アイル

叶わないと知りながら、熊は身分違いの恋をした-10(R18)

 そんなこんなで。初日から恥ずかしいところを皆の前で晒す羽目になってしまった勇利は、それからずっとヴィクトルに対して塩対応になってしまっていた。
 とはいえヴィクトルはすぐにもうしないから許して欲しいと謝ってきたので、一応問題は解決している。ただ勇利はそもそもああいった性的な触れ合いに慣れていないので、無意識にそういう対応になってしまうというか。
 それに勇利本人も困ったなと思ってはいるのだが、いかんせん意識してしている訳ではないので、どうすれば良いのか分からず戸惑っていたときのこと。
 リンクでいつもの練習を終えた後、用事があるといって途中で別れたヴィクトルが、芋焼酎の大瓶を抱えて帰ってきた。
「勇利~! これ、いつも俺が飲んでるお酒の新作だって。美味しいっていうから買ってきたんだけど……仲直りに一緒に飲もう?」
「ええっ!? で、でも、ヴィーチャが……」
 勇利はなにしろ酒癖が悪い。だから子どもが出来てからは、酒類は一切飲まないようにしているのだ。でもわざわざ買ってきたと言われてしまうと、それを無碍に断るのも申し訳ない気がして。
 とりあえず何故お酒にしたのと口にすると、勇利って洋服とか全然興味が無いじゃないかと言われてしまった。
「う、ぐっ……まあそれは確かに、そうなんだけど」
「ヴィーチャが心配なら、勇利のマーマに今日だけ見てもらえないか俺からお願いするから」
 だから、ね? とさらに懇願されてしまうと、否とは言えない。
 したがって結局勇利の方が折れると、ヴィクトルは嬉しそうにグラスの準備を始めた。
 その姿を見ていると、なんだかすべてがどうでも良い気分になってくるから不思議なものだ。そしてその日はヴィーチャを両親にお願いし、部屋でヴィクトルとゆっくりとお酒を飲むことになった。

 ――とはいえだ。よくよく考えてみると、そもそも密室でヴィクトルと二人きりの状況になるのは、実に四年半ぶりのことなのである。
 ということに自室のドアが閉じたところで気付くと、勇利は面白いくらいに動揺してしまった。
「えっと……そういえば、ユリオも南くんもお酒飲める年になったんだっけ! せっかくだから二人とも呼んで――」
「やだなあ勇利。それ、全然面白くない冗談だよ」
 ヴィクトルに背を向けた格好のまま、閉じたドアを再び開けようとしたのだが。背後から伸びてきた手により、呆気なく阻止されてしまう。
 そして背中に感じるヴィクトルの体温に目をグルグルとさせていると、手首を掴まれて。ヴィーチャが生まれてから新たに購入した、折り畳み式のちゃぶ台の前まであっという間に連れて行かれる。それからグラスを半ば無理矢理に手渡されると、並々と焼酎を注がれてしまった。
「もー……ヴィクトルは強引だなあ」
 もうここまで来たら、逆にヤケだ。
 妙に緊張している気分を早く吹き飛ばしたくて。グラスの中の酒を一気に口の中に流し込むと、カーッと喉が焼ける。それからポカポカと身体が火照る懐かしい感覚に身を任せた。
「なんかこうしてると、勇利のコーチをしてた時のことを思い出すなあ……でも、勇利はお酒飲もうって誘っても、太るからっていつも断ってたけど」
「そりゃあそうだよ。お酒なんてなんだかんだいって結構カロリーあるんだから」
 それなのにヴィクトルときたら、水のようにガブガブと飲み、さらにつまみまで食べているのにまるで太らないのである。それに不公平だとブツブツと呟いていると、目の前の男は後ろに手をつき、あははと楽しそうに笑った。
 まったく、他人事だと思っていい気なものである。
「ヴィクトル~~」
 そこで恨みがましい声を漏らしながら顔を上げると、ヴィクトルの着ている館内着の前がはだけ、現役時代のままの逞しい身体が露わになっていたのに気付き、思わずゴクリと喉を鳴らしてしまった。
 勇利はヴィクトルと別れてからの数年間に、あっという間に以前のように野暮ったい姿に戻ってしまっている。
 でも彼は未だに三十四歳にはとても見えないくらい洗練されていて。勇利にとっては、全く別世界の人間だ。それを今さらのように再認識し、ボーッと彼のことを眺める。
