アイル

叶わないと知りながら、熊は身分違いの恋をした-2(R18)


『おいコラ、カツ丼! オフだからっていつまで寝てやがるんだ! もう昼だぞ!』
「ん、あ……ユリオ?」
 ドアをドンドンと乱暴に叩かれる音が部屋の中に鳴り響いたのに、勇利は目を手の甲でこしこしと擦りながら目蓋を開ける。それから身体を起こして声のする方へ向かおうとしたのだが。
 上体を起こした瞬間に下肢に走った違和感に、身体を丸めながら小さく呻き声を漏らした。
「う、うう……なんだ、これ」
 尻の穴に何かが挟まっているかのような。
 ――いや、違う。ような、ではなくて、本当にそうなのだ。
 そこでおずおずと下肢に手を這わせると、尻の穴から、プラスチックのような固い感触の物が飛び出していて。そこで昨晩、己が調子に乗ってとんでもない行動に出たことを鮮明に思い出すと、ザァッと一気に顔を青ざめさせた。
 いつもなら、酒に酔った時の己の行動は全く覚えていないので、今回もそうであって欲しかったのに。さすがにあんまりにもショッキングすぎる出来事だったのと、なにより尻の孔から飛び出ているプラスチックの筒がそうはさせない。
 そしてそこで脇に放ってあったスマートフォンを取り上げて時間を確認すると、昼の十二時と表示されていて。昨晩部屋に戻ってきたのは十時頃だったのを考えると……尻の孔に懐蟲を挿入してから、余裕で六時間以上経過していることが分かる。
「やっちゃった……」
 本当に、そうとしか言いようがない。
 それから勇利は両手で頭を抱える格好のまま、再びユリオがドアを力一杯叩く音が鳴り響くまで動くことが出来なかった。

「おっせーよブタ! おかげで腹減って死にそうじゃねーか」
「だから、ごめんってば。えーっと、一階のラウンジで食事するのでいい?」
 朝から懐蟲が尻の孔に入っていてえらい目にあったので、勇利としてはそのままホテルの部屋に引きこもっていたかったというのが本音である。
 しかし廊下のユリオがあんまりにも煩いので渋々と身支度を整えて廊下に出てくると、案の定と言うべきか。開口一番ののしられて、なんだか理不尽さを感じなくもない。ただ昨晩の勇利はヴィクトルのブリーリングの件もあって非常に荒れていたので、ユリオが気を使ってこうして部屋まで様子を見に来てくれたのだろうということも分かる。
 ただしここでありがとうと口にすると、照れて逆切れをするというのは今までの付き合いで十分すぎるほどに学習済みだ。
 したがってお詫びに昼ご飯をご馳走するからと口にしながら、いつもの調子で大きく一歩足を踏み出したのだが。
「おいカツ丼、なんでそんなへっぴり腰で歩いてんだよ。腰でも痛めたんなら、後でマッサージでもしてやろうか?」
「――ひゃっ、ん!」
「……は?」
 ヴィクトルが現役を引退してから、勇利は再び日本のアイスキャッスルはせつにホームリンクを移動している。ただその前年まではユリオとはリンクメイトの関係だったので、何だかんだと言いつつもマッサージをしたりされたりとか、そういうことが間々あった。だから彼もそのつもりで、勇利の腰に何気なく手を伸ばしてきたのだろう。
 しかし勇利はほんのつい先ほどまで尻の孔に懐蟲の筒を根元までずっぽりと飲み込んでおり、さらにそれを抜き取る際に中を刺激したので、いまだ少しばかり身体に熱を持っていた状態だったから大変だ。
 完全に不意打ちだったというのもあり、口からちょっとアレな声を漏らしてしまったのに不味いと思った時にはもう遅い。
「おまえ……」
「ちょっ、今のは無し! 無しだからっ!!」
 慌てて横を歩いていたユリオの方へ顔を向け、胸の前で両手をぶんぶんと振りながら、何とか先の喘ぎ声のような言葉を無かったことにしようとする。ただしその顔が真っ赤に染まっていたのは言うまでもなく。
 そしてその様子から大体のところを察したのだろう。ユリオはその表情を驚きから訝しいものへと変化させながら、地を這うような声を漏らした。
「まさか……昨日のアレ、使ったんじゃないだろうな?」
「あ、アレ? えっと? 何のこと、かな?」
「わざとらしくとぼけんじゃねえ。懐蟲って分かってんだろ」
「……」
 しかしその問いには答えず視線をスーッと横にそらす。すると彼は額に手の平を添えながら、大げさなほどに大きなため息を吐いた。そして酒飲んだおまえって本当どうしようもないなと、的確に胸を抉るワードをボソリと漏らした。
「分かってるとは思うが、当分誰ともセックスするなよ」
「う、ぐっ。そんな直球で言わないでよ。恥ずかしいじゃないか」
「自業自得だろうが。もしもガキが出来てグランプリシリーズ途中棄権とかなったら一生恨むぞ。それと、当然ヴィクトルともするなよ!」
「ヴィクトルぅ~?」
 意外にも直接対決を楽しみにしているらしい言葉を聞けたのに、少し気分が浮上したのも束の間。まさかのヴィクトルの名前が出てきたのに、思わずげんなりとした表情を浮かべてしまう。
 そもそも彼は現在進行形でブリーリングの真っ最中だというのに。というかそれ以前にそういう関係でも無いのに何を言い出すのやらである。
「ヴィクトルが帰ってくるのって一週間後とかだよ。たしか懐蟲って、妊娠しなければ一週間くらいで効果無くなるし、全く問題無いでしょ。ていうか……そもそもヴィクトルはただのコーチなのに何いきなり変なこと言いだすのさ」
