アイル

腐男子がイケメンスケーターに迫られるはずがない!-8(R18)

「あー……たまってるな」
 ヴィクトルにエロ本を強制朗読させられてから数日後。ちょうど週の中頃に差し掛かったある日の夜のこと。勇利は自室でベッドの上に体育座りをして膝の上に顎を乗せながら、げっそりとした表情で思わず呟いた。
 そしてそんなことを思わず口に出してしまう程度には、ムラムラとしていた。
 一言で表現すると、とりあえずオナニーならぬアナニーをしたい。ただそれだけだ。
「くそー……この間、ヴィクトルに中途半端に弄られたせいだよな」
 そのまま射精をせずにおさまったので安堵していたが、こんなことになるならいっそあの時抜いておけば良かったという感じだ。
 おかげで昨日今日と練習に集中出来なくて最悪である。
「しかもプログラムがエロスだし」
 未だに自分にとってのエロスの答えははっきりと見出せていない。しかし今それを聞かれたら、アナニーと答えていただろう。
「まいったなあ……どうしよう」
 そこで何気なく時計を確認すると、夜の十一時だ。彼が襲撃してくるのは大体九時過ぎで、今日も少し前までこの部屋に居座っていた。
 ちなみにエロスの振り付けも完成したせいか。例の同人誌を見せて欲しいと言われたことは、あれから一度も無い。それじゃあ何をしに来ているのかというと、マッカチンも一緒に連れて来て、人の部屋で構って遊んでいるのだ。
 それなら自室で十分じゃないかとは思ったが、わざわざ勇利の部屋まで来ているということは、彼なりに意味があるのだろう。
 それに何だかんだと勇利も一緒になってマッカチンと遊ばせてもらっているせいか、ヴィクトルとも会話が弾むのだ。だからそうやってマッカチンを通してコミュニケーションをはかろうとしてくれているのかなと勝手に考えている。
 まあともかく、今日はそんな調子で一度彼はこの部屋に来ており、すでに帰っている。それに時間帯的にも再び訪ねてくるということは無いだろうから、大丈夫だろうかと一度考えてしまうともう駄目だ。
「久しぶりに……アレ、やろうかな」
 途端に頭の中がアナニーで一杯になってしまい、気が付いた時には机の引き出しまで這うように歩いていき、ローションと前立腺のマッサージ器具を取り出してしまう。それからベッドの中に潜り込むと、いそいそとズボンを脱いで下肢を晒していた。
 いつものように同人誌を持って来なかったのは、せめてもの罪滅ぼしみたいなものだ。
 つくづく、自分は快楽に弱い生き物だと思う。でも前立腺での快楽を知ってしまったら、皆こうなるに違いない。

 勇利は弄りやすいようにベッドの上に横向きの格好になると、まずはローションを手に取る。それから慣れた手つきで尻の孔にそれをたっぷりと塗り広げ、試しに一本の指を挿入してみた。
「ん……入れるの結構久しぶりだし、どうだろうって思ったけど。意外と……いけるな」
 さすがに入口の方はいくらか狭くなっているものの、初めてアナニーをした時に比べるとどうってことない。それどころか指が入ってきたことに気付くとふっと力が抜け、すぐに食むような締め付けに変化する。
 恐らくは身体が力の抜き方とか、そういうものを覚えているのだろう。
 そしてそんな調子なので、思ったよりも呆気なく二本目、三本目の指も挿入することに成功する。
「これならっ、大丈夫そうか」
 痛みは全く無い。それならと試しに前立腺を指先で突いてみると、先を期待しているかのように内壁が蠕動し、久しぶりの刺激に腰がブルリと大きく震えてしまう。
 ああ……これだ。
 すごく、気持ち良い。
 陰茎に触れた時には決して得られない、身体の奥深くから広がる熱の感覚に、自然と息が荒くなっていく。
 ここをもっと太いもので突き上げられたら、ものすごく気持ち良いに違いない。
 そこでようやく念願のマッサージ器具を取り上げ、ツルリとした先端を尻の孔に押し当てる。するとズブズブと内部に侵入してきて。
 根元まで挿入した状態で前側に付いている柄を下に軽く引っ張るようにすると、ピンポイントに前立腺を押し上げられる感覚に熱い息を吐いた。
「は、あ、ああっ! ……すご、い」
 下腹部にわだかまっていた熱が瞬間的に高まり、一気に溢れてくるのが分かる。
 自分は、達したのだ。
 咄嗟に陰茎にティッシュを当てていなかったことに気付いて、これは不味いと慌てて布団をめくるものの、そこは未だ勃起したままの状態でヒクついていて。つまりは中だけで達したのだとそこで気付く。
「ひさしぶり、なのに」
 少し驚きだ。でも思えば随分と長い間オナニーを我慢していたせいもあって、いつもよりムラムラとしていたのも事実で。だから常よりも身体も敏感になっていたのかなとぼんやりと考えていた時のことだ。
 遠慮がちにドアを叩かれる音がしたのに、勇利は文字通りベッドの上で飛び上がった。
『勇利~、変な時間に悪いんだけど。良いかな?』
「ッ!? ―はっ、ぅ」
 この声は、ヴィクトルで間違いない。
 ちょ、ちょっと待ってくれという感じだ。
 しかしこんな時に限って、驚いて身体を動かした衝撃で中に入れたままの器具が動いてしまったから大変だ。おかげで未だ熱のくすぶっている状態の前立腺を思いきり押し上げてしまい、思わせぶりな吐息を漏らしてしまったのに慌てて両手で口を塞いだ時にはもう遅い。
『勇利?』
 夜中なので辺りは当然静かだ。加えて家の壁も薄いので、先の息遣いが聞こえたのだろう。
 ヴィクトルが不思議そうな声音で勇利の名を呼びながら、先ほどよりも力をこめてコンコンとドアを叩いている音に追いつめられる。
 もう最悪だ。
 やっぱり、アナニーなんてするべきじゃなかったと思うがもう遅い。極度の緊張状態から、滑走直前の時のように心臓がバクバクとうるさく鳴っている。
(早く、帰って……っ!)