 しかしその途中でどうしたのと顔を覗きこまれたのに、慌てて首を振った。
「いや……ヴィクトルはずっと変わらないなって思って。僕なんて、やっぱり太っちゃったからなあ」
「でも六月に見た時より、ちょっと痩せた気がするけど?」
「あはは……お見通しか。いや、実はちょっと指輪が外れなくなったことがあって。だから南くんの練習の時とか、邪魔しない程度に一緒に走ったりしているせいかな」
「へえ、そうなんだ。勇利は今ぐらいがちょうど良さそうだね。抱き心地も良いし」
 とかなんとかいって、さりげなく背後に回って抱きしめてくる。
 ただ勇利のほうはすでにしたたかに酔っているのもあり、羞恥心よりも悪ふざけをしているような感覚が強い。だからその延長で、やめてさあと肘鉄を食らわせると、ヴィクトルはすぐに離れてくれた。
 ただその時に館内着の襟先の紐がほどけてしまったのか。その逞しい上体が露わになったのに気付くと、勇利は身体を後ろに向けて手を伸ばした。
「もー、前はだけちゃってるじゃないか。着方忘れちゃったの?」
「ふふっ……ねえ、勇利。わざとっていったらどうする?」
「へ?」
 思いがけない言葉だったのもあり、アルコールの回った頭ではその意味がすぐには理解出来ない。
 だからポーッとした表情でヴィクトルの顔を見上げると、彼の唇がゆっくりと近づいてきて。瞬きをした次の瞬間には、互いの唇同士が重なっていた。
 それからすぐにその繋がりが深くなると、熱い舌が口内に侵入してきて。さらにヴィクトルからほんのりと漂ってくる甘い香りに誘われるがまま、口付けにどんどん夢中になってしまう。
 そして気付いた時には下肢を剥かれていたのに、慌てて尻の孔はずっと使っていないからイヤだと、そこで初めて否定の言葉を口にしたのだが。それがむしろ逆効果だったのか、彼は妖艶な笑みを浮かべるのだ。
「嬉しいなあ。また俺が、勇利の初めてをもらえるみたいで」
「へんなこと、いわないでよぉっ」
「ごめんごめん。でも前の時ってすごく酔ってたから、夢でしか覚えてなくて」
 それからヴィクトルは用意周到にも準備していたらしいローションを取り出し、尻の孔にたっぷりと塗り込めてくる。それから最終的に三本の指の束を挿入してくると、グポグポと卑猥な音を立てながら抜き挿しを繰り返して。
 そして勇利がとろとろ状態になるまでそこをほぐし、あんまりにもしつこいのに半べそをかきはじめたところで、ようやく望んでいたものを挿入してくれた。
「は、あっ……おく、きた、ぁ、んっ、んんっ!」
 前戯にたっぷりと時間を取ったので、ヴィクトルもあまり余裕が無いのか。ズブズブと根元まで一気に挿入される。それから奥を舐め回すように腰を回されると、ゾクゾクとした甘い熱が下肢全体に広がっていくのが分かる。
 ここのところは忙しいのもあってオナニーすらかなりご無沙汰だったのだが、そのせいもあってか強烈な快感だ。
 先端で奥をコリコリと刺激されるたびに、ブルリと小さく震えて、陰茎の先端から押し出されるように精液がピュッと出てしまう。
「はは。勇利、トコロテンしちゃってるよ。ほとんど初めてと変わらないのに、挿れられただけでイっちゃうなんて、エッチだな」
 そんなにココがいいの? とグーッとさらに強い力で押し上げられると、奥の口が少しだけ開いてしまい、先端がはまりこむような感覚が走る。
 きもちよくて、たまらない。いきなりの強い刺激に目の前がチカチカする。
「あ、う、ううーっ……しょこ、きもちひ、よぉっ……!」
「――っと、これ以上はダメだよ。明日も練習があるし、奥まで全部挿れるのは我慢しないと」
 たまらず奥の口に擦り付けるように腰をへこへこと動かすものの、すぐに腰を引かれてしまう。
 そしてそれから陰茎を中程まで引き抜かれてしまい、今度は前立腺のガン責めだ。
 ささやかな膨らみをカリ首で掻くようにこれでもかと擦り上げられ、そんなどこまでも甘い刺激にたまらずキュウと内壁を窄めると、まるでその瞬間を狙っていたかのように前立腺をグーッと押し上げられる。
 そんな風にされてしまっては、ただでさえ達した直後で興奮状態だった身体が、再度達するのはあっという間だ。