「だとしても、だ! 昨日ピチットがSNSにカツ丼の変な写真アップしてたから、もしかしたらって思っただけだよ」
「変な写真?」
 一体何の話だと思いながらスマートフォンを取り出してブラウザを立ち上げると、早速ピチットのページを開き――するとそこには、勇利とクリスが熱い抱擁を交わしている写真がアップされていたのに、ゲエとひどく情けない声を漏らした。
 思えば昨晩の打ち上げ終了時に、ピチットが毎度のごとくパシャパシャと写真を撮っていたのを思い出す。そしてその時に写真をアップしても良いかと聞かれて、酔っぱらっていたのもあり何も考えずにオーケーしたのだ。
 しかしいざこうして正気の状態で見るその写真は……どことなくアダルトな雰囲気が漂っており、視線の置き場に困るというか。ただでさえ色気が具現化したような存在であるクリスの頬が、アルコールでさらに赤らんでおり、そんな彼の首筋に勇利が甘えるように擦り寄っているからそう感じるのだろうか。
「……ピチットくん、部屋にいるかな」
「もう大分拡散されてるし、今さら下げる方が怪しいだろ」
「くっ!」
 世の中は無情だ。
 思わず天を仰ぎ見ると、ユリオは呆れた表情で酒飲むといつもこのパターンだなとお決まりな感想を寄越してくれた。
 もちろんその言葉には何も言い返すことは出来なかった。
「――ん? ていうかこの写真とヴィクトルの帰国の件がどんな関係があるの?」
「あのジジイ、おまえの保護者だろ。しかも超がつくほど過保護のな」
 つまりこのどこかいかがわしい写真を見て、ヴィクトルが飛んで帰ってくるといいたいらしい。それに対してまさかあと笑っていると、ユリオは小さく息を吐きながら肩を竦めていた。


■ ■ ■


 そんなこんなで。
 勇利はピチットがネットにアップした写真には気付かなかったフリをして、午後の時間一杯はのんびりと荷造りをする時間に費やす。それから夕食はルームサービスで適当に済ませ、あとは寝るだけという段階になった時のことだ。
 ベッドに寝転がってスマートフォンを弄くっていると、部屋の扉をノックする音が聞こえてきたのに顔を上げる。そしてドアの覗き窓から来訪者が誰か伺うと、そこにはまさかのまさか。ヴィクトルの姿があったのに、慌ててドアのロックを解除した。
「なっ、なんでヴィクトルが――う、わっ!?」
「ゆうり~!」
 ドアを開けると、途端に抱きついてきたのを何とか両手で受け止める。それから何故ここにいるのかとたずねるものの、彼は駄々をこねる子どものように首筋にスリスリと額を擦りつけるだけで、答えが返ってきそうな様子はまるで無い。
「あれ? っていうか、ヴィクトルびしょ濡れじゃないか」
 すでに外は暗くなっていたのでまるで気付かなかったが、どうやらいつの間にか雨が降っていたらしい。しかしあんまりにも濡れ鼠なヴィクトルの状態に傘を持っていなかったのかとたずねると、そこでようやく彼は顔を上げ小さく頷いてみせた。
 ただその時に彼が浮かべていた表情は、今までに見たことが無いような、どこか憂いを帯びた色っぽいものだったのに思わず目が釘付けになる。
 そして普段彼が付けている香水ともまた違う、ほんのり甘い香りがその首筋から漂ってくるのに引き寄せられるように、今度は勇利から首筋に鼻をすり寄せ――すると途端に鼻腔一杯に広がる香りに逆にハッとすると、慌てて顔を離した。
「ごっ、ごめん! ど、どうしたのかな、ぼく」
 視線を脇にそらしながら、えへへと誤魔化し笑いを零す。それより早く身体を拭かないと風邪引いちゃうねと早口でまくしたてるように口にしながら、どこかぼんやりとしているヴィクトルの背中を押し、窓際の応接セットまで連れて行った。

 それからやっとの思いでイスに腰掛けさせると、まずはフロントに電話をして人数が増える旨を伝える。幸いにしてもともとツインの部屋だったので、部屋の変更をせずにそのまま利用してくれて構わないと快い返事をもらうことが出来た。
 そして電話を終えてから大慌てで洗面所からタオルを持ってきて。水に濡れているせいで普段よりも少しだけ銀色が濃く見える頭にバスタオルを乗せ、辺りに何となく漂っている気まずい雰囲気を振り払うようにわしゃわしゃと少しだけ乱雑にかき混ぜてやる。
 するとヴィクトルがくすぐったそうに頭を竦めたせいか。少しだけ空気が和んだような気がしたのに、気になっていたことをおずおずと口にした。
「ところで、一週間後に日本で合流予定って話しだったのにこんなに早く戻ってきてどうしたの? ブリーリングの日程からまだ一日も経ってないのに。しかもホテルの方に来るなんて」
「ん……契約違反をされたからね。もういいやって帰ってきちゃった」
「違反?」
 帰ると言って、ヴィクトルの自宅ではなくわざわざ勇利の居るホテルに来てくれたのにドキリと胸が高鳴る。でも彼のこんなリップサービスや、先ほどのようにいきなり抱きついてきたりという、日本人の勇利にとっては過度なスキンシップはいつものことなのだ。
 だから期待したら駄目だと己に何度も繰り返して。それから違反とはどういうことだと首を傾げると、彼は肩を竦めながら発情促進剤の薬を飲まされたんだよと口にした。
「しかも直前にかなりの量のアルコールを飲まされていたせいか、怠いのなんの」
「ええっ、それって大丈夫なの? お酒と薬って、飲み合わせ良くないってよく聞くけど」