 ともかくこんな状態で応対出来るはずがないので、極力息を潜めて徹底的に寝たふりを決め込む。そうしたら、途中で諦めてくれるだろうと思った。
 そのはずなのに。
 外から寝ているのかなという言葉が聞こえた数秒後。まさかのまさか、部屋のドアが静かに開かれ、ヴィクトルが中に入ってくる気配がしたのに勇利はパニック状態に陥った。
「寝ているところごめん。俺のスマートフォン、忘れていないか確認させてもらうよ」
「ヒッ!?」
「……あれ? やっぱり起きてるよね」
 まさかの展開に、思わず口からひきつれたような悲鳴が漏れてしまう。
 咄嗟に両目を閉じ、口を塞いでいた両手にさらに力をこめるものの、ヴィクトルは勇利が起きていると確信したのだろう。
 ベッドの上に膝を付いたのか。ギシリと音が鳴って沈むような感覚がした直後、肩に手を置かれて。壁側に向いていた身体を仰向けにされたのに小さく息をのんだ。
 もちろんそこまでされて寝たふりなど今さら出来るはずもなく。おずおずと閉じていたまぶたを開くと、彼は布団越しに勇利の身体を上から下にじっくりと眺めながらああと小さく声を漏らした。
「顔、真っ赤だ。もしかしてオナニーとかしてた?」
 それならそうと言ってくれれば良いのにと重ねて言われるが、そんなこと言えるかという感じだ。というわけでそのままの状態で固まっていると、邪魔してごめんねとすまなそうな表情を浮かべながら首を小さく傾げられた。
 人生二十三年間生きてきて、それなりに色々な体験をしてきたが、今ほど消えて無くなりたいと思ったことは無い。少し前、彼にエロ本を見つけられた時以上の衝撃だ。
「ていうか、勇利がオナニーするのって意外だな。性欲自体薄そうだし、エロスについてもかなり悩んでいたからあまり興味無いと思ってたよ」
「そ、そりゃあ……僕も健全な成人男子だし、人並みには」
「そっか。でもまあ確かに。言われてみれば、エッチな本も持っていたしなあ」
「それはもう忘れてください……」
 ここまでくると、もうヤケである。だからヤケクソになってオナニーを認めた途端に古傷を抉ってくるあたりさすがとしか言いようがない。おかげで思いがけないダメージを食らってしまったのに、視線がふらついてしまう。
 しかし現在進行形で勇利の尻の孔にはマッサージ器具がズッポリと埋め込まれていて。それがバレることを思えば、このくらいの衝撃はどうってことないと自分自身に言い聞かせる。
 それから常よりもやや早口で、ヴィクトルのスマートフォンはこの部屋では見かけていないと口にすることで、暗にこの部屋から出て行ってくれないかと告げたのだが。当のヴィクトルはというと、まるでその気が無さそうなのだ。
「うーん、おかしいな。たしかにこの部屋に置いていった記憶があるんだけど……そうだ! それなら、試しに勇利のスマートフォンで俺に電話をかけてくれないかな? そうすれば、すぐ見つかると思うんだ」
「あ……はい」
 ヴィクトルには悪いが、なんだか面倒なことになってきたなあと思う。
 しかし断って詮索されても困るので、枕元に置いていた自身のスマートフォンをのろのろと取り上げたのだが。お約束と言うべきか、身体をひねった拍子に中の器具が前立腺を押し上げてしまって。
「ふ、あっ」
 ―瞬間、思わず口から零してしまった嬌声に、再び両手で口を覆った。
 ヴィクトルからは、勇利が身体を傾けただけにしか見えていないはずだ。
 にも関わらず明らかに甘い吐息混じりの嬌声を漏らしたのは、どう考えてもおかしいだろう。そこで恐る恐るヴィクトルの様子を伺うと、案の定彼は目を見開いていた。
 さっき身体を仰向けの格好にされた時に漏れてしまった声は、驚いただけだと思ったのか突っ込まれることは無かった。だから今回もあわよくばと思ったのだが、人生そうは甘くないらしい。
「ねえ……勇利って、感じやすい体質なのかな」
「ど、どうですかね?」
 そもそも自分以外の男の感度なんて興味すら無いので、比較出来るはずも無い。ということはヴィクトルだって分かっているだろうに。それをわざわざ聞いてくるのにとても含みを感じるのは気のせいではないだろう。
 それに冷や汗をダラダラと垂らしながら、何とかこの状況を乗り切る方法を考えるものの、まるで思い浮かばない。
 そうこうしている間にヴィクトルはさらに口を開くと、ところで気付いたことがあるんだけどと恐ろしい言葉を続けた。
「あのさ、思ったんだけど。この展開って、勇利に見せてもらった本の内容と少し似ているよね」
「ま、まさか、ヴィクトル……―うわっ!?」
 じりじりと顔が近付いて来たのに身体を引こうとするものの、そもそもベッドの上に仰向けの格好で寝ているので無理だ。だから思わず顔を横に背けたのだが、それが不味かった。
 彼はその隙にと言わんばかりに勇利が身体にかけていた布団をまくってきて、おかげで下肢が剥きだしになってしまう。
「ああ、やっぱり思った通りだ。勇利ってオナニーの時にお尻を弄っちゃうんだ。あの漫画と一緒だね」
 その言葉に対して何か言わなければと思うのに。この状況で、一体何を口にすれば良いのだろうか。
 恥ずかしくて、情けなくて。
 絶対に知られてはいけないことが相手に露見してしまった事実に、頭の中が完全に真っ白だ。
