そしてそれから。
まさかのヴィクトル本人が、その滑ってみた動画を見たと言って日本にまでやって来たことで、勇利を取り巻く環境が一変する。
はっきり言って、少し前にやっとの思いで購入した同人誌をおかずに、アナニーを毎夜楽しんでいる騒ぎでは無い。
だって考えてもみて欲しい。幼い頃から好きすぎて、もはや憧れを通り越して神にも等しい存在が同じ屋根の下にいるのだ。
全ての出来事があんまりにも非現実的すぎて、数日経過した今でも自分の置かれている状況が全く理解出来ていない。
だからあのヴィクトルがコーチをしてくれると申し出てくれたのも、あまりに現実離れしすぎているせいで正直完全に夢の続き状態だ。したがって現状を完全には受け止めきれずに彼の手から逃げ回っていると、業を煮やしたのか。
ヴィクトルは一緒に寝ようとか、温泉に入ろうとか、何かにつけては接触を図ってくるようになって。
おかげで彼が来たばかりの頃に勇利が浮かべていた、羨望からくるキラキラとした眼差しはどこへやら。すぐに瀕死状態になっていた。
そしてヴィクトルがやって来てから数日後の夜。勇利はこれまでの日課のアナニー……ではなく、自室のドアに背を預ける格好で体育座りをしていた。
何をしているのかというと、どうやら風呂上がりの日課になっているらしい、ヴィクトルの一緒に寝よう攻撃を防ぐためである。
「どうしてこんなことに……いや、もちろんヴィクトルがコーチを申し出てくれたのは、有り難いけど」
ただどう考えても、コミュニケーションを取る上で一緒に寝る必要性は全く感じない。
ちなみに一度根負けして部屋の中に入れたことがあるが、入って来て早々、彼は何を考えているのか。好んで着ている館内着をいそいそと脱ぎだした時は、本当にまいった。
当然背中を押して廊下まで押し出したのは言うまでもない。
「そういえば、同人誌で何回か見たことあるような展開だよな……これ」
ただし、相手は勇利ではなくユーリだったが。同人誌の方は、たしかヴィクトルの家にユーリが居候する話だったっけなとぼんやり思い出す。なんだか不思議な気分だ。
とはいえ、相手は長年憧れて来た相手だ。当然この展開は満更でもない。
ただどう考えても、こんな冴えない眼鏡で引っ込み思案な日本人に、雑誌の表紙を何度も飾り、色々な国のテレビで特集を組まれるほどの人物が、本当の意味で興味を抱いているとは思えない。
「ヴィクトルって、結構ノリが軽いっていうか。思いつきで動いてるっぽい所あるからなあ」
そのうち彼の興味が他に移ったら、勇利のことなんて何の未練も無くポイと捨てられそうだ。その時自分が彼にはまりこんでいたらと思うと……ゾッとする。
なるべく深く関わらないように。いつ離れても大丈夫なようにしなければ。
そうしないと、とんでもないことになりそうだ。
例の滑ってみた動画を見た時点で、ヴィクトルは勇利が自身のファンであることに薄々気付いているだろう。でもまさか、スケートをはじめた頃からの筋金入りのファンで、さらには同人誌まで手を出すほどのガチなオタクであるとは思っていないはずだ。
こんな面倒くさい相手に思いつきで手を出して。彼にしては貧乏クジを引いたよなと思う。
そしてそんなことを他人事のように考えつつ深い深いため息を吐いていると、ギシギシと大股で廊下を歩いてくる音が聞こえてくる。今夜の襲撃開始の合図だ。
そこで勇利は立ち上がって背中をぴったりとドアに張り付けると、全身にぐっと力をこめた。
戻る