「どうだろうね。そもそもそういう類の薬自体、飲んだことなんて無いからなあ……。ただフェロモンの制御が全く効かなくなっちゃったから困っちゃって」
 そこで濡れた前髪を左手で無造作にかき上げたので、普段は隠れている左目も露わになる。そのせいか、どこか気怠げな雰囲気も相まってか、さらに色っぽい雰囲気がダダ漏れになる。
 ヴィクトルとの付き合いは、かれこれ二年半ほどになるが、演技中ではなく普段の生活の中でこんなことになっている彼を目にするのは初めてのことだ。
 そして目の前でフェロモン垂れ流し状態になっている彼のことが、勇利は長年好きで好きでたまらないのである。さらによくよく考えてみると、今は部屋に二人きりの状況で。
 ――こんな状態に気付いてしまったら……もうこれ以上は我慢出来ない。
 それまでギリギリの状態で何とか細く繋がっていた理性の糸がプチンと音を立てて切れると、花の蜜に群がる蜂のようにふらふらとヴィクトルの膝に乗り上がる格好で抱きついてしまう。それからその白い首筋に再び鼻を擦り寄せ、はあと熱い息を吐いた。

「ん、う……ヴィクトル、いいにおい」
「まったく勇利は……今の状況がどれだけ不味いか、全然分かってないんだから」
「あ、わっ」
 唐突に腰と後頭部に腕を回され、深く抱き込まれる。もちろんいきなりのことだったので、とても驚いたのは言うまでもないだろう。
 しかしその拍子にヴィクトルの香りを胸一杯に吸い込んでしまったせいで、途端に酩酊状態のようになってしまって。おかげで考えがまるでまとまらない。
 互いにただのコーチと生徒という関係で。だから今二人の間に甘い空気が流れているのは、フェロモンに流されているだけにすぎない。だから正気に戻ったら、絶対気まずくなるに決まっていると頭の隅では分かっているのに。
 というかそれ以前に尻の孔に懐蟲を仕込んだばかりなので、ヴィクトルとそういう関係を持つのは絶対に不味いのだ。
 しかしそんな迷いを敏感に察したのか。ヴィクトルは額同士をコツリと合わせてくると、瞳を覗きこみながら甘えるように「勇利」と吐息混じりの声音で囁いてくるのである。
 さらには深く抱き込まれたせいで偶然触れ合っていた陰茎を、まるで擦り合わせるかのようにグッと押しつけられたからたまったものではない。童貞の勇利が片思いしている相手にそこまでされて、否と言えるはずが無いだろう。
(懐蟲のほうは……まあちょっと心配だけど。でも重種はそもそも繁殖能力が低いし……)
 だからこそ、ブリーリングとか懐蟲とか、そんなものが重種の間では公然と行われたり、使用されているという事情もあるのだ。
 だからきっと大丈夫だろうと根拠の無い自信を抱きつつ、勇利は近付いてきたヴィクトルの唇を素直に受け入れるのであった。

「うっ……ふ」
 普段のヴィクトルは、難しいジャンプだってステップだって軽々とやってのけてしまうせいか、どこか飄々とした雰囲気がある。でも彼の口付けは、そんなイメージとはまるで真逆だ。
 熱い舌を勇利の舌に絡ませると、根元から先端までねっとりと舐め上げてきて。さらにもう我慢できないといった様子で、尻の双丘を両手でグニグニと揉んでいる。
 そしてついにその手の片方が部屋着代わりのジャージのズボンの中に潜り込んでくると、尻の孔の周辺の筋肉を揉みほぐすように指先をフニフニと押しつけてきた。
「ん……勇利、何か潤滑剤の代わりになりそうな物とか持ってる?」
「じゅん、かつ?」
 不意に唇同士の繋がりを外されて問いかけられたせいで、まるで頭が働かない。
 何のことか分からずにこてんと首を傾げながら舌っ足らずな声音で復唱すると、唾液で濡れた唇を親指で名残惜しげに撫でられ、リップクリームとかと付け加えられる。
「それなら……」
 ヴィクトルに以前買い与えられ、今も愛用している某有名メーカーの物がテーブルの上に有るはずだ。
 したがって上体を捻るようにして、背後にある応接テーブルに腕を差し伸べるようにする。するとヴィクトルは心得た様子で勇利の代わりに腕を伸ばし、目的の物を取り上げた。
 そして手慣れた様子でフタを開けると、人差し指にクリーム色のペーストをたっぷりとすくい取る。それから勇利のズボンを下着ごと膝までずり下げ、双丘を割り開きながらその狭間にクリームをべっとりと塗りつけてきた。
「これなら唇にも塗るものだし、安心だ。それに滑りもいい」
「ふっ……んっ、ん、う」
 クリームは体温ですぐに蕩けたのだろう。指を動かされるたびにヌチュヌチュと卑猥な音が響いて恥ずかしい。さらにその指は呆気なく筒の中にヌプリと入り込んでくると、様子を伺うように内壁を繰り返し撫でてくるのだ。
 それは昨日懐蟲を挿入した際に使った綿棒や筒とは違って、まるで予想のつかない動きをするせいか。身体の中を無遠慮に探られているような、そんな奇妙な感覚がある。
 それから逃げるように目の前のヴィクトルの首筋に額を埋め込んだのだが――すっかりと彼のフェロモンのことを失念していたせいで、思いがけず濃厚な彼の香りを再び吸い込んでしまったから大変だ。
 途端に全身を包む甘い香りに頭がくらくらとし、焦燥感のような感覚が湧き上がるのと同時に下肢全体が疼いて。そして気付いた時には全身から力が抜けてしまい、ヴィクトルの肩口にくったりと頬を乗せ、媚びるようにその名前を口にしてしまう。
「ふ、あ……ヴィクトル、ぅ」