 しかも彼は何を考えているのか。勇利の顔の両脇に手をつくと、上体に覆い被さりながら思わせぶりに耳元に唇を寄せてきた。
「ねえ勇利。なんか俺、このまま勇利とセックス出来そうな気がするんだけど。試しにやってみない?」
「―い、いやいやいや、たまっているなら他あたってください!」
 一瞬、虚を突かれてポカンとした表情を晒してしまう。しかしおかげでようやく正気を取り戻すと、両手を前に突きだして全力で否定する。
 一体何を考えているのやらだ。最初は冗談かとも思ったが、結構真面目っぽい表情をしているのが余計に怖い。
 しかもたまっているなら他をあたってくれという勇利の先の言葉に対して、直球だなあと笑いつつも、あながち外れてはいないけどねとケロリとした表情で口にするあたり性質が悪い。
「あ、あのですね……僕みたいな男を相手に発散しなくたって、ヴィクトルは綺麗な女の人に町中でたくさん声をかけられてるじゃないですか」
「うん、勇利の言いたいことは分かるよ。でも、それはそれで後々大変だろう?」
 なるほど。勇利が相手だと、後腐れが無いと言いたいのだろうか。
 爽やかな笑顔を浮かべながら、結構えげつないことを口にするなあとは思うが、まあ言いたいことは分からないでもない。
 でもよく考えて欲しい。
 男と男という性別のハードルはとてつもなく高いと思うのだが。それを飛び越えて声をかけてきたということは、まさか彼はそこに穴があれば良いというタイプなのだろうか。
 ちょっとよく分からない。
 それとあまりにも有り得ないことが次から次へと起こっているせいで、理性というフィルターが全く働いておらず、常よりも考えが下品気味なのは許して欲しい。
「と、ともかく、そういうことをしたいなら、他を当たってください。発散出来そうなお店とか、ちゃんと探しておきますから」
 もちろん勇利は今までそんな場所に世話になったことは一度も無いので、全くアテは無い。しかし性欲は人間の三大欲の一つなのだから、きっと探せばすぐにそういう店が見つかるはずだ。
 だから勘弁してくださいと言っているのに。ヴィクトルはすっかりとその気になっているのか、眉をハの字にしながら勇利の顔を覗き込んでくるのだ。
「うーん……全く考えずに否定するなんて傷付くなあ。どうしても、ダメ? 勇利は、俺とセックスしている本を買っていたくらいだし、絶対いけると思うんだけど。それにお尻でオナニーしてるってことは、少しくらい本物に興味とか無いの?」
「な、なにをいって」
 痛いところを次から次へとグサグサと刺されているせいで、何も言い返せない。
 しかも徐々に近付いて来ていた顔が、ついにほぼ零距離になって。コツリと額同士がぶつかったのに、たまらずギュッと目を閉じてしまう。
 これでは意識をしているのが丸分かりだろう。だからいつも通り、いつも通りと頭の中で何度も念じているのだが、どうしてもダメだ。しかも案の定、小さく含み笑いをされているのが聞こえてきて恥ずかしい。
(うう……なんで、こんなことに)
 自分は基本雑食とはいえ、一番好きなのはヴィクトルとユリオのカップリングだ。だから、今の状況はどうってこと無いはずなのに。
 そのはずなのに。こうやって迫られても拒否しきれないのは、自分が彼に対して幼い頃から憧憬の気持ちを抱いているからだろうか。
(―そう、そうだ)
 だからそれ以上でもそれ以下でもなくて。
 でもこのままだと……気付いてはいけない感情に、それがすり替わってしまいそうで、怖くて怖くてたまらない。
 そしてそれに気付いてしまったら、もう元には戻れなくなってしまう。
「だめ、だって」
「そんなに怖がらなくていいのに。これは俺の勝手な望みになってしまうけど、本の中の勇利、すごく色っぽかったから。実際はどうなのかなって興味があるっていうのが本音。だから……ね?」
 そこでさらに鼻を擦り合わせながら、再びダメかなと問いかけてくるのだ。
 その破壊力といったらない。
 二次元と三次元を混同しないで欲しいとか、ヴィクユリ派なのにとかグルグルと頭の中を回っていた言い訳が、一気に吹き飛ぶのが分かる。
 こんなの、ずるい。
 まるで疑似的にキスをされているかのような状況に、一気に耳まで赤くなり、思考回路が一斉に停止するのが分かる。
「今お尻に入れている玩具じゃなくて……俺のを挿れたら、たぶんすっごく気持ち良いよ」
 さらに駄目押しとばかりに、太股の内側の皮膚の薄いところを、陰部から膝に向かってツーッと撫でられて。それから膝裏に手を差し込まれると、片足を胸元まで一気に持ち上げられる。
 そして尻の孔からのぞいているマッサージ器具の柄を、下側にクッと押し下げられたから大変だ。
「え、あ、そこは、待って―~~ッッッ!?」
 突然のヴィクトルの登場に勇利の陰茎はいくらか萎えていたものの、前立腺を直撃する刺激に頭の中が一気にピンク色に染まり、先端から濃い精液がドロリと溢れてしまう。
 こうなってしまうと、正常な判断はもう出来ない。
 何もかもが一気にどうでも良くなってしまい、目の前の快楽に一気に釘付けにだ。
「へえ。もしかして前立腺とかいう場所に当たったのかな。本の中の勇利もここを弄られるとすごく気持ち良さそうだったけど……所詮作り話だし、だいぶ誇張表現されているんだろうなって思っていたのに。本当にこんなにすぐにイっちゃうなんて、すごいな勇利は。セクシーだ」