「あ、アっ――ん、ぐっ! んんんっ!」
 身体の中で何かが弾けるような感覚に、身体を大きく仰け反らせながらブルリと下肢を震わせると、唐突に口を塞がれてちょっぴり苦しい。
 でもそのくせ陰茎の先端からは、大量の精液がドクリと再び溢れ出す。すると中のものがビクビクと中で震えて。その感覚に、彼も達しているのだと何となく感じた。
 ただ初めての時に中に大量に出されたからか。それはなんだか奇妙な感覚で。
「ねえ……ヴィクトル。今日は、中に出さないの?」
「こーら、勇利。そういうことを今言ったら、ダメじゃないか」
「――ッ、ア!」
 これでもだいぶ我慢してるんだからねと肩を竦められると、達した直後で敏感になっている内壁をカリ首で大きく擦られて。たまらず中の陰茎を食むように内壁を蠢かしてしまったせいで、そのままツーラウンド目に突入してしまう。
 そしてそんな調子で慣れない行為を二度も行ったせいか。翌日の勇利は、見事に熱を出して寝込んでしまうのであった。



「ん……、ヴィクトル? ぼく、どうして寝て……」
「ああ、起こしちゃったか。昨日無理させちゃったせいで、熱出したんだよ」
 ごめんねとすまなそうに眉を下げながら謝られ、前髪をかき上げるように撫でられる。さらにその手は頭頂部に向かうと、そこに生えているクマの耳の根元を優しくかいてきた。
 それが気持ち良いのにうっとりと目を閉じて、しかしそこで己がまた魂現の耳と尻尾を出していることに気付く。でもどうせ夢の中だしまあいいかとそのままにした。
「南とユリオは、少し前に朝のランニングに行ったところだよ。今日は南の面倒を俺がちゃんとみるから、安心して。でもね、南に勇利のこと虐めるなって怒られちゃった」
「みなみくんが?」
 彼はいつも明るくて無邪気で。天真爛漫というのをまさに絵に描いたような青年だ。
 それだけにそんな姿が想像出来ないのに思わず薄っすらと目蓋を開けて首を傾げると、彼は苦笑を浮かべながら、昨日の声がちょっと聞こえていたみたいでねと頬をかいていた。
 もちろん普段の勇利だったら、顔を真っ赤にして怒っていただろう。でも今は完全に夢うつつだったので、ぼんやりと悪いことしちゃったなあとつぶやいただけだった。
「ふふ。勇利、完全に寝ぼけてるでしょ。寝ているところ、邪魔しちゃって悪かったね」
 俺は向こうに行ってるからと口にしながら大きな手で頭を撫でられて。しかしそこでヴィクトルの手が離れていきそうな気配に気付くと、無意識に引き留めるようにその手にすがってしまう。そしてすりすりと頬を擦り寄せていた。
「どうしたの? 寂しい?」
 咄嗟の行動だったので、勇利自身でも正直よく分からない。でもたしかにヴィクトルの言うとおり、寂しいのかもしれない。
 そもそも熱が出たのも数年ぶりのせいか、妙に心細くて。そんな感情に刺激され、この合宿が終わったらまたヴィクトルと離れてしまうのだという、胸の奥底にずっとしまいこんでいた寂しさがふと顔を出してしまったのだろうか。
 そしてそれを自覚した途端、さらに焦燥感のようなものが腹の奥底から喉元までせり上がってきて。彼に恋心を抱いてからずっとずっと封印してきた気持ちを、たまらずポロリと零してしまった。
「ヴィクトル……いかないで。ずっとずっと、一緒にいてよ」
 ああ、ついに言ってしまったと思う。現実世界では絶対に言えない言葉だ
 そこでおそるおそる目の前のヴィクトルの様子を伺うと、彼は目元を片手で覆いながら天を仰いでいて。案の定な反応に瞳を揺らしつつ。でも傷つきたくなくて、やっぱり重いよなあとどこか他人事のような感想を抱いた。
「まいったな……勇利は本当に、俺をビックリさせるんだから。今の言葉、なんだかプロポーズみたいじゃないか」
「はは、プロポーズか。そういうつもりで言ったわけじゃないんだけど……そうだね。自分でも重たいなって思うよ」
「重い? それだけ愛が深いってことじゃないか。勇利ってそういうこと絶対言わないから、すっごく嬉しいよ。でも、勇利に先を越されちゃって少し悔しい」
 色々プランを立てていたのにと、何やら力説している。
 なんだか全てが勇利にとって都合の良い展開なので、夢の中補正が上手い具合に入ったのだろう。