「ふふ。そんなにカワイイ声で、どうしたの? 勇利、こういうの初めてだよね。それなのにもう我慢出来ないのかな」
 イケナイ子だなと耳元で囁きながら宥めるように背中を数度ゆっくりと撫でられると、それだけでゾクゾクとしたものがじんわりと下肢全体に広がっていく。
 気持ち、いい。
 でも勇利はもう二十五歳のいい年をした大人で、もっと気持ち良くなれる方法を知っているのだ。
 そこでゴクリと喉を鳴らし、おずおずとその場で腰を前に擦りつけるようにする。すると目の前にあったヴィクトルの陰茎と擦り合わさり、ジワリと熱い感覚がそこから広がりさらに息が荒くなって。
 そして布地越しでも感じる熱い塊の感触に、彼も興奮していることに気付いてしまうともう止まらない。
「はあっ……はっ、あ、う」
「こーら、勇利。自分だけ楽しんだら、俺がつまらないじゃないか」
「ん、んんっ、ぁ……らって、これ、きもちひ――っん、あうっ!?」
 しかしそうやって勇利の好きにしていられたのもそこまでだ。
 不意にヴィクトルは、お返しだというように腰をグッグッと繰り返し擦りつけるようにしてきて。さらにその刺激に夢中になっている隙に、挿入している指の本数をさりげなく増やされる。
 そして擦りつけられている腰の動きと同じように、淫筒の昨日見つけた気持ち良い場所。ちょうど陰茎の裏側付近にある膨らみをグニグニと押し上げてくるのだ。
「ちょっ、ヴィクトル、そこ、は――だめらって、ばぁっ、あ! ううっ!」
「ん? でも気持ち良さそうに見えるけど」
「待――っ、ん、ぐぅ!」
 駄目だって言っているのに。
 ほらと言わんばかりに、数本の指の束の腹部分でグリグリとされたからたまったものではない。
 途端に内壁が中の指を食むようにきゅうと窄まり、一瞬目の前がホワイトアウトする。それから下肢を大げさなほどにブルブルと震わせていると、目を細めながら愛おしくてたまらないといった表情をしながら亀頭を撫でられて。
 そこで勇利は初めて自身が射精していることに気付くと、喘ぐように甘い息を漏らしながらふるふると首を振った。
「そこ、まだ、やぁ……っ!」
 イったばかりで、亀頭はまだ敏感な状態だ。そんな時にそんな風に触れられてしまっては、感じすぎて逆に辛い。だから許してと必死に訴えているのに。
 目の前の男はというと、むしろそんな様子の勇利に興奮を覚えたような様子で。頬を上気させながら、でもまた勃ってきたよなんて口にしているのだ。
「初めてなのに後ろを弄られながらイっちゃって、カワイイ。勇利ってこういうの全く慣れてなさそうなのに、一度乱れるとこんなに淫乱って……すごく、そそられる。正直俺も、ちょっと我慢出来ないかも」
 耳元でそう囁かれながら再び陰茎同士を押し潰すように腰同士を擦り合わせられると、吐き出した精液が逃げ場を求めてグチュリと卑猥な音を立てている。ヴィクトルはその音に促されるように腰を少しだけ離すと、片手で器用にズボンのボタンを外し、さらにチャックを下ろす。
 そして中からブルリと陰茎が零れ落ちると、途端にそこから立ち上るむせ返りそうなほどの雄の色気に、勇利は下肢に視線を釘付けにしながらゴクリと喉を鳴らした。
「う、あ……ヴィクトル、すごい」
 彼の陰茎は温泉に一緒に入った際に散々目にしているが、勃起した状態のものを見るのはもちろんこれが初めてだ。
 そこは通常時でもかなり大きいのに。勃起するとさらに竿がでっぷりと太くなり、エラの張った亀頭のカリ首で中の気持ち良い場所を擦られたら……たぶんとっても気持ち良いんだろうなと思う。
 もちろん普段の勇利であれば、そんな考えは思い浮かびもしなかっただろう。というかそれ以前に、そんな雰囲気になった途端に逃げていたに違いない。しかし彼の雄のフェロモンに完全にやられてしまっているせいか。今はむしろ興奮を覚えているほどだ。
 そしてヴィクトルもそれを敏感に感じ取ったのだろう。指の束を引き抜かれると、勇利に肩に手を回すように促す。
 それから両手で尻の双丘を割り開かれると、散々弄くられたおかげで縁部分が誘うようにぽってりとしてしまった後ろの口を、眼前に露わにされた。
「ん……ねえ、勇利。ここに挿れたら、だめ?」
 下の口に亀頭を押しつけながらクックッと軽く突き上げるように腰を動かされると、先端の丸みを帯びた部分が少しずつ中に侵入してくるのが分かる。
 それは昨晩挿入してしまった綿棒や懐蟲とは、質量も熱量も段違いで。その強烈な存在感に、胸の奥がカーッと焼き付くような感覚が走る。さらには耳元で甘い吐息を吹きかけられながらそんな風に囁かれてしまっては……駄目と言えるはずがない。
 そして思わず腰を回すように揺らめかせながら唇をペロリと舐め上げると、ヴィクトルの目がスッと細まる。それから腰骨のあたりを両手でガッとつかまれ、その次の瞬間のことだ。
「まったく……そんな風に俺を誘惑して、いけない子だな、っ!」
「――か、はっ!?」
 カリ首の一番太い箇所がズボリと中に潜り込み、内壁を突き上げられた途端に目の前で火花が散ったようになり何が起きたのか分からなくなる。
 これはたまらないと反射的に彼の腕の中から逃げ出そうともがくものの、両手でガッチリと固定されているせいでそれも叶わず。むしろ自らその箇所を刺激するように身体を動かしてしまって泣きそうだ。
「は、あ、うう、ううーっ……そこ、らめっ、らめぇ……っ!」