「はぁっ……う、うう……そこばっかり、だ、めぇっ!」
「でもまた勃ってきたし、気持ち良いんだろう?」
 今はまだ達したばかりで、前立腺が常よりもかなり敏感な状態だ。だから自分でアナニーを楽しんでいる時には、横になってその余韻を楽しむところなのに。
 しかしヴィクトルはそんなの知る由も無いので、クックッと絶え間なく前立腺を押し上げてくるのでたまったものではない。
「まって、ほんとに……っ、また、イっちゃ、っ―からぁっ!」
 最初の熱がおさまる前に次の刺激を加えられているせいで、あっという間に再び高みに上り詰めていくのが分かる。
 こんなに激しい快楽、はじめてだ。あまりにも気持ち良くて、このまま下肢が溶けてしまいそうだ。
 でも未知の感覚に少しだけ恐れを抱いているのも事実で。無意識に下肢に手を伸ばし、ヴィクトルの腕をカリカリとかく。
「どうしたの? 止めて欲しい? でも、もうイきたくてたまらないって顔をしているように見えるんだけど」
「イきたい、けどっ……気持ちよすぎて、しんじゃうよぉっ」
 だから勘弁してとふるふると首を振ると、クスリと小さく笑いを零されて。勇利がイヤって言うなら仕方がないねと、中の器具をズルリと引き抜かれてしまった。
 つまりは、ヴィクトルは勇利の願いを確かに聞き入れてくれたのである。
 だからこれでようやく身体が落ち着くはずなのに。
(なのにっ、なんでっ?)
 喪失感にきゅうと淫筒が窄まり、それをきっかけに内壁がもっともっとというように蠢くのが止まらない。
 それに思わず膝を擦り合わせようとするものの、両足の間にはすでにヴィクトルが陣取っていて。結果的には彼の身体を挟みこむ格好になってしまって恥ずかしい。
「ふふ、どうしたの? やっぱり、もっと気持ち良くなりたい?」
「は、ぁっ……ヴィクトル、」
「ん?」
 名前を呼ぶとスカイブルーの瞳が思わせぶりに細められ、ほらと言葉の先を促すように唇を親指でなぞられる。
 さらには胸元まで持ち上げられた腿の際どい箇所に、思わせぶりに彼の陰茎をグリと擦りつけられたのに、クッと顎を上げて小さく声を漏らした。
「っ、あ!」
 ヴィクトルには、先ほどはっきりセックスをしようと言われた。
 でもあまりにも彼への憧れの思いが強くて、なおかつその容姿が作り物めいているくらい整っているせいか。今までも散々こういう方面のちょっかいを出されてきたものの、なんだかんだと彼の欲を直接ぶつけられたことが無いのもあり、どこかピンと来ていなかった。
 それだけに、初めて感じる彼の熱に大げさなほどに反応してしまう。
 でも彼も男で、自分と同じく興奮していて。そこが勃起しているのだという事実を認識した途端、胸の奥底にジワジワと熱いものが生まれるのを感じる。
(なんだ、これ……っ?)
 快楽の熱と似ているようで、少しだけ違う。胸が締め付けられて、息苦しくなる感覚に挙動不審に目線を彷徨わせてしまう。
 しかしそれが何か認識する前にヴィクトルが首筋に唇を這わせてきて。さらにまるで最中を連想させるかのように、陰茎を腿に押しつけた状態のまま、思わせぶりにゆさりと腰を揺さぶられたらもう降参だ。
 憧れの人からこんなに求められて、これ以上ノーと言うことなんて出来るはずが無いじゃないかと自分自身に言い訳をする。
「ねぇっ……おねがい、もっと」
「勇利が望むなら、いくらでも」
 ヴィクトルの口元には、綺麗な弧が描かれている。
 思えば自分から求める形になってしまったが、彼の欲望を自分に向けられているのだと思うと、それだけでもう全てがどうでも良くなってくる。
 彼を今この瞬間だけでも独占出来ていて、求めに応じてもらえているという事実が、ただただ嬉しくてたまらなかった。

 それからのヴィクトルは遠慮無しだ。
 勇利に許可も貰ったことだしと言わんばかりに、両足を左右に大きく開かせると、早速と言わんばかりに孔に指をヌポリと突っ込んでくる。そして痛がっていないのを確認すると、一本、もう一本と指を増やしていって。
 気付いた時には三本の指の束を挿入され、ヌポヌポと出し挿れを繰り返されていた。
 しかも前立腺で中イキしてしまう反応が気に入ったのか。陰茎の方はまるで放置で、そこばかり重点的に刺激を加えてくるのでたまったものではない。
「―っ……んっ、んんんっ!?」
「ああ、また中でイっちゃった? すごいな、勇利は。男の子なのにお尻だけでイっちゃうなんて。今までいつもこっちの方でオナニーしてたの?」
「はっ、あ……」
「聞こえてないかな」
 前立腺の両脇に指を添えられて、膨らみをすりすりと指の腹で思わせぶりに擦られると、ゾクゾクとしたものが下腹部に広がる。
 その状態ならまだなんとか大丈夫なのだが、前立腺に指の腹を押しつけられて、グーッと押し上げるように力をこめられるともうダメだ。瞬間的に全身に力が入って、下肢から脳天まで甘い熱が駆け上っていく。
 そしてそんなことを先ほどから何度も繰り返されているせいで、なけなしの理性なんてもうとっくのとうに溶けきっており、身体の方もぐずぐずだ。
「普段の表情とギャップがあるせいかな……そうやって無防備な表情をされると、なかなかたまらないものがあるね。予想以上にかわいくて……なんか、うん。はまっちゃいそうだ」
