アイル

子豚ちゃんと氷上のプリンス-7(R18)

 勇利はホテルの自室に戻ると、すぐに風呂に入り部屋着に着替える。それから毎度のごとくスマートフォンの電源を切り、ベッドの中に潜り込んで早速不貞寝モードに突入した。

 それからおよそ二時間近く経った頃合いだろうか。遠くから部屋のドアをノックする音が聞こえたのに、微睡ませていた意識をゆっくりと浮上させる。そして目を手の甲で擦りながら、もそもそと起き上がって部屋の扉を開けた。
「―はい」
「やあ、勇利。さっきぶり」
「あ、れ……? ヴィクトル?」
「そう、俺。少し話したいことがあるんだけど、いいかな」
 寝起きでまだ寝ぼけていたのもあり、誰か確認せずに扉を開けたらまさかのまさか。
 そこには先ほどから勇利相手に爆弾を投下し続けている超本人。ヴィクトルが片手を上げた姿で立っていたのに、ポカンと口を開けたまま固まった。
「……ゆめ?」
「夢って、大げさだなあ。ああ……その様子だと、もしかして寝ていた? だから相手が誰か確認しないでドアを開けたのか。ちゃんと声をかけて確認してからでないと危ないよ」
 そこでいいかいと口にしながら唇に人差し指を添えられ、さらに首を傾げられるオプション付きだ。
 おかげでそれまでの眠気なんてどこへやら。一気に意識が覚醒すると、物凄い勢いで背後に飛び退った。
「―っ!? え、あ、それでは……失礼しました」
「いやいや、ちょっと待って!? 勇利、俺のこと知っているよね!? 別に怪しい人じゃないから!」
 少しばかりパニックになっていたのもあり、一礼をした後に開けたドアをそのまま閉める。しかしドアが完全に閉まる前にその隙間に足を差し込まれたので、それが成功することは無かった。
 そんなこんなで最終的に、勇利は半ば押し切られる形でヴィクトルを部屋の中に招き入れることになるのであった。

「すみません、部屋の中汚くて」
「いや、寝ていたんだろう? こっちも変な時間に押し掛けて悪かったよ」
 ひとまずヴィクトルを応接イスに案内した後、ぐちゃぐちゃになっているベッドのシーツを軽く整える。それから二人分の紅茶を入れると、テーブルの上にティーカップを置き、彼の前のイスに腰掛けた。
 ヴィクトルはその容姿が完璧すぎるせいか、その姿からは生活感を一切感じさせない。それに引き替え自分ときたら。ベッドはぐちゃぐちゃだわ、格好もパジャマ代わりのジャージ姿だわで非常に心苦しい。
 まあ今更ではあるのだが。
「紅茶、ありがとう。気を使わせちゃって悪かったね」
「いえ。僕の方こそ、さっきは寝ぼけていてすみません。それで、話しってどうかしたんですか?」
「さっき打ち上げの会場で、中途半端な状態で別れちゃっただろう? だからきちんと話したいと思って」
「というと、告白うんぬんの話しですか? 心配しなくても、冗談だって分かってますから」
 あれからある程度時間が経ち、ヴィクトルもようやくアルコールが抜けてきたのだろう。そして男に告白の真似事をしたのを思い出し、勘違いをされては困ると、わざわざこうして部屋までやって来たといったところだろうか。
「ピチットくんにも、あれは冗談だって言ってありますから」
 安心してくださいと口にしながら、苦笑を漏らす。これで彼の心配事も無くなるだろう。―そう思ったのだが。
 肝心なヴィクトルはというと肩を軽く竦めていて、表情もなにやら不満げな様子なのである。
「ええと……あれ? この件じゃ無かったですか?」
「いや、合ってる。ただ、勘違いしているようだからはっきり言っておくけれど、俺は冗談で告白をするような不誠実な真似はしないよ」
「はい。だから酔ってたんですよね?」
「あの時俺は訳の分からないことを言い出すほど酔ってはいなかったし、今に至っては完全に素面だ」
 でもちょっと待って欲しい思う。だって酔っていないとなると、色々と話がおかしなことになるのだ。
 したがって目の前に座っている男の様子を、失礼を承知で上から下までじっくりと観察してみたのだが、彼は優雅な仕草で勇利のいれた紅茶を飲んでいて。その様子は、彼の言うとおり。普段の様子と全く変わらず、酔っているようには見えない。
 ということはだ。ここまでの彼の発言をまとめてみると、つまり打ち上げ会場で彼が口にした付き合おうという発言は真実ということになってしまう。
 いや、しかしそんなの有り得ないだろうと呆けた表情をしていると、ヴィクトルは手に持っていたカップをテーブルの上に置く。そして上体を乗り出す格好になりながら、勇利の顎に指先を添えてきた。
「さっきは勢いで言ってしまった部分もあるからね。誠実さに欠けていて、悪いことをしてしまったと思っているんだ。だから改めて……俺と付き合ってくれないかな、勇利」
「えっ……ええっ!?」 
 その表情は自信に満ち溢れており、指先まで神経の行き届いた姿は完璧で、まるで一枚の絵画のようだ。
 そんな圧倒的な存在感にたまらず上体を仰け反らすと、勢いあまってイスごと後方に倒れ、床の上に転がり落ちてしまう。
 彼はいつも勇利に驚きをもたらしてくれる。しかしまさか……こんな形で驚きを提供されるとは夢にも思っていなかった。
「あ。大丈夫? 怪我しなかった?」
「す、すみません。驚きすぎたせいで、つい。でも絨毯の上なので大丈夫です。それよりヴィクトルの方が大丈夫ですか? 熱とかあるんじゃ」
「全然? 体調はすこぶる良いよ」
 いや、嘘だと心の中で即座に突っ込みを入れたのは言うまでもない。
 そしてそんな調子でグルグルと頭の中で考え事をしていたせいで、床の絨毯の上に座り込んだままでいると、ヴィクトルはすぐに立ち上がって手を差し伸べてくれる。
 もちろん拒否する理由は無いので、気恥ずかしさを覚えつつもその手を取ると、自然な流れでベッドまで導かれてそこに座るように促された。
 それからギシリという音が横から聞こえてきたのに顔を上げると、真横にちゃっかりと彼も腰掛けている。
 なるほど、手慣れたものだ。なんて冷静に突っ込みを入れて平静を装ってみるが、心臓の脈打つ音はどんどん大きくなる一方だ。
