アイル

アルファとアルファに愛は生まれるか 拝啓、十年後の君へ-6(R18)

 この年の世界選手権は、フランスのニースにて、三月二十六日から四月一日の日程で行われた。
 ただしその前の二十五日から公式練習が行われるため、勇利とヴィクトルの二人はさらに前倒しでニース入りする。
 その時勇利がひどく緊張していたのは言うまでもなく。その様子を隣で見ていたヴィクトルに、勇利が選手として大会に出るみたいだと笑われてしまうほどであった。
 ちなみにそんなガチガチ状態の勇利の緊張をほぐすためか。ヴィクトルは合間を見て、勇利をニースの街へと連れ出してくれた。
 それをきっかけに、自分が現役時代だった時に、ヴィクトルが大会前に開催地の街に連れ出してくれたこと思い出したせいだろうか。一気に肩の力が抜けると、夜にホテルに戻る頃には二人して笑い合っていた。
 そしてそんなヴィクトルの様子は、大会日程に突入してもまるで変わらない。
 しかしいざ選手としてリンクの上に立つと、その様子は一転。物凄い集中力で次から次へとジャンプを決め、ショートプログラムの仕上がりは完璧であった。
 そしてその勢いのままフリープログラムも完璧に演じきり、他を寄せ付けぬ圧倒的な強さで優勝を飾るのであった。
 その様子はまさしく、これから彼の時代が始まることを予感させるものであった。

 そんなこんなで。無事に試合を終えると、翌日はエキシビションと、クロージングバンケットだ。
 ただし勇利は今回関係者では無いので、バンケットの方には参加できない。
 したがってエキシビションを終えると一人で真っ直ぐ宿泊しているホテルへ戻り、興奮冷めやらぬ勢いのまま、窓側に設置されているベッドへとダイブする。そしてスマートフォンで撮影していた、競技中の動画を繰り返し眺めた。
「はあ……ヴィクトル、すごかったなあ」
 生で見る演技は、氷を削る音やスピード感、それに選手たちの息遣いなど、肌で感じる臨場感が、テレビとは桁違いなものだ。
 中でもヴィクトルはその存在感が圧倒的で、一瞬たりとも目が離せない。そして彼の演技後にふと自分の頬が冷たいことに気付いて手を伸ばすと、涙でそこが濡れていた。
 その時のことを、録画したヴィクトルの演技動画を見ている最中に再び思い出し、一人感動の涙を溢れさせていた時のことだ。
 唐突に人の来訪を告げる部屋のチャイムが鳴り響いたのに、慌てて手の甲で目元をごしごしと拭いながら身体を起こす。
 そしてドアスコープから外の様子を伺うと、そこに明らかに酔ってへべれけな状態になっているスーツ姿のヴィクトルが立っていたのに驚いてドアを開けた。
「もうバンケット終わったんだ、早いね。
 それにしてもヴィクトルがそんなに酔ってるなんて珍しいじゃないか。もしかして部屋間違えた? ヴィクトルの部屋は隣だよ」
「んー……?」
 勇利が声をかけると、ヴィクトルは俯けていた顔をおずおずと上げ、ゆっくりと部屋の中へ入ってくる。
 しかしボーッとしていたせいで、ドア部分のわずかな段差に爪先を引っかけてしまったのか。すでに百八十センチ前後はある体躯が、覆いかぶさるようにしていきなり倒れ込んできたから慌てたなんてものではない。
 とはいえ避ける訳にもいかないので、両手を広げてなんとか全身で受け止める。
 そしてそれと同時に、鼻先にオメガ性の発情臭と思われる甘い香りが漂ってきたのに、そういうことかとため息を吐いた。
「なるほど……どこぞでオメガ性の発情臭にやられたせいで、酔っぱらいみたいになってるのか。しかもこんなに酔ってるところを見ると、抑制剤を飲み忘れたってところかな」
 抑制剤を飲んでいるか飲んでいないかの違いはあるものの、十年後に玄関先で彼とケンカをしてしまった時とほぼ同じ状況に、正直なところちょっぴり面白くない。でもだからといって、そのままにしておくわけにもいかないだろう。