 指の束を挿入したまま、まるで品定めをするように空いている方の手が身体のラインを辿って胸元まで這わされる。そして男の胸なんて触れて何が楽しいのかさっぱり分からないが、筋肉のかすかな膨らみをもみ込まれ、さらに先端を指先で摘んで軽く引っ張られる。
「いったぁ、っ」
「ああ、ごめんごめん。つい。でも、お尻の中、すごい締め付けだ。この中に挿れたら―すごく気持ち良さそうだ」
 まさかそんなことをされるとは思っていなかったので、不意打ちで胸元に走った鈍い痛みに全身に力が入り、淫筒に未だ挿入されたままの指を思いきり締め付けてしまったのだろう。
 しかもその締め付けに何を想像したのやら。ヴィクトルは勇利の下肢に釘付けである。
 それからようやく淫筒から指の束を引き抜かれたのに、無意識にほっと息を吐いたのも束の間。
 今度は両足の膝裏に手を差し込まれ、肩の上に持ち上げられる。そこで彼は館内着の前をゆっくりと寛げ―すると硬く勃起した陰茎が、姿を見せたのに思わず喉を鳴らした。
(ヴィクトルの、おっきい)
 彼とは練習後など、実家の露天風呂に一緒に入ることもあったのでそこだって見慣れている。当然それはその体躯に見合った大きさで、思わず自分のものと見比べてしまって何度コンプレックスを刺激されたことやらだ。
 だからどうってことないはずなのに。
 硬く勃起してドクドクと脈打っているそこは、平常時よりもさらにその存在感が増していて。竿には太い血管が絡み付き、ズル剥けの亀頭はエラが張ってカリの高さも十分だ。
 それで前立腺を擦られ、突き上げられたらと思うと、それだけで喉元まで熱いものがこみ上げてくる。
「ねえ、勇利。スキンってあるかな」
「あう、ぅ」
 ―それなのに。
 彼は緩みきった状態の尻の孔に先端を押しつけながら、焦らすようにそんなことを口にするのだ。
 勇利は顔が赤く染まり、息も荒く、何より陰茎だってパンパンに膨れ上がっている状態だ。だから一目で余裕が無い状態だと分かるだろうに。それなのにここでそんなことを言うなんてあんまりだ。
 いや、セーフセックスという意味では、彼の発言は正しいのだが。
 でも自分たちは男同士で、生でやったところで子どもが出来る訳ではない。そしてそれに気付いてしまうと、じゃあ別にコンドームなんて付けなくたって良いじゃないかと思ってしまう。というかそれ以前に、そもそも勇利と彼でコンドームのサイズが合うはずがない。
 だからもういいじゃないかと手を伸ばす。するとヴィクトルはその意を汲んでくれたのか。上体を倒すように近付けてくれたので、その首元に腕を巻き付け、自分にしてはかなり大胆にその身体を引き寄せる。
「もう我慢できない?」
 さらに耳元で吐息混じりの甘い声でそんなことを囁かれたりしたら、イチコロだ。面白いくらい簡単にノックアウトされると、またしても勇利の方から媚びるようにヴィクトルの首筋に顔を擦り寄せてしまう。
 こんなのはしたないと思うのに。
 その首筋に頬を擦りつけると、鼻腔一杯に彼の甘い香りが満たされて。それだけで夢心地な気分になり、すべてがどうでも良くなってくるから不思議なものだ。
「ね、っ……もう、はやく」
「まったく。君って子は……そんな風に俺を誘惑して、悪い子だ」
 頬を撫でられたのに顔を上げると、ヴィクトルはその口元に妖艶な笑みを浮かべている。
 その表情は、エロスのプログラムを滑っていた時に浮かべていたものよりもさらに雄を感じさせるもので。ズクリと下腹部が疼く感覚に、目元がジワリとにじみ、さらに息が荒くなる。
 そこで腰を両手で固定され、陰部に圧迫感を覚えた次の瞬間。尻の孔が大きく広がって一番太いカリ首が中に挿ってくるのが分かる。それから先は、あっという間だ。
「あ、あぁーっ―! そんな、いきなり、っ」
 驚くくらい呆気なく奥深くまで犯されてしまうと、最奥の結腸をゴリと突き上げられる。そしてその圧迫感に呼応するように、両肩に担がれた足が勝手にピクンと大きく跳ねた。
 これまで散々マッサージ器具やらバイブやらで遊んできた。だからヴィクトルの陰茎を挿入されるといっても抵抗感はほぼ皆無で、むしろ興奮の方が勝っていたくらいだ。
 でも想像と現実はまるで違う。その熱量と質量は、今まで散々使ってきた玩具とは比べものにならず、息をするのもままならない。
「は、っ……すごいな、勇利。一気に奥まで挿っちゃったよ」
「まって、まだ―っ、ひ、ぎっ!?」
 一度軽く腰を引かれたのに小さく息を吐いて力を抜くと、その隙を狙ったかのように再び奥までズブズブと埋め込まれて。ほらというように先端を結腸の入り口にプチュリと押しつけられる。
 その状態でグリグリと腰を回すように刺激されると、途端に目の前が真っ白に染まり、下肢が不規則に震えるのが止まらない。
「ふふっ。勇利、挿れただけなのにイっちゃったんだ。すごいな、前ビショビショだよ。まさか他の人とこういう経験あったりしないよね? だとしたら……なんだか妬けるな」
 ヴィクトルはその容姿と実績も相まって、ともかくもてる。とある局のテレビ番組では、イケメンアスリートランキングとやらで堂々の一位に輝いていた。だから本来は勇利のようなパッとしないメガネの男なんて、相手にするはずが絶対に無い。