 普通、男が男に付き合おうと言われてこんな反応をするなんて、絶対におかしいと思うのに。
(これじゃあ、まるで―)
 しかしこれ以上このドキドキの理由を考えてしまったら、もう後には戻れない気がする。
 だからそんな自分の感情を何とか誤魔化そうと、曖昧な笑みを浮かべながら、急にどうしたんですかと苦し紛れの言葉を口にした。
「急? うーん……まあ確かに、そういう意味で好きなんじゃないかって思いだしたのはここ数日のことだし、さっきは酒で気分が多少浮付いていたのもあって、そう見えたかもしれないけど。でもよくよく考えてみると、無自覚だっただけで以前から惹かれていたのは確かではあるんだ」
「はあ」
「初めて勇利の動画をネットで見た時、演技前と最中のギャップにドキッとしたんだ。それで興味を持って、勇利の実家を教えてもらって押し掛けコーチの真似事までして。
 それからしばらくの間勇利と過ごしてみたら、キスの経験もろくに無いって言うじゃないか。それであの動画みたいな滑りをしたんだと思うと……ゾクゾクする。それならキスを知って、セックスを知ったらどうなるんだろうって。だからもっと、見てみたいって思った。―つまりこれは、恋なんじゃないかって」 
 小さい頃から彼の公式プログラムを一つも欠かさず見てきて、雑誌にテレビ番組もほとんど網羅している。そのはずなのに、今彼が浮かべている表情は一度も見たことがない。
 演技中のそれとはまるで違う。野性的で、ほんのりと香る雄の色気に息をするのもままならない。気分は肉食獣に壁際まで追いつめられた草食動物だ。
 さらに彼は駄目押しとばかりにベッドの上に手を付き、ぐっと顔を寄せて来るのである。
「それで、出来れば勇利の返答を聞きたいんだけど」
「う、あっ」
 咄嗟に身体を引くが、離れた分だけさらに身体を寄せられ、近すぎる距離感に顔が火照っているなんてものではない。頬だけではなく耳まで真っ赤だろう。
 このままだと、早々にギブアップをしてしまう未来しか見えない。
(―って、ちょっと待て。ギブアップってなんだ!?)
 それじゃあまるで、彼の想いを受け入れるみたいじゃないかと目を白黒させる。
 しかもこんな時に限って、ヴィクトルは顔が真っ赤だよなんて言いながら頬を指の背で優しく撫でてくるのである。
「だ、だからっ、知っていると思いますけど、僕は昔からヴィクトルのファンで、だからこういうのは困るっていうか」
「うん、分かってやってる。勇利ってこういうスキンシップが苦手だよね。すぐ赤くなって、俺のことを意識しているのがよく分かる」
「~~ッッッ!?」
 たぶん、全部筒抜けだろうなとは思っていましたけど、やっぱりそうでしたかと内心で泣きを入れつつ、勢いでベッドから立ち上がって逃げの体勢に入る。思いきり空気を読めていないのは分かっているが、もうなりふり構わずだ。
 それからとりあえず、ピチットあたりの部屋に逃げ込もうかと算段していたのだが。背後から伸びてきた手によってすぐに腕を捕まえられると、身体を反転させられ、向かいの壁に押しつけられてしまう。
「とりあえず、イエスかノーか、それだけ教えて欲しいな」
「うぐっ」
 背後は壁、目の前にはヴィクトルの顔。さらに両脇には彼の腕があるので、完全に退路を絶たれた格好だ。まさか男の自分が壁ドンされるとは。人生何が起こるか分からない。
 そしてこのままだと、恐らくキスをされるのは時間の問題だろう。その証拠に、彼の手が頬に添えられ、親指が思わせぶりに下唇を撫でていて、それに促されるように思わず唇を薄く開けてしまう。
 自分の身体の、なんて正直なことか。
「俺の自意識過剰でなければ……答えはもう決まっているように思えるんだけど。何をそんなに迷っているのかな」
「だ、だって、ヴィクトルは別に僕みたいなのじゃなくても……他にいくらでも、綺麗な女性とか、周りにたくさんいるから」
 表彰台の位置と同じく、彼はどこにいっても常にスポットライトの真ん中だ。周りにはたくさんの人がいて、そのほとんどは女性だ。そして彼女たちは、彼が手を振るたびに卒倒しそうな勢いで歓声を上げている。
 そんな光景は、今まで腐るほど見てきた。表現は少し悪いが、ヴィクトルであればその中からいくらでも選び放題だろうに。それがなんだって、こんなメガネの冴えない日本人をという感じだ。しかも男である。
「遊びとかなら、面倒なだけだし止めた方がいいですよ。僕、結構しつこいんです」
「つまり勇利は、自分が男だから素直な気持ちを口にする自信が無いのかな。それで俺がすぐに心変わりしやしないか心配ってこと?」
 そのまま軽く笑って、その場を誤魔化そうとしたのに。彼はいつも核心を突いてきて、勇利に本心をさらけ出させる。
 そして今回も、そう。
 ヴィクトルは幼少期からの憧れの存在だ。そんな彼が突然目の前に現れてコーチを申し出てくれて、さらには悪ふざけとはいえキスまでされた。
 それをきっかけに、憧れが恋心に変化したのは……たぶん、すぐだった。きっと二つの感情は、紙一重のものなのだろう。
 そうでもなければ、もっと徹底的に彼のそんな行動を嫌がったはずだ。でも今まで恋人なんていたことも無かったのに加え、相手は男なので深く考えることは無かった。恐らくこの時は無意識に受け入れていたのだろう。
 でも今は違う。彼にはっきりと想いを告げられたことで、自分の気持ちも何だかんだ言いつつちゃんと理解している。
 そのくせこうして頑なに返答を避けているのは、彼の言う通り。捨てられるのが怖いからだ。
「何となく、勇利がそう言うのも分かるよ。さっきも言ったけど、そもそも俺は今まで女性としか付き合ったことが無いし。―でも彼女たちは、俺を満足させるスケーティングをしてくれない。それが出来るのは、世界にたった一人。勇利だけだ。それじゃあ駄目かな」
 ヴィクトルはずるい。
 憧れの人にそんなことを言われたら、誰が否と言えるだろうか。
「ねえ、勇利。好きだよ、愛してる」
「ぼくも……すきです」
 いつの間にかくっ付いていた額同士を一度離されると、よく出来ましたというように髪の毛を梳くように撫でられる。