「はは。カワイイな、勇利。前立腺をいきなりゴリッてされてビックリしちゃった? 魂現の耳と、尻尾が出ちゃってるよ。ていうか勇利は今までずっと子ブタちゃんだと思っていたんだけど……これって、もしかしてクマかな」
 さらにはそれまで尻たぶを掴んでいた片方の手を外されると、尻尾の根元をむにむにと揉んできたからたまったものではない。
 その場所は、尻尾のあるほとんどの斑類にとって泣き所であるというのは、ヴィクトルもよくよく知っているだろうに。そんな風に気持ちの良い場所を二カ所も同時に責め立てられてしまっては、頭の中はもうすっかりとぐずぐず状態だ。
 とてもではないが上体を支えることが出来なくて、ヴィクトルの胸元にもたれかかる。しかしそうして身体から完全に力を抜いてしまったせいで、対面座位という格好のせいもあり、中の陰茎をさらに奥深くまでズブズブと飲み込む形になってしまったから大変だ。
「ふ、えっ……そんなっ、まって、まってってばぁっ! いきなり、そんな深くはっ……ん、ア、んんっ!?」
「――っく、勇利……っ!」
 内壁をカリ首で擦り上げられ、さらに最奥の壁をゴッと突き上げられる。
 そしてそんな思いがけない深い繋がりは、ヴィクトルにとっても不意打ちだったのか。
 小さく息を飲む声が聞こえてきた直後、それまで腰を掴んでいた両手が背中まで移動し、腕の中に完全に抱きしめられて。その状態でこれでもかというように最奥を硬い先端でグッグッと押し上げられ、さらにそれと同時にほんの少し手前にある内壁の窪みをカリ首でグニグニと刺激される。
「はっ……はぁっ……ゆうり、すごく、いいよ。ゆうりは、きもちいい?」
「ふ、かぁっ……ん、ぐっ!?」
 圧迫感を与えられるたびに重苦しい熱のようなものがそこからブワリと一気に広がる。
 その感覚は、前立腺とやらを押された時と似ているかもしれない。でも初めてにも関わらずいきなり強い圧迫を加えられたせいもあり、当然苦しい感覚の方が大きい。だからもうそろそろ勘弁してくれと、ふるふると首を振っているのに。
 ヴィクトルは勇利の中に深々と陰茎を挿入した時点で完全に火が付いてしまったのか、そんな勇利の反応を見ても陰茎を抜いてくれそうな気配はまるで無い。
 それどころか、可愛いとかたまらないという睦言を囁いて。勇利を抱きしめている腕にますます力をこめて身体を完全にホールドにかかると、これでもかと最奥をグニグニと舐め回してくる始末だ。

 それからどのくらいその刺激を加えられていただろうか。定かではないが、亀頭で奥と手前の内壁を、さらに竿で前立腺、挙げ句の果てには気まぐれに尻尾に刺激を加えられるせいで快感と鈍痛の境界線が曖昧になってきた頃合いのことだ。
 それまで固く閉じていた身体の奥深くの口が緩んできたような気がしたのに、これはたまらないと懲りずに上体を伸び上がらせ、しかしすぐに引き戻されたのは言うまでもない。
 だがその時に最奥の少し手前側の内壁を偶然亀頭でゴリと抉られた直後、そこがスリットのようにぱくりと割り開かれて。そこに先端がズプンと潜り込むような衝撃が走ったのに淫筒をギュウと締め上げた。
「や、あっ! なか、なにこれ……っ!?」
「ちょ、勇利……っ、そんないきなり締め上げたら持っていかれちゃうから」
「きゃうっ!?」
 とか余裕の無さそうなことをいいながらも、グッと腰を突き入れてさらに奥深くまで亀頭を埋め込んでくるあたりちゃっかりとしている。
 それからただでさえ繰り返し刺激を加えられているせいで鋭敏になっている箇所を、これでもかと言わんばかりにカリ首を扱くようにクニクニと出し挿れを繰り返されると、なんだかムズムズとした感覚がそこからブワリと広がって。
「ふ、あっ……そこ、なに? へんだよぉ……っ!」
「ん……ここ、さっきから勇利が気持ち良さそうにしてた場所だよね。前立腺とは全然違うし、それに結腸とも違うと思うんだけど……でも、すごく気持ち良さそうだし――」
 なんだか女の子の子宮みたいだねと囁かれながらヌチャと粘着質な音を立てて一度腰を引かれると、瞬間的に寒気のような感覚が走ったのにたまらず両足をヴィクトルの腰に巻き付ける。
 それから上体を固定された状態で腰をガンガンと突き入れられ、揺すぶられて。再びグポッと奥深くまで犯された直後、その中に生温い液体がジワリと広がる感覚に引きずられるように、彼の腹筋に散々嬲られていた自身の陰茎からも精液を漏らしてしまう。
 それですぐにこの行為は終わりだろうと夢うつつな気分で考えていたのだが。勇利が全て吐き出し終えても、まだヴィクトルの射精は止まる気配はまるで無いのである。
「う、えっ。ヴィクトル、なんでこんなに出てるの……っ!」
「ん……ああ、ごめん。俺、魂現が狼のせいか量が普通よりかなり多くて。まだ、出る」
「そんな、ぁっ!? ん、んんっ!」
 ヴィクトルの魂現が、まさかの狼であるという事実に驚く。
 でも今はそれよりも、いまだトロトロと中に吐き出されている精液の方が問題だ。
 もう腹の中は一杯一杯なのだろう。腰を小さく動かされるたび、孔の隙間から漏れだした精液がヌチュリと粘着質な音を響かせている。
「も、無理、むりぃっ! 抜いてよぉ」
「うん、分かった――って言いたいところなんだけど。竿の途中がちょっと膨らんでて、出しきるまで抜けないようになってるんだ」
 その声音は、とても申し訳なさそうなものだ。だからそれに仕方ないかと思ったのもつかの間のこと。
