アイル

さよなら運命の人-11

 そしてそれから。ヴィクトルは今シーズン限りで引退をすることを電撃で発表し、以降は勇利のコーチに専念すると述べた。
 その可能性は、勇利も世界選手権の時点で薄々感じていたことでもある。でもその二文字を聞いた瞬間、やっぱり泣いてしまった。
 ずっとずっと追いかけてきた大きな存在を失い、まるでひとりぼっちで置いてきぼりにされ、迷子になってしまったような感覚に襲われたのだ。それとフィギュアスケート界の大きな波の一つが終わってしまったような、そんな寂寥感もあったと思う。
 ただ引退とは、彼の現役の終わりでもあるが、それと同時に新たな人生のスタートでもある。それに彼に背中を押された、あの世界選手権の表彰台でのことを忘れてはいけない。
 したがって泣き笑いのような表情を浮かべながらメディアの応対を終えたヴィクトルを出迎えると、こみ上げる衝動のまま珍しく勇利からヴィクトルへ抱きついた。
「おつかれさま、ヴィクトル」
「次は勇利に五連覇するのを頑張ってもらわないとね」
「はは! またそれかあ。うん、頑張らないと。でも……ヴィクトルがずっとコーチをしてくれてないと無理かもなあ」
 そうやって普段であれば絶対口にしない言葉を思わず口走ってしまったのは、恐らく想像以上にヴィクトルが引退するという事実にダメージを受けていたからだと思う。
 そしてその言葉が自身の耳に入ってきたところで、何て女々しいことを口走っているのだと慌てるものの、一度口にしてしまったものは今さらどうしようもない。
 したがってドキドキとしながらヴィクトルの表情をチラリと見上げると、彼は首を傾げながら、それだけでいいのと疑問の言葉を逆に問うてくるのだ。
「えっと……?」
「俺は勇利が引退した後も、ずっと一緒にいたいって思っているんだけど」
 それはまるで、プロポーズの言葉のようだ。
 そしてそれに気付くのと同時にひどく驚いてしまい、再び半べそのようなみっともない表情を晒してしまう。するとヴィクトルは相好を崩しながら、何でそこで泣いちゃうかなあと口にし、今度は逆に勇利のことを強く強く抱きしめてくれた。
 そしてもちろんヴィクトルのそんな申し出を断るはずもなく。勇利は彼の胸の中で、何度も何度も頷いてみせた。

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