 それが気持ちよくて。少しばかり油断をして、目を細めながらそれまでの張りつめていた意識を緩ませると、彼はそれを敏感に察したのだろう。隙有りというように軽く唇同士を触れ合わせられ、三度目のキスをされた。
「―っ!」
「ふふ。これで、勇利のファースト、セカンド、サードキスは俺のものだ」
「また、いきなりそういうことをっ」
 油断も隙もあったものではない。
 いや、まあ、嬉しいのだけれど。やはり何もかもが初めてのことだらけで、羞恥心の方が先に立つというか。それとキスの回数まで完璧に把握されているのが、不本意で情けない。
 したがって今更ながら口元を手で覆いながら警戒心を露わにしていると、可愛いなあと呟くように口にされて。さらにはたまらないといった様子で両手を頬に這わされ、指先で耳元をくすぐられる。
 彼はどんなに大きな大会で優勝しても、その感情を爆発させることは無く、いつもどこか冷静さを漂わせていた。
 そんな彼が、こんな些細な場面でこうして感情を露にしているなんて。そしてそうさせているのは、勇利自身なのだ。
「もう一回、今度はちゃんとキスをしてもいい?」
 目の前の事実がにわかには信じられずに呆けていると、いつの間にか目の前には綺麗なスカイブルーの瞳がある。
 その透き通った虹彩の奥に静かに揺らめいている炎を感じると、何故か勇利自身も煽られてたまらなくなって。勝手に熱い息が漏れてしまうのは、どうしてだろう。
「このキスをしたら……もう後戻りは出来ないよ」
 今の勇利にとって、その言葉のなんて甘美なことか。背中にゾクリとしたものが走り、自然と口が軽く開く。
 まだヴィクトルへの恋心を自覚したばかりなのに、すでにこんなにも彼に首ったけなのだ。後戻りなんて、今更出来るわけ無いじゃないかと思う。
 だから自分じゃなくて、彼の方がそうなってしまえばいいのにと思った。

 二人の間の距離がゼロになると、唇同士が四度目触れ合う。それからいつもはすぐに離れていくのだが、今回は違う。
 固く閉じていた唇の狭間に舌先を這わされたのをきっかけに、まるで招き入れるように口を緩く開けてしまったので嫌がっていないと彼は思ったのか。くすりと小さく含み笑いを零しながら、その隙間に舌先をヌルリと挿入され、口内の奥深くまで舌を挿入される。
「はっ、ん、うぅ」
 もちろん勇利は、こんなに深いキスをするのなんて生まれて初めての経験だ。したがって彼から与えられる口付けを受け入れるのに一杯一杯で、正直今自分が何をしているのかそこまでよく分かっていない。
 ただ互いの舌先同士が触れると、その生々しい熱の感触に今さらのように理性をチクリと刺激されて。それに反射的に目を薄く開けると、思いがけずヴィクトルの色素の薄い瞳と真正面から視線が絡み合う。
 そしてそれをきっかけに彼と深いキスをしているのだとようやく認識すると、大きく喉を鳴らした。
「ん、ぐっ!」
 普段は決して他の人に触れられることの無い粘膜に、思いがけず刺激を加えられているせいだろうか。なんだか身体の隅々まで暴かれているみたいで、ひどく羞恥心を煽られる。加えて口を完全に塞がれているせいで、まったく息が出来ないのだ。
 それに少しばかりパニック状態に陥ると、咄嗟にヴィクトルの肩を両手で押しながら顔を背け、肩ではあはあと荒い息を吐く。
 はっきり言って、こんなのどこからどう見ても初心者丸出しの反応だろう。
 しかしヴィクトルはそんな相手にも容赦無く、すぐに顎を指先で捕まえると、強制的に正面を向かされ再び唇を塞いでくるのだ。
「勇利、キスの時は口じゃなくて鼻で息をするんだよ」
「まって、まだ―ん、むっ」
 息も整っていないし、この状況もまるで受け止められていない。だから少し待ってと言おうとしたのだが、ヴィクトルはそんなのまるで無視だ。
 それどころか早速息継ぎを試してごらんと言わんばかりに、再び顔を傾けながら深く口付けてくる。
 しかも今度は逃げるのを許さないというように、背後の壁に押しつけるようにしながら、さらに口内の奥深くまで舌を挿入してくるのだ。
「う、うう」
 鼻で息をするのなんて、いつもしていることだからなんてことないはずなのに。
 口内を舌で探られているせいで、そちらの方が気になってしまって上手く息を吸えない。
 さらに歯列の裏側から口蓋にかけてをベロリと舐め上げられると、何故か足から力が抜けるような感覚が走って。反射的に目の前にあるヴィクトルのシャツの胸元を握りしめてしまったせいで、それがバレてしまったのか。
 何度か様子を伺うように、舌先でクニクニと刺激を加えられた後はもう手加減無しだ。
「―っ! ん、ぐぅ」
 右手を頬に添えられ、さらに左手で耳元をくすぐられて。そんな風にほぼガッチリと固定された状態で、先ほど反応を見せてしまった箇所を重点的に攻めてくるのでたまったものではない。
 口蓋を肉厚な舌でねっとりと舐め上げられると、途端にそこに広がるむずむずとした感覚は……快感だ。
 そして一度でもそう認識してしまうと、もう止まらない。
 それはまるで遅効性の毒のようにジワジワと身体全体に広がっていき、一切触れられていないはずの下肢に熱が集まってくる感覚に、少しずつ思考回路がぼやけていく。
 それをきっかけに、申し訳程度にヴィクトルの胸元に添えていた手を肩までおずおずと滑らせながら、唇の繋がりがもっと深くなるように身体を擦り寄せて。そうしてたどたどしいながらも精一杯の誘いを無意識に仕掛けていると、不意に膝頭を下肢に擦り付けられ、陰茎をグリと押し潰すように刺激されたのにたまらず背中をピンと伸ばした。
「む、ぐっ!? ―っは、ううっ! ちょっと、待って、それはっ、」
 完全に油断していたところだったので、唐突に与えられた直接的な快楽を受け止めきれず、直後に完全に腰砕け状態になってしまう。
 となると当然自身の身体を支えきれずに壁を伝ってずるずると床まで滑り落ちてしまい、そこからは完全にヴィクトルの独擅場だ。
 彼は勇利がキスでふにゃふにゃになっているのをこれ幸いと、両脇に手を差し込んで抱え上げ、再びベッドの上に連れて行って仰向けの格好で寝かせるのだ。