「こんなに一杯中に出しちゃったら、俺と勇利の赤ちゃんが出来ちゃうかもね。はあ……ほんとに、すごくいいよ。こんなの初めてだ。クセになっちゃいそう」
 彼はそう口にしながら軽々と勇利を抱き上げ、今度は床の上に押し倒してくるのである。そしていきなりの体位の変化についていけていない勇利を横目に、再び腰を動かしだして。
 それから今度は勇利の女の子の部分じゃなくて男の子の部分を可愛がってあげるねと、うっとりとした表情で口にした。
「ふ、えっ……もう、むりぃ……っ!」
 この状況も、ヴィクトルの言っている意味も、まるで理解出来ない。
 しかしヴィクトルは勇利が半ばパニックになって動けないでいるのをこれ幸いと、グジュリと破裂音を響かせながら陰茎を再び挿入してくるのである。
 そして先の宣言通り。今度は懐蟲により疑似的に形成された子宮ではなく、最奥の結腸へズッポリと亀頭を埋め込んできて。
 それから子宮と同じように結腸の方もこれでもかと亀頭によって虐められた末にたっぷりと中に精液を出されて。さらには再び子宮の方も犯される。そして結局両方とも、中に精液を何度出されたのかさっぱり分からないほど中出しをされてしまった。
 最後の方なんて、明らかに過ぎた快感に苦しさを覚えていたくらいだ。でも彼のフェロモンに半ば無理矢理に興奮させられ、セックスを続行されて。
 ようやく解放されたのは、翌日の朝日が上りはじめた頃合いのことだった。


■ ■ ■


「う……うう、腰がいたい……」
 勇利は寝返りを打とうとしたところで、身体の奥深くにズクリと鈍痛が走る感覚に意識を浮上させながらゆっくりと目蓋を開ける。するとカーテン越しに朝日が差し込んでいるのが目に入り、自分がいつの間にか寝ていたらしいとそこで気付いた。
「そろそろ、起きないと」
 今日、昼頃の飛行機に乗って日本に帰国予定なのだ。そこで今は何時なんだろうと、スマートフォンを取り上げるために枕元を探り――しかしそこで指先にもふりとしたものが触れたのに目を瞬かせる。
 そして首を傾げながら横を向くと、まさかのまさか。同じベッドの上に真っ白な狼が横向きの格好で寝ていたのに、思わず手を伸ばした。
「ヴィクトル……?」
 勇利もツキノワグマなので、魂現の姿になると一メートルと少しくらいの大きさはある。でも目の前の狼はそれよりももう一回りほど大きいだろうか。
 顎下をくすぐるように撫でてやると、耳が少しだけ後ろに倒れ、さらに尻尾がぱたぱたと小さく動いてかわいい。
(――じゃなくて!!)
 ヴィクトルは自身が狼であると言っていたので、目の前にいる真っ白な狼が彼であるのは間違いない。そしてその狼のまとっている気配から察するに、斑類の頂点に君臨する重種であることは確認するまでも無く分かる。
 そこで勇利は冷や汗をダラダラと垂らしながら身体を起こし、自身が全裸であることに気付くとものすごい勢いで身体を後方に引く。そしてまるでマンガのワンシーンのように、ベッドの上から床へと転がり落ちた。
「~~っ、たたた」
 ポンコツ状態の腰を強打したので、まさに泣きっ面に蜂状態だ。でもそのおかげで、寝起きでぼんやりとしていた頭の中がクリアになる。そしてそれをきっかけに昨晩の己の痴態の数々を脳裏に鮮明に思い出すと、顔を一気に真っ赤に染め、しかしその一瞬後には一転して真っ青にして。
 そこで恐る恐る目の前の狼の様子を伺うと、一応まだ寝ているらしいのにホッと胸を撫で下ろす。それから彼がこうして魂現の姿をさらけ出しているという事実に再び頬を赤らめながら、挙動不審に目線を左右にうろつかせた。
「と、とりあえず……片付けないと」
 事が終わった後にベッドに移動させてくれたのか、ベッド周辺は特にそれらしい痕跡は無い。
 ただ窓際の応接セットの周辺はひどいもので、イスがあらぬ方向を向いているわ、汚れたタオルがそこら辺に放ってあるわ、挙げ句の果てにはそこらかしこに精液と思われる残滓が零れているわで情事の気配が濃厚だ。
 したがってひとまず部屋の中を綺麗にしなければと、床から立ち上がったのだが。
「や、ばっ。なんか、出て……っ、」
 身体を大きく動かしたせいで、尻の孔が少し開いたのか。中から液体状の物が大量にドロリと溢れてくる感覚が走る。それに慌てて手を後孔に添えてせき止めようとするものの、そんなもので間に合うはずもなく。近くにあった汚れたタオルをなんとか手繰り寄せ、やっとの思いで後ろに押し当てた。
「ううっ、なんでこんなことに」
 昨日の昼、ユリオからセックスをするなと口酸っぱく言われていたのに。
 フェロモンに流されていたとはいえ、ヴィクトルと関係を持ってしまうなんて。しかもよりにもよって、懐蟲を体内に仕込んでいるこの状態でだ。
 重種はかなり妊娠し辛いし、勇利も中間種なので大丈夫だとは思うのだが。ただ何事にも絶対ということは有り得ないので、セックスをするべきでは無かった。
 これで万が一本当に出来てしまいでもしたら、騙し討ちをしたみたいで目も当てられない。
「あー……もう」
 でも終わってしまったことをいくら悔いても、今さらどうしようもないのも事実なのだ。
 したがってめそめそとべそをかきながら風呂場まで移動し、まずは身体を念入りに洗う。もちろん尻の孔にシャワーを押し当てて、出来るかぎり中の精液も洗い流した。