 ただ今回はたまっていたから、きっと気まぐれに手を伸ばされただけで。だから先の妬けるという言葉は、場を盛り上げるためのリップサービスに決まっている。
(そんなの……分かっているのに)
 耳元で囁かれた思わせぶりな台詞につられておずおずと彼の顔を見上げると、彼の目元は常よりも赤らんで息も荒く、明らかに興奮しているのが分かる。
 そして彼をそうしているのは、他ならぬ勇利自身なのだ。そう考えると、まるで自分が彼の特別になったみたいで思わずドキリと胸が高鳴ってしまう。
 それはただの錯覚で、絶対に有り得ないと分かっているのに。でも今だけその妄想に浸りたくて。
「は、あっ……ヴィクトル、だけ」
 無意識にその名を呼びながら小さく首を振ると、指の腹で目元を優しく撫でられる。そしてまるでご褒美だというように、不意にグイと結腸を押し上げられたからたまったものではない。
「う、ぐっ!?」
 挿入の衝撃で射精してしまった余韻がまだ引ききっていなかったのと、気分が高まっていたのも相まり、重苦しい熱が身体の奥深くから広がる感覚にブルリと腰が大きく震える。
 そしてそこで、今度は前ではなく中で達してしまったのだと気付いた。
 もう完全に、白旗だ。
 前と後ろでの度重なる絶頂に、目の前がチカチカとハレーションを起こして視線も定まらない。もう本当に、気持ちが良すぎて頭がおかしくなりそうだ。
「も、へんに、なっちゃっ、からぁ……っ!」
 だから許してと必死に訴えているのに。
 肝心なヴィクトルはというと、その様子を見つめながらスッと目を細めていて。その雄臭い表情に目を奪われていると、彼は気付いたことがあるんだけどと首を傾げながら口にした。
「勇利が見せてくれた本に、前立腺もだけど、奥の結腸だっけ? この部分も慣らさないと感じないって書いていなかったっけ。でもさすがに奥までは勇利が使っていたマッサージ器具じゃ届かないよね。それに勇利は俺が初めてだっていうし。ていうことは、もっと太くて長いバイブとかを使って自分で弄っていたのかな」
「そ、れはっ、ふ、あ……っ!」
 彼の言う通りだ。
 そこで腰を回すように動かされ、結腸の入口をコリコリと舐めるように刺激されて。もう本当に勘弁してと腰を小さく震わせながら下肢に手を伸ばすものの、目の前の男はお構いなしだ。
 むしろそんな反応から確証を得た様子で、何を使っているのかなあと口にしている表情は実に楽しそうである。
「一見初心なのに、服の下はこんなに淫らなんて……すごく、ゾクゾクする」
「ぅ、んっ」
 上体を倒して額同士を合わせながら顔を覗きこまれると、唇に軽く口付けられ、呆気ないほど簡単に勇利のファーストキスが奪われてしまう。
 いつか現れるかもしれない恋人のために大事に取っておいたのに。
 でもそうじゃなくても、相手がヴィクトルならまあいいかと思ってしまうあたり重傷だ。
「ねえもっと、誰にも見せたことが無いような恥ずかしい姿を俺だけに見せて」
 そう口にしたヴィクトルの表情は、常よりも明らかに余裕が無いもので。思えば彼はまだ一度も達していないことを思い出す。そしてそこで腰をスルリと撫で上げられたのが合図だ。
 腰を上向きに固定され、抱き込むような格好になりながら下肢に体重をかけられると、最奥の壁になっているような箇所にゴリと先端を穿たれる感覚が走る。
「まって、まさか、そこ―っ……か、はっ」
 さすがにそれ以上深く挿入したことは無いので、反射的に腰を逃がそうと下肢をヒクつかせる。しかし両手で腰を捕まえられ、さらに身体全体をホールドされている状態なのでそれが叶うはずもなく。
 むしろ中途半端に動かしてしまったせいで奥を変に刺激してしまい、内壁を蠢かしてしまったから大変だ。
「―っ、……またそうやって、俺を煽るんだから」
 いけない子だねと耳元で囁かれた直後、さらにグーッと腰を押しつけられる。
 そして散々奥を弄られていたせいで、そこは常よりも緩んでいたのか。面白いほど呆気なく、結腸の入り口に陰茎先端が潜りこむ感覚が走ったのに大げさなほどに下肢をブルブルと震わせながら、顔を大きく反らして首元を晒した。
「は、ううぅ」
「ん……これで、大体全部。さすがにいきなり根元まで挿入するのは無理かなって思っていたんだけど、勇利がほぐしてくれてたおかげで挿っちゃったね」
 えらいえらいというように頭を撫でてくれるヴィクトルの手つきは優しい。それに思わず絆されそうになるものの、それとは裏腹に結腸入り口の窄まりで亀頭を扱くようにヌコヌコと動かされているのである。
 そしてそうやって、奥をこれでもかと言わんばかりに直接刺激されるとたまらない。ずっとイっているみたいで、気持ち良すぎて死んでしまいそうだ。
 しかしヴィクトルはさらに容赦無く、グーッと体重をかけるように腰を押しつけてくるのだ。するとカリ首がグポリとそこにはまりこんで。そうして有り得ないくらい身体の奥深くを暴かれた瞬間、下肢から脳天まで電流のようなものが駆け抜け、焦燥感のような奇妙な感覚が下腹部に広がった。
「ふ、かぁっ!?」
 直後結腸の中に生暖かい液体を大量に吐き出され、それにつられるように勇利も爪先までピンと伸ばし、それから一気に全身を弛緩させる。
 また、中で達してしまった。
 前と違って後ろだと、際限が無いから困る。
「は、あっ……勇利、すごく気持ちいい。これ、癖になっちゃいそうだ」