 それから勇利のメガネを外してサイドボードに乗せ、両脇に手を付きながら顔を覗き込んできた。
「はあ……勇利、たまらないよ。思った以上で、ちょっと我慢がきかないかも」
「びくとる?」
 メガネを外されてしまったせいで視界がややぼやけているものの、それでも目の前の男が常よりも陶然とした表情を浮かべているように見えるのはきっと気のせいではないだろう。
 目元が赤く染まっており、息遣いも常よりやや荒く余裕が無さそうだ。そしてその瞳にはっきりと情欲の炎がちらついており、彼も興奮しているのだと気付くと、それだけでなぜか勇利まで自然と胸が高鳴り小さく息が漏れる。
 しかしそんな風にその場の雰囲気に浸っていられたのも束の間。
「勇利。もう少しだけいいかな」
 そう口にしたヴィクトルの妖艶な笑みにポーッとしていると、あれよあれよという間にジャージのズボンと下着を引きずり下ろされて。気付いた時には下肢が丸裸な状態だ。
 しかも彼は何を考えているのやら。その美貌を下肢に近付け、勇利のちょっと反応している下肢をまじまじと見つめているのである。
 もちろんそんな場所を他人にじっくりと見られたことなんて無いし、以前うっかり実家の温泉で目にしてしまったヴィクトルのモノより明らかに粗末なものなのでとてもつらい。
「これは、えっと」
「大丈夫。勇利に気持ち良くなって欲しいだけだから」
 いや、全然大丈夫じゃないですと即座に突っ込みを入れながら、慌てて上体を起こす。それから腰を後方に逃がそうとしたのだが、時すでに遅し。
 彼は勇利が身体を起こした瞬間に腰に手を回して動けなくしてしまう。さらに陰茎まで手に取られ、ゆるゆると上下に扱かれてしまったらもう完全に降参だ。
 数回擦られただけで先走りが溢れ、それから彼の美しい唇がゆっくりと開き―
「まっ、まさか! ヴィクトルそれは駄目―っは、ああ……っ!」
 口が陰茎に近付いていくのに慌てて制止の声を上げるものの、目の前の男はそんなのまるで無視だ。そしてその直後、先端が生暖かい感触に包まれていた。
 寝る前に風呂に入っておいて良かったとか、それ以前にあのヴィクトルが、自分のアレを舐めているなんて有り得ないとか、脳裏に色々な考えが走馬燈のように浮かんでは消える。
 しかし舌先で器用に皮を剥かれ、さらに敏感な亀頭の粘膜に舌を這わされてしまっては、考え事をする余裕なんて一気に無くなる。
「ひ、うっ! それ、ほんとに、だめだって、ば、あ……っ」
 もちろん他人の手に触れられるのは生まれて初めての経験なので、追い込まれるのは驚くほど呆気ない。兆していた程度だった陰茎は、あっという間に硬く反り上がり、双球もぱんぱんに膨れ上がってきゅっと持ち上がる。
 おかげで顔を離してもらおうと必死に伸ばした手も、途中でへなへなと力が抜けてヴィクトルの髪の毛を力なくかき混ぜることしか出来ない。
 加えて両足で顔を軽く挟み込むようにしてしまっている有様なので、この状態で駄目だと言ってもあまり説得力は無いだろう。
「んっ……勇利、気持ち良い?」
「きもち、ひっ、けど……でも、もうイっちゃうから、はなしてっ」
 このままだと、達するのはどう考えても時間の問題だ。そして陰茎を舐められてしまったのはもう仕方がないとしても、このまま彼の口内に射精するのはどう考えても有り得ないだろう。
 だからやっとの思いでそう口にしたのだが。肝心なヴィクトルはというと、亀頭を唇でやわやわと食みながら、へえと口にするだけなのである。
 それに嫌な予感を覚えた直後。カリ首を舌で辿るようにねっとりと舐め上げられ、さらに射精感にパクついていた先端の小さな孔を舌先でグリグリと刺激されてしまっては、初心者の勇利なんてひとたまりも無い。
「それ、まず―~~ッッッ!!」
 身体の奥深くから一気に熱が湧き上がってくる感覚に、腰を捕まえられているのも構わず両足をバタつかせてなんとか離れようとする。
 しかしそうはさせまいというように、陰茎を喉奥まで一気に銜えこまれて。口蓋に先端を擦り付けるように動かされると、下腹部にブワリと熱が一気に広がる。
 それから気付いた時には、腰を小刻みに震わせながらヴィクトルの口内に熱い液体をぶちまけてしまっていた。

「ごほっ……結構喉にからむな。あと、そう美味しいものじゃないね」
「そんなの、当たり前じゃないですか、っ」
「いや。でもなんか……うん、興奮する。舐めるのが好きな人の気持ちが、少し分かるかもしれない」
 勇利は下肢がそのまま溶けてしまいそうなほど気持ち良いのと、射精後の余韻でベッドの上に倒れこんで少しの間伸びきっていた。
 しかしヴィクトルが軽く咳き込む声を聞いたのをきっかけにすぐに正気に戻ると、半泣きのような表情を浮かべながら、サイドテーブルに置いてあったティッシュの箱を彼の目の前に差し出す。
 ついでに夜中目覚めた時に飲もうと置いておいたミネラルウォーターのボトルも手渡すと、彼はゴクゴクとその中身を飲んでいた。
 だから何回も止めてくれと言ったのに。
 恐らくは興味本位で男のアレを舐めるなんて酔狂な真似をしたのだろうが、それに巻き込むのは本当に勘弁して欲しい。おかげであのヴィクトルにとんでもないことをさせてしまったという罪悪感がすさまじい。
 したがってせめてもの罪滅ぼしと、自分も同じことをしようと彼のズボンに手を伸ばしたのだが。そこに手が触れる前に身体を引かれてしまったので、それが叶うことは無かった。
「おっと。気持ちは嬉しいけど、そっちはまたの機会に。それより勇利には別にしてもらいたいことがあるんだ」
「? 僕で出来ることなら、構わないですけど」
「なら、そこのオイルを借りても?」
 彼の指さした方向を見ると、サイドテーブルの上にマッサージをする時にいつも使っているオイルがある。ちなみに普通は専用のジェルを使うのかもしれないが、安価なのと手に入りやすいのもあって、最近はもっぱらそのオイルのお世話になっているのだ。
 そんな調子なので、もちろんヴィクトルに貸すのに異論は無い。だがよく考えて欲しい。今自分たちは、いわゆるセックスの延長上のような行為をしている真っ最中なのである。
