アイル

好きになった人は、オメガ嫌いなアルファだった-1

「僕、ヴィクトルのことが……好きなんだ。そういう意味で」
「そっか、嬉しいよ。でもごめん。勇利のことは好きだけど、そういう対象として見ることは出来ないんだ」
 勇利はヴィクトルをコーチとして迎えて望んだグランプリファイナルを、紆余曲折はあったものの最後には納得のいく形で終えることが出来た。
 それからバンケットを終えてホテルの部屋に戻ったところで、昂った気持ちに背中を押される形でヴィクトルにずっと抱いていた気持ちをついに口にしたが―人生初めての告白は、ものの見事に玉砕した。
 瞬間、頭から冷や水をかぶせられたかのように、昂っていた気持ちが一気に萎んだのは言うまでもないだろう。
 それから慌てて大げさな身振り手振りで、いきなり変なこと言ってごめんと口にして。たぶん大会が終わったばかりで浮かれていたのかなと言い訳を呟くように口にした後、シャワールームの中へと逃げ込んで頭から冷たい水を浴びた。
 日本人の勇利にとって、これまでヴィクトルから与えられてきたスキンシップの数々は、師弟関係という言葉で片付けるには濃厚すぎるものだった。だって氷上で抱きつかれて、さらにスケート靴にキスまでされたのだ。
 でもヴィクトルは外国人で。だから彼にとっては、それらの行為は本当に単なるスキンシップに過ぎなかったのだ。
 それなのに自分一人で勘違いをして、盛り上がって。最初は心の内に一生秘めておこうと考えていたはずの気持ちを、こうして吐露してしまうとは。改めて考えてみると、浅はかとしか言いようがない。
 冷静に考えれば、アルファ性であるヴィクトルが、凡庸なベータ性である勇利に興味を抱くはずが無いとすぐに分かることなのに。
 でも今さらそれに気付いたところで、全ては後の祭りなのだ。そこで勇利ははあとため息を吐きながら、目元を両腕で覆った。
 その圧倒的なオーラで人を惹きつけてやまない存在。それがアルファという性だ。まさにヴィクトルのような人物のためにある性だろう。
「僕も……オメガ性だったら良かったのに」
 そうしたら、少しくらいは望みがあったかもしれない。
 アルファ性とオメガ性には、運命とも呼べる相手がいるらしい。そして彼らはアルファ性がオメガ性のうなじを噛むことでつがいになり、一生添い遂げる。さらにオメガ性であれば、男であっても子を成すことも出来るそうだ。
 なんともドラマチックな関係性だろう。
 つまりアルファ性であるヴィクトルにも、そういうオメガ性の運命の相手がいるのだ。それを考えるだけで、相手が羨ましくて羨ましくてたまらない。
「いいなあ」
 ちなみに勇利は対外的にはベータ性と言っているものの、実際には第二の性が未分化だったりする。
 通常は中学生頃の第二次性徴期に合わせて第二の性が分化するはずなのだが、高校入学時に受けた検査は未分化。それからはフィギュアスケートの大会の規約により、シーズンイン前の夏頃に必ず医療機関を受診して性別の検査を受けていたのだが、結局分からずじまいだった。
 原因はよく分からないが、こういうことは希にあることなのだそうで、忘れた頃に第二の性が発現する者もいるが、ほとんどは一生未分化のままらしい。そして未分化の間はベータ性となんら変わらない。
 というわけで、そういった者達は成人を過ぎるとベータ性として扱われる。そして勇利も、そんな中の一人であった。
「オメガ性に分化出来たらなあ……」
 そんな望み薄な呟きは、真っ暗な部屋の中にすぐに溶けて無くなっていった。



 ―そしてそれから。
 勇利の失恋の傷跡は、月日の経過とともに少しずつ癒されていく。
 ただ勇利が、告白後も以前と変わらぬ態度でヴィクトルに接することが出来るはずも無く。彼と出会った当初のように、どこか余所余所しい態度になってしまう。
 しかしヴィクトルにしては珍しく空気を読んでくれたのか、そのことについて突っ込んでくることは無かった。
 したがって二人の関係は、勇利が現役を引退してコーチと生徒という関係が解消するのと同時に、自然と希薄になっていった。

戻る