愛想笑いをして誤魔化すところだが、チラリと見たリヴァイの顔はかなり本気だったので震え上がりながら慌ててベッドから立ち上がり、ピシリと敬礼の姿勢を取れたのは身体に染みついた習慣みたいなものだろう。
 しかし立ち上がった瞬間に下着が下肢にベトリと張り付く感触とリヴァイの香りが漂ってきたので……途端にふにゃりと全身から力が抜けて、足を一歩後退させてしまう。
 それを誤魔化すために思わず顔を下に向けてしまうが、エレン的にはその場で膝を付かなかったのを誉めて欲しいくらいだったので内心ホッと息を吐く。
 無論リヴァイの方がエレンよりも若干身長が低いので顔を下に向けて赤い顔を隠したところで全て丸見え状態なわけだが、既に一杯一杯のエレンはそれに全く気が付いていないのであった。
「とりあえず城に戻る前に抑制剤打つから腕出せ。」
「あ……れ?錠剤じゃないんですか?」
 エレンはアルファだったので、オメガの抑制剤なんて物はもちろん今まで一度も使ったことが無い。しかし父親が医者というせいもあって何度か目にしたことはある。
 たしかその時に見た抑制剤は小さな白い錠剤だった気がするのだが、目の前に差し出された抑制剤とやらは手の平ほどの注射器だった。
「緊急用は注射だ。こっちの方だと数分ですぐに効くんだよ。」
「そう、なんですか。」
「ただし、早く効く代わりに効く時間はそんなに長くない。打ったらさっさと城に戻って検査だからな。」
 実を言うとエレンは注射の類は今まで一度も経験したことが無い。
 したがってかなり気が進まないのだが、リヴァイだけでなく外にエルドもいるこの状況でそんな格好悪いことも言っていられず。仕方なくベッドの上にもう一度腰掛け、渋々と団服の上着を脱いで左腕を差し出すと、まるで逃がさないとでもいうようにリヴァイにガシリと腕を捕まれてブスリと注射針を突き立てられた。
「~~~ッッッ!!」
 皮膚に先端の尖った針が突き刺さると、じわりとそこから体内に何かが入ってくる慣れない感覚に全身が総毛立ったようにブルリと震える。
 しかも注射を刺されているということは、互いの身体が完全に触れ合うくらいの近距離に相手がいるという訳で。
(いたい、のに……なんか身体が熱いっていうか……なんだこれ、っ!?)
 もしかして、知らなくてもいい新たな扉を開いてしまったかもしれないという嫌な予感に冷や汗がだらりと垂れるが、よくよく考えてみるとリヴァイとこれだけ近くにいるということは必然的に彼の香りにそれだけ影響されやすい状態であるというわけだ。
 つまり自分は痛みに快感を感じるタイプの変態ではないという極めてどうでも良い論理を展開している間に注射針は抜かれ、エレンはホッと一安心する。
 しかしホッとしたのも束の間。開口一番リヴァイに『お前、そういう趣味あるのか?』なんていきなり言われたせいで咄嗟に反応出来ずに墓穴を掘った。
 注射が実はちょっと怖いのがバレて恥をかくという失態を犯さずに済んだと思っていたのに、一難去ってまた一難とはこのことだろう。
 思わず変なうめき声を上げて後退ると鼻で笑われた後に冗談だと言われたが、少なから自分でもそうかもしれないと思っただけに顔が赤くなってしまって何も反論出来ない。
 なんというか、今日は恥ずかしい思いばかりしている気がする。
「ああ、それとすぐに抑制剤が効いてくるだろうから、落ち着いたらここから出る準備でもしておけ。」
「ぅえ?は、はい。」
 自分でも顔が赤くなっているのが分かるくらいだ。だからまだこの件で弄られるかもしれないとエレンは内心身構えていたが、意外にもリヴァイはそのつもりは無いらしい。
 足元に置いていた一抱えほどの麻袋を手渡されたので慌ててそれを受け取ると、リヴァイは帰りの馬の準備をしてくるといってさっさと部屋から出て行ってしまった。
 エレンは助かったと思いつつ手渡された袋の中身を早速確認すると、中には綺麗に畳まれた団服と新しい下着が入っていて、非常に微妙な気持ちになった。

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