アイル

腐男子がイケメンスケーターに迫られるはずがない!-5

 勇利はヴィクトルにエロ本を発見されてしまったせいで、多大なる精神的ダメージを受けてしばらくの間虚脱状態になっていた。しかしそれも束の間。
 今度はまさかのまさか。先のジュニアグランプリファイナルで優勝し、その後会場のトイレで勇利に向かって引退をしろと啖呵を切ってきたユーリまで勇利の実家にやって来たのである。
 おかげで勇利の脳内は再び混乱の渦の真っ直中に突き落とされ、憧れの人物にエロ本が見つかってしまったことに頭を悩ませているどころでは無くなる。
 だって、考えてもみて欲しい。勇利は腐男子で、もともと好んで読んでいたのはヴィクトルとユーリの組み合わせのものなのだ。どう考えても、これはご褒美展開でしかない。
 というわけでまさかのユーリ改めユリオが、ロシアからはるばる日本の九州までやって来たその日。勇利は何だかんだといつも通りにアイスキャッスルでの練習を終えてから実家に戻ると、夕飯を食べるために居間に向かう。そして自分の横に座っているユリオと、その隣に腰掛けているヴィクトルの様子を、どこか夢現な表情でボーッと眺めながらダイエットメニューのブロッコリーともやしを食べていた。
「なんだこの二本の棒。こんなもんで飯が食えるわけねーだろ」
「あはは、ユリオはお子ちゃまだなあ。これは日本の箸だよ。日本人はこれで器用に食事を食べるんだ、俺も練習して使えるようになったよ」
「んだそれ」
 ヴィクトルがユリオのことをお子ちゃま扱いしているのは、絶対にわざとだろう。実に楽しそうに笑っており、Sっぽい表情が見え隠れしている。そしてそんなヴィクトルの挑発の言葉に簡単に乗って、箸と格闘しているユリオもとても良い。同人誌によくある展開だ。
 まあ、本の中の二人はもう少しほんわかしており、ヴィクトルのS度成分とユリオのロシアンヤンキー成分はほとんど無かったような気もするが。
(ユリオもまだそんなにメディアに露出している訳じゃないし。ヴィクトルはファンサービスに抜かりないおかげか……そういった一面は一切表に出てきてないからなあ)
 ヴィクトルのそんな性格に関しては、重度のファンである勇利も知らなかった一面である。そこで自分がそれを知ったきっかけを思い出し、まだやや緩んでいる己の腹を見て、子ブタ呼びされているのを思い出す。
 別に勇利自身はマゾヒズムな属性を持ち合わせている訳では無いので、未だに子ブタ呼びされるとダメージが大きい。まあ完全に自業自得だが。
 しかしそんな自分自身のダメージはともかくとして、腐男子的にはヴィクトルがドSの方が美味しい展開だよなと考えつつ、気を取り直して二人の方へ再び視線を向ける。するとヴィクトルがユリオの口の端に付いた米粒を取ってあげている様子が目に入った。
(あ……)
 そんな二人の背後に後光がさしているように見えるのは、きっと気のせいではないだろう。ただただ麗しく、思わずリアルに拝みたい気分になる。
 だから―何となく疎外感を感じるのはきっと気のせいに違いない。
 それを誤魔化すように、未だ箸と格闘しているユリオにフォークを持って来るかと声をかける。しかしユリオではなく、ヴィクトルに大丈夫だよと答えられた。
 まるで全てを見透かされているみたいだった。

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