 したがって何とか彼の腕を肩に回して立たせると、やっとの思いで使っていない廊下側のベッドの上まで運んだ。
「おーい、ヴィクトル。部屋のどこに抑制剤置いてあるのか、教えて欲しいんだけど」
 僕が代わりに取ってくるから頼むよと肩を揺すってみるものの、案の定彼の反応はまるで要領を得ないもので。さっぱり会話が成り立たないのに、ひどく困ってしまう。
「まいったなぁ。まだ現役選手だから、僕の手持ちの抑制剤を勝手に飲ませるわけにもいかないし。かといってこのままの状態で放置するのも……」
 こんなことなら、ヤコフコーチなど、彼のコーチ陣の連絡先を聞いておくべきだったとひとりごちる。
 しかしそれをきっかけに、それならヴィクトルのスマートフォンを借りれば良いのだと気付くと、ポンと両手を打ち鳴らした。
「ヴィクトル、スマートフォンどこ? ヤコフコーチに連絡するから」
「ん……ヤコフ? ヤコフは呼ばなくていいよ。勇利がいいんだ」
「はいはい、分かった分かった。それよりスマートフォンを貸してもらえないかな。ヴィクトルのアドレス帳なら、ヤコフコーチの連絡先が入ってるでしょ? それで連絡を取って、抑制剤を持って来てもらおう」
 そのままでも辛いでしょと言いながら促すように二の腕を軽くポンポンと叩くと、ようやく話を聞いてくれる気になったのか。
 あからさまに気怠げな雰囲気を漂わせながらも上体を起こしてくれたのに、胸を撫で下ろしたのも束の間のことだ。
 何故か唐突に彼の右腕が眼前に伸びてきて、肩をガシリと掴まれる。
 しかしその意図がさっぱり分からないのに呆けた表情を浮かべていると、その直後に身体が反転して。気付いた時には、ベッドの上に仰向けの格好で押し倒されていた。
「うわっ!?」
 その時彼が浮かべていた表情は、先ほど動画で見ていた演技中のものとそっくりだった。
 ただ動画で見たよりも瞳の奥が熱でゆらゆらと揺れているように感じられるのは、きっとアルファ性としての本能がそうさせているに違いない。
 そしてその圧倒的なオーラにすっかりと魅入られていると、その隙にさっさとうつ伏せの格好にされてしまう。それからルームウェア代わりに着ていた襟無しの長袖シャツから覗いていたうなじに、ガブリと噛みつかれた。
「いっ、だ!」
 こうやってその場所を噛まれたのは、一月にあのしょうもない動画を見られた時以来、二回目のことだ。
 ただしあの時は悪ふざけの延長のような軽い雰囲気が、周辺にどことなく漂っていた。
 でも今は違う。
 彼はすっかりとオメガ性の発情臭にやられてしまい、理性が失せている状態なのか。アルファ性独特の威圧感のあるオーラを全身にまとわせ、さらに甘さを含んだ清涼感のある香りを漂わせながら、明らかにそういう意図を含んで迫ってきている。
 きっとこの状態だと、目の前にいるのが家に居候しているアルファ性の男の、勝生勇利であるということもよく分かっていないはずだ。
 だからその手をはねのけなければいけないのに。
 久しぶりの彼との接触に、身体の方がさっさと陥落してしまったのか。まるで媚びるように腰をくねらせてしまう体たらくである。
 そしてそんなことをしていれば、当然その気になっているヴィクトルが乗ってこないはずもなく。一度うなじから唇を外すと、腰が動かないように両手でグッと掴んだ状態で、尻の狭間にグニグニと勃起した陰茎を擦りつけてくるのだ。
「――ッ、はっ……はぁっ! そこはっ、まって、まってってばぁ、っう」
 陰茎を強い力で押しつけられるたび、履いたままのズボンと下着の食い込みが深くなっていって。そしてついに双丘を割り開かれて尻の孔をグイグイと押し上げられると、明らかに挿入を意識した腰の動きに、興奮と焦燥感が一気に広がる。
