アイル

童貞新兵と絶倫兵長の攻防戦-1

「おい、エレン。用事があるならさっさと言え。さっきから人の事ジロジロ見やがって気味悪いんだよ。」
「へっ?あっ、あの、すみません!」
 特別作戦班の面々が古城に移動してきて数日経ったある日のことだ。
 夕食後にいつものように茶を飲みながら明日の予定について話していたところで、リヴァイは手に持っていたティーカップを大げさな音を立てながら皿の上に戻し、少し離れたところに座っていたエレンをジロリ睨みつけた。そして不意打ちでのリヴァイの怒りの矛先を向けられたエレンは、驚いてイスの上で飛び上がると完全に反射的に謝罪の言葉を口にしていた。
 正直なところエレン自身訳が分からないままにとりあえず謝っていたが、これは日頃のリヴァイの教育の賜物であるのは言うまでもないだろう。
(えーっと……そんなに兵長のこと見ちゃってたかな……)
 気まずいのを隠すように下を向いて頬をぽりぽりとかきながら心の中で言い訳を口にするが、指摘されるくらいだからかなりジロジロ見てしまっていたのだろう。
 再び無意識にチラリと横目でリヴァイの方を見ると、相変わらず顔の表情は不機嫌そうに歪められたままで少々いたたまれない。
 リヴァイのことは、その存在を知ってから憧れの存在だったので監視役とは言え一緒に行動出来るのがかなり嬉しかったのだが……古城に移動して来て早々にこれとは。
 いや、むしろ憧れの存在だからこそ無意識に見つめてしまっていたのかもしれないと思いながら反省していると、本部からの伝達とやらで偶然古城に来ていたハンジが横からまあまあと場を取り繕うような声をかけてきたのにエレンは顔をおずおずと上げた。
「リヴァイも見られたくらいでそんなに怒らなくたっていいじゃないか、別に減るもんじゃなし。相変わらず神経質だねぇ。」
「野郎に見つめられてもちっとも嬉しく無ぇんだよ。」
 リヴァイはジロリとハンジの方を見ると苛立たし気に机の上を指先でトントンと叩いていて、怒りのボルテージがだんだんと上がってきているような気がするのは恐らく気のせいでは無いだろう。しかしハンジは慣れているのかどこ吹く風と言った様子でのんびりと紅茶を飲んでいて。
 リヴァイがいつ爆発するかと考えると恐ろしいやら申し訳ないやらでエレンはハンジにペコペコと頭を下げると、気にするなというように手をひらひらと振られる。
 しかしその直後、ハンジは何かを思い付いたように『あ』と声を上げると、とんでもないことを口走りだしたのにエレンは目を大きく見開いた。
「ああ、今のエレンの様子ってなんかデジャヴがするなって思ってたんだけど……
 気になる人のこと見つめちゃうって、青春の甘酸っぱい恋みたいだよね!」
「――えっ!?恋って……オレ、兵長に恋してるんですか!?」
「当たらずも遠からずだと思うね……私も巨人のことは今でも見つめちゃうし。ああ、でも私の場合は恋じゃなくて純粋に調査対象としての興味だけど。
 でも私の経験からすると、紙一重な部分はあると思うだよ、こういうのってさ。」
 まさかこの状況で他人から恋についての指摘をされるとは。しかもそれが本当だとしたら、エレンにとっては初恋になるのだ。