 そこでそのような物が必要と言われて、何となく嫌な予感がするのは気のせいでは無いだろう。
 もちろんこういった行為の経験は一切無いものの、勇利だって成人済みの男性だ。性欲も人並み程度にはあるし、たまにその手の本のお世話になることもあるので、そのくらいのことは容易に想像が付く。
 そしてショーの時のペア演技と同じく、この場合も体格的に考えて勇利の方が女性役なのは間違い無いだろう。
「ええと……まさか、ヴィクトル」
「心配しないで、いきなり挿れるなんて真似は絶対にしないから」
 こういう時に男が口にする絶対という言葉ほど、あてにならない言葉は無い。というのは、同じ男の勇利も当然理解している。
 理解しているのだが、目の前に座っている男の表情はとても真摯なもので。それにすっかり絆されると、渋々と頷きながらオイルのボトルをヴィクトルに手渡してしまう。
 しかしその直後に彼の目の前まで腰を一気に引き寄せられ、両足を大きく開いた下肢が丸見えの格好を取らされて。極めつけには、早速と言わんばかりに陰茎から尻の孔にかけてたっぷりとオイルを垂らされたのに、ヒイと喉から情けない悲鳴を漏らした。
「きょ、今日は、いれないって……っ!」
「うん。だから、指だけしか挿れるつもりは無いよ。さすがにいきなり俺のは無理だろうしね」
 つまり彼にとって先の約束は、陰茎は挿入しないということだったらしい。そこでそんなのあんまりだと思いながら彼の顔を見上げると、場にそぐわぬ爽やかな笑みを浮かべているのである。
 その表情から察するに、恐らく先の言葉はわざとだろう。
「そんな、ぁ」
「勇利、かわいい」
 そもそも自分は男だし、そんな言葉で騙されないぞと思うのに。尻の孔周辺に指を這わされ、緊張からこわばった筋肉をほぐすように指の腹でぬるぬると撫でられると、だんだんと妙な気分になってくる。
 しかもその間、ヴィクトルはずっと勇利のことを見つめているのだ。
 それにたまらず顔を背けると、咎めるようにツプリと指を一本挿入された。
「う、あっ」
「痛む?」
「それは、無いけど、っ……変な感じというか、気持ち悪い、です」
 つっかえる感覚などもなく、思ったよりもすんなりと中に入ってしまったのが少し驚きだ。ただ身体の奥深くを無遠慮に探られているような、そんな違和感がすごくする。
「うーん、そうか。一応ちゃんと調べて、男でも中で感じる場所があるらしいって分かったんだけど、やっぱり人の身体のことはなかなか難しいね。ちなみに俺が今探しているのは、前立腺って言う場所なんだけど」
「そ、それ、どこで調べて」
「ん? さっき、打ち上げの会場で。勇利が途中でいなくなっちゃったから、俺もさっさと部屋に引っ込むつもりだったんだけど主催に引き留められて。暇だったからスマートフォンで色々調べてたんだ」
 なんてことをこともなげに話しながら肩を竦めているが、公の場所でこの人は何をしているのだという感じだ。
 ちなみにああいった食事の席で彼に写真を頼んでいるのは、圧倒的に女性が多い。しかしこの男は、そんな女性達の横で男とのセックスについて調べていたのである。剛胆というか、怖い物知らずというか。
 しかしそんなことを考えていられたのもそこまでだ。
「そういえば、勃起すれば前立腺が少し膨らむって書いてあったな」
「ま、まさか」
 物凄く嫌な予感がするが、尻の孔に指を突っ込まれているせいで身体を動かすのもままならない。
 したがって戦々恐々とした表情でヴィクトルの顔を見上げると、彼は笑みを浮かべながらただ一言。やってみようかと告げた。

 それからは、亀頭のガン攻めだ。
「ふ、ええっ……また、イっちゃうから、ほんと、もう、だめだから、っ」
「うん、まだもう少し頑張れ。―ああ、もしかしてここかな」
 ヴィクトルは再び陰茎に唇を這わせると、亀頭を口内に含んで窄めたり、カリ首を舌で舐めまわしたり、それはもう好き放題に弄り回してくる。
 しかも一度経験したことで、ある程度コツを掴んだのか。的確に感じるポイントをついてくるせいで、あっという間に限界ギリギリまで高められてしまう。
 しかも何を考えているのやら。その状態で急に唇を離すからたまったものではない。
「ううっ……なんで、そんな」
「ふふっ。前はまたあとでやってあげるから」
 そう口にしたヴィクトルは優しい表情を浮かべているものの、宥めるように頬を撫でるだけで、勇利の頼みを聞いてくれそうな気配はまるで無い。
 それより尻の孔の方に集中してというように、いつの間にか挿入された二本の指で、陰茎の根元あたりにあるらしい前立腺とやらを押し上げられる。
 さらに小刻みにクックッと繰り返し刺激を加えられると、なんだかむずむずとした感覚が下腹部を中心に広がるのは、中途半端な状態で放置されている陰茎に、中の指を動かす振動が響いているせいだろうか。
 でももちろんそんなの初めての感覚なので、驚いて思わず両足をバタつかせてしまった。
「おっと……ここ、何か感じる?」
「そうじゃなくて、前がっ」
「ふーん? 前ね」
「ふ、あっ」
 ヴィクトルは含み笑いを漏らしていて、勇利の言うことをあまり信じていない様子だ。
 しかしそのわりには意外にもすんなりと、もう片方の手で亀頭をキュッと握りこむ刺激を加えてくれて。瞬間的に高まった射精感に意識がとろけるものの、そのタイミングに前立腺をグッと押し上げてくるので、快感がぼやけてしまってあと少しのところでどうしてもイききれない。
 しかもそれを何度も何度も繰り返すのだ。
「それ、もう……や、あっ」
 まるで陰茎で感じている快楽は、前立腺のものなのだと無理矢理教え込まれているみたいだ。
 おかげでだんだんと訳が分からなくなってきて。仕舞いには前と後ろ、両方の刺激にひんひんと嬌声を上げるようになってしまって最悪だ。
 こんなのただ単に陰茎に刺激を繰り返し与えられているせいで、性感が徐々に高まり、それが縁から溢れそうになっているだけなのに。
 そうだと分かっているのに、グーッと前立腺を指で押し上げられると、腰の奥底から熱がわき上がってくる覚えのある感覚に、下肢がぶるぶると震える。