 しかし待ってと口にしつつも、その声音が明らかに色を含んでしまっているせいか、ヴィクトルが腰の動きを止めることは無く。むしろ興に乗った様子で上体を背中にぴったりとくっつけ、体重をかけてくるのだ。
 さらに肩を押さえつけられて動かないように固定された状態で、グーッと腰を押しつけられると、おそらくは尻の孔に亀頭が当たっているのか。そこに覚えのある強烈な圧迫感が広がる感覚に、ブルブルと下肢を震わせた。
「ア、はぁっ! ううーっ……そこ、そこぉ……っ!」
「へえ……勇利って、最中はこんな声を出すんだ」
 動画で聞くよりもかわいいねと耳元で甘い声音で囁かれる。
 それと同時にグッグッと腰を押しつけられるたび、ベッドと自身の下腹部に勃起した陰茎が押しつぶされて。分かりやすい快楽がジワリと広がる感覚に、思わず床オナニーをする時のように腰をへこへこと動かすのが止まらない。
 そして最初の間、それは遠慮がちな動きだったのだが。気持ちよくなっていくにつれて大胆になっていってしまい、そのせいでヴィクトルに前を弄っているのがバレてしまう。
 おかげですぐに腰の動きを止められると、身体を上向きにされ、ズボンの上から前の膨らみをやわやわと揉みこまれてしまうのであった。
「あーあ。俺がいるのに、一人で楽しむなんてひどいじゃないか」
 そこで彼はうっそりとした笑みを浮かべながら、ズボンを下着ごと引き抜く。それからだらしなく口を開けて先走りをダラダラと漏らしている先端の小さな孔に、人差し指を突っ込んでグリグリとくじるからたまったものではない。
「う、あ(゛)、あ(゛)あ(゛)っ!?」
 途端に熱い物が喉元までこみ上げてきて、一気に強まる射精感に腰をわずかに浮かせながら下肢をヒクつかせる。
 しかしその瞬間に手を引かれてしまったのに、思わず泣き言を零した。
「ううっ、なんで……っ?」
 身体がギリギリの状態のせいで、頭の中が沸騰しているみたいだ。
 したがってこれはたまらないと、自身の下肢に手を這わせたのだが。その手も途中で掴まえられてしまい、自分ではなくヴィクトルの下肢に持っていかれる。
 そしてそこの熱い膨らみに驚いて手を引くと、含み笑いを漏らされてしまった。
「せっかくだし、一緒に気持ち良くなろうよ」
 彼はそう口にしながら、思わせぶりに目を細める。そしてまるで見せつけるかのように、自身のズボンの前立てに両手を這わせるのだ。
 それからことさらゆっくりとチャックを下ろして見覚えのある黒い下着が露わになると、それだけで感じる匂い立つ色気に、もうそこから目が離せない。
 さらに彼が指先を下着の縁に引っかけると、極太の陰茎が中からブルリと姿を表したのに、ゴクリと大きく喉を鳴らした。
「はぁ、っ」
「勇利、これが欲しくてたまらないって顔してる」
 そんなに好きなのと口にしながら先端を唇にふにふにと押しつけられたのに、たまらず口を開けて舌を出し、先端の先走りをねっとりと舐め取る。すると独特の雄臭さが口内にムワリと広がったのに、うっとりと目を細めた。
 そしてそのまま唇を大きく開け、喉の奥深くまでそれを飲み込もうとしたのだが。その前に腰を引かれてしまったせいで、それが叶うことは無い。
 それどころかすっかりとヴィクトルの陰茎に夢中になっているのをこれ幸いと、あれよあれよと両足を胸元まで持ち上げられて。あっという間に尻の孔まで丸見えの、恥ずかしい格好にされてしまう。
 しかもその直後に太股の間を勃起した陰茎でズルリと擦り上げられたせいで、開いた口からみっともなく嬌声混じりの吐息が漏れてしまうのであった。
「はっ、んっ、んんーっ……!」
 足の間に挿入された陰茎は、カリ首の段差で会陰部を擦り上げるようにしながら奥へ奥へと進んでいく。
 それから感じているせいで常よりもキュッと縮んでいる陰嚢を、先端で押し潰すようにしてグニグニと刺激を加えられる、どこか心許ない感覚に爪先をきゅっと丸めた。