 あまりに突然の指摘に思わず復唱すると、ハンジがうんうんと頷きながら実体験に基づくそれらしいことを説明しだして。
 さらに『恋っていうのはさ、その人への興味から始まると思うんだよね』ともっともらしいことまでつらつらと言われると、確かにあながち間違いでは無いかもしれないと考えだしてしまうくらいにはエレンもまだまだウブだ。
 そして真剣な面持ちでハンジの冗談とも本気ともつかない話しを聞いていると、そこまで呆れた表情で黙っていたリヴァイがいい加減にしろとでも言うようにこれよみよがしに大きなため息を吐いた。
「……はぁ。おい、ハンジ。てめぇはガキをからかって遊んでんじゃねえ。」
「やだなぁ、からかってないよ。私は真剣!
 ――あっ!リヴァイもしかして照れてる?ねえねえ、照れてる??」
「てめぇ……」
 最初の一言目までは真面目にハンジの相手をしていたリヴァイだったが、ハンジが命知らずにも煽るような言葉を口にした次の瞬間、ティーカップの横にそえられていたスプーンを物凄い勢いでハンジに向けて一直線に投げ飛ばす。
 しかしハンジは慣れた様子でそれを華麗に避けると、爆笑しながら食堂から出て行ってしまうあたり流石と言うべきか。リヴァイはそれを見て軽く舌打ちをするとブツブツと小言を漏らしながらハンジに続いて食堂から退出してしまった。
 そして食堂の扉がバタンと勢いよく閉じたところで、二人のやりとりに完全に意識を奪われていたエレンは、リヴァイに就寝の挨拶をしそびれてしまったのを内心残念に思いつつ、しかしよくよく考えてみると今の状態で普通に接することが出来るのかという根本的な問題に気が付いて少しだけホッとした。
(兵長に……恋かぁ……)
 はっきり言っていきなりすぎてまだよく分からないというのが本音だ。
 しかし恋という気になる単語を言った当の本人はすでに部屋の中にはいないので、どこまで本気でその単語を口にしたのかすらも今となってはよく分からない。
 そんなわけでエレンにしては珍しく眉間に皺を寄せて指摘されたことをどう捉えたら良いものか悩んでいると、肩にポンと手を置かれて。誰かと思ったら横に座っていたペトラだった。
「エレン、そんなに難しく考えること無いわよ。私もハンジ分隊長と同じ意見で、無意識に目で追っちゃうってことは恋してるんじゃないかなって思うけど。
 まあ確かに男性同士だし、戸惑う気持ちは分からないことも無いけど。でも調査兵団は女性が少ないから男性同士のカップルとか意外にたくさんいるし、そんなに気にすること無いと思うわよ。」
「……っ!」
 茶化している風でもなく、いつものようにニコリと微笑まれて、応援するなんて言われてしまったら何も言い返せない。
 そして一般的に恋愛事に鋭いと言われる女性にもこんな風に応援されるということは、やはりハンジの言っていたことが正しいのだろうかと単純に納得してしまうエレンであった。
 ちなみにその時他の男性面々は何とも言えない表情で二人の様子を眺めており、ハンジのおかげで一波乱起きそうな予感にまたかと互いに視線を合わせて頭を抱えていた。