 でもこんなに嬉しそうにはしゃぐヴィクトルの姿を見るのは久しぶりで。その姿をこうやって見ることが出来るのは単純に嬉しい。
「ねえ勇利、結婚しよう」
「結婚? また唐突だなあ。さっきの言葉はそういうつもりで言ったわけじゃないから、流してくれてかまわないよ」
「ああ! そうくるんじゃないかなと思ったけど、やっぱりだ。でも俺は本気だよ。ねえ勇利、おねがい。好きだよ、愛しているんだ」
 そう口にしたヴィクトルの表情は真摯なもので、本気であることが分かる。
 そして何より、これは夢の中の出来事だ。だから現実世界のしがらみとか、そういうのも一切無視して己の感情のままに頷きたい衝動にかられる。
 でもやっぱりそれはなんだか違う気がして。少し逡巡した後に、おずおずと口を開いた。
「僕、ヴィクトルに一杯ウソついてるよ。ヴィーチャのこととか。それに中間種ってことも、ずっと隠していたし」
「ヴィーチャの件も、中間種だって件も、もう教えてくれたじゃないか。それで俺は十分だよ。というか、そもそも俺も普段はウサギのフリをしているから、勇利のことをとやかく言える立場では無いし。というかそんな感じだから、重種とか中間種とか、そういうのって全く興味が無いんだよね。
 それよりむしろ謝罪すべきは俺の方だよ。薬を盛られていたとはいえ、あの時勇利にあんなことをしてしまうなんて」
 ごめんねと謝られるが、そうじゃないと思う。
 だってあの時、ヴィクトルがいつもの状態ではないと勇利は分かっていたのだ。だから本当に嫌だったら、そのままシャワールームにでも放り込んで、水でも浴びせればきっとどうにかなったはずだ。
 でもどうしようもなく、ヴィクトルのことが好きで好きでたまらなくて。あの時を逃したら、もう二度とこんな幸運は無いだろうと思ったのだ。
「ごめんなさい。僕は、ずるいんだ。だって、アイスショーの打ち上げの二次会のビンゴ大会で懐蟲を当てて、身体の中にそれを入れてたのに……ぜんぶぜんぶ分かってて、でもヴィクトルのことが好きで」
 それで――あえて彼のフェロモンに自分から流されたのだ。
 ついに言ってしまったと思う。
 でもそれを聞いたヴィクトルは、苦笑浮かべながら肩を竦めているだけで。ただ一言、全部知ってるよと言うのである。
「勇利は男だからね。それで子どもがいるってことは、十中八九懐蟲だろうなとは思ったよ。ただ、そう簡単に手に入るようなものではないし。それだけは気になったから、少し調べたけど」
 犯人はクリスなんだってねと言われて渋々と頷くと、今度から他の男からそういうものは受け取らないようにと即座に釘を刺されたので慌てて頷く。するといい子いい子というように顎下をくすぐられ、気持ち良いのに場違いにもうっとりとしてしまい、やっぱり彼のことが好きだなあと改めて思った。
 そしてその瞬間をまるで狙ったかのように、ヴィクトルは可愛いとか食べちゃいたいとか囁いてくるのである。
 そりゃあ、勇利だってヴィクトルのことが好きなので満更でもない。
 でも相手があのヴィクトルのせいか、どうにも現実味が湧かなくてぼんやりとしていると、それが面白くなかったのか。彼の膝の上に引っ張り上げられ、向かい合う格好で抱きしめられてしまった。
「ねえ勇利、ちゃんと真剣に聞いてる? 俺、本気で言っているんだからね。俺がわざわざロシアから日本まで来たのはどうしてかとか、変な薬を飲まされた時に勇利のところに行ったのはどうしてかとか、そういうの一度も考えたことがないの? それに四月のアイスショーで、月光を滑ってカルメンを滑ったのも、全部勇利を思ってなんだよ?」
「えっ? えっ?」
 月光を滑っていた時の彼は、切なげで、儚くて。途中で伸ばされた腕が誰かに向けてのものだったのは、明白だった。
 そしてその直後に一転してカルメンとなり、妖艶に観客を誘っていて。その相手が実は自分であったと知らされると、赤面ものである。
 昔からの習慣でそのアイスショーも即座にバッチリと録画をかけており、たまに見返しては魅入っていたのだが。すべての真実を知ってしまうと、当分見ることは出来そうもない。