 そうして人心地ついてから部屋に戻り、寝ているヴィクトルを横目に恐る恐る身支度を整えて。それから部屋の窓を開けて軽く換気をしながら、汚れものの片付けに取りかかった。



「ねえ……ヴィクトル、そろそろ起きて。あと少しでここ出ないとだから」
 それから数時間ほど経った頃合いのことだ。
 本当はこのままヴィクトルを放置して日本に帰国してしまいたかったが、ここはホテルで、チェックアウトの時間もあるのでそうもいかない。
 したがって渋々と狼の姿の彼の背をゆさゆさと大きく揺さぶりながら声をかけると、まずは耳がピクリと大きく動く。それから一呼吸後に足で大きく反動をつけて俯せの格好になると、目蓋がゆっくりと開いてスカイブルーの瞳が現れた。
 ――ああ。
 こうして魂現の姿の彼を目にするのは初めてのことだが、すごくすごく綺麗だと思う。太陽の光がその真っ白な体毛に乱反射してキラキラと輝いていて。人の姿の時とはまた違う、神々しいまでの美しさだ。
 それに思わず惚れ惚れとしながら見とれていると、彼は勇利の腕をくわえてベッドの上に引っ張り上げる。そして両肩に前足を置いてのし掛かってくると、まるで甘えるかのように腹にグリグリと額を擦り付けてきた。
「うわっ!」
 いきなりのことだったのと、狼の姿でそんな風にされるのが初めてだったというのもあり、呆気にとられてされるがままだ。
 というか大型犬に懐かれているみたいで、正直満更でもない。ただ鼻先が首筋に擦り寄せられ、そこをペロペロと舐められるとちょっと困ってしまう。
「ちょっ、待って、ヴィクトル。そこ、くすぐったっ――は、あっ……やめ、や、あ、止めてって言ってるでしょ!」
 手で両頬を掴んでベリと首から引き剥がし、目を合わせながらヴィッちゃんを怒る時のようにめっ! と怖い顔で口にする。すると狼の姿の彼は、ク~ンと鼻を鳴らして。それからその姿がフとぼやけた一瞬後、目の前に見慣れた人間の姿のヴィクトルが現れた。
「んー……ゆうり、俺、まだ眠たいからもう少しだけ寝かせて?」
 勇利の方は、昨晩の一件もあり戦々恐々としているのに。当の本人はというとのんきなものである。
 昨晩セックスしたことなどまるで覚えていない様子で、人の胸元に抱きつきながら珍しく眠い眠いと駄々をこねている。
 それから再び人の姿がぶれて狼の姿になると、ズシリと一気に加重がかかったのに、これはたまらないとばしばしとその背を叩いた。
「ちょっ、おも、重たいからっ」
「――ん、ああ……ごめん、なんだか今日はどうにも寝覚めが悪くて。なんでかなあ……」
「昨日、ブリーリング先でお酒をたくさん飲んだから二日酔いとか?」
 そこで昨晩の一件を蒸し返すような言葉を口にしてしまったことに気付いて内心慌てるものの、ヴィクトルはというとああと生返事をしただけだ。
 そしてやや乱暴な手つきで乱れた前髪をかき上げながら、ひどい目にあったとぼやくように呟いた。
「そういえば変な薬も飲まされたんだったな。昨晩ここに来てから何があったのかもすっかり覚えて無いし……勇利に迷惑かけちゃわなかった?」
 瞬間的に、ズキリと胸に痛みが走ったような気がする。
 しかしそれに気付かなかったフリをして、大げさな身振り手振りでひどい目にあったよと口にした。
「いきなり来たと思ったら、すっごくアルコール臭くてかなり酔っぱらってるし。しかも雨降ってたのに、傘さしてなかったから全身びしょ濡れなんだもん。挙句の果てには、朝起きたらいきなり狼が横に寝てて、かなりビックリしたし」
「ああ、そうか。そういえば、俺の魂現が本当は狼だって言ってなかったのか」
 そこで彼は頭上に狼の耳だけを出す。しかしすぐにその外形が崩れて縦方向に延びると、気付いた時にはウサギの耳に変化していた。そしてそれと同時にまとっている雰囲気も随分と軽くなり、勇利の覚えのあるものに変化した。
「あ、うん、それだ。いつもはそっちだよね。でも何でウサギなんて軽種に?」
 まあ勇利も現在進行形でブタに化けているので、人のことを言えないのだが。
 でも彼は勇利と違って社交性も十分にあるし、重種の狼だからといって怖がられるようなことは無いだろう。むしろ畏怖の対象としての付加価値がさらに高まりそうな……とボソボソと口にすると、ヴィクトルはそれが面倒なんだよねと肩を竦めてみせた。
「そういうの、あんまり好きじゃないんだ。距離を置かれる感じが、どうにも苦手でね。それに……勇利も子ブタちゃんだから、同じ軽種の方が話しやすいじゃないか」
「――っ!?」
 そこで急に身を乗り出してきて鼻先同士をくっつけられたから大変だ。本人はじゃれ合いの延長のような感覚らしいが、やられる方はたまったものではない。
 いきなりの急接近に危うくクマの方の耳を出しそうになったのに思わず頭に両手を乗せると、大丈夫だよと頭を撫でられた。
「もー……ヴィクトル!」
「あはは。ごめんごめん」
 そこでヴィクトルは再び本物の魂現である狼の姿になると、許してというように首筋に顔を擦り寄せてくる。そしてそれだけですぐに絆されてしまうあたり、勇利もかなりの重傷だろう。
 というかドキドキとしているのを隠しきれずに顔が赤くなってしまっているあたり、昨晩の一件から明らかに症状がもう一段階進み、もう戻れないところまで好きという気持ちが膨れてしまっているかもしれない。そしてそれを意識した途端に、ヴィクトルの首筋あたりからふわりと甘い香りが漂ってくるから不思議なものだ。