「もう少しでイっちゃいそう?」
「ううーっ、今日のヴィクトル、いじわる、だっ」
 同じ男ならヴィクトルだって、見て大体察しているだろうに。わざわざそれを口に出して言わなくたって、良いじゃないかと思う。しかもそれを、耳元で吐息混じりの色っぽい声で思わせぶりに囁くのだ。
 あんまりにも、あんまりだろう。
 それに、先ほどから自分だけが追い込まれている状況も面白くない。
 だから思わず否定的な言葉を呟いたのだが、ヴィクトルにそれが効いている様子はまるで無く。むしろ目が細められたのに気付いて、背中に冷や汗が伝った時にはもう遅い。
「ひどいなあ、勇利。いじわるっていうのは―こういうことを言うんだよ」
「へ? ……―っ!? あ、んんっ! そんな、いきなり……っ、ひ!」
 三本目の指を尻の孔に添えられると、ズブズブと挿入されて。グッグッと中の前立腺と呼ばれる場所を突き上げてくる。
 その動きには一切の容赦が無く、先ほどまでの緩やかに前立腺を押し上げてきた動きとはまるで違う。
 そう、まるで―本当にヴィクトルに陰茎を挿入されているみたいだ。なんてことを一度でも考えてしまったのが運の尽きだ。
 途端に下腹部あたりに熱が集まってくると、中の指を締め付けるように淫筒を窄めてしまう。そしてそこを無理矢理割り開くようにしながら内壁を撫でられるとたまらない。
 途端にゾクゾクとした甘い熱が下肢にじんわりと広がり、腰がブルリと不規則に震えてしまう。
「ふふ。中、気持ち良い?」
「はっ、う、うう……ね、前、もっと、」
 ここまできたら、もう誤魔化しきれない。これははっきりとした快感だ。
 でもやっぱり、後ろで感じる仄かな熱だけで達するのはさすがに無理そうで。
 かといってこれ以上ギリギリの状態で我慢することも辛く、ひんひんと半べそをかきながら無意識に足の間に座っているヴィクトルの腰に足を絡みつけ、先を催促した。
「勇利にそうやってかわいくおねだりされちゃったら、仕方ないな」
 そこでヴィクトルはベッド上に投げ出されていた勇利の両足を自身の肩の上に持ち上げ、上体に乗り上がる格好を取る。すると自然と勇利の腰も持ち上がり、尻の孔が自分自身でもよく見える格好になって少しばかり恥ずかしい。
 そこは小さな口を一生懸命広げており、三本の指の束を根元近くまで飲み込んでいる。さらにその手前では自身の陰茎が赤く染まってパンパンに膨らんでおり、先端の小さな孔を物欲しげにパクつかせながら、時折白濁液の混じった濁った液体を腹の上にトロリと零しているのだ。
「はっ……あ、すごい」
 目の前の光景は、全て自分自身の身体というのは分かっているのに。ひどく卑猥な光景に思わずゴクリと喉を鳴らしながら、無意識に陰茎に手を伸ばしてしまう。
 しかしすぐにそれに気付いたヴィクトルによって、その手を軽く払われてしまったのは言うまでもないだろう。
「駄目だよ。せっかく俺がいるのに、自分で弄るなんてもったいないじゃないか」
「ふ、えっ……だって、イきたいのに」
「大丈夫、これから俺がちゃんと触ってあげるから」
 彼はぐずっている勇利を宥めるように、指の背で頬を撫でながら愛おしくてたまらないといった様子で目を細めている。
 それから視線を顔から胸元、下肢と順々に下ろしていって。その舐めるような眼差しに唐突に全てを彼に見られているのだということに気が付くものの、すでに下肢をガッチリと固定されているせいで隠すことはもう出来ない。
 でもきっと、こんな反応すらも彼の計算の内なのだ。
 そしてそうだろうと薄々分かっていてもまんまとその計略にはまってしまうと、全て見られているのだという事実に酷く興奮を覚えて思わず熱い息を吐いてしまう。
 さらに彼は、勇利が見ているのだと分かった上で、思わせぶりに人差し指の指先で竿から亀頭にかけてをツーッと辿るのだ。それだけでなく、不意打ちで前立腺を三本の指の束でグーッと押し上げられてしまっては、ひとたまりもない。
「はっ! あ、ううー……それ、イっちゃ―~~ッッッ!!」
 言葉にすると、陰茎を軽くなぞられ、前立腺を押し上げられただけだ。それだけの刺激、普段ならばそこまで感じることは無いはずなのに。瞬間、下腹部に一気に熱が広がり、おさえきれない熱の奔流が湧き上がって来るのが分かる。
 もちろん咄嗟に我慢しようと下腹部に力をこめたものの、そこで前立腺をクニクニと指の腹でもみこまれたせいで、すぐに骨抜きだ。
 おかげで脱力状態になってしまい、しかし射精衝動でその直後に全身に力が入ると、背中を丸めるようにしながら下肢を不規則に震わせる。そして自身の腹の上に精液をドプリと溢れさせてしまった。

「はっ……はぁっ……」
 こんなの、初めてだ。まさか、こんな形でほぼ尻の孔への刺激だけで達してしまうとは。
 とんだ誤算に衝撃を受けるものの、でも気持ちよかったのも事実で。とんでもない変態になってしまったような気がして放心状態になってしまう。
「ねえ勇利、気持ちよかった?」
「う、ん」
 ヴィクトルが何か言っているのが聞こえるが、正直立て続けに二度も達してしまった驚きと疲労感でそれどころではない。
 ただ黙っていてはこのまま貞操の危機を迎えそうなので、とりあえず彼の胸元を軽く押す。すると意外にもすんなりと、身体を離してくれたのにほっと胸をなで下ろしたのだが。
 そうやって気を抜いた隙にと言わんばかりに両膝裏に手を差し込まれると、グッと腰を持ち上げてその下に枕を突っ込まれる。
 さらに両腿を閉じるようにされたのに訳が分からず頭の上に疑問符を浮かべていると、その腿の間を熱の塊にズルリと擦り上げられたのに、シーツを手の平でギュッと握りしめた。
「ひぎゃっ!? えっ? えっ? ヴィクトル、な、なにっ」
 下肢に目を向けると、腿の間から自分の物とは別の陰茎が覗いている。それが誰の物か、なんて考えるまでもない。ヴィクトルの陰茎で間違いない。
 そしてそこで、そういえば勇利ばかり二度も達しているが、肝心なヴィクトルがまだ一度も達していないのを思い出す。ということは、彼もここで抜こうという算段なのだろうかと、頭をフル回転させて考えた。