 しかも彼の爆弾発言はそこで終わらず、さらに続くのだ。
「そもそも……ブリーリングするって話も、勇利の気を引こうとしていただけだったのに。勇利、絶対俺のこと大好きなくせに、その話聞いても何でもなさそうな顔してるんだもん」
 勇利が止めてって言ってくれたらすぐ止めるつもりだったのにと駄々をこねられるが、そんなことを言われてもという感じである。
 突然のヴィクトルからの告白の数々に、ただただ圧倒される。
 ただ今のヴィクトルの発言をまとめて考えると……実はヴィクトルとかなり前から両思いだったのではという考えがちらりと脳裏を掠める。そしてその考えが正しいということを証明するかのように、数年ぶりに再会した六月の夜のあの日、ずっと好きなんだと言われたことを今さらのように思い出した。
 さらには畳みかけるようにヴィクトルは額同士をぶつけてくると、鼻を擦り合わせてくるのだ。
「俺はね、勇利が思っているよりもずっと前から勇利のことが好きなんだよ。最初はね、なんだか俺に似てるなって思って興味を持ったんだ。でも勇利って、話かけようとするとすぐに逃げちゃうし。それで追いかけてるうちに、本気になっちゃった。
 でも自分からって初めてだったから、なかなかきっかけをつかめなくて。だからあのバンケットの時に話し掛けてくれて、本当にうれしかった」
「そんな、前から」
「そうだよ。巷の斑類はそうでも無いらしいけど、狼は一夫一妻だからね。一度思ったら、ずっと想い続けるんだ。何だか随分と遠回りしてしまったけど……勇利、愛してるよ」
 そこで彼は目を閉じると勇利の右手を持ち上げ、その薬指にはめられている指輪に口付けるのだ。
 それをきっかけに、少しだけ緩んでいた胸の奥底のフタがぱかりと開く気配がする。
 それと同時に自分でもおさえきれないほどの好きという気持ちが溢れてきて。勇利からも甘えるように鼻を擦り寄せた。
「僕もヴィクトルのこと、すき」
 ずっとずっと言えなかった、たった二つの言葉だ。でもようやく口に出来て、すごく嬉しい。
 そしてこみ上げてくる衝動に駆られるまま抱きつくと、さりげなくシャツの中に手が侵入してきて。小さな尻尾の根元部分を繰り返しスリスリと撫でられると、そこから広がる甘い熱に自然と腰が持ち上がってしまう。
「う、あ」
 正直、恥ずかしい。でもどうせここは夢の中だし、誰にも見られていない。
 だからまあいいかと、本能に促されるがまま、誘うように腰をくねらせた直後のことだ。
 バターンと大きな音を立てて部屋のドアが開かれたのに、反射的にヴィクトルの胸元を両手で押しのける。するとその代わりに白い塊が勇利の腕の中に飛び込んできたのに、目を白黒とさせた。
「マーマ!! かぜ、だいじょうぶ?」
「えっ!? あっ、うん!?」
 何が起きているのか、さっぱり理解出来ていない。
 ただ確かなことは、腕の中に息子のヴィーチャがいて、さらにその向こう側に少しばかり恨めしい表情をしているヴィクトルがいるということだ。
 これは夢の中の出来事のはずなのに、その光景は妙にリアルというか。
「いや、ちょっと待って。まさか……ゆめ、じゃない?」
 そこで再びヴィクトルの様子を伺うと、彼はその言葉が正しいというように満面の笑みを浮かべている。さらには腕の中の息子が、おはようマーマと口にするのだ。
 思わず後ずさると、尻の辺りに遠い昔経験したことのある鈍痛が走る。それをきっかけにようやく全てが現実であると理解すると、勇利はポンと音を立てながら完全にクマの姿になってしまう。そして布団の上にひっくり返ってしまった。
「勇利、ツキノワグマだったんだ。俺よりちょっと小さめかな? 勇利っぽくて可愛いなあ、もう」
「ぼくもマーマのクマさん初めて見る!」
 ヴィクトルは勇利が完全に目を回しているのをこれ幸いと、好き放題に触りまくる。
 膝の間に抱え込んで肉球の感触を確かめたり、挙げ句の果てには急所の一つであるお腹を揉みしだいて、その感触にうっとりとしているのだ。
 そしてこの茶番は、ユリオと南がランニングから戻ってくるまで続けられた。

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