 それから勇利が度重なる絶頂に伸びきっているのをこれ幸いと、ヴィクトルはもう好き放題だ。
 中に出した後も抜く気配はまるで無く、むしろ達した余韻で不規則に蠢いている内壁の感触を楽しんでいるのか。今も挿入したまま腰をゆさゆさと前後に動かしているので、中に放出された精液がかき混ぜられているのだろう。結合部からグチュ、ジュプと卑猥な音が絶えず漏れていて恥ずかしい。
 しかもヴィクトルは勇利の下腹部を思わせぶりに撫でながら、顔を覗きこんでくるのだ。
「エッチな音、すごいね。ずっとイっちゃってるのかな? なか、きゅうきゅう締め付けられて、俺も持っていかれちゃいそうだ」
「ん、あ……う、ううっ!」
 ほらと言わんばかりに不意にクッと奥を突き上げられて、ピクンと足が小さく跳ねる。
 もう限界なんてとっくに過ぎているのに、陰茎をずっぽりと中に埋め込まれているせいで抵抗もままならない。
 受け止めきれない快感に、もはや口は開きっぱなしで、突き上げられた衝撃で口の端からだらりと唾液が零れ落ちる。
「はっ……やっぱり、ダメだ。俺も、我慢出来そうにない」
「ぐ、うっ!?」
 再び体重をグーッとかけられて、身体の奥深くまで犯される感覚にふるふると首を振るものの、ヴィクトルは容赦ない。
 結腸を無理矢理圧し拡げられ、中に生暖かい液体を再び放出される。
 それは苦しくて、でも気持ちよくて。目の前がハレーションを起こしながら白く染まっていくのを感じながら、勇利は下肢をブルリと震わせた。
 こんな快楽があるなんて、知らなかった。

 それから勇利が解放されたのは、さらにもう一度中に精液を放出されてからであった。つまりは結局、中に三発も出されたのだ。
 その頃の勇利は精も根も尽き果てていたのは言うまでもないだろう。
 しかし一方のヴィクトルはというと、大変すっきりとした表情で。心なしか肌艶も常以上にツヤツヤとさせながら、横で布団をかぶって丸まっている勇利に手を伸ばしてちょっかいを出している。そして勇利はそれを渋々受け入れながら、力無く息を吐いた。
(この人……あれだ。たぶん絶倫ってやつだ)
 そんなバカみたいな言葉がふと思い浮かんでしまうくらいには、すごかった。
 まさか、この自分がエロ同人のような体験をするとは。人生何が起きるか分からないとはよく言ったものである。
「勇利、またしようね」
「い、いや……だから、たまっているならお店とか探しておくんで」
「またそういうかわいくないことを言うんだから。そんなことを言うのはこの口かな?」
「ん、むっ」
 またしようという言葉の、なんて魅力的なことか。しかもあのヴィクトルからの誘いである。
 でもやっぱり一度理性が戻ってしまうと、自分は男だし、そのうち飽きられるだろうなとか、色々と考えてしまって天の邪鬼に否定の言葉を口にしてしまう。
 すると布団をめくられて隠していた顔を露わにされ、素早く唇に啄むようなキスを落とされる。それから首を傾げながら「ね?」と念押しをされると、もうダメだ。
「~~っ、」
 顔が真っ赤に染まってしまい、彼の目を真っ直ぐに見ることが出来ない。
 こんな反応、彼の申し出を満更でもないと思っているのが丸分かりだろう。そしてヴィクトルは、こうされると勇利が強く出られないのを分かってやっているのは絶対に間違いない。
 これだから自分がいかに魅力的か理解しているイケメンは困る。
 しかし夢見心地な気分でいられたのもここまでだ。
「俺、勇利のこと好きになっちゃったかも。―いや、かもじゃない。好きだ」
 直後、まさかの爆弾を投下されたのに驚きすぎて、勇利はピシリと固まった。
 ライクじゃない。ラブだ。
 友情ではなく、愛情だ。
 さらにヴィクトルは、身体からはじまる恋も素敵だと思わない? とか目の前でのたまっている。
 よくよく考えてみるとなかなかのクズ発言であるが、彼の浮かべている表情は自信に満ちたもので。情事の直後というのも相まって、常よりも気怠げな甘い雰囲気を漂わせているせいか。それすらも魅力的に映り、思わずほうと息を吐く。
 しかしそれをきっかけに、勇利はようやくあのヴィクトルに告白されているのだという有り得ない状況に陥っているのに気付くと、カッと目を見開く。
 そしていつの間にか再び圧し掛かってきていた彼の胸元を押しながら、はいはいと軽く流して額に浮かんだ冷や汗をぬぐった。
(あ、危ない危ない……)
 危うく彼の醸し出す妖しげな色気に飲まれるところだった。
 しっかりしろ、勝生勇利。相手はあのヴィクトルだ。
 思えば今までだって散々海外のモデルやら女優やらと浮き名を流しまくっている男である。
 これもからかわれているか、あるいはリップサービスか。真意はよく分からないが、男相手にまでそんなことを言わなくて良いのにという感じだ。
「―あれ? ていうかまさかヴィクトル、今付き合っている女性とかいないよねっ!?」
「もちろん、そんな不誠実な真似はしないよ。だから、ね?」
「いやいやいやいや、僕なんかに気とか使わなくて良いんで! 本当に、大丈夫ですから。はい」
「勇利はおかしなことを言うなあ。気を使って愛を囁く真似なんてするわけ無いじゃないか。それより勇利の方こそ何故そんなに否定的なの? 身体の相性だって悪くないし、その様子だと嫌って訳じゃ無いんだろう?」