 それはまあ良い。というか自分ばかり気持ち良い思いをしているので、逆に申し訳なさを感じていたくらいだ。
 だがどう考えても、この体勢が色々と危うい気がするのは、きっと気のせいではないだろう。
 というわけで腕の力で後ずさって後方に腰を逃がそうとしたのだが、すぐに腰を捕まれて元の位置に引き戻されてしまう。
「―っと……ほら、逃げないで。心配しなくても挿れないって言ったじゃないか」
「い、いや。それ、僕的にはちょっと信用出来ないというか」
「本当だって。さすがにそこは約束したし守るよ。ただ俺もこのままだと辛いし、素股をさせてもらおうかなと思って」
「すまた?」
 一瞬ポカンとしてしまうが、思えばルームメイトのピチットに面白い物があるよと騙されて見てしまったエッチなDVDの中に、そんな名前のプレイがあったのを思い出す。
 思えばその映像の中の男女も、今の自分たちのような格好だっただろうか。それで女性の腿で男性の陰茎を擦っていた気がする。まあその後すぐに挿入してしまっていたが。
 そこで恐る恐る再び自身の下肢に目を向けると、ヴィクトルの陰茎がゆるゆると腿の間を行き来しているのが目に入る。
 その状態でも先端が見えるということは、彼の物がかなりの大きさということが分かるだろう。そしてその陰茎は勃起していて。つまりは彼もこの状況に興奮しているのだという事実に、思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。
「ねえ、いいかな」
「―っ、」
 そこで駄目押しというように、抱きしめる格好になりながら、そんなことを耳元で囁いてくるのだ。
 彼は耳元で常よりも大分荒い息を吐いていて、あまり余裕が無さそうだ。そんな状態で我慢するのも辛いだろうに。そこまで追い込まれても、こんな風に聞いてくるなんてずるい。
 したがって最終的に小さく頷くと、彼は礼を言うように頭を撫でてくれる。
 それから上体を起こすと、腰が動かないように両手でガッチリと固定されて。会陰から陰嚢にかけてをカリ首でズルリと擦り上げられ、双球を先端でクッと押し上げられる感覚に小さく息を飲んだ。
「はうっ!」
「は、あっ……勇利、っ」
 ヴィクトルに熱っぽい声音でその名を呼ばれると、ひどく興奮する。
 そう、相手はあのヴィクトルなのだ。彼が余裕の無い様子で、自分を求めているのだという事実に胸が高鳴って仕方がない。
「ふ、えっ、ヴィクトルすき、ぃ」
「ここでそれを言うなんて、ずるいな」
 上体に乗り上がる格好になると、ヴィクトルはたまらないといった様子でキスを仕掛けてくる。
 舌をいきなり口内に挿入してくると、中で蕩けてふにゃふにゃ状態になっている勇利の舌を絡めとり、ジュプと派手な音を立てながら扱かれる。さらに先ほど見つけられた、歯列の裏側から口蓋にかけての気持ち良い場所を舌先で繰り返し撫でてくるせいで、息をするのもままならない。
 まるで内なる衝動に突き動かされているかのような、そんな荒々しい口付けだ。最初にした、どこか様子を伺うようなキスとはまるで違う。
 極めつけには、圧し掛かるような格好になっているせいで、キスの最中にも己の腿に陰茎が押し潰されて。さらにそこで、ヴィクトルの亀頭が陰嚢を下から抉るようにグリと突き上げてくるのだ。
 どこか焦れったくて。でもやっぱり気持ち良くて。
 直接的な刺激では無いものの、感じる場所を同時に何カ所も刺激されているせいで、再び意識がドロリと蕩けていくのが分かる。夢と現の狭間を漂っているような、そんな不思議な感覚だ。
 そしてこうなると、頭の中は与えられる快楽で一杯になってしまい、他のことはもう何も考えられない。
「ん、っ……ねえ、もっとぉっ」
「困ったな。そんな風に言われたら……止まらなくなっちゃうよ」
 口付けを途中で外されてしまったのに、思わず駄々をこねるように両腕をヴィクトルの首に回し、肩口に額を擦りつける。
 繰り返し与えらえる快楽のせいで、もう恥も外聞も無い。
 せっかく気持ち良かったのに、それを取り上げるなんてあんまりだ。だからもうそんな意地悪をしないでと、必死に訴える。
 別に止まらなくたっていいのだ。
 だからお願いと腰をゆるりと揺さぶってみると、自身の陰茎がヴィクトルの亀頭に擦れて気持ち良いのに、思わず同じ動きを何度か繰り返してしまう。
 しかし数回それを繰り返したところで唐突に上体を起こされたのにふと顔を上げると、ヴィクトルはどこか気だるげな様子で前髪をかき上げていた。
「もう、駄目だって言っているのに。イタズラをして悪い子だな」
 その時のヴィクトルの様子は、まるで理性の糸が完全に切れたみたいというのが一番近いだろうか。目を細めながら唇を舐めており、そんな野性的で雄臭い色気を目の当たりにした途端にゾクゾクとしたものが背中を這い上っていくのを感じる。
 そしてその様子に釘付けになっている隙に両足を捕まえられて左右に大きく割り開かれると、気付いた時には丸見えになった尻の孔に彼の陰茎を押し当てられていた。
「―ッ、あ!?」
「ゆうり……っ!」
 あっと思った時にはもう遅い。
 グッと力をこめられると、亀頭の形に沿って尻の孔が大きく広がり、それが徐々に中に挿っていくのが目に入る。
 その熱量と質量は先ほどの指の束とは段違いのもので。狭道を無理矢理割開かれる圧迫感に、たまらず首元を大きく晒す。
 そしてそうやって少しずつ飲み込んでいき、一番太いカリ首さえ中に挿ってしまえば、あとはあっという間だ。驚くほど呆気なく竿の中程までズブズブと陰茎を飲み込んでいってしまう。
 そしてその途中、先ほどから散々弄られている箇所―前立腺を先端でグッと押し上げられたところで、下腹部にじわりと熱の広がる感覚が走ったのに小さく喉を鳴らした。
「あっ!? ん、ううーっ」
「ん……? 勇利の気持ち良い場所、ここなのかな」
「ま、まって、いきなりそこは、っ―う、ぐっ!」
 まだその太さに慣れていないから勘弁してくれと素直に泣き言を零すものの、先ほど好き放題ヴィクトルのことを煽ったことへの意趣返しなのか。彼が勇利の言葉を聞いてくれそうな気配はまるで無く、カリ首の段差部分が何度もそこを往復し、繰り返し膨らみをこそぐように刺激をしてくる。
