アイル

好きになった人は、オメガ嫌いなアルファだった-2

 月日は流れて、勇利が二十八歳になった十一月二十九日の誕生日当日。
 その日勇利は、己への誕生日プレゼント代わりに有給を取り、駅前の大きめの病院へとやって来ていた。というのもここ一か月ほど、身体が熱っぽいのと怠いという風邪のような症状に悩まされていたからである。
 そして診察室で軽く問診を受けたところで、何故か別室で尿検査やら血液検査やらの本格的な検査を受けることになって。それらの検査が終わったところで、やや不安になりつつ再び診察室に戻ると、まさかのまさか。
 医者から思いがけない言葉を告げられたのに、口をあんぐりと開けた間抜けな顔を晒していた。

「結論から申し上げますと、勝生さんは第二の性がオメガ性に分化されています」
「え」
「昔のカルテを確認しますと、今までずっと未分化状態だったようですね。ただこれで、勝生さんの第二の性はオメガ性で確定となりますので」
「はあ」
 青天の霹靂とは、まさに今のような状況に使う言葉だろう。
 思えばその昔、その場の勢いでヴィクトルに告白をしてふられた日に、オメガ性になれたらなあと馬鹿なことを考えていたことがあったのをふと思い出す。
 しかしまさかのまさか、それが本当に現実になるとはという感じだ。
 とはいえヴィクトルの方は現役を引退してからも、アイスショーに引っ張りだこだ。そしてその活躍は氷上だけに留まらず、有名ブランドのモデルに起用されたりと、相変わらず各所から引っ張りだこな人気者で。そしてたまに有名女優やらモデルやらと熱愛とかいって、海外のゴシップネタとしてテレビやネットニュースで取り上げられている。
 片や勇利はというと、実家近くの安アパートを借りて一人暮らしをしながら、アイスキャッスルはせつでフィギュアスケート教室のコーチをやらせてもらって、あとの空き時間は事務の仕事をしている状態だ。
 ともかく、ヴィクトルの生きている華々しい世界とはまるで正反対の、ごくごく普通の毎日を送っている。つまり勇利にとってヴィクトルという存在は、以前のように雲の上の存在に逆戻りしている状態だった。
 だからオメガ性に分化したと言われても、今さらかという感想しか無い。むしろオメガ性って体質が今とガラッと変わるから大変そうだし、こんなことならずっと未分化のままの方が楽で良かったんだけどなあと思ってしまう。
 そしてそんなしょうもないことをぼんやりと考えていると、医者は手に持っていたカルテを机の上に置いた。
「それでご存じとは思いますが、オメガ性の場合はヒートと呼ばれる発情期がございますので、色々と説明させて頂きたいのですが……この後、ご予定は?」
「あ、はい。特に何も無いのでお願いします」
 そうだ。今までと大きく変わる点は、月に一度訪れるというこのヒートというやつだ。
 勇利はヴィクトルにふられてから、ヤケになって女の子と付き合っては別れてというのを何度か繰り返したりもした。でも今はそんな気持ちもすっかりと落ち着き、もはや達観の域に達しつつある。
 そんな勇利にとって、オメガ性のヒートというものはひどく恐ろしいものに感じられた。
 ただ医者曰くは、ここ最近は良い薬が開発されているのだそうで、抑制剤と呼ばれる薬をちゃんと飲めば、ベータ性の時と変わらぬ生活を送れるらしい。
「少し前から勝生さんが感じられているという、身体が熱っぽいとか怠いとかいう症状は、典型的なヒート前の症状になりますので、その感覚は絶対に覚えておいてください。その状態の間に、今日処方する抑制剤を朝晩きちんと飲めば、ヒートはほぼ確実にコントロール出来ますので」
「はあ……そうなんですか」
「はい。特にオメガに分化したての頃はヒートの時期が安定しない場合が多いので、危ないと思ったらすぐに薬を飲んでください。ただし回数と用量は必ず守ってくださいね。そうしないといざという時に効かなくなりますし、何より身体にも負担になりますので。それと万が一ヒートに本格的になってしまったら、もうその薬は効きません。ですからその場合は、なるべく早く病院に来てください。
 ああ、もしもアルファ性の恋人がいたりしたら、その方の体液を体内に摂取することでも、ヒートの症状は楽になります」
 つまり直球で言ってしまえば、アルファ性とセックスをすることでも、ヒート独特の発情症状が軽くなるということだろう。
 話には聞いていたが、まさか本当にそうだったとは。アルファ性とオメガ性の関係は、本当に運命的だなあと思う。
 とはいえ、もちろん勇利にはそんな相手などいるはずもないのだが。
 それどころか、仕事場と家を往復するだけの一切出会いの無い毎日を送っている今となっては、そういう存在が出来ること自体、この先永遠に来ないかもなと感じているくらいである。
 そのせいか、そんな医者の話しはどこか他人事のように感じられた。

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