「いや、それは……えっと、」
 そうだ。ヴィクトルの言うとおり、嫌では無いから困るのだ。そして彼の口振りから察するに、からかわれている訳でも無いらしいのが余計に厄介である。
(いや、ちょっと待て。いけないいけない、これは確実にヴィクトルの色気に流されているぞ。正気に戻らないと)
 そもそも、勇利は腐男子だ。そしてまずはまったカップリングは、ヴィクトルとユリオのものである。間違っても、ヴィクトルと勇利では無い。
 そうだ、そうだった。
 危ない危ないと軽く頭を振りながら、ベッドの上に起きあがる。そして小さく深呼吸をした後、押し入れを指さした。
「あの中の本を見たなら分かってもらえると思うんですけど。僕はヴィクユリ派で、ヴィク勇はあんまり好みじゃないんで」
「ごめん、ぜんぜん意味が分からないんだけど」
 ヴィクトルは相変わらず笑みを浮かべているが、その表情からは、先ほどまでの温度は一切感じられない。しかし完全にオタクスイッチが入った勇利にもはや怖いものは無い。
 したがって下を向きながら謝罪の言葉を口にし、たぶんあなたと付き合うのは地雷だと思いますと悲しそうな表情を浮かべながら口にする。するとヴィクトルは、やれやれと言った様子で肩を竦めてみせた。
「またそういう訳の分からないことを言いだして……俺はユリオじゃなくて、勇利とセックスをしたのに。それに大体、ユリオは最近、挨拶のキスすら嫌がるんだけどな」
「ユリオももう十五歳だし、恥ずかしがってるんじゃないですかね」
「んー? それは勇利だと思うんだけどなぁ」
 ほらというように顔を近付けて来たので慌てて口の前に両手を翳すと、右手を取られて。どうしたのだろうと見つめていると、彼はクスリと笑いを漏らしながら顔を伏せ、その手の甲に恭しく口付けを落とすのだ。
 伏せられた睫毛は長く、そのせいで目元に出来た影は、どこか憂いを感じさせるもので。彼の言葉を突っぱねてしまった自分が、酷く悪いことをしてしまったように感じられる。
「―って! ちょ、ちょっ、いきなりそれは反則だからっ」
 ヴィクトルから右手を奪い返して布団の中に隠すと、器用に片眉を上げられる。
 これは、絶対わざとだ。その証拠に、彼は意外に頑固だなと小声で呟いた。
 本当に、そういう試すような真似はしないで頂きたい。
 そのまま警戒心を露わにジッとヴィクトルのことを見つめていると不意に顎をすくわれ、本心を探るように瞳を覗きこまれる。そして膝から足の付け根までを、もう片方の手で思わせぶりにツーッと撫で上げられて。
 ただそれだけのことなのに、ゾクゾクとしたものが背中を這い上っていく感覚に、たまらずギュッと目をつぶってただひたすらに耐える。
「ふふ。勇利がそんなに言うなら……仕方ない。それなら、セックスフレンドってことでどう? 勇利だって、こんな玩具を使うより俺のモノの方がずっとずっと気持ちいいだろう?」
 ヴィクトルの口からでてきたまさかの単語に思わずポカンとしていると、枕元に放置されていたマッサージ器具を取り上げられて眼前にかざされる。
 その存在をすっかり失念していたので、まさかの大ダメージだ。思わずウッと呻くような声を漏らすと、畳みかけるようにさらに言葉を重ねてくる。
「勇利だって、俺とセックスするのは気持ち良いだろう? だとしたら、互いにWin-Winの関係だと思うんだけどな」
「そ、れは」
 まあ確かに。彼のセックスフレンドという関係の申し出を即座に否定出来ないくらいには、気持ち良かった。
 最中はあんまりにもしつこいので音を上げてしまったが、特に身体の奥深くの結腸を先端で穿たれる感覚はたまらない。
 手持ちのバイブだと長さも太さも足りないし、何より勇利自身でそこまで弄る勇気も無いので、あの感覚はヴィクトルしか与えることの出来ない快感だ。
 それを思い出すと、それだけで淫筒が疼いて思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。そしてそれを答えと取ったのか。
「よし。なら決まりだ」
「えっ」
「勇利、好きだよ。愛してる。早く勇利も、俺のことを好きになってくれないかなあ」
 まさかの急展開に勇利がちょっと待ってくれと口にする前に、頬を撫でられながら、至近距離での怒濤の愛の告白である。おかげで完全に機会を逸してしまい、心の中でそれはセックスフレンドに言う言葉じゃないと思うんですけどと独り言を呟くしかなかった。
 そしてそこでようやく彼の計画にはまってしまったことに薄っすらと気付くものの、時すでに遅し。仕方ないなあと許容するしかなかった。
 その時ヴィクトルは勇利の首筋にすりすりと額を擦りつけながら、悪い笑みを浮かべていたのを勇利は知らない。

 ちなみに肝心なヴィクトルの携帯電話は、彼のベッドの枕の下にあった。それを翌朝の朝食の席で聞かされた時、勇利が虚ろな目をしていたのは言うまでもないだろう。
 やっぱりという感じだ。どこまでも人騒がせな人である。でもそれを憎めない魅力が彼にはあった。
 そしてそう思っている時点で、もう勇利の心は決まっているようなものだろう。
 ―それを受け入れるのは、まだもう少し先のお話し。

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