 しかもそこも感じる場所なのだと予め刷り込まれてしまったせいで、前が再びむずむずとしてくる始末だ。
 さらには駄目押しというように前立腺の膨らみに先端を押しつけられ、グーッと力をこめてくるのである。
「は、ぁっ……ごめん、出しても、いい?」
「う、ん……―っふ、あ!?」
 正直、度重なる快感と有り得ない状況のせいで、何が何だかさっぱり分かっていない。ただとりあえず射精しても良いのかと聞かれたのは分かったので、コクコクと頷いてみせる。
 すると直後、尻の孔の中に生ぬるい液体が広がり―そこでそういうことかと理解した時にはもう遅い。
「なか、なんか、出て……っ」
 つまり彼は、先ほど中に出しても良いかとたずねたのだ。
 しかも行為はそこで終わりでは無い。
 驚いて下肢に目を向けると、尻の孔の縁から白い液体が溢れていてとんでもなく卑猥な光景が広がっていて。そしてその光景に目を白黒とさせている隙に陰茎に手を伸ばされ、竿を上下に扱かれて半ば強制的に再び勃起させられてしまう。
「や、ああっ……もう、ぼく、いいからっ」
「遠慮しないで」
 そうは言われても、もう何度も達しているから本当に十分なのだ。それに弄られすぎたせいか、亀頭の粘膜もちょっぴり痛い。だからもうこれ以上は勘弁して欲しいのに。
 ヴィクトルはそれに気付いていないのか、あるいはわざとなのか。その手を止めることなく、さらに追い打ちをかけるように裏筋をグニグニと親指で押し潰すように刺激を加えてくるのである。
「ふ、えっ……もう、いいって、いったのに―っ、う、ああっ!?」
 そこで勇利は腰をブルリと大きく震わせると、申し訳程度の精液を腹の上にトロリと垂らした。
 こんなの、強制射精もいいところだ。立て続けに出したせいで精液のタンクの中身はもう空っぽで、もうこれ以上は一滴も出ないだろう。精も根も尽き果てるというのは、きっと今のような状況に使うに違いない。
 なんて馬鹿なことを考えながらベッドの上に伸びきっていると、そこでようやく挿入されたままだった陰茎を引き抜かれる。
 それをきっかけに、何だかんだと言いつつ最後までやってしまったのだという事実に今更のように気が付くと、脇でグチャグチャになっている布団に手を伸ばして頭からかぶり、その中にしばし籠城を決め込むことにした。

「どうしたの勇利。身体の具合でも悪い?」
「……童貞だって、まだ捨ててなかったのに」
 声につられておずおずと布団の縁から目だけ出しながら、遠回しに今日は挿れないって言ったじゃないかと恨みがましい視線を向ける。しかし勇利自身にもその責があると自覚はしているのでそれ以上は深く突っ込めない。
 すると彼は途端にデレデレとした表情を浮かべながら、嬉しいなあと口にした。
「今の時点で、勇利の初めては全部俺のものってことか。ついでだし、童貞も貰ってしまおうかなあ」
「な、なにを言って」
「うん? まあ……最近は色々と道具もあるし」
 彼はベッドの上に胡座をかきながら、自身の膝に肘をつくリラックスした格好で口元に笑みを浮かべている。その様子は相変わらず美しく、惚れ惚れとするものだ。
 したがって毎度のごとく、懲りずにうっかりと流されかけるが……ただ彼の口にしている言葉についてよくよく考えてみると、どう考えても色々とおかしいない。
 道具とは、一体。
 そもそもこんな行為自体が初めてなのに、いきなりハードルが上がりすぎだ。したがって高速で首を振って全力で辞退を申し出ると、残念と肩を竦められた。
 しかし話はそこで終わりではない。
「はっ……う、あっ、なにこれ」
「どうしたの?」
 首を振った時に身体に力が入ったのか、尻の孔から何かが漏れてくる感覚に眉を潜める。一瞬それが何か分からなかったが、心当たりのある物といえば、直前に中に出されたヴィクトルの精液しかない。
 ただそれを本人に言うのも気恥ずかしくて、すぐに何でもないフリを装ってゆるゆると首を振ったのだが。
 早々にそれが嘘だとバレてしまったのか。彼はのそのそと勇利の方に近付いてくると、頭からかぶっていた布団をあっという間に引っ剥がすのだ。
 そして下肢に手を這わせ、中から漏れてきた精液を指先で掬いながらやっぱりこれかと口にした。
「ギャッ!?」
「ごめん、俺が原因か。そういえば、これって掻き出さないとお腹壊すみたいだから、もう少しだけ付き合ってもらうよ」
「こっこれくらい、全然大丈夫だから。後で、お風呂に入って自分で洗えばいいし」
 これ以上はさすがに、どう考えても無理だ。
 というわけで、、自分でやりますという意思表示にぶんぶんと頭を左右に振る。もちろん尻の孔に指を突っ込む勇気は全く無いが、後で適当に風呂場で流せばきっと何とかなるだろう。
 しかしそれが口先だけの台詞だというのは、お見通しだと言わんばかりに尻孔の左右に指先を添えられて。グッと力をこめられると、先ほどまで太い物をくわえていたせいでそこは常よりも緩んでいるのか。驚くほどあっけなく口が開いてしまい、中からドロリと白い液体が溢れてくるのが分かる。
「ここに指を挿れて、中の物をちゃんと掻き出さないといけない訳だけど。勇利一人で本当に出来るの?」
「……」
 それに思わず視線を思いきり泳がせると、よしよしと満足げな表情で頭を撫でられた。
 それから、たっぷり時間をかけながら中の精液を掻きだされたのは言うまでもないだろう。もちろんそれだけで終わるはずもなく、当然のように前立腺を弄られまくるというオプション付きでだが。
 ただ勇利の方はもう出せる物は一切残っていなかったので、勃起しても吐き出したのは水のようなサラサラとした液体だけだった。
 当然苦しくて堪らなかったが、それと同時に前立腺を弄られているせいでほんのりと快楽を得ていたのも確かで。どちらつかずの感覚に、始終身悶える。
 そして気付いた時には、そのまま夢の世界の住人になっていた。

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