 その香りに引き寄せられるように、狼の首元に手を回しながら抱きしめて。しかしその一瞬後にすぐに己の行動の不味さに気付いて身体を勢いよく引き剥がすと、誤魔化すように咳払いした。
「……そういえば、ヴィクトルって狼の姿だと毛が真っ白なんだね。狼って灰褐色かなって思ってたんだけど、もしかしてアルビノとか?」
「ん……いや、違うよ。俺はリューシ」
 ヴィクトルは再び人の形に戻ると、よく勘違いされるんだけどねと肩を竦めている。その言葉だけ聞いていると、先の勇利の行動を上手く誤魔化せたように思えるかもしれない。
 しかし実際のところは揶揄するように、顎下を指先でくすぐるように撫でられているので大分気まずい。だから身体を後方に大きく引いて彼の手から逃れると、小さく含み笑いを漏らされてしまった。
「ふふ。リューシって、聞いたことないかな? アルビノはメラニン色素が欠損しているから赤目だけど、リューシはそうじゃないから目が青いんだ。白変種って言った方が分かりやすいかも」
「う、あ」
 そこで再び上体をズイと近付けられると、ほら見てというように顔を寄せられる。
 でもその体勢は、まるでキスの一歩手前みたいで。たまらず目をギュッと閉じて顔を横に背けながら、もう勘弁してよと力なく口にした。
「僕、昼には飛行場に行かないとなんだから。ヴィクトルも僕のことからかって遊んでないで、早く服着て」
「分かった分かった。ていうかせっかくだし、俺も一緒に日本に行こうかな」
「えっ、大丈夫なの? その……ほら、ブリーリングの契約って、一週間とか言ってたじゃないか」
 彼とそういう関係を持ったばかりなので、すぐに行動を共にするのは気恥ずかしい気持ちが無きにしも非ずだ。でもやっぱり好きなので、ブリーリングを放棄して一緒に日本に来てくれたら、嬉しくないわけが無い。
 ただしブリーリングのためには、ン千万から億という多額の金が動くのである。だから本心では嬉しく思いつつも、小市民の血がざわざわと騒ぐのも無理は無いだろう。
 しかしヴィクトルはまるで気にしていない様子で、勇利が心配することは何も無いよと口にした。
「そもそも先に契約違反したのは向こうの方だから、全て無効ってことさ。それが分かっているから、一切連絡が無いんだろうね」
 そこで彼はベッドの上に放り投げてあったスマートフォンを取り上げる。そして通話履歴を確認してから、ほらねと呟いた。
「――さて。となると、俺も日本行きのチケットを取らないとだ。勇利、何時の飛行機に乗るの?」
「一応十三時発のだけど、今から取れる?」
「そんなに混む便じゃないし、大丈夫じゃないかな。なんなら、新たに隣席のチケットを確保してもいいし……あ、でも結構空席あるな」
 そして運良く勇利の隣の席が空いていたのか。彼ははしゃぎながらその席を確保すると、ベッドの上にスマートフォンを再び放り投げる。
 それからシャワーを浴びてくるねと言ってバスルームに入っていき、しばらくして水音がかすかに聞こえてきた。

「あの様子だと……ヴィクトルは昨日の事は完全に覚えてないんだな」
 先ほどはヴィクトルが目の前にいたというのもあって気付かないフリをしたが、そう改めて口にするとやっぱり胸がズキリと痛んだ。
 しかしこれ以上勘違いをしては、絶対にいけない。
 そう何度も言い聞かせないと、調子に乗ってうっかりと彼に「好き」と口にしてしまいそうで。それが怖くて怖くてたまらなかった。
 こんな風に告白なんて馬鹿なことをうっかり考えてしまうのは、おそらく思いがけずヴィクトルとセックスをしてしまったせいで、好きという気持ちがおさえきれないほどに膨らんで。さらに先ほどのように、恋人同士のような甘い時間を過ごしてしまったせいだろう。
 それになにより、通常は家族や恋人にしか見せないような魂現の姿まで見せてくれたからだ。
 だからきっと、本当のことを話したら恋人にしてくれるかも、なんて淡い期待をどこかで抱いてしまっている。
 でも実際には、そんなに現実は甘くない。
 斑類はその稀少度が上がれば上がるほど、その繁殖能力の低さも相まって性に奔放な者が多い。ヴィクトルもその例に漏れず、少し前まで海外のゴシップニュースをかなり騒がせていた。
 ただそれはあくまでも重種間同士のことで、それ以下の斑類にはまるで関係の無いことなのである。
 そして勇利はまるで冴えない中間種で……というか普段は軽種の、ブタだ。どう考えても、華々しい世界にいる彼のそういう対象になるはずが無いだろう。
 というか今なおこうしてコーチをしてくれていることさえ、奇跡みたいなことなのだ。
 つまり今回のようなハプニング的要素でも無ければ、重種の彼と関係を持つことだって絶対に無かったわけで。
 ――そうだ。今回の件は、ただの事故なのである。だからそれ以上でもそれ以下でも無い。
 したがってそのことをヴィクトルに言ったが最後。この夢のような時間は壊れてしまうのだ。
 そしてヴィクトルは、勇利と一生会ってもくれなくなるかもしれない。
 だからこうして彼の隣にいることを許されるという、夢みたいに幸せな時間を守りたければ、そんなことを言えるはずが無いだろうと何度も自分自身に言い聞かせた。

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