 でもそれと同時に猛烈な興奮を覚えてもいるのは、本当に挿入されているみたいな格好だからだろうか。
 そしてそんなことを考えているのもお見通しだというように、さらに体重をかけながらグッと陰嚢を押し上げられて。自身の太股と腹に挟まれている竿と亀頭を圧迫され、目の前がチカチカするのにあっと小さく声を漏らした時にはもう遅い。
 呆気ないほど簡単に、先端から白い液体を大量に溢れさせてしまっていた。
 しかしそれで終わりではない。
 まだ達しているから勘弁して欲しいのに。ヴィクトルは構わずグッグッと体重をかけながら足の間をカリ首でゴリゴリとかいてくるのだ。
「勇利、こんなに一杯出して。ずっとオナニーしてなかったのかな」
 そしてこれである。
 これはたまらないと突っぱねるように胸元に手を伸ばすものの、下肢を押しつけられるたびにトロリと精液の残滓が溢れてしまうせいで、まるで説得力が無い。
 しかもそうして体重をかけられるたびに自身の腹の上に漏らした精液が、ブチュ、グチュと破ぜるみっともない音が響くために、恥ずかしさもひとしおだ。
 でも何だかんだと言いつつ気持ち良いのも、また事実で。
 おかげでなんだかもう頭の中はグチャグチャで、許容量を完全にオーバーしてしまったのか。大人げなくめそめそとべそをかきはじめてしまうと、ヴィクトルは手を伸ばしてきて目元を拭ってくれた。
「ああ、ごめん。意地悪するつもりは無いんだ。あと少しだけだから、ね」
 さらに足の間から陰茎を引き抜いてくれたので、ようやく解放されるのかと思いきや。それどころか、尻の穴に亀頭を押しつけられたのに、目を白黒とさせる。
 しかも射精直後で身体が弛緩していたため、そこは少しばかり緩んだ状態だったのか。先端をちょっぴり埋め込まれてしまう。
 そしてその状態で熱い物をビュルリと放出されると、出された精液が淫筒の中に溢れる感覚に、くんと鼻を鳴らしながら足をピンと跳ねさせた。
「う、あ……それぇ、っ!」
「う……ん、ごめん。先を押し当てたから、少し中に入っちゃったかな」
 挿入してはいないからと言われながら腰を引かれると、強烈な圧迫感が薄れるのと同時に、入口付近にとどまっていたらしい生暖かい液体が大量にドロリと零れ落ちる感覚がする。
 そのえもいわれぬ感覚にブルリと下肢を震わせると、自身の陰茎からも白い液体が再び溢れてきたのに、しばし意識を薄れさせた。

 それからベッドの上に横たわったままの格好で射精の余韻にどっぷりとひたっていると、尻の孔の周辺を暖かな濡れタオルのようなもので拭われるむずむずとした感覚がしたのに目蓋をゆっくりと開く。
 それをきっかけに足をしどけなく広げた恥ずかしい格好で寝ていたことに気付くと、小さく唸るような声を漏らしながら、渋々と上体を起こした。
「ううー……」
「身体拭いていたんだけど、起こしちゃったかな」
 そこで眼前に白いタオルをかざされ、さらに顔をごしごしとふかれる。最初はそれから逃げるようにむずがっていたのだが。
 しばらくしてぼんやりとしていた意識がいくらかはっきりしてくると、ぱちぱちと目を瞬かせた。
「あ、れ? えっと……ヴィクトル、もう大丈夫なの?」
「うん? 何が?」
「部屋に来た時、発情臭に酔ったみたいになってたから」
 でも今は、いつもと変わらないように見えるのに、気のせいじゃないよなと思いつつ色々な角度から彼の顔を観察してしまう。
 それにヴィクトルは困ったように眉をハの字に下げつつ、さっきはごめんとすまなそうに口にした。
「バンケットの会場から部屋に戻る途中、エレベーターの中で偶然オメガ性の人と居合わせてしまったんだ。それが運悪くヒート前の人で、俺がアルファ性だったものだから刺激してしまったみたいで。結果、あの体たらくだよ。
 でも発散したせいかな。今はもう大丈夫だから」
「そっか、なら良かった。