■ ■ ■


 物心ついたときから巨人に一筋だったエレンにとって、誰かに恋心を抱くのは初めての経験だ。
 だから『恋』と言われてもどこか現実味が無くてフワフワとした気分で地下にある自室に戻ったエレンは、気分が高揚して寝付けそうもなかったのでベッドの上に寝転がってぼんやりと天井を眺めながら考え事に耽っていた。
(まあ……兵長のことはそりゃ好きだけど、やっぱり男同士だしなぁ。)
 そもそも今まで恋とは一切無縁であったし、さらに相手が自分と同性の男なので実感が湧かないというのが今のエレンの心境に一番近い。
 そしてそこまで考えたところで、男同士の恋愛といえば訓練兵時代に無理矢理ジャンとコニーのコンビに渡されたとある雑誌を思い出すとムクリと上体を起こした。
「あー……そういえば……あいつらに男同士のエロ雑誌渡されたんだっけ。」
 今の今まですっかり忘れていたが、リヴァイに恋をしていると指摘されたせいか中身をもう一度確認してみたくなる。そうすれば、ほんの少しでも自分の本心が分かるかもしれない。
 エレンは普段はあまり使わない物をまとめて置いてあるベッドの下に手を伸ばし、大きめのリュックを引っ張りだすとその中に手を突っ込んだ。
「えーっと、確かこの中に入れてたと思うんだけど……あ、これこれ。」
 指先に当たった固い感触にこれだと見当を付けてリュックの中から引っ張り出すと、それは思った通りジャンとコニーに祝いだと言って渡された雑誌だった。
 ちなみにこれは訓練兵団に所属していた時に上位十名にエレンの名前が入ったからということで渡された祝いの品だが、そもそもジャンとは犬猿の仲だったのでただの悪ふざけでそれを渡されというのは言うまでもない。その証拠に、雑誌の中身は男同士の絡み写真が多数掲載されたグラビア写真集のような物だ。
 もちろん当時のエレンには男同士の恋愛なんて微塵も興味が無かったのですぐにでも叩き返してやろうと思っていたのだが、その後巨人の襲撃があったりと色々なことが重なったせいで結局そのままになり、そして今に至っている。
 ……というのは建前で、本当のところは雑誌の中のモデルの片方がリヴァイの髪型とそっくりで、ほんの少しだけ捨てがたいと思ってしまったというのが本音だ。
 もちろん当時は恋とかそんな意識は一切無く、あえて言うなら有名人のブロマイドを収集するようなファン心理みたいなものだろうと自分でも純粋に思っていた。
 しかしハンジに指摘された今となってはそうも単純に思えない。
(普通に考えて……男同士の絡み写真なんて、後生大事に手元に残しておくはず無いもんな……いくら相手が兵長に似てるからって言っても。)
 ――つまりは。
 自分はリヴァイのことが『そういう意味』で好きなのだろうとエレンは思った。

 エレンは訓練兵時代からリヴァイリヴァイと騒いでいた自覚がある。だから恐らくジャンとコニーの二人は、ふざけてこの雑誌をエレンに押し付けたのだろう。
 しかしそれがこうやって恋心を自覚させる切っ掛けになるとは。
 人生何が起こるか分からないものだと思いながら手に取った雑誌をペラペラとめくっていると、背面座位で絡み合っている男二人の写真が次々と目に飛び込んできたのにエレンは思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。
(兵長じゃないっていうのは分かってるんだけど……)
 運が良いのか悪いのか、リヴァイと同じ髪型の男性はもう片方の男性を攻めている側なので、女性役の男性の影に顔が上手い具合に隠れているページが時々あるのだ。
 そしてそのページを眺めているうちに脳内で勝手に具体的な妄想が進んでしまって、ズクリと下腹部が疼いてしまうのはリヴァイへの恋心を自覚した直後のせいだろうか。
「あー……ちょっと、待ってくれよ……」
 リヴァイはその強さも相まって女性陣から結構な人気を得ている。なのでその人気にあやかろうと、雑誌の中のモデルのように髪型を真似している人間もそれなりにいるのだが、髪型がただ似ているというだけでまさかここまで自分にてきめんに効いてしまうとは。
 どれだけ単純なんだと自分で自分に突っ込みをいれつつ、今まで憧れの対象であったリヴァイをいきなりそういうネタにしてしまうのに罪悪感を覚えたエレンは、開いていた雑誌を急いで閉じるとリュックの中に仕舞い込み、慌ててベッドの中に潜り込んだ。
 しかしそんなことをしても頭の中に焼き付いてしまったイメージは今更拭えるはずもなく。
 むしろ若い脳味噌は性欲旺盛なのか先ほど見てしまった写真を元に色々と妄想を膨らませてしまい、結局下半身がガチガチに勃起してしまって寝るに寝られなくなってしまって。
「くそ……っ、」
 結局、エレンはおずおずと下着の中に手を伸ばすと陰茎を取り出して自慰に耽るしかなかった。
 せめてもの救いは印刷技術の関係で雑誌の中身は全て白黒ページで、さらに上手い具合に結合部分が隠されていたということくらいである。

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