 僕なんかはそういう経験ほとんど無いけど。ヴィクトルはしょっちゅう巻き込まれてるよね。やっぱり、こう、アルファ性としての生まれ持ったオーラ……っていうか格? みたいなものが違うのかなあ」
「ええ? 何だいそれ。それに、そんなにしょっちゅう巻き込まれてる訳でも無いと思うけどな。勇利と出会ってからは、初めてじゃない?」
「あー……」
 そこでそういえば前回の発情臭絡みの一悶着は、十年後の世界でのことだったことを思い出す。
 ただその件についてこの空気の中で話すのは何となく気が進まなかったのもあり、誤魔化し笑いを漏らしつつ、そういえばそっかと答えた。
「まあともかく、ヴィクトルが元に戻って良かったよ。そういえば抑制剤飲んでなかったの?」
「ごめん。大会が終わったと思ったら、なんだか気が抜けちゃって。そのせいですっかり薬のこと忘れてたんだ」
「もう、何があるか分からないし、気を付けないと駄目じゃないか。
 でも、ヴィクトルでもそういうことあるんだ」
 どちらかというといつも勇利の方がその手の問題を起こすので、新鮮だ。
 そのせいもあってだろうか。よく分からないが、ちょっぴり優越感に浸りながら若いねと思わず口にすると、目の前にズイと顔が近付いてくる。
 そこで言い過ぎたと気付いた時にはもう遅い。
 ヴィクトルはやや目を据わらせながら背中を折り曲げてくると、勇利の背中と膝裏に手を添えるのだ。
 それに何だ何だと思いながら混乱していると、彼は曲げていた背中を伸ばし、勇利の身体を持ち上げる。つまり通称お姫さま抱っこをされていることに気付くと、目を白黒とさせた。
「うわっ!? ちょっ、なっ、何してるの!?」
「こっちのベッドは汚れちゃってるから、寝るなら隣の綺麗な方に移動しないとだろう? でも勇利、さっきたくさんイってたから、足腰立たないかなと思って」
「いい、いいってば! 自分で歩けるからっ!」
「遠慮しないで。俺、若いから」
 なるほど。先の発言を、明らかに根に持たれている。
 しかし羞恥心から両手で顔を覆いながらごめんごめんといくら言ってもニコニコと笑いながら流されるだけで、結局隣のベッドまでその格好のまま運ばれるのであった。
 そして勇利はいたたまれない気持ちを隠すように、真新しいベッドの中にもぞもぞと潜り込んでいき、頭から布団をかぶったのだが。まるで追いかけるかのようにヴィクトルもベッドの中へ入り込んでくると、背中にすり寄ってきたのにううと喉を鳴らした。
「ヴィクトルの部屋、隣じゃないか。なのに何でここで寝ようとしてるの」
「さっきまであんなに激しく求めあっていたのに。セックスが終わったらはい終わりなんて、冷たい男だなあ、勇利は」
 俺はまだこんなに熱いのにと言いながら、未だ剥き出しの下肢を尻に押しつけられたのに、ヒッと小さく声を上げながら背中をピンと伸ばす。
 そこで自分自身も下肢に何も身につけていないことに気付いて焦るものの、いつの間にか上体をガッチリとホールドされているため、まるで動けない。
 したがってただひたすらに地蔵のように固まり、ヴィクトルからのちょっかいをやり過ごすのであった。
 ただしそんな状況で、まともに寝られるはずもなく。しばらくして背後からスースーという規則正しい寝息が聞こえてきたのに恨み節を心の中で唱えつつ、まんじりともせず夜を明かすのであった。

 おかげで翌日はすっかりと寝不足だったのは言うまでもなく。所構わずうとうとと船を漕いでいたせいで、みっともないことにヴィクトルに抱えられるようにしてロシアへと戻るのであった。
 はっきり言って、どちらが選手か分かったものではない。
 しかし勇利の面倒を見ていたヴィクトルの表情が、始終緩みきっていたのは言うまでもないだろう。

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